尋問
染谷は、冷静に頭を働かせようとした。
「誰だお前は! ここで何が行われているかを知っててここにいるのか!」
旧校舎の正面玄関でがなりたてる、自分の倍は年嵩の男に、染谷は両手を立てる。
「落ち着いてください、刑事さん。ここは学園の敷地内です。わたしは教師なので、ここにいても不思議ではありません」
染谷の挙動は深層心理的にもホールドアップだった。たまたま正面玄関で出くわした人間に警察の者だと、テレビドラマでよく見る黒い手帳を見せられたときには、既にそんな気分だった。十分に後ろめたいことがあるので尚更だった。
「しらばっくれんじゃねぇ! とっくに調べはついてんだよ!」
ノーネクタイのスーツの男は顔面に怒気を漲らせて、そばにあった下駄箱を革靴の踵で蹴飛ばした。びくりと染谷の肩が震えた。
「毎週土曜にここで違法カジノが開かれてる。しかも仕切りが小学生っていうとんでもない話だ……が? お前は何者だ? まさかお前が裏で子供を操ってんのか? あぁ?」
白髪混じりの短髪の男が、ぎろりと染谷を睨みつける。
染谷は必死に、冷静に頭を働かせようとした。突然の刑事の来訪に混乱する心を宥めながら。
自分の立場、仕事、その将来についての不安が家族の顔と共に一気に頭を駆け巡る中―――マリベルや、ほかの児童たちの顔が浮かんできたところで、ようやく腹が据わった。
自分が下手を打てば、子供たちを守れない。
どうすれば子供たちを守れるか。
方策は何も思いつかないが―――染谷は、ごくりとつばを飲み込んだ。
「……刑事さん。わたしは染谷義正といいます。今年の春からこの学園に着任した新任教師です。……あなたのお名前とご身分を伺っても?」
染谷はどうにかまともな会話ができるだけの冷静さを取り戻した。
彼の問いに、男は静かに答える。
「N県警生活安全部の岩下という。調べればわかるが、今年の春からってことは、このカジノについては何も知らなかったってことか?」
染谷が頷くと、岩下と名乗った男は再び怒声を浴びせる。
「どうして見て見ぬ振りをしてるんだ! それでも教師か! 子供たちの健康な成長を願うのが教師ってもんだろう!」
怒鳴られ、しかし染谷は、今度は動揺しなかった。
「おっしゃるとおりです。返す言葉もありません。子供たちを止められなかったのは、ひとえに若輩であるわたしの力量不足が原因です」
染谷の落ち着いた応対に、岩下は厳しい表情を保ち続けたまま、黙って聞いている。
「わたしも子供たちに賭博開帳をやめさせようと、説得を続けていました。警察に頼らず秘密裏にこのカジノを閉鎖させようとしたことについては、ご迷惑をかけて申し訳ありません。子供たちを世間の目から守るためにはそれがいいと勝手に判断した結果です。わたしが取れるならば責任も取ります」
時間を稼ぐ必要があった。恐らくは刑事が来たことはマリベルの耳にも届いている。ならば彼女が何らかの判断をするまでの時間を稼がなければならない。もしかすると子供たちを裏から逃がしているかもしれないと考えれば、断然そうすべきだった。
「しかし、子供たちを説得することはできませんでした。子供たちに善悪の区別がついていないのではなく、彼らにとってここでの営みは、『違法だが道徳的に悪いことではない』という認識だったからです。安全な交通違反くらいの感覚なのでしょう」
「誰もいない道路でも信号は守るものだ」
「ごもっともです。社会の規範はそうあるべきです。わたしも子供たちにそう説いてきました」
しかし、と染谷は首を振る。正直な苦い表情を浮かべて。
「ここの子供たちは強い友情で結束していました。……わたしは正直、十一・二歳の子供たちを侮っていました。彼らには柔軟な発想力があり、大人にも引けを取らず勤勉で、逆境にも強かったのです。ここでいくつかのトラブルが発生しましたが、彼らは団結力と行動力で乗り越えていきました。……だからわたしは、止められないなら、せめて見守ろうと決めたのです」
時間稼ぎのつもりだったが、染谷にとっては正直な心情の吐露だった。
「岩下さんがおっしゃったように、わたしは見て見ぬ振りをしています。しかし、見ないで見ている振りはしていないつもりです。臭い物に蓋をして目を背けてはいません。ここにいる子供たちの顔と名前を覚え、活動を見守り、少しでもブレーキとなるように声をかけ、いざというときには盾にでも身代わりにでもなるつもりで、ここにいます」
染谷の独白を黙って聞いていた岩下は、はん、と乾いた笑いを漏らす。
「今もそのつもりかい? 身を挺して俺をここに食い止めてるつもりか?」
「……半分はそうです。しかし信じていただきたいのは、わたしもあなたと同じように、子供たちを犯罪から守りたいという心を持っていることです」
染谷は岩下の目を見つめた。
「協力しろと言われれば、できることなら何でもします。子供たちを守れるなら」
刑事への自分の言動が子供たちに対する裏切りだとは、染谷は思っていない。仮に裏切られたと子供たちに思われたとしても憎まれる覚悟がある。
子供を守るのが大人の務めなのだから。
そこへ、ぎしぎしと廊下を軋ませる足音が聞こえてきた。
護衛の稲を帯同させたマリベルだった。




