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来訪者(仮題)

 私は今、とあるネットゲームにハマっている。

 タイトルは『精霊戦記- Unstructured Way of Life-』。

 木・火・土・金・水・日・月のエレメントを有する精霊たちで戦争をするという、対人《PVP》主体のTPSだ。

 各エレメントからツリー形式で枝分かれするパッシブスキルやアクションスキルの取得で、様々な個性を発揮できるのが売りの一つである。そして各属性の相関関係を重視したシステムは、単なる力押しでは勝利を得られない戦略性に寄与しているといえるだろう。

 また専用の両側面をもカバーするU字型の大型ディスプレイや、それに付属するコントロールセット、大画面を活かして大きく絵画される高解像度のキャラクターなども臨場感を与えてくれている。

 ソフト10000円、ディスプレイ65000円、コントロールセット18000円、ゲーム機本体41000円で、全てのセットを購入した場合の134000円(セット価格では12万円)を安いと思うか高いと思うかは人それぞれだが、少なくとも学業成績学年1位取得の対価として母に買ってもらったことを、私は後悔していない。(母は購入の約束したことを後悔していた)



 そんな私のPCプレイアブルキャラクターは、全ポイントを『木』の植物系統につぎ込んだフラワーマスターだ。

 名を『エイリエシィ』と言う。

 植物系スキルを概ね網羅した今は、風の系統にも割り振ってさらなる育成の途中だが、なんと言っても、植物系列の売りは毒による様々な状態異常と、自己再生能力にある。つまり火力が半端なキャラクターや、毒耐性を持たないキャラクターは、私にとって格好の的だった。


 とある戦場にて、

「【フォウリッジ・ダート】」

 イベントガチャでゲットしたレアなキャラボイスが、スキルの名前を叫ぶ。

 同時に、エイリエシィの投擲する木の葉が、硬質なナイフのように敵キャラクターに突き刺さった。

 呼吸麻痺の毒を篭められたそれは、小ダメージを与えると同時に、相手の動きを硬直させる。

 そして10秒ほどの時間を置いて毒の効果が発動した。毒による心臓麻痺と呼吸困難は死に直結する。システムは相手の残存HPの量とは無関係に即死デット判定を付与した。

「よし!」

 私はディスプレイの前で叫んだ。

 即死といえばゲーム中最大効力の状態異常である。

 そのぶん取得と育成にかかる時間は膨大であり、頑張って毒スキルを育てた甲斐があったという物だ。

 しかし現在プレイ中の草原ステージでは隠れる場所は余り無い。各エレメント4名ずつの全28人で行われるバトルロイヤルはまだ始まったばかりである。

 勝利の余韻に突っ立っていれば、否応なしに攻撃に晒されるのは火を見るより明らかであった。

 そう、正に火の粉だ。

 茂みから飛び出してきた新たな敵が、炎の拳で殴りかかってくる。

「ヤバイヤバイ!」

 油断していたせいで回避もままならず、数発の連撃をあびせられてこちらの体力が大きく削られた。

 追撃でトドメを刺そうとする相手に、咄嗟に防御スキルを2枚展開する。

【フュミゲートウィンドウ】

 さらに

【ペタルブロケイド】

【フュミゲートウィンドウ】は、微小な木の葉を大量に散布し、火属性攻撃に触れると白煙を発生させるカウンタースキル。【ペタルブロケイド】は、強固な花びらを無数に纏い、スキルレベルと等しい回数分、物理ダメージをガードするスキルだ。

 火属性系列は軒並み攻撃力が高い。いくら耐久力に秀でた木属性系列であろうと脅威だ。HPを削りきられる前に一度距離をとって立て直すべき、と判断した私はその二つを使用しながら逃走を開始する。

【ペタルブロケイド】のスキルレベルは16。つまりMAXであり、相手の打撃は途中から花びらに相殺されてこちらには届かない。さらに火属性であるため散布した木の葉に熱が伝われば、【フュミゲートウィンドウ】の効果で煙幕が展開し、相手に視界不良を植え付ける。その上微弱な窒息効果を与えて「咳き込み」を発生させる。

 動きの止まった相手から難なく逃走は成功し、その間にも自己再生能力でエイリエシィのHPはみるみる回復していく。ステージに設定された時間が日中であったため、光合成【フォトシンセシス】も効果を発揮して、消費したマナ《MP》もすぐに上限となる。

 私は、煙幕の効果時間が切れる前に、【プランテススティンガー】のドグルをONにし、右手に毒針のレイピアを装備した。付与する毒は、神経麻痺。

 私はエイリエシィをUターンさせ、相手の方へ向かわせる。

 パッシブで向上する植物系列の身軽さと風系列の素早さ、足裏に生やしたスパイクが走行速度を爆発的に向上させ、あっという間に距離を詰めたエイリエシィは、相手にダッシュ突きをお見舞いする。

 しかし切っ先が貫いたそれは蜃気楼となって消え失せた。

【陽炎】――火属性系列の防御スキルだ。

 相手の本体はそこにはいなかった。

 直後、側面で、被弾の効果音が響く。

 迂闊だった。

 なにが迂闊だったか。それは相手がこちらの防御スキルの詳細を良く知らなかったこと。

 エイリエシィの周囲に展開している花のエフェクトを見れば、あと何枚防御が可能か知ることは容易なはずだった。

「あなた、WIKIは見ない派?」

 レベルMAXの【ペタルブロケイド】の効果はまだ続いている。

 相手の連続攻撃を花びらが悉く弾き、そのスキにこちらのレイピアが相手を切り裂く。

 電光石火のフェンシングアタックは、その攻撃回数で何度も毒を試行させ、相手の動きを確実に鈍らせていく。

 そうしてついに相手を完全に麻痺させた。

 あとはリンチして再びキルを稼ぐ。

 ワンキルゲット。

「ふー」

 一時の安堵に息を吐く。


 他のゲームで毒といえば、一定時間ごとにHPダメージを受けるDOTとして扱われることが多いだろう。

 けれど『精霊戦記』の毒は身体異常を与える効果として働く。

 催眠、幻覚、気分高揚、気分減退、精神錯乱、神経麻痺、感覚障害、呼吸麻痺、心臓麻痺。

 毒の効力は多岐にわたり、特に呼吸麻痺と心臓麻痺は致死毒として扱われる。

 しかしそんな強力な威力を持ちながら、現状毒の使い手は非常に少ない。それは毒生成スキルの育成ポイントが激高く、最大のLv16までに80000点も必要であることが原因だろう。そもそも『木』の属性使いの大半は、風系列ばかり取っていることが多く、植物系列なんて地味なものを本気で育てているプレイヤーは希少である。

 ましてや、プレイヤーひとりあたり1キャラクターしか所持できないこのゲームでは、なおさら派手で美しいスキルのほうが人気だ。ゲームの中でくらい、美しく華麗でありたいのは誰もが同じだということだろう。

 だが、花吹雪を纏い、木の葉を散らしながら植物の棘をレイピアに戦う姿は、決して地味でも弱くもない。

 他のネットゲームの職業で例えるなら、フェンサーやスカウトに近い使用感がある。

 それが植物使い《フラワーマスター》を使っていて思う私の感想だ。7つの属性のうち、5つまでなら相手にして同等以上の戦いができるだろう。

 それ以外は、同じ『木』の精霊と――

「あぁ、死んだ!」

 全部の状態異常に耐性が高いごん属性使いだ。

 金属性は初期のパッシブスキルで多くの状態異常耐性を得るため、ゲームの中で『木』にとっての弱点要素となっている。毒なしの植物スキルは、最低火力なので勝ち目は薄い。

 結局そのステージで、私は8キル取って、最期に天敵であるごん属性使いにやられて幕を閉じた。

 ゲーム画面が戦場から街中へ移行したところで、ウィスパーが飛んでくる。

「今日も私の勝ちですね!」

 私を倒した金属性使い《ウェポンマスター》からだった。

 知り合いなのである。

「ゲーム的には8対5キルで私が3キル勝ってる!」

 私は負け惜しみを返答する。

 だが相手にそれは関係の無い話だったらしい。

 どこ吹く風のレスが来た。

「約束ですからね、あと1勝したらウェネリスのアバター描いて下さいよ?」

 ウェネリスとはここ最近私に粘着している相手キャラクターの名前で、中の人は久実小夏ひさみ しょうかというリアルのクラスメイトである。

 そして、『精霊戦記』ではキャラクターの外観をプレイヤーがカスタマイズできるようになっていて、イラストが得意であるなら課金で購入できる型紙テンプレに従って、髪や服装のテクスチャを好きにデザインすることができる。

