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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
四月
8/66

たかり


 染谷がマリベルの発言の意味を問おうとしたとき、遣いに出された瑠奈(るな)が深刻な顔で戻ってきた。彼女を見てマリベルも表情を変えた。

「姫。ちょっと出てきて」

「劉さんと何か揉めた?」

 マリベルが椅子を立つ。染谷も立ち上がる。

「別件。劉さんは素直に応じてくれたよ。とっても素敵な人。……麻雀ルームで寺山さんからのクレーム。子供みたいに大声で騒ぎはじめてる。わたし大嫌いよ、あの成金」

「あなたとは趣味が合うわね。……わかった。すぐに行くから三郎を呼んできて」

 りょーかい、と瑠奈は再び職員室を出る。

「クレーム対応?」

「わたしの仕事のひとつです。すぐに向かいます。染谷先生は……」

「僕も行くよ」

「しかし……」

「口は出さない。今はとりあえず見守るよ。……お手並み拝見だ」

「……わかりました。一緒に参りましょう」

 口元にかすかに笑みを浮かべたマリベルは、染谷と一緒に職員室を出た。

 早足で廊下を歩き、階段を上り、ひとつの教室に入る。

 その一瞬前から怒鳴り声が聞こえていた。

「てめーガキのくせに大人を嘘つき呼ばわりするのか? 俺は客だぞ!」

 現場に踏み込むと、ひとりの男が、エプロンを身に付けている女子児童に詰め寄ろうとしていた。教室の中には麻雀の全自動卓が四台並んでいて、三人の男がひとつの卓を囲んで事の成り行きを黙って見つめている。そばにはふたりの男子児童がいるが、がなりたてる男の剣幕に気圧されて何もできないでいた。

 小学生相手にみっともなく怒鳴り散らしている三十代ほどの男が寺山だろう。その男を諌めようとする者もいた。上等なスーツと革靴を身につける、端正な伊達男だった。

「落ち着きましょうよ、お兄さん。ほら、支配人もいらしてくださいましたよ?」

「うるせぇ! 中国人は黙ってろ!」

「まぁまぁ冷静になりましょう。これではお話しができないではありませんか」

「すっこんでろって言ってんのがわかんねぇのか、ぶっとばすぞ!」

どうやら流暢な日本語を話す彼が〈劉〉を自称する問題の男であるらしいと染谷が推察していると、マリベルが前に進み出た。

「寺山さん、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ありません。お話を伺っても?」

 少女が挨拶をすると、寺山は、ふん、と鼻を鳴らした。男は少しだけ落ち着いたようで、やはりマリベルがこのカジノの支配人なのだなと染谷は思う。

 寺山が口汚く語るところによると―――麻雀を打っている最中に、彼は軽食を頼んだ。調理係兼給仕係の理沙(りさ)という名の女子がサンドイッチと一緒に飲み物として水を運んできた。そこで寺山は、トマトジュースがいいと再び注文した。

 その際、「席を離れられないから、ついでにこれを換金してきてくれ」と、給仕係の女子に、バカラ用のゲームチップ二十万円分を渡したのだという。

 戻ってきた女子は、しかし、そんなことは頼まれていないと言った。ゲームチップも受け取っていないと。

「まさかこの店が、客の金をネコババするクソガキを雇っているとはな」

「わたし……そんなこと……!」

 今まで苛烈な罵声を浴びせ続けられてきたからだろう。理沙は涙目になりながら、しかし抗弁しようと試みた。

 寺山が理沙の反抗に表情を変える―――よりも早くに、マリベルが割り込んだ。

「寺山さん。今回の責任は、わたしの教育不足と監督不行き届きにあります。申し訳ありませんでした。どうかお許しください」

 マリベルは深々と頭を下げる。寺山は当然だとばかりに頷く。そして、納得ができない理沙はついに悔し涙をこぼした。

「姫っ、わたしの話を……」

「染谷先生。少しの間、リサを廊下に連れ出していただけますか?」

「……わかった。理沙さん、こっちに行きましょう」

 染谷は理沙の背中に手を添え、教室の外に導いた。マリベルが来るまで仲裁を試みていた劉もまた、泣きべそをかく少女に付き添った。

 三人が廊下に出て教室の扉を閉めると、エプロンの裾で涙を拭う理沙に、隣で膝をついた劉がハンカチを差し出した。

「きみは偉い。よく頑張った」

「す、すみませ……でも、わたし、本当に……」

「大丈夫。あの人が難癖を付けただけさ。もう怖くないよ」

 劉が泣く少女の背中を撫でて励ましているときに、廊下の奥からのしのしと、スーツを着た巨漢の黒人がやってきた。

 三郎と一緒に染谷は、教室の内部の様子を伺った。マリベルが寺山に紙幣を手渡していた。


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