家庭科室
家庭科室にエプロンを付けたふたりの女子児童がいた。
「今日は暇になるかな、理沙ちゃん」
「調理のわたしらはいつもどおりよ。……恵真、ご飯はあと何分?」
「んー、早いほうはあと十分で炊き上がるよー」
理沙はコンロの前に立ち、くつくつと気泡を立てる大鍋をかき混ぜている。中身は大量のカレーだ。調理台に立つ恵真はまな板の上で包丁の刃を立てる。具材の挟まれた薄いパンが斜めに切られ、皿の上にサンドイッチとして盛り付けられる。
頭に頭巾を巻いたふたりの少女は、マスクの布越しに会話をする。
「今日のそらなちゃん、張り切ってたね。こっちにまで見回りに来てさ」
「初めて姫から〈セルバトス〉を任されたんだからね。気合も当然でしょ」
「何も起きなければいいなぁ。姫様がいないから、やっぱりちょっと怖いよ」
不安そうに語る恵真を振り返って、理沙の目が笑う。
「甘いよ、恵真。ここはカジノなんだから。何も起きないことのほうが異常よ」
「それは経験ですか? 理沙先輩」
「一年も手伝っていればね。家庭科室で起きたトラブルだって少なくないでしょ?」
「あー、言われてみれば、いろいろあったねぇ。喧嘩とか置き引きとか……」
「食器棚から勝手に丼引っ張り出してチンチロを始めたりとかもね」
「あったあった。あれは止めに来た姫様も呆れてたよね」
ふたりはおかしそうに笑った。
「……よし。カレーはこんなもんでしょう」
「サンドイッチもできたよ。配膳の三人がドリンク配り終わったら持ってってもらおうか」
「定食用の肉じゃが、味噌汁、玉子焼き、ほうれん草のおひたし……よし」
「たまには別のメニューも作りたいねー」
「『材料が同じだから』って理由でカレーと肉じゃがだからね。姫の発想は海軍と同じよ」
口元のマスクを外してふたりが一息ついたところだった。
「おーっす! やってるか、おちびちゃん!」
家庭科室の扉を開けて、タンクトップ一枚の、筋骨隆々の若い大男がやってきた。
男を見て、理沙は露骨に嫌そうな顔をした。恵真は、あーあ、と苦笑している。
「いやー腹減った腹減ったぁ! カレーね!〈室戸スペシャル〉でな!」
ほかに客のいない家庭科室で、男は大声で注文しながら、流しでざばざばと手を洗う。
「……ただいまご飯を焚いています。少々お待ちください」
憮然とした様子で理沙は答え、冷蔵庫の前に立つ。大男は濡れた手を首にかけたタオルで拭うと、先ほどまで恵真が作業していた調理台のそばに自分で椅子を持ってきて座る。
彼の前に恵真が水の入ったグラスを置いた。
「一ヶ月ぶりですね、室戸さん。練習終わりですか?」
「そうそう。俺は酒がぜんぜんダメだからさ。飲み屋の代わりにここで景気付けさ」
「試合が近いんですか? 頑張ってくださいね」
「おうよ恵真ちゃん。来週はここにベルト持ってきてやるからな。……おっ、うまそうじゃん」
室戸と呼ばれた大男は、近くにあったサンドイッチに手を伸ばした。
「あっ、ダメですよう、室戸さん。それはプレールームに持っていく……」
「こらぁっ! タダだからって勝手に食うなっ!」
冷蔵庫から玉子ふたつとチーズを取り出した理沙に怒鳴られた室戸は、悪い悪いと笑いながら、あっという間に空になった皿を恵真に渡した。
炊飯器が焚きあがりを知らせる音を鳴らした。
「まったく……〈室戸スペシャル〉でよそってやるから、おとなしく座ってなさい!」
そう言って理沙は火をかけたフライパンに玉子をふたつ割り入れた。
「はいはいわかったよ。……今日も理沙ちゃんはおっかねぇな。俺の母ちゃんみてぇ」
「こう言っちゃなんですけど、室戸さんが十人分も食べるからですよー」
「ここのカレーはうまいからな。……それにタダだし」
「あはは」
数分後に室戸の前に現れたカレーライスには、大皿に大量の白米とルーが乗り、二輪の目玉焼きとチーズがトッピングされていた。もちろん福神漬けも。