 エイリエシィのアバターは私の描画スキルをめい一杯使って仕立てあげたもので、実際かなり気に入っている。

 白い大輪の生花を編みこんだヘッドドレス、まるで植物の葉のようにひろがる緑色のゴシックとフリル。踵まである長いクセッ毛の130cmにも満たない少女。

 それがエイリエシィのみに与えられた自作のアバターである。

 それに目をつけた小夏は、私にウェネリスのアバターを作ってくれと学校で迫ってきたのだ。

 そもそもこのゲームを私に紹介したのは小夏であるし、新装開店記念セールでセット価格99000円という割引率の高い電気店を紹介してくれたのも小夏だった。確かに恩はある。

 だが、あんな緻密でめんどくさい作業を他人のために行うほどのやる気は出ない。テクスチャを描くというのは、ただ絵を描くのとは全然別の苦労なのだ。キャラに対しての愛か、ゲーム内マネーへの執着がなければ至難といえるだろう。他人のキャラに愛などあろうか?

 結局、ごねにごねた結果、ゲーム内でエイリエシィに3連勝したらやる、という約束を半ば強制させられて今日に至る。

 しかし実際、ゲーム暦は小夏の方が長いわ、弱点属性だわ、こちらのことを知り尽くしているわで、ぶっちゃけ戦いたく無い相手だった。

「チーム戦にしておけばよかった」

 私は自室でそう呟いた。

 バトルロイヤルモードのほうが成績しだいでもらえる経験点が多いから愛用しているのだが、チーム戦なら50%の確率で小夏は味方に配属される。

 味方同士では戦えないわけで、こっちの方が安全なわけだ。

「私のアバターもロリっ娘で頼みますよ」

 もう勝った気でいるのがさらに不愉快だった。

「はぁ」

 大きく息を吐く。

 それ以上返信がなかったので、私は花を模した日傘のアバターを展開して、首都を散策に出かけることにした。

 気分転換というヤツだ。


 私が拠点にしているのは、緑領域ヴェインランドの首都『レシフェール』。

 自然豊かな景観が美しい街で、それに魅せられたプレイヤーが他の領域から拠点を移していることが多く、人口密度は高い印象を受ける。

 街路を進むと、街の中央広場にはプレイヤーが開設したお店の案内板が沢山ある。

『精霊戦記』では、NPCが物を販売しているということは無い。全ての物流品は、プレイヤーが作り出したものか、モンスターが産出したもので賄われている。

 オープンβが行われた当初は、製造できるキャラクターが居ないため、臨時で必需品を売るNPCが出ていたこともあるが、今はそれも無い。

 プレイヤーが物を売りたいと思ったときには、街中に並ぶ商店の建物や出店のテントを好きに使ってお店を出すことができる。

 店の種類は様々だ。

 自作のアバターを販売しておクリスタルを稼ぐ系のお店を始め、課金アイテムを販売するお店、各属性特有の生産物を販売するお店、などなど。

 ちなみに私は、回復系の薬草やポーション類、食材、毒薬などを売ってお金にしていることが多い。

 薬品としても素材としても最高級であるエリクシルを作成できるのも、花の精霊の特権である。

 そして中央広場にあるのはお店だけではない。放置キャラクターによるコミュニティ募集の看板も多くある。

 コミュニティとは、他のネットゲームで言うギルドのようなものだ。

 広場にある掲示板を覗くと、コミュニティの募集に関する情報が閲覧できるようになっている。

 一応私も、『幻想の緑茶亭』と言うコミュニティのマスターをしているのだが、これはコミュニティ専用倉庫を使用する為だけに作ったソロコミュであり、何の募集も行っていない。

 筈なのだが。

「あれ」

 久々に掲示板を覗くと、『幻想の緑茶亭』コミュの参加希望に、一人応募があった。

 キャラクター名は、ティエラ。

 知らない名だ。参加希望リストに表示されたティエラの名はグレーに染まり、今はオフラインであることを告げている。

 伝書鳩メールを飛ばして、相手の返信を待ってもいいが、それは億劫な手段だ。

 私はまたお互いにログインしているときに連絡してみようと思い、保留することに決めた。

 初心者が間違えたのかもしれない。後でやんわり募集はしていないことを告げればいいだろう。

 さらに。

 ついでにメールボックスを確認して、

「はぁ」

 辟易と同時にすぐ閉めた。

 見知らぬ方々から、そのアバターはどこで手に入れたのか、という質疑がたんまり届いていたからだ。

 ふんわりした雰囲気の植物系ロリ娘は、割と目を引くのかもしれない。

 そうこうしていると、リアルイベントが発生した。

 自室に誰かの気配がしてそちらを見れば、サイドテールでセミロングな黒髪少女が、ショートコートにマフラーな出で立ちで佇んでいる。プリーツスカートから覗く黒ストッキングな太股には猫の肉球がたんまりプリントされていた。

「ご飯だって」

 妹の羽菜はなが自室まで私を呼びにきたのだ。そろそろ夕飯の時刻だったことを忘れていた。

 季節は秋も中盤。

 家に居てもマフラーとコートを手放さない寒がりの妹にクスリとしつつ、今行く、と返事をして、私はエイリエシィをログアウトさせ、専用のコントロールセットを外した。

 コレでまた暫く、現実世界の荒波に戻らねばならない。

 覚悟を決めて席を立ち、私はリビングへと向かった。


 

