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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
六月
46/66

騒動と熱狂


 普段は、サービスで振る舞われる食事で賑わう家庭科室が、騒然としていた。

 大勢の客が丸く人垣を組み、口々に「謝れ!」「詫びを入れろ!」と、中にいる人間を糾弾(きゅうだん)している。円の中に立っていたのは五人。調理班の恵真、〈セルバトス〉の客で人気プロレスラーの室戸、そして何度もカジノからマナーの注意を受けている、若い三人組の男たちだった。

 彼ら五人の足元には、カレーライスが割れた皿と一緒に生ゴミとなって散らばっていた。当座それを片付けるのが急務であるはずの恵真は、必死になって室戸の腰にしがみついている。

「室戸さんっ! わたしは大丈夫ですっ! お願いですから喧嘩しないでくださいっ!」

「ケガがなかったことだけは、本当に良かったよ、恵真ちゃん。……だが、こいつらは許しちゃおけねぇ。誰が許しても俺が許さねぇ。絶対に、絶対に心をこめて、きみに謝らせるからよ」

 鬼気迫る表情で宣言する室戸に、「そうだ!」「やっちまえ!」と野次馬が同調して嗾ける。

 そんな中で、怒号に晒される三人の反応は三様に分かれた。

 ひとりは視線に怯え、ひとりは面倒な状況に嘆息し、ひとりは更なる挑発に及んでいた。

 梶木という、カジノから再三注意を受けていた男は、へらへら笑って室戸に顔を近づける。

「おっさんさ、なにいいかっこしようとしてるわけ? 俺らさっきちゃんと謝ったじゃん」

「あれで謝ったつもりか馬鹿野郎。……俺にちょっかい出すのは笑って許してやる。だがもしもあのとき、この子が目にケガでもしていたら、お前らの誰が責任を取れるっていうんだ」

「あんなの事故みたいなもんじゃねーか。そのガキがついてなかっただけだよ。それに直接ぶつかったのは俺じゃなくてあんただろ? 汗臭い正義感振りかざすんじゃねぇよ、ゴリラ」

「なんだと、この、ガキぃ」

 挑発してきた男の襟首を、室戸が掴んで、ぐいと引き上げる。彼の腰にしがみついて制止しようとしていた恵真は、尚更強く「やめてください!」と叫んだ。

「お前らは人生のどこかの曲がり角で、人として大切な物を置いてきちまったみたいだな。……どうすれば思い出すんだ? 言ってみろ。どうすればお前らは心から謝れるんだ?」

 胸倉を掴まれた男は、はっ、と短い嘲笑を室戸にぶつける。

「やれよ、おっさん。殴って気が済むんならさっさとやればいいじゃねーか。……まさかまさか、天下の真日本プロレスの室戸様は、素人にびびってんのか?」

 せせら笑う男は、「離せよ」と自分の襟を締める室戸の手を掴んだ。

「俺を殴ったら警察沙汰にしてあんたを社会的に殺すぞ?……今なら許してやる。口先だけのレスラーのことは秘密にしてやるから、この手を離せ、デカブツ」

「俺が口先だけだと? 上等だコラぁ」

 室戸が両手で男の襟首を掴むと、彼の全身の筋肉が強張(こわば)った。

「俺のネック・ハンギング・ツリーが偽物かどうか、お前の首で確かめてみるか?」

「やめて! やめて室戸さん! 喧嘩しないで!」

 一触即発の状況が恐ろしいのだろう。恵真は目を閉じ、しかし必死に声を張り上げる。

「誰か! 誰か止めてください!」

 少女は周囲に助力を求めたが、この場で誰よりも屈強な体を持つ室戸を止めようとする者はいなかった。室戸を挑発した男の仲間も成り行きを見守るだけで何もしようとしない。

 いよいよ暴力が行使される―――その直前。

「全員そのまま動かないでください!」

 家庭科室に大声を張り上げて、ひとりの少女が乱入してきた。

 警笛(けいてき)のように鋭く響き渡った声の主は立川そらなで、彼女の後ろには、まりあ・エスコバルと、彼女の護衛である三人の外国人がいた。


 一方そのころ、二階のブラックジャックルームでは、家庭科室の騒ぎのせいで人が少なくなる中、土屋だけはテーブルに残り、ゲームを続けていた。

 周りの声も聞こえないほどに熱中して勝ち得た金は、一千万円を越えようとしていた。


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