鍵崎との交渉
自分のいないころの〈セルバトス〉の様子を知ることを第二の目的として、染谷が監視カメラの映像を見つめている間、マリベルは校長室で、高利貸しの鍵崎と面会した。
「話があるそうね?」
白人の護衛・権左が見守る中、いくらでも怖い顔を作れるだろう表情を微笑みに変えて、鍵崎が会話を始める。
「時間を取ってもらいまして、どうも。手短に済ませますんで」
「そうしてもらえると助かるわ。今日は忙しくなりそうなの」
「では簡潔に」
ソファの上で、鍵崎は両膝の上に両肘を乗せて、ぐっと前のめりになる。
「誰なら食っていいのか、俺に教えてくださいよ。姫様が指定して下さったら、俺はそいつだけから毟ります。姫様の手間もひとつ省けるでしょ?」
ひそひそと声を落とす鍵崎に、マリベルはにやりと笑う。
「てっきり『もっと勝手にやらせろ』と言ってくるものと思っていた。殊勝な心がけね」
「そりゃどうも。しかしかなり本気なお願いです。ここの客層はよりどりみどりだが、姫様が日本におられるのも来年の三月までと聞く。時間の無駄を省いて稼げるときに稼ぎたい。俺だって今まで少しは〈セルバトス〉の売り上げに貢献してきたでしょ?」
話を頷きながら聞くマリベルは、ソファの背にもたれて脚を組み、腕を組んだ。
「鍵崎さん。わたしはあなたのことを、役に立つ寄生虫だと思っています」
「……どう受け取ればいいのやら……」
鍵崎は困ったように苦笑する。マリベルもおかしそうに笑う。そこに騙し合いはなかった。
「あなたが〈セルバトス〉にもたらした恩恵については、『特に頼んでいない』というのが実情よ。たまたま潜り込んできた寄生虫が宿主に益をもたらしたから、これまで見逃してきただけ。……それにわたしは、どこまでも利潤だけを追求しているわけではないわ。どうせ私が去れば〈セルバトス〉は閉めざるをえない。店を畳む準備も始めてるし、今から大きな繁栄を目指してもしょうがないの。……三月の最後の営業日には、ここを本当に好きでいてくれるたったひとりのお客様だけに来てもらえればいいと思っている」
「ええと……つまり……店の雰囲気を乱すな、と?」
鍵崎が探り出した結論に、マリベルは頷く。
「空気が荒むから、借金まみれの人には遊んでほしくないの。贅沢な理想だけど」
「なるほど……つまり俺は、金持ちのために緊急に用立てる役割でなら、動いていいんですね?」
「南都さんみたいに例外はあるけれど、基本はそんなところよ。あなたの貢献は決して蔑ろにしていないわ。感謝してる。今月末までにタフで磐石な金満客をリストアップして、あなたに教えるわ。まずはその人たちと信頼関係を築いてみたら?」
「そいつはありがたい。恩に着ます」
「いつかヒトと常在菌のように、お互いになくてはならない存在になりましょう」
「寄生虫の次はバイ菌か。たまらねぇですよ」
ふたりは笑って握手を交わした。




