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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
六月
47/66

成敗


 稲とともに遅れて駆けつけてきた染谷は、人垣をすり抜けて前に出た。

 水を打ったように静まり返った家庭科室で、そらなは凛と立っていた。

「状況を説明してもらいます。室戸さん、梶木さんから手を離してください」

「……そらなちゃん……」

「お願いします。わたしの後ろにいる三名にあなたを拘束させたくはありません」

 まりあの三人の護衛は室戸に勝るとも劣らない体格をしていて、抑止力として十分に働いた。

 このためか、と染谷は納得した。

 現状、〈セルバトス〉の中で室戸を実力で制止できる力を持っていたのは、まりあの護衛たちだけだった。この状況を作るために、そらなは―――家庭科室に行く前に美術室で賭博をしていたまりあの許へ走り、土下座をしてまで、まりあからの助力を得ていた。

 いくらか冷静になったのか、室戸は大きく息を吐いて力を緩めた。彼に胸倉を掴まれていた男は、(むし)り取るように室戸の手を払った。

「落ち着いたところで、事情を聞かせてください。……恵真さん、説明を」

「は、はいっ!」

 室戸の体にしがみついていた恵真が、背筋を伸ばして事の経緯を語りはじめた。

 恵真の話によると―――酒を勝手に持ち込んでしたたかに酔っ払っていた三人の男が家庭科室に入ってきたところ、人気プロレスラーの室戸がいることに気付いた。三人は当初、室戸に管を巻くだけだったが、数十分後に胸倉を捕まれることになる梶木が、ふざけて室戸に体当たりをした。頑丈な室戸はよろめくだけだったが、その拍子に偶然彼の後ろで配膳をしていた恵真にぶつかり、彼女が転倒してしまった。

「わたしはどこもケガをしなかったけど……」

「……この状況に至る、というわけですね?」

 激高した室戸に対し、原因を作った梶木が謝るどころか挑発したことも、恵真は報告した。

 一通り恵真が説明を終えると、室戸が真剣な表情でそらなに近付いた。

「そらなちゃん、やっぱりこいつらは許せねぇよ。やっていいことと悪いことの区別もつかないロクデナシどもだ。一発殴って教育させてくれ」

 傍観していた染谷も、心情的には室戸に近かった。周囲にいた客たちも頷いている。

 しかし染谷の理性的な部分を、そらなが代弁した。

「人を殴るのは教育ではありません。ただの暴力です。まして室戸さん、あなたはプロレスラーという芸術家です。あなたはスポットライトの下でだけ、美しく腕を振るうべきなのです」

 腕を振るう、という表現は比喩ではないだろうなと、染谷はあまり関係ないことを思う。

 静かに語りかけながら、そらなは問題の三人、梶木、岡田、杉本の前に進み、立つ。

「あなたは暴力を使うべきではありません」

 そうして、恵真を転ばせ、室戸を挑発し、今もへらへらと笑っている梶木を見上げた。

「……それはわたしの仕事です」

 その直後だった。

 一瞬。

 ほんの一瞬のうちに、そらなの目の前にいた梶木が、鼻血を吹いて床に崩れ落ちた。

「えっ?」

 染谷が驚愕し、周囲にいた人間が呆気に取られているうちに、そらなは梶木の隣にいた男の足をかけて転がし、胸倉を掴んで掌底で顔面を殴打。

「なっ! ちょっ!」

 染谷が止める間もなく、最後のひとりが腕を取られて関節を()められ、床に組み伏せられた。

 室戸も含め、周囲にいた客たちが愕然と呆然の間で見つめる中、体重をかけるそらなの脚の下で、関節技をかけられた杉本が悲鳴を上げていた。

 あっという間に三人の男を地に這わせたそらなに、まりあが、ひゅうと口笛を吹く。

「……梶木さん、岡田さん、杉本さん。……わたしを見てください」

 殴打によってダウンした男ふたりが、混乱したままそらなを見つめる。

「わたしは会話よりも……こっちの〈コミュニケーション〉のほうが、本当は得意なんです」

 凶悪な笑みで語りかけると、そらなは組み伏せた男を解放した。

 未だに状況を掴めずにいる染谷が言葉を失っていると、「おー、こえーこえー」と、いつの間にいたのか、怜雄が染谷の隣で笑っていた。

「あいつの膝蹴りなんて考えたくもねーな」

 それが最初の男についてのことだと、染谷は記憶を思い返した。そらなは一瞬のうちに、鳩尾(みぞおち)に突きを、金的に蹴りを入れ、しゃがみこんだ男の鼻面に飛び膝蹴りを叩き込んでいた。

