バカラルーム
私立のじか学園の旧校舎は木造の三階建てで、上空から見ると凹の字型に見える。校庭をまっすぐ突っ切ると正面玄関があり、入って左側が一年一組と二組、右側が二年一組と二組となっている。二階が三四年生のクラスであり、三階が五六年生のクラスとなる。
もっとも、それは旧校舎が使用されていた十年前までの話であり、五月上旬の連休真っ只中の土曜日には、まったく別の目的で使用されていた。
褐色の肌に似合うようにあつらえられたパンツスーツを着るマリベル・エスコバルは、ぎしぎしと軋む廊下を静かに歩き、最奥の一年一組の教室、バカラルームの中に入る。
机のない教室に二台設置された九人がけのバカラテーブルは客で埋まっており、立ち見の客が勝負の行方を見守っていた。
新しいゲームに入ろうとする片方のテーブルに、マリベルは声をかける。
「皆さんお楽しみですか?」
「おうマリベル姫! 月山先生が馬鹿みたいに勝ってるぜ!」
ひとりの男がそう言うと、「馬鹿とは失礼な!」と白髪頭の老人が大笑いする。
「お楽しみのようで何よりです。……千点2000円の麻雀卓の席がひとつ空きましたので、プレーヤーを募っております。どなたかご協力願えますか?」
マリベルが呼びかけると、「わたしが行こうか」と、バカラテーブルにかけるひとりのスーツの男が手を挙げた。
「ありがとうございます、叶先生。些少ですがサービスさせてください」
と言って、マリベルはゲーム進行を仕切っていたディーラー役の児童に無言で合図を送った。指示を受けたディーラーは一万円分のチップを叶という名のスーツの男に差し出した。
「これで最後のゲームにするよ」
叶は受け取った一万円チップの上に同じものを四枚重ねて、〈PLAYER〉側に賭けた。勝ち頭の月山が〈BANKER〉側に賭けると、残る七人も〈BANKER〉に乗った。
ディーラーは六デック分のカードが収まったカード・シューから、一枚ずつ、〈BANKER〉で最高額の賭けに出ている月山と、唯一の〈PLAYER〉側に賭けている叶の前に配った。
ふたりの前にカードが二枚ずつ来る。月山が指でカードの隅をつまむようにしてじわじわとめくっていくのに対して、叶はマリベルを振り向いた。
「姫、きみがめくってくれるか?」
「いいんですか?」
「きみがくれたチップだ。頼むよ」
「それでは僭越ながら」
ふたりがやり取りしている間に、月山は一枚目のカード、スペードの4をめくり、二枚目の〈絞り〉に入っていた。
「5だっ! 5、5、来いっ!」
月山の気合の言葉は、ダイヤ一個分届かなかった。もう片方も4だった。
「失礼します」
マリベルが叶の背後から手を伸ばし、さらりとめくっていく。
一枚目は絵札。二枚目はクラブの9だった。
その瞬間、〈BANKER〉側に賭けていた客たちが落胆の悲鳴を上げた。
「プレーヤー、ナチュラル9。バンカー、ナチュラル8。プレーヤーの勝ちです」
ディーラーは勝敗を告げ、〈BANKER〉に賭けていたチップを没収し、唯一勝った叶に一倍の配当を渡す。
「きみのおかげだ。もらったチップは返すよ」
「受け取らせていただきます、ドクター」
マリベルがぺこりと頭を下げて、教室を出て行く叶を見送った。
「マリベル姫、もう一回だけ! 今度は俺の賭けたところめくってくれよ!」
「申し訳ありません。仕事がありますから。テルさん、こちらの席が空きましたよ」
立ち見のホストに呼びかけ、マリベルはその場をあとにしようとした。
すると、小太りで禿頭の、四十代半ばほどの男に肩を叩かれた。
「マリちゃん、まだあのインチキ男はルーレットをやってるのかなぁ? 僕もやりたいんだ」
「無間斎さんのことですか? 確認しますので少々お待ちください」
「頼むね。仏典をいじって好き勝手に解釈するエセ宗教家の顔は見たくないんだよ」
「承知しております、奥野さん」
マリベルはバカラルームを出た。




