わるだくみ
―――二週間ほど遡り、七月の第一日曜日。
「染谷先生。……先生は今、いいことを言ったわ」
校長室の中、何かを思い立ったようにソファから腰を上げたマリベルの発言を、希望的に鵜呑みにするほど、染谷は少女を見誤ってはいなかった。
マリベルの琥珀色の瞳は悪巧みの愉悦で細められている。
「そうね。そうね。これならカードの不足も解決できるわ。……快気祝いに披露宴。……ああ、一石で何羽の鳥を落とせるのかしら」
「……あー。マリベル? 少しでいいから、きみの脳細胞を飛び交ってる情報を、僕にも開示してもらえるかい?」
「あらあら、ごめんなさい。いい考えを思いついたものだから」
「アイディアを思いつく瞬間は誰しもに心地いいからね。……それで? どんな秘策を?」
「ヤクザが来週ここに来て嫌がらせを仕掛けてきた場合だけど……罠に嵌めるわ」
マリベルは染谷に、ぽつぽつと思いついたことを話しはじめた。
ヤクザに対して〈セルバトス〉の利権を賭けた勝負を提案すること。
どの種目でもいいから2000万円勝て、と言いつつ、勝負当日は上限十万円の丁半博打だけを開催すること。
「寺銭なしの丁半なら、ヤクザの嫌がらせで客足が落ちかけても十分引っ張り戻す宣伝になる。それに丁半だから不足しているカードを使わずに済むわ。わたしったら大馬鹿だわ。どうしてこのアイディアをすぐに思いつかなかったのかしら」
「いや……肝心のヤクザとの勝負に勝つ見込みはあるの?」
マリベルがすでに勝ったつもりでいることが染谷には不思議だった。
「もしもヤクザが……極端な話、二百人で押しかけてきて、全員が十万円ずつ〈丁〉に賭けたら、二分の一できみの負けだろう?」
「そうはならないわ。人数は絞ってくるはずよ。勝負に来るのは四人。多くて六人ね」
「なぜ? 大勢で来たほうが相手は有利じゃないのかい?」
「ルーレットでもブラックジャックでもバカラでも、カジノゲームには控除率やコミッションが働くわ。時間をかければかけるほど軍資金は目減りする。どれだけ腕と経験があろうとも誰しもに平等にね。お金の計算に強いヤクザだもの。その辺は考えてくるはず。そして運任せの大勝負を仕掛けてくる可能性はもっと有り得ない。ヤクザもひとつの営利集団なのだから、『博打で負けて損害出しました』なんて言い訳は上層部に通用しない。だから必然的に技術で確実に勝てるゲームを選ぶ。つまり……」
「……ポーカーか麻雀、ってこと?」
「いかにも。ヤクザが腕の確かな手練れを使うとしたら、いざというときのイカサマのしやすさも考えて、麻雀を選ぶでしょう。うちのレートはふたつあるから、その両方にふたりずつ送り込んでくることになる。それ以上の人数だと〈払う〉人間も出てくるから」
染谷にはぴんと来ない話だが、マリベルの説明によると、〈セルバトス〉の麻雀では一着を取れば、二十分ほどの短時間で安い卓は十万円から、高い卓は五十万円からの勝ちになるらしい。
「ふたりずつ安い卓と高い卓に分かれて、一時間につき200万。閉店時刻まで頑張れば目標の2000万を稼げる。運否天賦を排除してぎりぎり実力で〈セルバトス〉の利権を奪える」
「……と、ヤクザが考えるだろう、ときみは考えたわけだね?」
「あら、私を信用してないの?」
「きみは信用しているよ。ただ、サイコロがどう転ぶかは誰にもわからない」
「それは確かにそうね」
ふふふ、とマリベルは微笑む。
「わたしの当てが外れて、大勢来るかもしれない。そうなったときは相手の不運を祈るわ」
「それだけでなく、相手がいちゃもんを付けてきたときはどうするつもりだい? 普段のゲームで挑戦させると思わせて丁半博打に誘い込むんだ。ヤクザはごねるだろう」
「その対策については万全よ」
猛禽の雛のような瞳が、再び輝いた。
目の前にいる知恵の働く少女が、その才覚をカジノ営業に使っていることが、染谷には甚だ惜しかった。




