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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
五月
25/66

会議


 連休も終わった翌週の、金曜日の夜。

 帰省していた児童たちも戻ってきて、ようやく平常どおりの〈セルバトス〉の営業を前日に控えた晩に、旧校舎の体育館で催されたミーティングにて、ある議論がなされていた。

 五日前の日曜日の会議でも同じ議題があったので、論を交わす子供たちは皆、「めんどくさいなぁ」という感情が顔に表れていた。会議を見守っていた染谷にはそう見えた。

「あのスケベな坊さんのほうが付き合いは古いんだろ?」

「羽振りがいいのは無間斎さんだよ」

「どっちかって言われたら奥野さんのほうがマシじゃない? 歴史のあるお寺なんだしさ」

「えーやだー。あのハゲ、存在自体がセクハラなんだもん」

「無間斎さんだって大概だろ。娘もいるのに愛人囲ってるって噂もある」

「教祖サマのくせに細かいクレーム多いしね」

 何重にも円を描くように組まれた子供たちの車座(くるまざ)の外側で、ホワイトボードの前に立っているそらなが、注意を集めるように手を叩いた。

「ちょっとみんな! 話が逸れてますよ! 今の議題は、奥野さんと無間斎さんについて、『どうすれば現状を維持できるか』でしょう?」

「それをぶち壊そうとしてるのは本人たちだろ?」

「いい機会だからどっちか選ぼうぜ」

 メンバーたちから飛んでくる意見に、そらなは腰に手を当てる。

「みんなの言いたいことはよくわかります。わたしもうんざりしています。しかし奥野さんと無間斎さんには〈セルバトス〉の売り上げに大きく貢献してもらっています。なので『どちらを取るか』という選択はできません。どちらを切り捨てても損にしかなりません」

「それはわかるけど……なぁ?」

「ねぇ? さすがにこればっかりは……」

 進展しない議論を、ひとりだけパイプ椅子にかけて眺めているマリベルは、腕組みをした状態でため息をついた。やはり彼女もうんざりしていた。

「どうしてあんなワガママ親父どもに、こんなに悩まされなくちゃいけないのかしらね」

「あのふたりはそんなに重要かい?」

「今はまだ、いなくなっては困るわね」

 裏を返せば、いつか追い出してやる、という風に、マリベルの隣に立っている染谷には聞こえなくもない。

 きっかけそのものは、くだらないほど些細なことだった。

 先週の土曜日の午前四時ごろ、一台のタクシーを巡って、「俺が呼んだんだ。俺が先に帰る」「何を言う。僕が呼んだタクシーだぞ」と、(くだん)のふたりが校庭で揉めはじめた。

 夜明けの迫った校庭で騒がれては、学園内にいる〈セルバトス〉の存在を知らない者にさえ秘密が露見するかもしれない。そのため当然マリベルはつまらない(いさか)いを止めようとした。

 すると無間斎が「もうこんなやつが来るカジノでは遊べん!」と言い出し、「僕だって同じだ。二度と来るものか!」と奥野が応戦した。

 マリベルは懸命に冷静に、ふたりをどうにか(なだ)めようとした。

 するとふたりは、「じゃあこいつを出入り禁止にしてくれ」と、言い出してきたのだ。

 そうこうしているうちに、どちらかが呼んだであろう二台目のタクシーもやってきた。ふたりは「あいつを出禁にしてくれない限り、もうここには来ない」と言い残し、ようやく帰った。

 その後、めらめらと怒りの湧き起こったマリベルにより、かわいそうな三郎は自分の腹筋をサンドバッグとして差し出すことになる。翌日は学園内でいつもの彼を見かけたので、頑丈でよかったと染谷は安堵していた。

 ふたりのどちらかを出入り禁止にするという考えは、最初からマリベルの頭にはない。

「みんな、聞いてちょうだい」

 マリベルがパイプ椅子から立ち上がると、〈セルバトス〉のメンバーが一斉に注目した。

「売り上げの面も確かにあるけど……どちらかを切り捨てることをわたしが良しとしない理由は、ひとりのお客様の個人的な都合に従って特定のお客様を排除することになるからよ。〈セルバトス〉はたくさんのお客様に楽しく遊んでもらうために、わたしたちで判断して運営しているの。決めるのはわたしたち。奥野さんでも無間斎さんでもなく、わたしたちが決めるのよ」

 マリベルからの訓話に、しかし今度は会議が沈黙してしまった。

「誰か、少しでも建設的な意見はない? なければ時間の無駄だから会議を閉めるけど?」

「はい。いいかな」

「どうぞ、ホセ。何でも言って」

 指名されて立ち上がったのは、眼鏡をかけた小柄な男子児童だった。彼は長谷川という苗字をマリベルから〈ホセ〉と呼ばれている。

「姫様の意向としては、〈どちらか〉ではなく〈どちらも〉なんだよね? これからも歓迎するにしても、出入り禁止にするにしても」

「そうね。本音では面倒だからふたりとも追い出したいわ」

「今までは奥野さんと無間斎さんがカジノ内で出会わないように調整してきたけど、それでも我慢できないとふたりに言われたら……ふたりを仲直りさせるしかないよね?」

 仲直りというホセの意見に、メンバーの児童たちはひそひそと「無理じゃないか?」と言い交わしている。

 マリベルは嘆息して頷いた。

「できるかどうかはともかく、それしかなさそうね。明日の営業時間中は、みんな暇なときに、ふたりが険悪になった原因を探るか、和解させるアイディアを考えるかしてちょうだい。そして明後日のミーティングで改めて話し合いましょう。以上」

 いつもと比べて覇気とやる気のない児童たちの返事で、その晩の会議は閉じられた。

 児童たちが若葉館に帰っていく中で、染谷は気まぐれにマリベルに尋ねた。

「奥野さんと無間斎さんの仲裁……うまくいくと踏んでる?」

「どうでしょうね。時間をかけて話し合えればできなくもないと思うけど……人として好きになれないのよね、あのふたり。あぁユーウツだわ。サービス業って大変」

「そんなことを言う小学生は全国できみだけだろうな」

「でしょうね。ほかにもやらなきゃいけないことがあるし、大変よ」

 よいしょ、と日本人の年寄り臭くマリベルはパイプ椅子から立ち上がる。

「ねぇ先生。明日の営業日には、ひとつ協力してほしいことがあるの」

「僕に仕事は頼めないんじゃなかったっけ?」

「仕事じゃないからとりあえず聞いて。先生なら『喜んで』って言ってくれそうなことだから」

 マリベルから依頼内容を聞いた染谷は、彼女の予想どおりに「喜んで」と承知した。


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