更なる勝負と更なる食事
所変わって、旧校舎二階のブラックジャックルーム。そこは一階の同じゲームを行う教室より、少しだけ最低賭額が高い部屋であり、比べて客も少なかった。
ひとつのテーブルに土屋を座らせたそらなは、彼の肩に手を置いた。
「ブラックジャックで、何かご存知のことはありますか?」
「『21に近いほうが勝ち』、ということだけだよ」
「極論すれば、それがすべてです。まずはお好きな額を賭けてみてください」
「では、最初は様子見で、このくらい……」
土屋は一万円チップが二十枚ほど入ったかごの中から、一枚だけを、テーブル上、自分の正面に描かれた円の中に置いた。プレーヤーの参加を確認したディーラー役の児童が、カード・シューから一枚ずつ客と自分に表向きに配る。客全員に二枚ずつ配ったあとの最後の一枚、ディーラーの二枚目となるカードだけが伏せて置かれた。
土屋に配られたカードは絵札と2。ディーラーの伏せられていないほうのカードは6だった。
「ブラックジャックはディーラーとの対決です。絵札はすべて10と数えます。Aは1か11、どちらで扱っても構いません。プレーヤーは任意でカードを追加して、どちらが21に近くなるかをディーラーと競います」
「ふむ……カードの追加はジェスチャーで伝えるのかい?」
右隣のプレーヤーがゲームテーブルを指で叩いたりしているのを見て土屋は尋ねる。
土屋が選択をする番が回ってきた。
「そのとおりです。スタンド、すなわち現状のカードで勝負する場合は、カードの表面をなでるように手を動かしてください。ヒット、すなわちもう一枚カードを追加したい場合は、テーブルを二回、指で叩いてください」
「今のわたしのカードの合計は12か……それなら、ヒット? だったね?」
土屋がテーブルを、恐る恐る指で叩く。ディーラーはそれを見てカードを送る。
現れたのは絵札だった。
「ありゃ。合計が22になってしまったが?」
「残念ながら、22以上になると〈バスト〉。その時点で負けとなります」
そらなは至極申し訳なさそうに眉尻を下げる。土屋の賭けたチップは没収された。
土屋の左隣にいた客が一枚だけヒットしてスタンドする。
負けたことでどこか安心して見物している風の土屋が、またそらなに尋ねる。
「相手方のカードが一枚隠れているのは、これもいわゆる控除率かな?」
「ディーラーにはヒットかスタンドかを選択する権利がないから、と思っていただければ」
「というと?」
「17以上になるまで、ディーラーは必ずカードを追加しなくてはならないのです」
見ていてください、とそらなが土屋の視線を向けさせる。ディーラーは伏せられていたカードである絵札を客に見せ、カード・シューから一枚引きぬいて自分の手元に置いた。
元の二枚の合計が16で、新たに出てきたカードは7。合計で23となり、ディーラーのバスト。土屋以外のふたりが勝利した。
むぅ、と土屋は唸った。
「12のままで勝負していればわたしも勝っていたようだが、どうだろう」
「先ほどの場合は絵札以外は何が来てもバストしないので、ヒットで正解だと思います」
「ふむ……ルーレットで大きく勝ったから『次は頭を使うゲームを』と言ったのは、調子に乗っていたかな? わたしには難しいだろうか?」
問われ、そらなは微笑んで土屋の両肩に手を置く。
「最善を尽くして負けることも、何もせずに勝つこともあります。それが世界中のどこのカジノでも遊戯されているブラックジャックという奥深いゲームです。もちろん、ポーカーやバカラにご興味がおありでしたら、そちらにご案内することもできますが……」
「いや、やってみよう。ここにあるチップもきみがくれた元手で作ったものだから使い切りたい。何事も挑戦だ」
土屋はテーブルに乗せていたゲームチップを、再び目の前の円の中に置いた。
ゲーム続行の意思を確認したそらなは、ありがとうございます、と頷く。
「ブラックジャックには、ダブルダウン、スプリットなどの特別ルールもあるのですが……」
そらなが更なる説明を授けようとしたとき、背後から肩を叩かれた。
「そらなさん。聖母とは程遠いまりあ様がお呼びだよ」
「………………わたしは今、土屋さんに大事なルールの説明を行っています」
「至急来てほしいって。『そらなの判断と許可が必要だ』って怜雄くんが」
呼び出しに応じかねているそらなに、土屋が振り向いた。
「そらなちゃん。ほかのルールは別の子に聞くよ。きみを独占していてはいけないのだろう? 行っておいで」
土屋からの申し出に、申し訳ありません、とそらなは謝る。
「すぐに戻ります。どうぞごゆっくりお楽しみください」
そう言って土屋のそばを離れると、そらなは早足で教室を出た。
その足音は、普段は彼女こそが注意しているというのに、ぎしぎしと喧しいものだった。
同刻、家庭科室では、
「肉じゃが定食おかわり!」
「定食を丸ごとおかわりしないで! いつまで食ってんのよ、この熊太郎!」
理沙と室戸のやり取りに、食事休憩で家庭科室を訪れている客が笑っていた。