 食後、妹とエプロンを着用して夕食の片付けをしていると、不意に妹が訊いてきた。

「明日の買出し、当番でしょ?」

 母と妹と私の3人暮らしである我が家では、看護師の仕事で忙しい母に代わって、買出しや食事の準備、風呂掃除などの家事を私と妹で当番制にして行っている。

 確かに、明日の買出しは私だ。ホワイトボードの当番割りを夕食前に確認したので間違いない。

「解ってる」

 ただの確認だろうと、私は当然のようにそう応えた。

 だが。

「そうじゃない」

 予想とは違う意図であったらしく、ダイニングテーブルを拭いていた私は、思わず顔を上げる。

「うん?」

 妹を見た。

「明日は私がやるから」

「なんで?」

「放課後、近くに用事があっていくから、ついで」

 妹は、用事のついでに買出しもしてきてくれると言う。

 珍しいこともあるものだ。

 友達と商店街に遊びに行くんだろうか、と思いつつ、私は頷いた。

「そうか。じゃあまかせる」

 是が否もない。余った時間は『精霊戦記』のプレイ時間にあてよう。

 そして、暫くしてテーブルはピカピカになった。

 掃除はわりと好きだし得意なのだ。



 翌日。

「おっはー」

 登校が完了し、教室に入った矢先に見知ったクラスメイトに挨拶をされる。

 久実小夏ひさみ しょうかだった。

 身長157cmの黒髪ストレートな日本人形が、無垢な微笑みを向けてくる。

 そんな和服が似合いそうな小夏の容姿は、当然のように整っているし、麗浜学園高等部指定のブレザーとカーディガンというヒネリのない服装でさえ、腹立たしいほど魅力的だ。

 小夏は美人だ。

 ゲーマーでヲタクなのに。

 頭も悪くないし、剣道やら薙刀やら幾つかの武芸もやっているらしい。

 自宅は枯山水の庭があるという伝統ある良家であり、その娘さんは文武両道を絵に描いたような和風の人物である。

 なのに、落ち着きがあるかと言うと、そうでもないのが小夏だ。

「……おは」

 小夏のハイテンションに対して、私はローテンションのまま気の無い挨拶を返して席に向かう。

 その横を、たたたッ、と人影が追い抜いていく。

 私が席に座ろうとしたところで、その人影に先回りして座られてしまった。

 そしてドヤ顔で見上げてくる。

 私は至極真面目な顔で一言抗議する。

「小夏、座れない」

 しかし小夏は微笑みで応じてきた。

「今日も、やりますよね?」

 私のクレームは見事にスルーされ、返ってきたのは主語の無い質問のフォークボールだ。それでも、ミットをかざすだけでキャッチできてしまうのだから、ため息が出る。

 主語などなくても理解できてしまう私たち。精霊戦記をやるのかという問いだろう。

「まぁ、やるけど」

「じゃあプロジェクター買わない? 私のお古もつけて3万円でいいですよ!」

「は?」

 何の話か。

 会話に脈絡もないし訳がわからない。野球しながらバックギャモンできるほど私は器用じゃない。

 だが、プロジェクターの話には聞き覚えがあった。

「正規のディスプレイ買う前に使ってたって言ってたヤツ?」

「そうそう、それです。それに初版のソフトと本体を付属して3万円、やすいでしょう?」

 小夏はディスプレイを買う前に、その代替として自宅にあったプロジェクターをゲーム画面として使っていたらしい。変換端子を使えば代替できるということを小夏が見つけたのだ。

 セットで何より高いのは専用ディスプレイの65000円。それさえ自力でなんとかできれば、半額くらいにはなる。

「コントロールセットもある?」

「ええ。多少利かないボタンがありますけど、金<ごん>属性精霊みたいにショートカットがいくらあっても足りない、っていう状況でもなければしいて使う位置ではないですよ」

「それで3万円か」

 確かに安い。格安だ。

 だが、私は既に正規のセットを完備してしまっている。

「……確かに安いけど、私には不要だなー」

「それは残念ですね。大きくてかさばるし、正規品を買ったので処分したいのですが」

「ネットオークションに出せば?」

「正規の品でも5万とかから出品されているというのに、あんな継ぎはぎを3万で出したって埋もれますよ。現物の写真を見た時点で、そっ閉じ余裕でしょうね」

 ゲーム内でもそうですが、あなたは相場や商戦に関して疎すぎる。と、小夏のダメだしをくらって理不尽に機嫌を悪くしているとチャイムが鳴り響いた。ホームルームの時間だ。

「ほら、鳴ったから自分の席に帰って」

 催促する私に小夏は渋々と立ち上がった。

「あ、そうそう、今日は用事があるので23時からログインしますから」

 はいはい、うるさい。

 小夏の背中を押して、自席から放り出す。

 23時になったらログアウトしよう、と心にとどめて席に着き、小夏の腰まであるロングヘアーが残していったシャンプーの香りに、私は頬杖をつく。

「シャンプーを変えねば」

 小夏と同じ銘柄では悔しいからだ。もう50円高いやつにしよう、そうしよう。

 そうして、その日の授業を終えた。



 放課後。

 今日の買出しは妹の羽菜に代わってもらったはずだ。

 つまり、これはチャンス。

 ゲームプレイ欲求が高いと、それ以前の仕事をマッハでこなせるのが私の得意技だ。

 部活もしていない私はまっすぐ家に帰り、数学のホームワークを30分で終わらせると、そそくさと『精霊戦記』を立ち上げた。

 ランチャーがアップデートを終えて、専用のPOD内ディスプレイにロゴが表示される。IDとパスワードを打ち込むと、ゲームはいきなり昨日ログアウトした緑領域ヴェインランドの首都『レシフェール』の街並みを映し出した。中央にエイリエシィが表示され、ログインが完了する。

『精霊戦記』にレベルというステータスは存在しないが、かわりにスキルポイントの総取得量に応じて基礎能力が向上する。そして、同じ取得量や同じ属性でも、選んでいるスキルツリーや、重点的に上げているスキルが違うため、そのキャラクターの本当の強さは闘ってみなければわからない。

 ちなみにエイリエシィの現総取得スキルポイントは249696点。

 初期に配られるポイントが300。1戦で得られる量が100前後と言えば私が如何にヘビーユーザーか明白だろう。

 そして今日の目標は、木属性の風系統スキル【風読み】を最大まで習得することだ。

【風読み】は、遠距離からの射撃攻撃を感知し、自動で逸らしてくれるパッシブスキルであり、最大で40%の発動率を誇る。また、弓を使った長距離攻撃の命中補正もかけてくれる神スキルだ。弓はあまり使っていないが、戦術の幅は確実に広がるだろう。

 なにより、金 《ごん》属性使いのウェネリスは、武器をたらふく投げつけてくるため、コレを習得できれば生存に一躍買ってくれるはずである。たぶん。


 というわけで、私は余す時間の限りを尽くして戦場を駆け巡り、経験点を稼ぎまわったが、最大レベルにするには到底足りなかった。有用なスキルほど必要なポイントが大量なためだ。

 しかしなんとかレベル12になり、32%の効力は得られるようになった。

 経験点を稼ぐ最中にもその有用性は実感でき、他属性の射撃に対して強めに出れるようになってきていた。

「今日はこの辺で終わっておこうかな」

 怒涛の頑張りのおかげで疲労困憊である。

 戦場を出て、街へと帰還を果たすエイリエシィ。

 その直後に、ウィスパーが飛んできた。

 送り主はティエラ。我がコミュニティに参加希望を出していたキャラクターからだ。

 こんにちは? という簡素な挨拶。

 こちらも「こんにちは」とだけ返信する。

 続いて、『幻想の緑茶亭』のマスターですか、と言う質問だ。

「いえすめいびー、と」返信。

「あえますか?」

 かえってきた更なるその質問を口に出す。

 あって話すことがあるとしたらコミュニティへの参加の可否についてだろう。

「どうしよう・・・・・・」

 少し迷う。

 なにせ、募集などしていないコミュニティだ。コミュニティ専用倉庫を使いたいがために作ったソロコミュであり、管理がめんどくさいという理由で募集する気は今後とも無いままである。たとえティエラというこのキャラクターを加入させたとして、面倒を見れるかどうかは甚だ怪しい。

