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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
六月
35/66

支配人代理・立川そらな


 いつもなら〈セルバトス〉での立川そらなは私服姿で働いているのだが、その日はマリベルに借りたパンツスーツを着て、旧校舎の正面玄関に立ち、やってくる客を笑顔で迎えていた。

「おはようございます、立花先生。ようこそおいでくださいました」

「おや? マリベル姫は?」

 立花という名の中年の男の客に尋ねられ、笑顔のままでそらなは答える。

「支配人はご実家の都合で帰国しています。本日はわたしが代理として……」

「そらなちゃんで大丈夫なのかい? マリベル姫あっての〈セルバトス〉だろう?」

 比較してからかうような言葉に、そらなは眉ひとつ動かさなかった。

「お客様あっての〈セルバトス〉です。どうぞ今晩もごゆっくりお楽しみください」

「んー……楽しみ半減って感じだが、まぁいいだろう」

 校舎に消える立花を見送ってから、はぁ、とそらなはため息をつき、隣の男子に声をかける。

()()、今日の来客数はどのくらい?」

「先週の半分以下だろうな。今のところ」

「そう……そんなに……」

 そらなは寂しそうに、ため息をもうひとつ。

 カジノクラブ〈セルバトス〉の来客数は、週によって月によって多少減ることはある。しかし、これほど先週と落差のある営業日は珍しかった

「減るとは覚悟してたけど、姫様に会いたくて来てた人がそんなにいたなんてね」

「可愛い外国人の女の子が接待してくれるっていう非日常が好きなんだろ。……あ、もちろんお前も可愛いけどな?」

「うっさい」

 そらなが唯一丁寧語を使わずに話す怜雄は、彼女の幼稚園からの幼なじみだったりする。

 軽く怒ったそらなに、怜雄は笑う。

「先週なにも言わなければ、いつもどおりの来客数だったと思うけど?」

「姫様がいないのを知らせないのは騙すようで気が引けたし。……まぁ、しょうがないわ」

「客が少ないなら楽でいいじゃんか。どんだけ客が入っても俺たちの給料は……おっと、お待ちかねの〈(くじら)〉だ」

 カジノでの〈鯨〉とは、大口の客を指す。

 正面玄関の前に、一台の黒塗りの高級車が停まった。そらなと怜雄はその後部座席の扉の前に近付き、怜雄が扉を開くと、中から年老いた総白髪の男が現れた。

「お待ちしておりました。佐久間会長」

「ああ、ありがとう、そらなちゃん」

 杖を持った総白髪の老人は、そらなに手を取ってもらって車を降りた。

「今日は、どうだい? お客は入っているかい?」

「恥ずかしながら支配人には力及ばず……佐久間会長には、ゆったりと遊んでもらえそうです」

「そうかそうか。そういうことなら、わしが頑張らないとな。ここで子供たちに小遣いをあげるのが、わしの唯一の楽しみだから」

 脱いだ帽子をそらなに渡すと、佐久間は彼女の肩を優しく叩いた。

「今晩は懇意にしている社長も連れてきたんだ。彼に〈セルバトス〉を教授してやってくれ」

「かしこまりました。喜んでご案内いたします」

 夜もとっぷりと暮れて、そろそろと騒がしくなる旧校舎。

 そらなと怜雄は、ふたりの上客を〈セルバトス〉へ導いた。


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