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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
六月
48/66

見送り


 夜明け前、定刻が来て、すべてのプレールームが営業を終了し、客たちが帰っていく。

 そのほとんどが、今晩見た、痛快な〈成敗〉の話で持ちきりだった。

「来月には『襲ってきた男たちをワンパンKO』くらいに噂がでかくなってたりしてな」

「冗談やめてよ。ただでさえ憂鬱なのに。……姫様になんて言われるか……」

 何台ものタクシーやら乗用車やらが動く校庭を前に、正面玄関で怜雄とふたりで客を見送っていたそらなは、気が重そうに嘆息する。

「『わたしも生で見たかった』じゃねぇの?」

「……言いそう。来週は監視班が大盛り上がりね」

 そこへ、旧校舎の中から、のしのしと大男が現れた。室戸だった。

 室戸はそらなの前に立つと、がっしと彼女の手を握った。

「今日はありがとな、そらなちゃん。俺の代わりにあいつらをとっちめてくれて」

「お礼を言われることではありません。あんな姿をお見せして、お恥ずかしい限りです」

「言って素直に聞くようなやつらじゃなかった。何もせずに出入り禁止にしたら、ここに警察が来ていたかもしれない。……解決策としてはあくどくて乱暴だったっていうのも事実だが」

「もう二度としないとお約束します。……恵真とお話しはされましたか?」

「ああ、ちょっとだけな。『わたしのために怒ってくれてありがとうございます』ってな。『でも喧嘩する人は嫌いです』とも言われた。理沙ちゃんからもきつく言われたよ」

 苦笑する室戸に、そらなも微笑む。

「来週の試合、ご健闘をお祈りしています」

「おう。ありがとう。……ところで、将来女子プロレスに興味が出たら、俺のところに『室戸の弟子になりに来た』って乗り込んできな。いい団体を紹介してあげるから」

 そらなは、ぷっと吹き出した。

「考えておきます」

「半分は本気だからな? きみには才能がある。……ああそれと、今日のお礼にこれも渡しておく。きみはきっと来られないだろうが、好きに使ってくれ」

 じゃあな、と言い置いて、室戸はタクシーに乗り込んで、去っていった。

 別れ際に室戸からそらなに渡された細長い紙を、隣から怜雄が覗き込む。

「おーっ。来週土曜の王座戦のチケットじゃん。室戸さんが出るやつだ」

「もったいないなぁ。わたしら連休じゃないと学校の敷地から出られないのに」

「行けてもどうせ行かないんだろ?」

「そうね。あの騒動のあとで、監視班の瑠奈とも仲直りできたしね。休んでられない」

 そこへ、ぞろぞろと四人組の男女がやってきた。まりあ一行だった。

「またね、ソラナ。家庭科室のアレはナイス・ムーブだったわ」

「本日はご来店いただき……そして、手を貸していただき、ありがとうございました」

 深々と頭を下げるそらなに、まりあはけらけらと笑った。

「いいのよぉ、あれくらい」

「いえ、子供たちだけではとても……本当に助かりました。マリベル様にも、まりあ様に助けていただいたと、お伝えいたしますので」

「だから、いいのよ、何も気にしなくて。……わたしがここに来たのも、マリベルに頼まれたからなんだし」

「えっ?」

 そらなが顔を上げると、まりあ・エスコバルは優しい笑みを浮かべていた。

「ずっと前にマリベルから『わたしが式典でいない間、もしものときのために、頑丈な男たちと一緒に〈セルバトス〉に行ってほしい』って頼まれててね。……まぁ、わたしは元々里帰りするつもりだったし、可愛い姪っ子の頼みを断る理由もなかったわけ。だから別に、気兼ねしなくてもいいの。マリベルの指示なんだから」