 そして返信が無いからだろう。もしもし? という追加のウィスパーがこちらの動向をうかがってくる。

 自室の時計を確認すると、夕食までまだ時間があった。買出しは代わってもらったし、今日の家事当番は風呂掃除くらいであと数時間は暇だ。

 とりあえず会うだけ会ってみよう。そう決めて。

「今どちら?」

 私はそう返した。

 程なくして返信が来る。

「サンドオーシャン地方のジュノーマエルという都市です」

 そこは、土属性精霊の初期拠点となっている場所だった。

 つまりティエラは土の精霊なのかもしれない。

 少々高価なアイテムだが、転送石の備蓄はヘビーユーザーに相応しい量が倉庫に眠っている。

「いってみましょうかね」

 そう呟いて、今向かうのでまっていてほしいという旨のウィスパーを送って、転送石を倉庫から取り出しに向かった。

 転送石は登録済みの拠点クリスタルまで瞬間移動させてくれるアイテムだ。私は登録拠点リストから、ジュノーマエルという名前を選ぶ。

 転送が開始され、エイリエシィの身体はものの数秒で消えうせた。

 次の瞬間。

 その身を、砂塵が襲う。

 砂嵐だった。

「うわ、相変わらず酷い歓迎!」

 乾燥した砂漠の風が、砂を孕んで荒れ狂っている。とはいえ、こちとら風には耐性があるのだ。砂さえ防げればなんということはない。

 ジュノーマエルの拠点クリスタルは街の外にある。

 日傘を差して、砂から身を守りつつ、私は街中を目指した。

 サンドオーシャンという地名のとおり、周辺は砂の海。そして街は巨大な洞窟から繋がる地下遺跡に存在する。

 そこは宝石の都だった。

 砂だらけな外の荒れっぷりとは裏腹に、地下洞窟に広がる街の景観は素朴で、薄暗い中に煌く宝石たちが悉くロマンチックな場所だ。

 粋なカクテルバーやクラブのような雰囲気と言うべきだろうか。

 私はバーにもクラブにも行ったことが無いのでただのイメージでしかないが、落ち着いた雰囲気がとてもいい場所なのは間違いない。

 土属性が不人気なため、拠点であるこの街の人通りは閑散としているが、それがどことなく景観にマッチしているような気さえしてくるから不思議だ。

「久しぶりに来たけど、ジュノーマエルもいいなぁ」

 そんな呟きを自室に晒しながら、私はティエラを探す。

 ジュノーマエルのどのあたりか、私はウィスパーで尋ねてみる。

 中央の大きな宝石のあたり。

 そう返ってきた言葉で思い当たる場所はひとつだけだった。

 空洞を天蓋まで貫く巨大な宝石。虹色に輝くその宝石は、街のシンボルだ。その場所がわからないはずが無かった。

 まるで夜の公園の噴水にぽつんと誰かが佇んでいるかのように、ティエラの後姿はすぐに見つかった。

 チョコレート色のドレスを着た小柄な少女だ。ケープにフリルにヘッドドレス、ロングスカートな見た目は、ゲーム開始初期で作成できる衣装アバターを駆使したコーディネイトだが、そのデザインは悪くない。

 なんとなくそのセンスは、中の人は女性かもと思わされる。

 まぁネトゲにおいてその予想は外れることも多いので、ただの私の想像に過ぎないわけだが。


 こちらの足音に気づいたのか、ティエラらしき人物が振り返る。

 私の姿を見つけたその琥珀色の瞳は、何かを忘れたかのように、しばしの間ぼうっと焦点を定めずに居た。

 エイリエシィはなおも接近する。

 そうして、やや背丈に差のあるティエラの顔を見上げてみた。

 分けた前髪をヘアクリップで留め、三つ編みのお下げを肩から前面に二本垂らした髪型が、素朴で可愛らしい印象で、服のコーディネートとよく合っている。

「こんにちは。ティエラさん?」

 声に、はっとする動作のあと、次の声は数秒遅れで反応する。

「……はい」と。

「私のコミュニティに参加希望って、本当?」

 こくん、とティエラの首がゆっくりとした動作で縦に振られる。

「どうしてまた私のとこに? 他にも賑やかで親切なコミュはあると思うよ?」

「それは、お・・・・・・」

 お?

 ティエラは何かを言いかけて、そして両の掌で、出そうになる言葉を口の中に封じ込めた。

 その行動を不思議に思いながらどうしたのかと問おうとした時、

「お、お茶が好きだから。緑茶!」

「お……おちゃ!?」

 その矢継ぎ早な勢いと、セリフと、素朴なティエラの見た目が、最大のギャップだった。

「――!」

 エイリエシィは動きを止め、その間私は自室で笑い転げた。


 1分ほどが過ぎて。

「あの……?」

 ゲームの向こう側で笑われているなどと解る筈も無いティエラは、フリーズしているエイリエシィに困惑気味だ。

「ああ、ごめんね」

 しれっと謝罪を入れて、会話に戻る。

「そっか、緑茶か。私は紅茶の方がスキだな」

 拠点が緑色一色の森林地帯で、エイリエシィが植物をメインとしているから『幻想の緑茶亭』なんて名づけただけで、私自身は緑茶派というわけでもない。

「ミルクも入れて、お砂糖はみっつですか?」

「そうそう。ミルクティーがすき」

「ちょっと甘すぎですよね」

「それが良いのに」

 なんとなく、くすくすという談笑が混じりそうな会話だった。

 意外と気が合うのかもしれない。

 予定外ではあるが、無碍にできる気もせず、私は少しくらいならコミュに加入があっても良いかもしれないと思った。

「わかった、それじゃあ……」

 とりあえずコミュの説明でもしようとした矢先に、

「あ、すいません。時間……」

「時間?」

 それは家の事情か、それともネットカフェからの接続だったか。

「そっか、それは仕方ないね。次つないだときにまた会いましょう」

「はい、ゴメンなさい!」

 そうしてティエラは電光石火の早さでログアウトして消えた。

 その瞬間、エイリエシィはそこに居る意味を失って、ただ大きな虹色の宝石を仰ぎ見ることしか出来なくなった。

 仕方が無いことだ。

 リアルは大事にしないといけない。

 これはネットゲームの常識である。

 だから仕方なく、私はジュノーマエルから新しい戦場を探して、参戦する作業に戻るのだった。


 それから妹が帰宅し、夕食はカレーだった。肉っ気の無いキノコカレーだったのは、買い忘れた牛肉の代わりに冷蔵庫に残っていたエリンギや舞茸やシメジなんかを使ったかららしい。

 肉など無くても、カレーは普通に美味しかった。

 妹も料理の腕を上げたようだ。私も負けてはいられない。次は私が買い出しと料理当番だ、年長者の意地を見せねばと誓う。

 そしてゲームは23時にログアウトし、風呂掃除と学校の予習を終えて、また一日が暮れていくのだった。


 

 そして数日過ぎた日曜日。母は看護師の仕事で病院へ、妹は友人と合うと言って出かけていったので自宅には私だけが居る。

 たんまり出たホームワークは早朝にもう終わらせておいた。

 もはや気兼ねなど必要ない。あとは、『精霊戦記』に入り浸るのみである。

 やっほーぃ!

 そんなこんなでテンションが振り切れていたに違いない。

 今日は珍しくチーム戦の気分だった。

 それが功を制したのだろうか、それとも不幸中の幸いだったのだろうか。

「えー! あなたとチームですか?」

「そうだね」

 戦場の初期配置エリアには、金髪の甲冑姿があった。

 全身を包む漆黒の装甲に金色の文様を刻むデザインは、まさしく見知ったキャラクターだ。騎士然としたマントがはためき、えらそうに腕を組む少女は、クラスメイトである久実小夏の駆るウェネリスに違いない。

 本人はかわいいアバターを望んでいるが、公式のアバターで作られた現在の外見は、カッコイイという方向性に位置している。

 その釣り目がチラリとこちらに向けられた。

「たまにチーム戦しようと思ったのが裏目に出ようとは」

 28人が入り乱れるバトルロイヤルと違って、チームバトルは14人VS14人で行われる。同じチームならば、互いに傷つけあうことは出来ない。味方の攻撃に対しては当たり判定を失うからだ。

 つまり今は同じ仲間。互いの勝負はお預けである。

「よろしくお願いしますよ」

「ぐぬぬ」

 ウェネリスは悔しがり、私はほくそ笑む。


 ステージは捨てられた旧都市という設定の市街地戦。

 廃墟と化した建物の内外、全てが戦場だ。

 都市の細部を再現するCGは見事なものだが、それらは地の利を生かすためのものだ。

 そして最後はチームワークが物を言うだろう。

 やがて試合開始のカウントダウンがゼロを告げ、味方14名が戦場に散っていく。

「私が15人倒してあげますから、エイリエシィは寝ていて良いですよ!」

 14人ではなく15人倒すといったその意味は、私へのあてつけに違いない。

 ウェネリスもそんな無茶で腹立たしい台詞を吐いて廃墟の奥へと消えていった。


 仲間、などとはチャンチャラおかしい話である。

 もとより、私たちは協力する気など微塵もなかったのだ。

 相手よりも多くスコアを稼ぐ。それこそが唯一無二の可能な抵抗だったのだから。

「負けない!」

 ウェネリスの得意な距離は、近中距離。

 火力差から考えても同じ土俵で争うなんて愚の骨頂だ。

 ここは木属性精霊の地の利を活かすチャンスであり、新しく得た力を試せる場である。

 ならば目指すほかはない。

 私は近場で一番高い建物――時計塔を選んだ。

 植物スキルは足場を作るのも得意だ。気を利かせた土の精霊と連携して、本来は無いルートを確保していく。風属性のパッシブスキルで向上している跳躍力が役に立ったか、そうして、私はかなりの早さで高所を登りきり、時計塔の屋根へやってきた。

