まりあ
正面玄関に、サングラスをかけた四人組がいた。そのうち三人はスーツを着た屈強な外国人の男たちで、ひとりだけが細身の若い日本人の女だった。玄関でたむろしていた客たちが、何者の来訪かと彼らを見つめる中、出迎えに来たそらなはにこやかに挨拶する。
「ようこそおいでくださいました、まりあ様。またお会いできてとても嬉しいです」
お元気そうで、と微笑むそらなに、まりあと呼ばれた若い日本人の女はサングラスを取った。ショートボブに吊り目がちな黒い瞳のその女は、しなやかな山猫を髣髴とさせる。
「こんばんは、ソラナ。……ねぇ、日本はもう夏でしょう? なんでこんなに寒いの?」
まりあはTシャツにジーンズという飾らない格好をしていた。そのシャツの表面には、翻訳すると文章にするのをためらうくらいに卑猥な英文が書かれていた。
「山の中ですから。……てっきりまりあ様も式典に参列されているものと思っていました」
「あら? わたしは招かれざる客?」
「とんでもない。ご歓迎の準備をさせていただきたかったのです」
「お世辞がうまいわね、ソラナ。……うちのところは血の繋がりを大事にする男社会の一族で、子供のいない嫁は式典にお呼びでないのよ。日本よりも前時代的ね」
残念だわ、と、さして残念でもなさそうに、まりあは肩をすくめる。
「愛するダーリンはパレードに会食と忙しそうだから、里帰りついでに遊びに来たのよ。今夜は久々に羽根を伸ばせるわ。バカラテーブルとサンタニオルを用意してちょうだい」
「……申し訳ありませんが、当方で取り扱っているのは国産のミネラルウォーターのみです。三階にまりあ様専用のバカラテーブルをご用意させていただきますので……」
「水は諦めるとして、わたしに三階まで階段を踏ませるつもり? 冗談じゃないわ。どうしてもって言うのなら、あなたがわたしを背負ってくれる?」
尊大に胸をそびやかして命令するまりあに、少々お待ちください、とそらなは笑顔で答えた。
そらなは先ほどまでドアボーイを務めていた男子児童にひそひそと話しかけた。
「一階に空き教室はありますか?」
「一階? 普通の教室は全部使ってるよ。特別教室の……美術室なら空いてるはずだ」
「それでは今すぐ美術室に人手を集めてバカラの準備に取り掛かってください」
お願いします、と耳打ちするそらなに、男子児童は眉を顰めた。
「あのいけ好かないお姉様はどこの誰なんだ?」
「まりあ・エスコバル。旧姓で桜田まりあ。姫様の義理の叔母に当たる人です」
「……了解。大急ぎで準備するよ」
「急いでください。頼みましたよ」
指令を伝えて戻ってくると、怜雄がまりあの話し相手になっていた。
「おう、そらな。バカラルームは準備できそうか?」
いつものような言葉遣いを客の前で使われたことに、そらなは一瞬だけ不快を顔に表した。
「ただいま一階にバカラルームをご用意しております。その間……」
「ってなもんです、まりあ様。お待たせしてどうもすんませんね」
へらへらと謝る怜雄に、まりあもおかしそうに笑う。
「いいのよ。所詮はマリベルの〈カジノごっこ〉の真似事なんだから。期待してないわ」
「面目ないっす。ところで、まりあ様に紹介したい人がいるんですが、暇つぶしにどうです?」
「あら、子供が生意気に紹介だなんて、面白そうね。是非とも連れてってちょうだい」
「それならどうぞ、この生意気なガキについてきてください」
妙に馬の合っているふたりの会話を、そらなはただただ聞いていた。
荷物を車から降ろしはじめたまりあ一行。彼らに背を向けた怜雄に耳元で囁かれる。
「あの手の人間を相手にするコツは、できるだけ間抜けを演じることだ。お前にゃ無理だよ」
呼んでるぞ、と怜雄が顎をしゃくると、玄関の中でそらなを手招きしている女子がいた。
そらなは鋭い視線で怜雄を睨んだ。
「……何かあったらこのカジノが潰されるんだからね?」
「あの女がそんなせせこましいことするわけないだろ?」
ふたりはそんなやり取りを交わして、お互いの仕事に戻った。




