踏切
「こ……紺野…さん?」
目の前の紺野さんは埃を叩きながら立ち上がる。
その場に居合わせた周りの紺野さんのファンが目を点にして絶句している。
それもそのハズ…学園のアイドルである紺野さんがたった今下駄箱の上から落ちてきたからだ。
と言うより…それ以前の問題か。
普通は下駄箱の上になんて登らないし、ましてや理性と本能が猛烈に危険勧告する程の視線を送る事など普通に生きていれば絶対に起こり得ないものだ。
……俺の知らない間に常識が変わっていたのなら別だが。
ま……まぁ…取り敢えず目の前の女性の視線が怖いし…話しかけないとね……うん……。
「……大丈夫?」
…いろんな意味で(汗)
「……………。」
俯いたまま固まった紺野さん…
どうしたのだろうか…??
「…紺野……さん?……ッ!?」
もう1度名前を呼ぶと言い終わるのとほぼ同時に勢いよく顔を上げた紺野さんと目が合った。
ハッキリ言おう。
怖いです。逃げたいです。誰か助けて。って言うかこっち見ないで!血走ってるから!!綺麗な顔でそんな顔されて怖さが倍増してるから!!
ひィッ…舌舐りしたァ!!
「うふふ…ふふふふ」
「ひぇっ…」
「名前呼んでもらえた…こっち見てくれた!心配してくれた!!あぁ…可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!!愛してるの…ねぇ…お願い……私と一緒にお墓に入って?」
そう言いながら瞳を潤ませ上目遣いに俺を見つめる。
「……大丈夫そうだね(汗)」
マズイ…言ってる事が滅茶苦茶だ…。
…足を一歩引く俺…。
「うん!大丈夫だよ!」
言いながら足を2歩前に出す紺野さん…。
逃げれる気がしない……。
ふ…ファンの誰かでもいいから紺野さん止めて……
縋るような思いで周りに目をやると…
「……え。……えぇー……」
いつの間にか人っ子一人居なかった…。
……仕方ない…話を紛らわすか…。
「ね…ねぇ!紺野さん!どうして下駄箱の上にいたのかな!?」
気になっていた事を結構必死な作り笑顔で勇気を出して聞いてみた。
「え〜だってぇ…カッコ良くてカワイイくて愛しくて仕方ない貴方の、手紙を読んでいる姿を間近で見たかったんだもん♡」
と言いながらまたしても足を一歩前に出す紺野さん…。
……近づいてきてる。これは……逃げた方が良さそうだ…。紺野さん…今はきっと興奮してるだけなんだ。
暫くしたら多分普通に話せる……はず……だよね?(汗)
「ねぇ紺野さん!俺これから大事な用事あるから!返事は明日するから!ごめんね!」
紺野さんの横を通り抜け全速力で走る。走る…。はし…る…?
前に進めない…。というか…引っ張られてる…!!
「駄目だよ〜?嘘ついちゃ〜♡貴方は家に帰って一昨日の土曜日PM3:27分に買ってたクロモンやるんでしょ?私はな〜んでもお・み・と・お・し♡だよ?」
俺の鞄を掴んで離さない紺野さんはウインクしながらそう言った。
何故わかる…。
何故知っている…。
やっぱ…興奮してる訳じゃないようだ。
これは…もしかしなくても…
「…ストーカー…なのか?」
あ、……あぁぁぁぁぁ!!声に出しちゃった!!
しまったァァァァァァ!!
「うふふ…さぁて……どうだと思う?」
優しい顔で笑いかけてくるが目元が暗く陰っている…。
逃げないと!今すぐに!全力で!!
鞄は明日持って帰るから今ここに置いて取り敢えず俺は逃げよう!…痛いくらいの身の危険を感じる。
「…ッッ…ごめん!!」
肩にかけていた鞄を紺野さんに押し付ける形で突き飛ばして玄関から外に出て全速力で走る。
「きゃッ…」
後から倒れる音と小さな悲鳴が聞こえたが今は無視だ。
男としてどうかとは思うが…命には変えられない。
帰路を息の続く限り走り続けた俺は家の側にある線路で立ち止まり振り返る。
「ハァハァ……ここまで来れば大丈夫だよな…」
見たところ彼女は追ってきてはいない。
追ってくる事も考慮してフェイクを混ぜつつ走ってきたから大丈夫だとは思うけど…。
息を落ち着かせるために考え込んでいた時目の前の線路が
カンカンカンカンと鳴り出す。
遮断機が降りてきて一時、通行禁止状態になる。
「電車来るのか…紺野さん追ってきてないといいけど。」
一抹の不安を抱え電車を待つ。
それから少しして……
プァーーン!
3m先に電車が見えた。
快速電車の様で結構な速さで走ってきた。
遮断機があがったら走って帰ろうと考えていたその時……
後ろからいきなり腕を掴まれた。
掴んだ人の顔を見れずに線路の中へと引っ張られる…。
轟速で走ってくる車輪の音に恐怖しながらも線路の中へと引き入れた人物を見る。
「まさか…」
……目の前には満面の笑みを浮かべた紺野さんがいた…。
彼女は幸せそうな笑顔でこう言った。
「今世は諦めてあげる。でも、来世では私と一緒になってね?絶対よ?何が何でも貴方を捕まえてアゲル♡」
それが俺の人生最後に聞いた言葉だった…。