 眼前には都市を見下ろす絶景が広がっている。

 これはLv16まで習得を終えたスキル【風読み】を活かす絶好の機会だ。めったに使わないスキルである【スナイパースタンス】のドグルをONにすることで、エイリエシィは弓を作成し、長距離の狙撃を可能とする。

 そしてLv16の【アドバンスドスナイパーレンジ】のパッシブで延長された最終的な射程距離は1000m。この射程距離に届くスキルは、同じスキルを習得している木属性精霊のみだ。

 番える矢は、その場で作成する。

 通常は普通の物理的な矢だが、風の魔法を矢に変換して番えることも可能だ。

 しかし毒スキル最大レベルの私が番えるのは、もちろん毒の矢である。

 時計塔の屋根で目下の敵影に対し、キリキリと弓を引き絞る。

 そうしてスナイパーモードの特殊画面で、油断している敵チームの水属性精霊に狙いを定める。水属性精霊は防御スキルが豊富だが、代わりにHPが全精霊中最低なので、エイリエシィが狙うにはもってこいだ。

 標的との距離、矢の到達予想時間とともに表示されるレティクルは、標的の頭部に添えられた。

 射程1kmからの狙撃など知る由もない相手は、こちらのチームメイトに忍び寄ろうとしている。

 まずはそれを阻止する。

「そこ!」

 その一息が矢を解き放った。

 発射後に水精霊は一歩半ほど動いたが、【風読み】のスキルが狙撃の命中精度を補強し、常に弾道修正を行っている。

 【風読み】には、空気の動きを感知し制御する、という解説がついている。

 空気中を滑る飛来物ならば、全てが風の影響下にある。それをコントロールするというのならば、超長距離狙撃であろうとも外す道理はない。

 ――水のバリアが打ち砕かれる。

 敵一体の頭部に、神経麻痺と感覚障害の毒を篭めた矢が突き刺さった。

 成功したヘッドショットは、急所を狙ったことでクリティカルが発生し、後に毒の判定が行われる。

 神経麻痺は抵抗され、感覚障害が発揮された。

 感覚障害の毒は五感を奪う。奪われる度合いや進行速度は相手の抵抗力に左右されるが、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を奪われた敵は、自分を見失い狼狽する。

 見えず聞こえず、自らの情報を何も得られなくなった敵はスキルさえも封じられて、もはや敵ではなくなった。

 だがエイリエシィは攻撃力最弱の精霊だ。クリティカルを狙ってやっとほかの精霊に届くかどうかの火力である。たった1発では致死には遠い。

 だから今、無防備となった相手にトドメの矢を選定する。

 選ぶスキルは、風の初期魔法【ファントムレイザー】。それを矢に変換して弦を引き絞る。普段の切り裂く風が、最大の一撃を見舞わんとして一本の矢に凝縮されていく。

 狙うは再び頭部。

 そして集束が完了し、矢は放たれた。

 風という名の不可視の弾丸は、木属性精霊以外の目には映らない。

 かわせる道理も、外れる道理もなく、発射から3秒を経て難なく命中するその一撃。

 否。

 するはずだったその一撃――。

 そこに、一本の槍が飛来する。

 (ごん)属性スキルの【トリシューラ】だ。

 他の建物の合間を縫って、一直線に標的を捉え、一息に打ち砕く。

 間髪をおかずに、直撃した槍を避雷針代わりに追撃の落雷【サンダーボルト】が敵を焼き焦がした。

 ――結果的にこちらの矢が届くよりも早く、エイリエシィの狙った敵はデット判定を受けた。

 正に横槍。

 ばんばん、と私は自室のデスクを台パンする。

 投げた武器に雷を落とす連携を好んで行う知り合いに、私は心当たりがある。

 私のよく知るPC。

 そう、その攻撃の主は、ウェネリスに他ならなかった。

 遠方の1km先を横切る姿を、エイリエシィの狙撃モードが捉えている。

 見えるはずもない距離で、悠々と歩くウェネリスの視線がこちらに向けられる。そうして去り際にひらひらと手を振って、望遠された視界から退場して行った。

 馬鹿にしている。

 漁夫の利を狙われたのだ。

 私が狙っていた敵を、ウェネリスはかっさらっていった。

 悔しくないわけがない。

 しかし過ぎたことを悔やむ間に時間は過ぎるばかりだ。それよりも先に次の標的を探さなければスコアの差を広げられてしまう。

「居た!」

 急ぎ探した狙撃モードの画面で、また油断しているカモを捉えた。

 透明な人型が、チームメイトに接近を試みている。

 光を捻じ曲げて姿をくらます光属性のステルススキルだろう。敵はチームメイトに気づかれていないのを良いことに、正面から堂々と一直線に向かっていく。

 だがスキルのデメリットか、移動速度はかなり遅い。

 その遅さが命取りだ。

 光が隠せるのは視覚に頼った情報のみ。風の流れというレーダーにはしっかり捉えられている。

 同じく、矢を番え、正確無比に狙撃する。

 1矢目で姿を暴き、2矢目で脚を射抜き、3矢目で胴を射抜き、気づいたチームメイトが追撃を入れていく。

 そうして瀕死となった日属性精霊にトドメを刺そうとした時、横から“武器の雨”が降り注いだ。

 【アームズスコール】。

 またも、ごん属性のスキル。ウェネリスの襲撃だ。

「また!?」

 そこに別の敵がかけつける。今しがた地に伏した日属性精霊の援護にやって来たのだろうが遅すぎた。それを悟った新たな敵はそのまま近場に居たウェネリスに襲い掛かる。

 心の底で殺ってしまえと思ったが、そのまた心の底で無理だろうことは解っていた。予想通り、迎え撃つウェネリスの剣技が、あっという間に敵を切り刻んでデットさせる。

 小夏は運動神経も良いし、中学時代に剣道部にいたこともあると聞いている。

 古今東西の武具を取り揃える金属性精霊の特性と合致した中の人の性能は、素人の近接技術では太刀打ちできないらしい。

 そうやってどんどんとキル数の差は加速していく。

 半ばヤケ気味で再び次の標的を探す。

 次に見つけた敵は、瀕死のチームメイトを追い掛け回しているキル厨だ。キル厨については〝おまいう〟だが、もうなんだって良い。チャンスがあるなら撃つのみだ。

【風読み】があるかぎり、動いていたって矢の命中率は8割以上を誇るはず。狙いをおろそかにして、連続で矢をあびせかけた。

 そのうちの1本が、神経麻痺を発動する。

「よし!」

 動けなくなった今のうちに最大火力を叩き込もう。そう思って風を番えればまたもウェネリスにトドメを奪われた。

「うーっ!」

 ばんばん。デスクを台ぱんする。

 そうやって、その次も、そのまた次も、次も次も次も。

 毎度毎度エイリエシィが止めを刺す瞬間に、ウェネリスはキルを掻っ攫っていく。

 こちらのキルは稼げず、こちらが利用される形でウェネリスのキルだけが増えていった。エイリエシィの攻撃力の低さが、これほど憎いと思うことはない。

 苦し紛れに心臓麻痺や呼吸麻痺などの即死毒も使ったが、試行回数に難のある弓では効果が発揮されることはなく、キル数で追いつくには至らなかった。


 最悪の戦場だった。

 終わってみればエイリエシィはキル2、ウェネリスはキル8、という大差。

 その代わりといってはなんだが、サポートによるスコアボーナスが半端ではなく、取得したスキルポイントや総合成績ではエイリエシィが圧倒していた。チームとしても圧勝である。

