噂話
下駄箱に入っていた[果たし状♡]と書かれた手紙を読んだ俺は、今まさに生命の危機を感じていた。
冷や汗が背中を伝う…。
上からの圧がこもった視線を感じながら下駄箱の前で硬直する。
心なしかチラホラと帰って行こうとしていた生徒達がざわめいている気がする…
何故…こんなことになったかと言うと、
………それはほんの少し遡ること25分前。
前の席に座る友人と駄弁りながら俺はある噂を聞いた。
「なあなあ!聞いたか?」
前の座席に座る友人、滋野国定が椅子を斜めに傾け俺の机に肘をついて何やら話しかけてくる。
国定は噂話大好物人間で休み時間になると毎度の事の様に俺に噂話の真偽を聞いてくるのだ。
何時もながらのその問いかけに気だるげに聞き返す。
「何をだ?」
「2-Aクラスの紺野ちゃん!……実は好きな人がいるんだって!」
紺野さんは学校一番の美少女だ。
なんと言ってもその愛くるしいパッチりと大きな目に陶器のような白い肌、守りたくなるような華奢な手足に、美しい外見を裏切る事の無い誰にも平等に振りまく笑顔と優しさ。
性格、容姿、どれをとっても学校1番を誇る美少女なのだ。そのせいか…彼女の周りの取り巻きたちが逐一情報を交換し合い更に取り巻き達の彼女に対する熱と人数がヒートアップするのだ。
国定のもちだした噂話の的である紺野さんを横目でチラ見した後、
俺は机に肘を付いて顎を乗せながら思った事をそのまま答えた。
「…………ふ〜ん…で?」
「で?ってお前!気にならないのか?」
友人が訝しげな顔でそう聞いてくる…。
噂話によっては聞いて良かったものもあれば悪かったものもある。
知って良かったとは思いはしてもそんなに噂話に振り回されるほど興味がある訳でも、ましてや高嶺の花である紺野さんとどうなりたいとも思わない。
まぁ…言ってしまえば。
『どうでもいい』
自分に無関係な情報など露ほども気にならない。
学生生活を送ってきながらもいつも必ずその思いは胸に燻っていた。
しかし噂話が好きだということ以外ではコイツ…国定とは相性がいいのだ。
「あぁ…。ならんな。俺はそんな事には興味が無い。俺が今1番興味があるのは……」
「あるのは?」
ゴクリ。……唾を飲む音が聞こえた…溜めはこの位でいいか。
「……クロモンだ。」
クロモンとは暗闇に支配された中で勇者として降臨し仲間のモンスターを集めながら懸命に光を灯し、旅をするゲームだ。
因みに国定と仲良くなれたのもこのゲームのお陰だ。
「おっ!クロモンか!あのゲームは最高傑作だよな!!……って違う!そうじゃない!!」
国定が机を叩いて立ち上がる。…本当何時もながらノリいいな、こいつ…
「ははっどうしたどうした?ほらほら…落ち着け…もちつけ」
嘲笑しながら国定を落ち着ける。
……断じて面白がって無い。…面白がって無い。…と思う。
「お…おう……ん?もちつけ!?よっしゃ木槌持って来い!……じゃねぇよ!お前は俺をどうしたいんだ!」
ぶふっ……ヤバイ楽しい。サイコー
「うん、まぁほら…な?落ち着け…………ぶふぉッ…悪い。」
「はぁ〜…お前と話してると疲れるわ…」
国定は溜息を吐きながら椅子に座り直す。
随分精神面が疲れたみたいだ…。
「……お前が大袈裟なだけだと思うがな。」
俺は真顔で言った。……本当の事だしなぁ…。
「いや、それは無い。………ん?…………んん?」
椅子に座ってふと横を見た国定が珍妙な声を上げた。
「どうした?」
「い…いや…今さっき紺野ちゃんが見てたような…」
頬をほんのり赤くしながらそう呟く国定…。
気持ち悪い…(汗)
まさか脈アリか…?とか脳裏を掠ってないよな…?
自分の友達からナルシストは生まれて欲しくない…。めんどくさい。
「………遂に頭もイカれたか。可哀想に…」
俺は椅子を少し引きながら言う
「イカれてねーよ!…まぁ…気のせいだな!うん!」
…ふ〜ん…。……こいつ本当に大丈夫か…?
「…大丈夫か?……病院行くか?」
ちょっと眉根を下げて冗談交じりに問いかける。
「うぉい!やめろって!…多分大丈夫だから!」
…頭触りながらいうセリフじゃないと思うわ…。真面目に…。
「……マジレスやめろよ…。」
「え…?…冗談?…ごめん?」
そんな他愛のない話をして過ごし帰宅時間になった。
帰宅の号令を聞きながら…欠伸を1つ。
一日の大半をこの学校に縛り付けられていたというのに…他の生徒は元気がよろしいようだ。
号令を叫んでるやついるわ。
年齢2桁…いってるはずなんだがなぁ…
そんなこんなで…学校が終わり帰宅する為に廊下を歩く。
いつもは国定と寄り道しながら帰るんだが…アイツはどうやらイノコリ組だったようだ。
『待ってくれ!見捨てないでくれ!』と叫ぶ国定に
静まれチョップをして「ガンバ〜」とだけ告げ帰路につく。
窓からオレンジ色の陽の光が差し込む。
廊下は下校する生徒達で埋まっていたが少ししたら静まり返った。
時折教室の方から笑い声が聞こえるがあれは…イノコリ組だろう…
そうして俺は最早、習慣となった下駄箱から靴を取り出して帰ろうとしたんだが…
いつもとは違い靴の上には[果たし状♡]と書かれた白い紙があった。