「れ……怜雄くん、そらなさんは、いったい……」

「一昨年死んじゃったけど、そらなの父ちゃんは拳法出身の総合格闘家だったんだ。あいつも小さいころから鍛えられてんの。最近はずいぶんおとなしくなったけど、(なま)ってないな」

 安心したよ、と語る怜雄。その隣にいた染谷は、安心とは程遠い心境だった。

 マリベルの〈優等生〉が仮の姿だったのと同じく、そらなの〈模範生〉の姿もまた、かりそめだったのだ。

 三人の男たちが呻きながら立ち上がろうとすると「動かないでください」と、そらなが鋭く言い放つ。

「わたしの指示なしに動けば、また何度でも床を舐めさせます。これは一回だけの警告です」

そらなの冷厳な命令に、男たちは怯え、膝を付いたまま動かなくなった。

 鼻血の付いたスーツの膝に顔をしかめると、そらなは舌打ちを挟んで顔を上げた。

「それでは指示します。三人とも服を脱いでください」

 そらなからの指示に、男たちは目を丸くする。

「聞こえませんでしたか? わたしは『裸になってください』と言いました。服を脱いで、女泣かせがご自慢の貧相なチンコを放り出して、全裸になって整列なさってください。今すぐに。………………三度目はありませんよ?」

 そらなが拳を握り固めると、男たちは急いで立ち上がり、人目も憚らずに()(はだか)になった。

 靴下まで脱がされた全裸の男たちがそらなの前で一列に並ぶと、今度は恵真が悲鳴を上げて家庭科室を出て行った。

 まるで鬼軍曹のように腰の後ろに手を回したそらなは、重い言葉を響かせる。

「梶木さん、岡田さん、杉本さん……今日のあなた方の所業は、目に余るという言葉でも足りません。姫様がご不在の今日、勝手な処分は下すまいと決めていましたが、わたしの一存であなた方を出入り禁止とさせていただきます」

 反論はありますか、とそらなが聞くと、三人はぶんぶんと首を振った。その動きで彼らの一物(いちもつ)がぷるぷると震えた。滑稽な風景に、しかしその場の誰も笑わなかった。

「恥を忍んで『女子小学生に暴行された』と、警察に訴えたければお好きにどうぞ。ただしその場合、ふたつの報復を実行します。ひとつはこの家庭科室の監視カメラの映像です。あなた方の顔も裸もくっきりと映った映像をネットに個人情報つきでばらまいて社会的に殺します。そしてもうひとつは単純に……わたしがあなた方を背後から襲って、何度か半殺しにします」

 そこまで述べると、ぱん、とそらなは手を叩いた。びくりと裸の男たちの体が震えた。

「以上。一分以内に〈セルバトス〉から出ていってください」

 そう言って、そらなは腕時計に目を落とす。

「いち、にぃ」

 さん、を待たずに、男たちは着ていた服を抱え、一目散に家庭科室を飛び出していった。

 ―――問題を起こした男たちが消えると、一瞬の沈黙のあとに、どよめきが起こった。

 しかしくるりとそらなが周囲に視線を振り向けると、またしても、沈黙。

「皆様、大変ご迷惑をおかけしました。〈セルバトス〉を代表して、深くお詫び申し上げます」

 深々と頭を下げるそらなは、膝に付いた血を除けばいつもどおりの姿に戻った。

 その場にいた誰もが、以前と同じように彼女を見れないでいる中、まりあだけは違った。

「お見事(ブラーヴォ)!」

 そう言ってまりあは、満面の笑みで手を叩き、そらなに喝采を送った。拍手は彼女の背後にいた三人の護衛に伝播し、やがて染谷以外のすべての人間が、拍手で彼女を称えはじめた。

 拍手が彼女を包んでも、そらなは顔を上げず、深く深く頭を下げて詫びていた。


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