「良い援護射撃でしたね」

 ウェネリスの言葉が皮肉にしか聞こえない。

「そうですね。おかげさまで総合ポイントでは私の勝ちですよ」

 二人のスマイルがぶつかり合う。

 そこに。

「ナイスサポート!」「助かったよ」「良い連携だった」「木精【もくせい】の長距離狙撃か、珍しいものを見た」 などと、他のチームメイトからの賛辞が降る。

 褒められるとまんざらでもない。

 それで幾分か気分は和らいだかに思えたが。

「あと一勝でアバター。忘れないでくださいよ」

 ウェネリスのその一言はやぶ蛇だった。

 戦場を出てゆく背中に歯噛みする。

「やなやつ!」

 ふん、と息を荒くして、エイリエシィも戦場から退出手続きを行う。


 前回のログアウトから、サンドオーシャン地方に滞在しているエイリエシィは、戦場から戻ると地下都市ジュノーマエルの街中にいた。

 相変わらず、秋の夕暮れのように寂しくもロマンチックな街だ。

 そんな真横から、

「なんだ、あなたもここだったんですね」

 嫌がらせのような声が聞こえた。

「うわ」

 あからさまに嫌な顔と声で反応する。

 あらつれない、というウェネリスのお言葉。私は一戦終えたあとの疲労感がさらに加速した気がした。

 思わず職質する。

「なにしてるの、こんなとこで」

「素材の調達に来ていたんです。SS級の武具を製造するのに、こちらの宝石と魔物のドロップ品がたんまり必要ですから」

「そのついでに、珍しくチーム戦?」

「そんなところですね。あなたは?」

「私は、うちのコミュに入りたいっていう子が居て、前のログインの時からこっちにきてた」

「で、そのまま『レシフェール』に戻らずに珍しくチーム戦ですか」

「まぁね」

 相変わらずの皮肉めいた物言いに、うるさいと思いながら顔を背け、適当に返事をする。

「ところで、あなたのコミュに入りたいだなんて、なにかの事故では?」

 うっさーい、ばかー!

 と思わず言わなかった私は偉いはずだ。事故だなんて酷い言い草である。

「うるさいなぁ。そういう人だってたまには居るでしょ?」

「どんな人なんです?」

 それはね、と説明しようと思った矢先。

 都市中央の巨大宝石のすぐそばで、それは起こった。

 突然。

 測ったように、エイリエシィの差すフリルパラソルの傘下にティエラが沸いたのだ。

 場所もタイミングも神がかっていた。

「なっ!?」

「あ……お……えっ、エイリエシィさん!?」

 エイリエシィとティエラは仲良く仰け反って驚き合う。

 その状況を見ていた第三者は、これはラッキーとのたまった。

「なんという偶然でしょう。思わず動画ボタンとSS連打しちゃいましたよ」

 その瞬間を、こともあろうにウェネリスに激写されていたらしく、しかもあとで公式ホームページのファンアートに投稿しようとか言っている。

「やめてください!」

 思わず突っ込みを入れるが、なんのことはない。

「ちゃんと目線は塗りつぶしておきますから」

「いやいやそういうことじゃないから!」

 しかも目線塗りつぶしたら何かおかしなことになるだろうに。

「しかし惜しいですね。もう1歩横だったら、エイリエシィが吹っ飛んだかもしれません」

 デフォルト設定では街中であろうと当たり判定があるので、同座標にキャラが沸くと片方が押し出されることになるわけだが、残念、私の当たり判定はOFFです。そうしないと、人口密度の多いレシフェールでは歩きづらいのだ。

 まぁそのアタリは良い。それよりもティエラが気にかかる。

「この間ぶりだね」

「そうですね」

 事故ったあとなので、お互いになんとなく苦笑いだ。

 この前は慌ててログアウトしていたが、今日は日曜日。予定の程はどうなのだろうか。

「今日は時間あるの?」

 気になって、ティエラに問う。すると好感触の返事があった。

「はい、6時間パックしてきました」

 やはりティエラはネカフェっ娘のようだ。

 へぇ、ネカフェからですか。とウェネリスもさらりと話に加わってくる。そしてこう続けた。

「ネカフェなら、今ファットタイムが割引キャンペーンしていますからお得ですよ。全国チェーン店だったか定かじゃないですけど……」と。

 私はネカフェには疎いが、ウェネリスは詳しいようで、巷の情報を良く掴んでいる。だが、もしかしたらそのお店はローカルなチェーンだったかもしれない。

 ちなみにファットタイムって言うと、健康に悪そうだがスペルはWhatである。それでも意味不明な店名だが。

 そしてティエラはウェネリスの情報に「あっ」と心当たりがあるような素振りを見せる。

「私が利用しているのはそのお店ですよ。パック料金が2割引なので助かりました。ご飯をモヤシにしなくてすみそうです」

「モ、モヤ、シ……!?」

 あの1束18円で売られている最安値の野菜のこと……ですよね?

 まさかそれが主食であると? そこまでして『精霊戦記』をやっているのだろうか。

「あ、いえ、あの……大丈夫ですよ。とんかつの予定をチーズハムカツに変更したりしてなんとかします」

 どういうご家庭なのか気になるけれども、ネカフェ利用が節約調理法の勉強に一躍かっているのかもしれない。

 ――確かに、『精霊戦記』のセットを揃えるとなるとかなりの高額を要求される。その分使われている技術や臨場感という上では他のゲームとは一線を画する出来となっているのだが、それをお手軽に体験できる場として、ネットカフェは最近注目を集めているらしい。

 全国のあちこちで『精霊戦記』ができるというのを売りにしだすネカフェが相次ぎ、一か八かの高額な投資を凌駕する売り上げで、経営を立て直している店も多いのだとか。

 あまり気にしていなかったが、割と人気のゲームなのかもしれない。もしくは憧れの。

「まぁ、ネカフェのほうが安いのかもしれないよね。買うよりは」

「はい、私は頭も良いわけじゃないし、お母さんにこれ以上負担があるのも困ります……」

 何となく湿っぽいリアル話。

 訪れた急な沈黙。

 何を言葉にすればよかったのか。相槌さえ返せずに私は固まってしまった。

 稼ぐ手立ての限られている人種にとって、ゲームというのは高価な遊具だ。皆が皆、私や小夏の家みたいに裕福なわけじゃない。それは解っている。

『精霊戦記』は楽しいし、手にしたことを後悔はしていないが、それは――後悔していないというのは――私だけの話である。

 今でも高額の専用セットを母にねだったことは、ずっと心に残ったままだ。だから、家事は手を抜かず、成績も落とさないよう気をつけているつもりだ。私はゲームが好きだが、テスト期間にはちゃんと禁ゲーして勉学に励んでいたりもする。それが何になるのかといえば何にもなるわけではない。この想いだってきっと言い訳の一部だろう。

 お金の問題はいつでもどこでもついて回る。

 それは仕方がない。ネットゲームは売り物なのだ。企業がお金を稼ぐために運営しているものなのだ。そこには相手が学生であるとか社会人であるとかの事情は考慮されていない。

 たとえば高校二年生でお金がないなら親に頼んでね、という意味なのかもしれない。

 資金調達力で大半の高校生は底辺である。

 お小遣いもお年玉も、それは他力な手段であり、そこにはきっと母や親族の信頼と応援が込められているものに違いない。きっと、私の『精霊戦記』だって――。

 だからただ、今は、真っ当で正しい学生であることを目指すほかはない。

 親を悲しませることだけは、避けなければ……。


 言葉を失ったまま、エイリエシィが佇み続けてどれほどの時間が経ったか。

 そんな空気をぶったぎるKYが居た。

「ところで、せっかくだからどこか行きます? 見た感じティエラさんは始めたてですよね」

「は、はい」

 うつむいていたティエラが顔を上げる。

「スキルの取り方とか大丈夫ですか? 今SPいくつです? あと、エイリエシィの過疎コミュに入ろうとする理由は?」

 KYなウェネリスから飛ぶ矢継ぎ早な質問。だがすぐに返答は無い。不慣れなティエラは、あたふたしているのかもしれない。

 質問は一つずつにして差し上げろ、とウェネリスに密やかなウィスパーを投げつけた。

 しかし遅れて律儀な返答が寄せられる。

「スキルは良く解りません。SPってなんですか? コミュについては内緒です」

 ティエラの返答に、なるほどなるほど、とウェネリスが頷き、内緒話の部分はスルーでゲームの話を切り出した。

「まずSPというのは、スキルポイントのことです。Cキーで出るステータス画面の右上か、Sキーで出るスキル画面の上部にある数字のことですね。初期でしたら青字で300って描いてあるはずです」