「……はぁ、そんなことが……」

 思い出したように「そうそう」とまりあが呟く。

「あなたにいろいろと無茶な注文をしたけど、あれもマリベルの指示なのよ。ごめんなさいね」

「それは……つまり、わたしを試すため、ですか?」

「さぁ?『経験を積ませたい』とだけは聞いたけど……でも、よく頑張ったわね。偉いわ」

 取り巻きの護衛が車を回してきて、まりあは笑顔で手を振った。

さよなら(アディオス)お嬢さん(セニョリータ)またいつか(アスタ・ルエーゴ)

 黒塗りの車にまりあは乗って、やがて夜明け前の山の中に溶けていった。

「つくづく底が見えねぇな。まりあ様も姫様も」

「ほんとにね。……演技だと言ってたけど、本当の性格もそんなに良くないよ、まりあ様は」

「違いない。ノリノリだったしな。ところでバカラであの人がいくら負けたか知ってるか?」

「さぁ? いくら使ったの?」

「4000万だよ、おふたりさん」

 ふたりの背後から声をかけたのは、杖をつく佐久間と、今晩彼に紹介されて〈セルバトス〉にやってきた土屋だった。

「これは失礼しました。佐久間会長、土屋さん」

「あのお嬢さんは、いい負けっぷりだったよ。どれだけ負けが(かさ)んでも、腐らず焦らずチャンスをものにしていた。あれでも彼女は半分は負けを取り返したんだよ」

「それはそれは。……しかし、佐久間会長もさすがですね」

「いやいや、わしなんてただの耄碌(もうろく)じじいさ。……足腰がこんなものだから、若いころならおっとり刀で駆けつけたところを、ついにきみの助太刀は叶わなかった」

「そのお気持ちだけで十分心強いです。ありがとうございます」

「わしの力が必要になったときは、いつでも言っていいからね?」

「はい。そのときは」

 そらなと佐久間が別れの挨拶を交わしていると、隣にいた怜雄が、「あれ?」と声を上げた。

「土屋さん。まだ換金されてなかったんですか?」

 土屋の手元には、本日勝ち取った五十万円チップがどっさりと入った籠があった。

 申し訳ありません、と前置いてから、そらなは尋ねる。

「メンバーがご案内しなかったのですよね? 職員室へどうぞ。すぐに換金いたしますから」

「いや、これでいいんだ」

 そう言って土屋は、盛られたゲームチップでずしりと重い籠を怜雄に渡した。

「今日わたしは、ビギナーズラックで1500万円も勝ってしまった。……こんなに勝ってしまっては、きみたちも困るだろう? だからこのチップは預かっていてくれないか?」

 土屋からの提案に、怜雄は驚き、そらなは「いけません」と言った。

「わたくしどもを気遣ってくださるお気持ちはありがたいです。しかし、お客様は平等に、いくらでも勝っていいのです。お客様のお金を奪う権利は、わたくしどもにはありません」

「あげるとは言っていないよ。預かってほしいだけさ。わたしが次に来る日までね」

 土屋は後ろを振り向き、つい先ほどまでカジノだった旧校舎を見つめた。

「わたしは、カジノはおろか、ギャンブルもほとんど初体験でね。……この歳で不安だったのだよ。素人が混ざってお店やほかのお客さんに迷惑をかけるんじゃないか、とね」

 そらなに視線を戻すと、土屋は笑っていた。

「しかし、そらなちゃんに優しくゲームを教えてもらって、とても楽しくギャンブルをすることができた。また来たいとも思えた。……だから、信用のためにも、そのチップは預かっていてほしいんだ。いつかまた……今度は負けに来るから」

「そらなちゃん。土屋社長がこうおっしゃってるんだ。受け取ってあげなさい」

 笑い皺を寄せる佐久間からの説得に、わかりましたと、そらなは頷いた。

「当方が責任を持って預からせていただきます。またのお越しを、心よりお待ちしております」

 そらなと怜雄が頭を下げて見送ると、ふたりもまた、車に乗って山の中に消えていった。


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