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CERVATOS  作者: 春戸 稲郎
四月
10/66

宴と宴の間


 日付をまたいで夜明けまで催された賭博の夜会が終了すると、運営に携わっていた子供たちが寮に帰り、入れ替わるように撤去清掃に当たる児童たちが旧校舎にやってきた。

「昼からメンバーを全員集めてミーティングをするんだけど、先生も来る?」

「それなら見学させてもらおうかな」

 日曜の午後、旧校舎の体育館に〈セルバトス〉に関わるすべての児童が集まった。染谷にはまだ半信半疑だったが、自分以外の大人はひとりとしていなかった。

「みんなお疲れ様。ちゃっちゃと終わらせるわよ」

 カジノクラブ〈セルバトス〉は細かく班に分けられていた。設営・清掃班、監視班、調理・給仕班。運営に関してはゲームごとに班が分けられていた。

「それでは会議を始めます」

 会議の進行を取り仕切っていたのは、〈セルバトス〉でのナンバー2。マリベル・エスコバルの右腕として働く、六年一組に所属する立川(たちかわ)そらなという女子児童だった。

「まずは収支報告。バカラ班から」

 運営のそれぞれの班が、昨晩の収支報告をした―――のだが、染谷には目玉が飛び出るほどの巨額が動いていた。客が落としていった総額は2000万円を越えていた。

「次に今回の反省点を報告してください。まずは設営班から」

 この議題に関しては、少々言い争いが起こった。男子の誰それが設営を怠けていたと女子が言えば、女子の誰それが賭けの配当を間違えたと男子が応じる。客を取られた、それは人数を揃えるために仕方なかった。給仕班にもっとゲームルームを回ってきてほしい、それなら調理班にもっと人を回して。清掃班の鍵の閉め忘れがあった。客にもっときれいに使ってほしい。

 さらには、中村先生が第二ラウンドに及んでいたのに監視班は何をしていたのか、トイレにはカメラを設置していない、などなど。

「お客様には『犬の遠吠えです』って説明したけど、かなり無理があったよ」

「俺たち子供が注意したって中村先生は聞きゃしねーからな。いっそのこと出入り禁止にしよーぜ、そらな」

「それも対策のひとつだと思いますが……姫様はどう思いますか?」

「んー、いきなりレッドカードじゃフェアじゃないわね。次に警告して言うこと聞かなかったら出禁(できん)にしましょう。あの人に注意するのもくたびれてきたわ。……ソラナ、まとめて」

「はい、姫様」

 それぞれの班が改善案を述べたあとに、マリベルが厳しく注意した。

「『頑張る』とか『工夫する』とか、運動会のエール交換じゃないんだから、そういう精神論的なアピールじゃなくて、何をどのように頑張ってどんな工夫を凝らすのか、数字の見える具体的な改善案を示してちょうだい。でないと無駄な会議よ。わたしたちがやっているのは採算度外視の一日だけの文化祭じゃなくて、長期的なビジネスなの。できる限り長くお客様に遊んでもらうためのね」

 マリベルの訓戒に、メンバーはそれぞれ真剣な表情になった。染谷は自分の経験から考えても、これほど統率された子供たちだけの集団は見たことがなかった。

「金曜日の夜のミーティングは、今日よりかは実りのあるものにしましょう。協力できるところは班を超えて協力していく。それは私も同じだから。……さて、みんなお待ちかねの時間よ」

 並んでちょうだい、とマリベルが言うと、皆が一斉に動いてマリベルとそらなの前に列を作った。ふたりは山と積み上げられた封筒を、ひとりずつに手渡していった。

「それ……もしかして給料袋?」

「そうよ。日払いにしているの」

「日当いくら渡してるの?」

「教えないわ」

 ここでの染谷の立場はあくまでも〈部外者〉だった。

「来月は連休で家に帰れるけど、馬鹿な使い方して親にばれないようにね」

 給料を配り終えると、三々五々に子供たちは散っていった。

「次の開帳は決まってるの?」

「学期中は毎週土曜日だけが〈セルバトス〉の営業日よ。長期休暇中は事情が変わるけど」

「ふぅん」

 それからは―――染谷が知っている日常に戻った。

 月曜日に生徒たちは制服を着て寮から登校し、授業を受け、同じ給食を食べ、級友と語らい、下校すれば外で遊び、寮に戻り、眠る。

 マリベルに関しても変わらなかった。もちろん裏で何らかの準備をしているだろうと染谷は考えているが、目に見えているだけのマリベルは、普通の十二歳の、外国から来た少女だった。

 一方で、〈セルバトス〉の存在を知ってしまった染谷の日常は、少しだけ変わった。

 学園理事長から極秘の呼び出しを受け、「土曜日の夜に旧校舎で見たことは他言無用」との忠告を施された。染谷は悪態が表情に出そうになるのを何とか堪えた。

 教師としての日常を送りつつ、ほかのクラスの児童とも積極的に交わり、せめて顔と名前を覚えようと努めた。〈セルバトス〉の運営には六年一組以外の児童も多く関わっている。次の営業日にも見守ろうと決めたからには必要だった。

 平時にマリベルに、〈セルバトス〉について尋ねたり話を聞いたりは意図的にしなかった。計らずしも事情を知らない児童や同僚教師に対して秘密を守っている形になっていたが、小学生の日常に賭博など、本来あってはならないとの考えからだった。

 その代わりに、マリベルの護衛には話しかけるようになった。三郎や権左、あるいは稲からは無言の会釈しか返ってこないが、信用を得るために挨拶を積み重ねた。護衛の三人はマリベルと、彼女の管理する〈セルバトス〉の安全にしか動かないが、自分にできることがあれば頼ってほしいと思っていた。

 やがて―――当たり前の平日が過ぎていき、マリベルから「通常どおりに〈セルバトス〉を営業する」という、淡い期待を裏切る報告を受けて、「僕も行くよ」と染谷は伝えた。

 何事も起こらなければいいと願いつつも、マリベルが〈セルバトス〉の運営を断念するに足る何事かは起きてほしいという矛盾を胸に抱えて、土曜日の夜がやってきた。


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