 ウェネリスの説明に、しばらくしてティエラが答える。

「あ、本当。SPは300……です……?」

「完全に初心者だ」と私。

「でしょうね」とウェネリス。

「まぁ、エイリエシィのコミュに入りたいっていう意味は解りませんが、今はまだ保留でも良いかもしれませんね(あんな倉庫のためだけに作ったような過疎コミュに入っても楽しいわけないですから)」

「……!?」

 ちょっとちょっとウェネリスさん、その()は心の声ですか。だだ漏れていますよ。だだ漏れていますよッ。事実だけど。事実だけどッ。

 さらにウェネリスは言う。

「とりあえずコミュに入るかどうかはおいといて、フレ登録だけしとけば良いんじゃないですか。まだゲーム続けるか解らないですよね。初めてだと」

 フレ登録とは、フレンド登録の略であり、お互いのログインやログアウトの情報を得たり、居場所の特定を容易にしたり、ステータスの一部を閲覧できるようになったりするネトゲ古来からあるシステムだ。

 確かに、ネカフェだと特にちょっと齧ってすぐやめちゃうプレイヤーも少なくないだろう。コミュに入ったはいいが、1、2週間で来なくなっちゃうなんて例もあるかもしれない。ティエラがそうとは限らないが、フレンド登録しておけば、簡易的なコミュとして機能するだろうというわけだ。

 そしてそこで何故か困惑したように首をかしげるティエラの姿があった。

「ウェネリスのフレ登録送りました。なにかあったら言ってください。多少は力になりましょう」

 なんということか。ウェネリスがティエラにフレ登録を送っていたのだ。

 出遅れたといわざるをえない。

 慌ててこちらも送っておいた。

 そしてこちらにもウェネリスのフレ登録が送られてくる。向けられるウェネリスの視線の挑発的なことといったら無い。こんなもの登録した暁には、こちらの入る戦場を逐一把握されてしまう。そんなことは神様が許しても、この私がお許しにならない。

 ぴっ、と拒否を押して突っぱねる。

「つれませんね」

 釣れないと言いたいのだろう。釣られないクマァァァ。

 対するティエラは、承認したという通知がやってきた。

「では、ちょっとティエラさんのSPをためにいきますか。ねえ、エイリエシィさん?」

「はいはい、パワレベですね解ります。通常フィールドでモブ狩りかな」

「ええ。このまま戦場に出てもカモにされるだけですからね。それが嫌になってやめてもらったら残念ですから。そのためには300ポイントでは足りなさ過ぎです」

「私は初期に四苦八苦するのも悪くないと思うけどね」

「確かにそれは否定しません。しかしこのゲームのスキルリセットはリアルマネーで10000円もするんですよ。最初のスキル選びで失敗したら暫く取り戻せませんから。多少先輩風吹かせてでも、そのへんに気を使っておいて損はありませんよ」

「でも失敗したって露店で課金アイテム売ってない?」

 それに対し、ウェネリスは、はぁ? というような腹立たしい反応だ。

「コレだから金に物を言わせる人は……! あなた、スキルポイントのリセットチケット、ゲーム内マネーでいくらすると思っているんです? あなたは高級薬品を量産できる希少な木精霊ですから金銭感覚が麻痺しているんでしょうけど、露店で買ったら2Gはしますよ!」

 ちなみに2Gは20億Cry、そしてCryは『精霊戦記』のお金の単位、クリスタルのことだ。 

「そ、そんなにするんだ」

 知りませんでした。

 ウェネリスはあきれ返りながら、私とティエラを促す。

「ともかく、フィールドに出ますよ。近場の砂漠でサボテンでも狩って基本を練習しましょう」

「はいはい。でもやるならサソリかな。サボテンは漏れなく木属性だから土属性の天敵だし」

「そうでしたね。ではサソリで」


 というわけで、私たちは時折砂嵐の吹き付けるジュノーマエル郊外にやってきた。

 周辺は砂だらけの完全なる砂漠だ。

 それこそ、サンドオーシャンの名に相応しい場所だといえる。

「ティエラは土系と重系、どちらを取る予定とか決まってます?」

「ええっと、何も決まってません」

「そうですか。では一応説明しましょうか」

 そうだね、と返事をして私はエイリエシィのスキルウィンドウを開いた。

 ショートカットの割り当てや、インターフェイスの構造はカスタマイズしない限り全キャラクター共通のはずだ。自分のインターフェイスを頼りに解説を切り出す。

「じゃあ、ティエラちゃん。Sキーで開くウィンドウを見ていただいていいかな」

 はい、というティエラの返事に、開けたか確認を挟んでから続ける。

「土属性精霊なら、スキルのタグが土属性と重属性に分かれているのは解る?」

 わかります、とさらにティエラ。

「このゲームはどの精霊も、木と風、金と雷、水と氷、火と熱、みたいな感じで2つの属性を使えるわけだけど、土の精霊の場合は土属性と重属性に分かれています。土属性は防御性能が高くて1撃が重く、マナが切れやすいのが特徴かな」

 エイリエシィの言葉のあとにウェネリスが続く。

「重力系は、高火力で多数を相手にできる広範囲スキルが主体です。風属性意外の攻撃はまともに届かないし、防御面でもかなりの強属性ですが、かわりに燃費はさらに劣悪です。ただでさえマナが最低の精霊ですから、土属性の宝石系スキルを育てて、【クリスタルオブマナ】というスキルを最大限とっておかないとまともな重力スキルを運用できないかもしれません」

「そんなにマナ低いですか?」

「低い」

「低いです」

 エイリエシィとウェネリスが口をそろえて低いという。

 その土属性精霊のマナ……いわゆるMPの成長係数はたったの1。

 成長係数最大の5を誇る木属性精霊がマナ500といえば、土属性精霊は100しかない。強力なスキル1つを撃てるかどうかだ。もし撃ったなら、マナはすっからかん。

 そのことを知っている敵プレイヤーは、土属性精霊が強力なスキルを使った瞬間に攻めに入ることだろう。5秒ごとに判定されるHPとマナの自動回復も、係数依存のため無いも同じである。土属性の弱点である木属性はマナが無尽蔵に近いためその点でも対照的といえるだろう。

 しかし、土属性精霊のそれを補うのが、『宝石』の運用だ。

 土属性精霊は宝石を製造でき、さらにそれを魔晶化して魔石に加工できる。

 魔石に加工すると、そこからマナを抽出できたり、破壊して直後のスキル効果を1回だけブーストしたりできるようになる。

 そして宝石系スキルツリーの最たるものが、最大でマナを+100してくれる【クリスタルオブマナ】というパッシブスキルである。

「重属性は【クリスタルオブマナ】がある程度上がってから取るといいかもね。LV16にするには40000点くらいSPが必要だから、せめてLv8くらいあれば良いかな。それでも6000点必要だけど……」

 それを聞いたティエラは、そんなにですか!? と驚く。

「Lv4なら1000点だよ、がんばれ」

 それから暫く、3人でなんやかんやティエラの相談に乗ったりアドバイスを加えたりして、ようやくティエラの意思は固まった。

「では、『重力』スキルも気になりますが、最初は『土』スキルでいきます」

「解りました。それじゃ土属性でかまいませんか」

 ティエラの決断に、ウェネリスが念を押す。

 態々念を押すということは、なにかあるに違いない。

「もしかして何か考えた?」

「ええ、裏でシミュっていました」

 恐らくなんやかんやしている合間に、スキルシミュレーターを備えている支援サイトで調べていたのだろう。スキルの構成や、ステータスの確認に役立ってくれるため私も始めて間もない頃によく利用していた。他にも個人で行った検証結果や、実際のスキルの使用感などの情報を有志で書き込んで作られるWIKIなどの情報サイトも有名どころである。

