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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
四月
13/66

迷惑な客たち


 先週は、注意されても一晩に二度も事に及ぼうとしたあの歯科医が?……と、染谷も思った。

「金に目をつけたのか、売女(ばいた)のあばずれが……ふたりの様子はっ?」

「……いい感じよ。お互いにこそこそ耳元で……あ、動いた。ふたりとも移動しはじめた」

「カメラで追って! 見失わないで!」

 珍しく悪態をついて鋭い指示を飛ばすマリベルに、監視班の児童たちにも緊張が走った。

 了解、と瑠奈が応じる隣で、同じくモニターを見つめていた愛奈(あいな)が手を挙げた。

「どうするの、姫様。その……中村先生が服を脱いだら、注意しに行く? 今回は見逃す?」

 つい先ほど、劉がVIPであると伝えたばかりだ。

「もし劉さんが中村先生についたら、ふたりとも出入り禁止にする?」

「………………」

 沈思黙考を始めたマリベルの横顔を見つめる染谷は、彼女の思考をできるだけ想像してみた。

 会話さえしたことがないが、子供たちの話から察するに、中村女史は根っからの男好きで、ダウジングロッドのようにいい男を発見すればすぐに股を開く。そして子供たちがいくら注意しても取り合わない。〈セルバトス〉の風紀を乱す人物であり、出入り禁止候補として一番に名前の挙がる人物だ。

 そんな彼女が目を付けた男は目下最重要人物のチャールズ・ウー。社会の暗がりに住む彼については何もわかっておらず、中村女史と一緒に出入り禁止にすれば、何かしらの危険、もしくは大きな損失を(こうむ)る可能性がある。今ここで消えてもらっては困る人物だ。

 十中八九、中村女史はチャールズ・ウーを誘惑する。警告指示に従わなかった場合、彼女を追い出さなければならない。だが、もしも彼が彼女の味方をした場合は―――

「……ルナ、現況は?」

「えっと、ふたりは腕を組んで廊下を移動中」

「そう……」

 顔を上げたマリベルの視線は定まっていた。

「ここはわたしたちのカジノよ。ほかのお客様のためにも、目に余る勝手な行動は許せないわ」

 マリベルは携帯電話を開き、番号を呼び出して耳に当てる。

「ソラナを呼んでふたりを引き止めさせる。それで言うことを聞かないようだったら、無理矢理にでもふたりを引き剥がす。中村先生は出禁。劉さんにはわたしから説明する。異論は?」

 反対意見を求めると、職員室にいた監視班は「ありません」と唱和した。

「結構。ルナはふたりを見失わないで。…………なかなか出ないわね」

 マリベルが携帯電話の呼び出し画面に目を落としたとき、がらりと職員室の扉が開いた。

 振動している携帯電話を手に持った、深刻な表情の立川そらながいた。

「姫様、すぐに来てください。寺山さんが先週と同じクレームをつけて大騒ぎしています」

「……くそったれが(イホ・デ・プータ)っ!」

 頭に血が上ったのだろう。マリベルは座っていた椅子を蹴り倒した。

「こちらが下手に出れば付け上がって、あの成金山師がっ! こんなときに限って……!」

 マリベルは息を荒げて歯軋りしている。良くも悪くも語彙の豊富な彼女はどこでどうやって日本語を学んだのだろうか。めまぐるしい展開に、染谷は半ば呆然としていた。

「……ふぅっ……!」

 深呼吸をひとつ置き、マリベルの表情は平素に戻った。

「すぐに行くわ、ソラナ。案内してちょうだい。……〈仕掛け〉が役に立てばいいけど」

「急ごしらえでしたからね。五分五分でしょうか」

「ハッタリで押し通す。みんなは今の指示どおりに動いて。中村先生にはアイナが行って」

 マリベルは冷静に指示を残そうとする。

 だが、

「……姫っ、ふたりを見失った!」

「はぁっ? なにしてんのっ?」

「ごめん! ちょっと目を離した隙に……でも、ふたりが歩いてた所は、どの扉も鍵がかかっているはずなのに……廊下にも……」

 狼狽する瑠奈が慌ててカメラを切り替えてふたりを探す。

「ああもうっ!」

 マリベルはがしがしと髪の毛をかき混ぜた。

「ヒマな者全員でふたりを捜索! 歯医者を裸で見つけたなら、そのままほっぽり出せ!」

 檄を飛ばし、行くわよ、とマリベルは、そらなの背中を叩いた。

 染谷はどうしようかと考えた末に、職員室を飛び出していくふたりに早足で付いていった。


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