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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
七月
53/66

出頭


「あら染谷先生、今日もいらしていたんですね」

 正面玄関にやってきたマリベルは、白々しくそんなこと言った。自分を〈部外者〉として守ろうとしていることを察し、染谷は何も言えなかった。

 マリベルは玄関の靴脱ぎに立つ男を見た。

「まだ当カジノクラブの開店まで少々かかりますが、どちら様でしょうか?」

 ごまかさないのか、と染谷はマリベルの判断を知り、成り行きを見守った。

 岩下は再び警察手帳を取り出し、自分の身分と名前を名乗った。

「きみが、マリベル・エスコバルだな?」

「いかにもそのとおりです。さて、今晩はどのようなご用件で?」

「話を聞かせてもらいたくてね」

 柔らかいが厳しさの消えない口調の岩下は、膝に手をついてマリベルと視線を合わせた。

「ちょっとおじさんに付いてきてもらえるかい?」

「もちろんです。同行しましょう。わたしのボディガードをご一緒させても?」

「構わんよ。女の子ひとりじゃ怖いだろう」

「ありがとうございます。それでは参りましょう」

 優雅ささえ感じられるほどにマリベルの態度は落ち着いていた。

 靴脱ぎで革靴を履くマリベルの背中から、染谷は視線を岩下に移す。

「あの、わたしも、」

「もちろんいずれあんたからも事情は聞かせてもらうよ、染谷先生」

 厳しく制止され、染谷は発言を封じられる。

「だがまずは〈責任者〉からだ。次は従業員。次は客。あんたは最後だ」

「……わかりました」

「ほんとにわかってんのか? あんたはさっき大層なことをべらべらとのたまってたが、何も変わらないんじゃ何もしてないのと同じだ。あんたは見守ってたんじゃねぇ。指くわえてボーっと見てただけだよ。俺から言わせればな」

 岩下の指摘は、鋭く染谷の胸を貫いた。

「頼りねぇ。情けねぇ。大人で教師なら、子供が犯罪に走ったときはぶん殴ってでも止めやがれってんだ。どこのバカ大学出たらお前みたいなろくでもない人間が教師になれるんだ? 理屈こねてんじゃねぇよ。あんたは教師としても大人としても失格だ」

 厳しい岩下の叱責に、しかし正論過ぎて何も言い返せない染谷は、ただ俯いていた。

 そこへ、靴を履いたマリベルが、土間から染谷を見上げた。

「染谷先生。ひとつ頼みごとを。二階の照明を()けたままにしているんです。ほかに誰もいないので、代わりに消してきていただけませんか?」

 どうやらほかの子供たちは逃がしたらしいと察した染谷は、黙って頷いた。

 暗い表情の染谷に、マリベルは柔らかく微笑んだ。

「心配しないで、染谷先生。こちらの刑事さんは礼状も持たずにひとりでここにやってきたのよ? 逮捕でもガサでもないわ。今後どうなるとしても、わたしはこの学園に戻ってくるから」

 刑事の目の前でそんなことをマリベルは言った。自分の半分ほどの年齢の子供に気遣われたことでますます情けない気分になったが、ここでまだ()()(くさ)れていては、それこそ大人としても教師としても立場がなかった。

「僕のことは心配しなくていい。……待ってるから、帰っておいで」

 どうにか笑顔で見送ってやると、マリベルは頷いて、稲と一緒に旧校舎を出て行った。


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