回想
CERVATOS
―――私が初めて〈彼女〉と出会ったのは、四月のことです。
十年以上も前の四月。始業式の日です。
当時の私はN大学の教育学部を卒業して、〈私立のじか学園〉に臨時で採用された新任の教師でした。だから〈彼女〉だけに出会ったわけではありません。ほかにも三十人ほどいた児童たちとの出会いの日でもありました。
しかしやはり、育児休暇を取った前任の先生からの〈特別な申し送り〉もあって、私は〈彼女〉を出会う前から知っており、始業式の日には自然と注目していました。
そもそも目立っていた、ということもあるのですが。〈彼女〉はクラスでひとりだけの外国人でしたから。
教壇に立つ私の真正面の最後尾に、〈彼女〉は座っていました。
―――今でもよく思い出せます。
波打つ夜の海のような長い黒髪。雨上がりの砂漠のように潤っている褐色の肌。猛禽の雛を思わせる無邪気な琥珀色の瞳。
顔立ちは―――周囲の子と比べると多少は大人びていましたが、目と鼻と口元に、幼さを十分に残していました。そして十年後、二十年後の将来には、とてつもなく美しい女性に成長するだろうと予感させました。
私と目が合うと、〈彼女〉は口元に笑みを浮かべ、ひらひらと手を振りました。子供らしいような、らしくないような態度に、私は戸惑いました。
―――マリベル・エスコバル。
それが〈彼女〉の名前です。
今は亡国となったカリブの小さな島、〈ドルミデーリャ共和国〉の、駐日外交官の娘。
級友の児童たちから〈姫君〉とも呼ばれた、恐るべき少女の名前です。
―――懐かしい。
懐かしい日々です。
私には結局、見守る以上のことはできませんでしたが、マリベルと、彼女を取り巻くあらゆる人たちとの思い出は、一生忘れないでしょう。
ようやく語ることができる、という気持ちもあります。
マリベルたちによって旧校舎で行われていた〈重大な犯罪〉も、落ち着いて思い出として眺められる余裕ができました。
どこから始めるべきでしょうか。
やはり、始業して最初に迎えた土曜日から―――