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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
七月
63/66

取り引き


 その日も午後七時ほどにやってきた岩下刑事は、いつものようにマリベルに、事情聴取のための同行を求めた。彼の目的は〈セルバトス〉の運営責任者である彼女を拘束することでカジノの運営力を削ぐためだ。

 その刑事に、マリベルは〈ある材料〉を持って取引を持ちかけた。

 材料といって、相手は日本の警察官である。賄賂は通用しない。

 マリベルが刑事に差し出したのは情報。その入れ物としての六台の携帯電話だった。

 それらの携帯電話の元の持ち主は、前日やってきた四人のヤクザたちである。

 結局、前夜のヤクザたちは、夜明けまで丁半博打を挑んだが、結果は大敗。軍資金はすべて溶けた。

 本来ならそこで、ヤクザたちが〈セルバトス〉から手を引いて終わり、となるはずだったが、意気消沈して帰ろうとするヤクザたちを呼び止めて、マリベルがある交渉を持ちかける。

 あなたがたの持つ携帯電話を、一台につき200万で買い取りたいと言い出したのだ。

 破格の値段だが、携帯電話に詰まっている情報の重要さから、ふたつ返事で了承、とはいかなかった。

 しかしこのまま負けて帰ったのでは上納金にもメンツにも響く。それはヤクザたちのほうが重々わかっていた。

 佐久間のいない場所での交渉の結果、マリベルは四人の持つすべての携帯電話を、しめて1200万円で買い取り、翌日の岩下刑事への交渉材料に用いることになる。

 携帯電話が情報の宝庫であることは言うまでもない。マリベルはヤクザの持っていた六台の携帯電話を岩下に差し出すと、こう提案した。

 わたしたちをできる限り見逃していただけるなら、〈セルバトス〉が掴んだ犯罪の情報を、あなた方警察にお渡しすることをお約束します。

 言い換えて、役に立つから泳がせてくれと、マリベルは岩下に提言したのだ。

 マリベルの老獪(ろうかい)な交渉に、岩下は「自分がこのまま非公式な〈事情聴取〉を続けていても、この少女はカジノ営業を続けるだろう」と考えたのでは、と染谷は想像する。その上で〈セルバトス〉を見逃すに足るメリットも提示された。

 岩下は「通報があったときは覚悟するように」と言い置いて、マリベルから提供された六台の携帯電話を受け取り、旧校舎から去っていった。

 このようにしてマリベルは、〈セルバトス〉からヤクザも警察も追い払ってしまった。


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