不穏
「皆さんお疲れ様です」
そらなは職員室に入り、監視班の愛奈の後ろに立つ。
「変わりはありませんか?」
「さっきの酔っ払った三人が〈夜の学校の肝試し〉を始めて、また騒ぎはじめたよ」
「わかりました。すぐに注意に向かいます」
来て早々に踵を返そうとするそらなを愛奈が呼び止めた。
「大丈夫。もうほかの子に頼んだよ。注意してプレールームに戻ってもらったから」
「……そうですか」
そらなは鼻で息をついて、腰に手を当てる。
「次からは必ずわたしに報告してください。今日の運営はわたしに任されていますから」
「あ、うん、わかった。気をつけるね」
「皆さんも引き続き監視をお願いします」
そらなが監視班全体を見渡したとき、別の机に座っていた瑠奈が手を挙げた。
「そらなー、ちょっといい?」
「なんですか? 瑠奈さん」
「あんたってさー、そんなに嫌なやつだったっけ?」
まるで昼間の天気を尋ねるかのような気楽さで、瑠奈はそらなの顔も見ずに暴言を吐いた。
職員室内の空気が一気に凍った。
そらなは静かに問い返す。
「……どういうことですか?」
「忙しいあんたの代わりにトラブルを処理したんだから、まずは愛奈にお礼でしょ?」
自分の名前が挙がった愛奈は、不安そうな顔で剣呑なふたりの顔を交互に見た。
「今のわたしに、何か不満が?」
「あんたのことは嫌いじゃないよ。〈セルバトス〉で一番仕事できるから尊敬もしてる。ただ、たった一言『ありがとう』も言えないようなつまんないやつなのかなって思っただけ」
「……確かにそれについては、わたしの配慮不足を認めましょう。しかし姫様から〈セルバトス〉を任された以上、皆さんはわたしの指示に従ってもらわなければなりません」
「だぁーかぁーらぁー、少しはわたしらを信用して任せてみなさいっての」
話す間、瑠奈は一度も監視カメラのモニター画面から目を離さなかった。顔も見たくない、見る必要がない、とでも言いたげな態度だった。
「土屋さんとかまりあ様とかも、何もかもワンマンでやろうと欲張るからクルクル目ぇ回してるんでしょ? あんたが一番古株だけど、怜雄や愛奈みたいに十分場数踏んでるメンバーもいるんだから、頼ったっていいじゃん。今のあんたは〈セルバトス〉の指揮系統を束ねる頭脳なの。脳味噌が座る暇もなく動いてどうすんの。器用な手足が何人もいるってのに」
「る、瑠奈ちゃん!」
見かねた愛奈が仲裁に入った。
「わ、わたしは平気だから! 報告しなかったのはわたしのミスなんだし。……それに、わたしよりも、そらなちゃんはずっと責任があるんだから。だから……もうやめようよ、この話」
「そうね。つまんないからね。そらな、今の忘れて」
結局一度も顔を上げなかった瑠奈に、そらなは何も言い返さなかった。
そこへ、職員室の扉がノック。
「おーす。そらな、いる?」
「……ここに。どうしましたか? 李虎くん」
李虎は開けた扉に肩を凭れさせて、面倒そうに答えた。
「一応、報告しとく。お前が接待した土屋っておっさん、やばいぞ」
「そんなに負けたんですか? 負けて荒れてらっしゃる?」
「逆だ。神様がいたずらして恐ろしく勝ってる。……ずぶの素人をブラックジャックのテーブルに座らせてカモろうとしたんだろうが、このままじゃ〈鯨〉に飲まれるぞ?」
その報告に、そらなは目を見開いた。
「……今の状況は?」
「ぱっと見た感じ五百万は勝ってる。〈選球眼〉が冴えてるな。安く負けて高く勝ってる」
「カウンティングの可能性は?」
「ねーよ。お前も知ってるとおりシャッフルした6デックの半分を使ったら全部捨てて新しい6デックでゲーム再開だ。それに基本戦略も知らない素人のおっさんだぞ? カード・カウンティングっていう必勝法があることすら知らねーよ」
「それじゃあ、まったくの幸運で、土屋さんは二十万を五百万にしたということですか?」
「お陰で二階のバカラルームはお祭騒ぎだ。……で? どうする? 支配人代理様よ」
そらなは唇を噛んで沈黙した。
「あのおっさんは捨て銭のつもりだから勝てば勝っただけ張ってくる。ここで帰ってもらえば『痛い』で済む。だがこれ以上勝たせたら、今日の客足から考えて、大赤字になるぞ?」
「……そう……そうですね……それだけは……それだけは……」
そらなは充血した目で親指の爪を噛みながら、ぶつぶつと思案の呟きを漏らす。
そこへ愛奈が、
「そらなちゃん? 家庭科室で、何か、」
「うるさい! ちょっと黙ってて!」
そらなの鋭い一喝に、愛奈はびくりと肩が震え、李虎は眼鏡の奥の目を丸く見開いた。
理性的とは思えないそらなの大声には、当の本人が一番驚いていた。
あらゆる意味合いをこめた目で自分を見つめてくるメンバーに、そらなはしばらく言葉を失い、今にも感情の均衡の崩れそうな表情で、自分が怒鳴りつけた愛奈を見た。
「ご、ごめ……ごめんなさい、愛奈さん……」
「そ……そらなちゃん、大丈夫? 顔色良くないよ? 昨日ちゃんと寝たの?」
呼吸を浅く繰り返して、視線を床に這わせるそらなに、愛奈が心配そうに立ち上がる。
大丈夫です、とそらなは弱々しく答える。
「ちょっと……疲れただけです。隣の校長室で、休憩、してますから、……何かあったら、呼んでください。……土屋さんについては、まだ様子を見てください」
「……おう」
李虎はそれだけ言って、職員室をあとにした。
そらなもまた、監視班からの心配の目を背中に受けつつ、職員室を出た。




