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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
七月
62/66

準備


 ―――翌日、七月の第三土曜日。

 午後八時。

 通常ならば旧校舎内で〈セルバトス〉の営業が始まっている時刻だったが、その日だけはいつもなら使用されない体育館で、子供たちが忙しく働いていた。

「皆さん急いでください! 姫様が戻られ次第、ご来賓の皆様をお入れして式を執り行いますよ! 迅速に丁寧に!」

 がちゃがちゃとパイプ椅子を並べていく児童たちに、監督するそらなが、マイクテストついでに檄を飛ばす。

 指示を出すそらなも、それに応えててきぱきと作業する児童たちも、今日は学園の制服を身に付けていた。月曜日には終業式も迎える夏、山が多少涼しいとはいえ、冬用の黒い制服を着こんで働いている児童たちはいかにも暑そうだった。

「礼装ってわけだねぇ」

 急ピッチで設営の進んでいく体育館を眺めながら、染谷はぽつりと呟いた。そんな彼もまた、今日は礼装用のスーツを着込んでいた。

「張り切ってるわね、ソラナったら」

 染谷が振り向くと、体育館の中央の入り口から敷き伸ばされた赤いカーペットの上を、すたすたとマリベルが歩いてやってきた。彼女もまた、今夜はスーツではなく学園の制服だった。

「マリベル。そこは花嫁が歩くところだろう?」

「そこまで神経質になることないじゃない。ただの敷物よ」

「まぁ、それはそうなんだけどさ」

 マリベルが体育館に入ってきたのを見つけたのか、そらなが駆け寄ってきた。

「姫様、お疲れ様です」

「悪いわね、結婚式の準備、全部あなたに任せちゃって」

「いえ。それよりも、刑事との交渉は、いかがでしたか?」

 そらなの質問に、マリベルは右手の指を二本立てた。

「成功よ。当面の憂いは断てたわ」

「何よりです。安心しました」

「ソラナが支えてくれたお陰よ。ありがとう。……さて、待たせずにお客様だけでも先に入れちゃいましょうか。みんなで作る祝いの席なんだから、お客様にも手伝わせましょう」

 マリベルからの指示に、わかりましたと頷いて、そらなは早足で体育館を出て行った。

「交渉……取引は、うまくいったんだね」

「〈うまく〉はいってないわ。かなり渋られた。刑事さんは今の染谷先生みたいな顔してたわ」

 自分はどんな顔をしているのだろうかと、染谷は頬に手を当てる。

 マリベルはくすくすと笑う。

「染谷先生はいつもそう。わたしたちの安全を祈りながら失敗を願ってる。〈セルバトス〉が立ち行かなくなる失敗を望んでる」

「……そうじゃないよ。諦めてもいいはずの逆境を迎える度に、心から説得しているだけさ。その度に、きみたちが強く乗り越えていくんだから、そう見えるだけだよ」

「そういうことにしておきましょうか」

 しばらくすると、ぞろぞろと体育館に、〈セルバトス〉の客たちが入ってきた。

 子供たちで営まれる闇カジノで、結婚式を挙げようとする新郎新婦を祝うために。


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