「では悪いのですが、最初の300ポイントだけ私に譲ってください。絶対損はさせませんから」

 前から思っていることだが、ウェネリス――もとい小夏はおせっかいな性格なのだろうと思う。多少強引であったり、突っ走る感じの所はあるが、初対面であるはずのティエラのために色々考えているのは、想像に難くない。

 根は良いやつなのだ。私も小夏には恩があるわけだし。

 だが、アバターは別だ。だがアバターは別だッ。

「では、メモ帳にまとめたものを読み上げますよ。ログ確認しながら操作してください」

 いいですか、とさらにウェネリスが念を押し、「はい、どんとこいです」とティエラは待ち構えた。

「それじゃあまず、【堅牢な意思】というパッシブスキルをLv4まであげてください。Lv4になったら次の【大地の力】が解放されますからそれをLv4に。そして、【オートストーンガード】をLv6、【エンデュリングリジェネレーション】をLv2、【グラヴェルスキャーター】Lv1、【ブロッキングスレート】Lv1。この構成でちょうどSP300のはずです」

「最初は【堅牢な意思】全振りじゃないんだ?」

「ええ、【堅牢な意思】はパーセンテージで防御力をあげるスキルですが、土属性ならLv4で20%あげておけば十分ですから。それよりも【大地の力】でHPを増強して、あとは【オートストーンガード】に期待するほうがより頑丈になれますよ」

 まぁ、本当は【アリスト】も欲しいところですが、300ではコレが限界です、とウェネリスは言う。

 私は気になってティエラに尋ねた。

「HPとマナいくつになったかな? あと防御力も教えてくれるとうれしいかも」

「HP152、マナ10、防御力は62です」

「SP300でHP150ってやっぱり凄いね。その分マナはびっくりするくらいすくないけど」

 他の精霊は初期HP30くらいなので、スキル込みとはいえ152というのはぶっ飛んだ数値である。

「赤いサソリなら余裕かもしれませんね。とりあえず殴ってみましょうか。万が一死んでも、そこにエリクシル製造機がいますから蘇生も完全回復も容易ですし」

「10Mもする最高級薬剤をホイホイ使う気?」

「あなたがたまに露店に出してるアレ、どうせ倉庫からあぶれた分でしょう? 1000個以上持っておきながらケチケチしないでください」

「別に、イグ水と傷薬かポーションで良いと思うけど……」

 ちなみにイグ水はイグドラシルの生命水という一番安い蘇生薬である。それでも1万Cryはするのだけれど。


 そして、周辺を歩き回れば、お目当てのサソリは直ぐに見つかった。

 正式名称はレッドスコーピオン。昆虫種族のフィールドモンスターで、属性は『火』

 対人主体のゲームでありながら『精霊戦記』は魔物のCGも行動ルーチンも気合が入っている。

 接近した私たちに気づいたサソリは、ハサミを大きく上げて威嚇体勢をとった。

「さぁ、殺るのです」

「ぶん殴っていいよ」

「じゃ、じゃあいきます!」

 言われるままに、とたとたと肉薄するティエラに、反応したサソリは迎え撃つ構えを見せ、射程距離に入ったところでハサミを振り回す。

「うわ」

 ティエラが思わず両の掌をかざして防御体勢を取る。

 痛々しい被弾の効果音と共に、ティエラが蒙ったダメージが白字で飛び散った。

 1。

 ティエラが受けたダメージはたったの1だった。しかも最大HP152に対してである。

 そしてゲーム内で1以下のダメージは存在しない。

「なんという硬さ」

「防御能力の貧弱な精霊なら即死なんですが、さすが土の精霊ですね」

 属性が持つ特徴は、魔物にもある程度反映されている。

 火属性のサソリは、攻撃力が高めに設定されているため、初期のキャラがうかつに殴りかかると、あっという間にHPを削られてデットさせられてしまう。

 レッドスコーピオンは本来HP30そこそこの初心者にたいして、20ダメージを連続で叩き込んでくるような強敵なのだ。回避能力が高いか、防御力が高いか、さもなくば火の弱点である水の精霊でもなければ太刀打ちできない。

 しかしティエラは余裕だ。

 1ダメージをいくら重ねられようと緑色のHPゲージは全くもって微動だにしていなかった。

「ど、どうしたら?」

 戦闘に慣れないティエラは、近寄ったはいいもののサソリに攻撃されているばかりで反撃をしない。

 攻撃方法が解らないのだろう。

 そうしてうろたえている間に、先ほど取得した【オートストーンガード】がティエラの意思とは無関係に自動で発揮された。


【オートストーンガード】は、攻撃を受ける時に確率で勝手に発動し、召喚される石盤がダメージを肩代わりしてくれるパッシブスキルだ。そして【ブロッキングスレート】を習得している場合にはそちらが発動するようになっている。

 ティエラが攻撃を受けたとき、それは12%の確率で発動し、42点のダメージを肩代わりし、地面からせりあがる【ブロッキングスレート】は、当たった敵をノックバックさせる。


 地面から突き出るように、急激にせりあがった高さ2メートル、幅1メートルはあろうかという豪奢な文様を刻んだ水晶の壁が、サソリにぶち当たった時、小ダメージを与えると共に数歩分後方へ弾き飛ばした。

 ひるんだ状態のレッドスコーピオンは今隙だらけだ。

「そのまま【グラヴェルスキャーター】を撃ちましょう。覚えたスキルは自動的にスキルショートカットに表示されているはずです。画面の右下のアイコンか、専用コントロールの右トリガーAを押せば良いはずです」

 素直に応じるティエラの手から、拳大の岩石が撃ち出される。そしてそれは直後に炸裂した。

【グラヴェルスキャーター】は、漢字で書くなら『砂利の散弾』。飛び散った破片がバックショットとなって敵を蜂の巣にする。至近で放たれた散弾はレッドスコーピオンの硬い外骨格を突き破り、内部をズタズタにしてのけた。

 6点の前後の小ダメージを5ヒットさせる威力は、合計で31点にも上り、サソリはそれ以上動かなくなる。

 デット判定が成立した瞬間、ティエラに1ポイントのSPが与えられ、様々な素材となるドロップ品が幾つか地面に散らばった。

「倒し、た……んですか?」

 ティエラは疑心暗鬼の様相で、レッドスコーピオンを警戒し続けている。

「ええ、見事な一撃でした」 

 そうしてサソリの死体は速やかに土に返っていく。 

「ドロップ品は私が買い取って良いですか?」

 ウェネリスは、素材収集もついでにする気のようだ。抜け目のない。

「はい、構わないですよ? 価値とか良く解らないので」

「ではアイテムは回収させてもらって、あとでまとめて代金は郵送しますね。とりあえず、戦闘のほうですが、レッドスコーピオンは余裕みたいですから、次はグリーンスコーピオンでも相手にしていただきましょうか」

 ちょいまち。

「それ、木属性のサソリだよ?」

「そうですよ?」

「鬼か!」

「弱点属性に対する知識って言うのは大事ですからね、身体で覚えていただかないと」

「か、からだ……」


 属性が違えば特性も違う。

 同じサソリの魔物でも、レッドスコーピオンとグリーンスコーピオンでは全くの別物だ。

 状況は先ほどと同じ。しかしサソリの色は赤から緑に変わっている。 

 そのグリーンスコーピオンのハサミが、ティエラにむけて突き立てられる。

 右のハサミで8点、左のハサミでさらに8点。合計16ダメージをティエラは受け、衝撃が身体を振り回す。そして、追撃のテイルアタックで、12点の追加ダメージを受けると同時に、神経麻痺の毒を蒙った。

 完全に動けなくなるには遠いが、それでもティエラの動きは目に見えて鈍くなる。

 回避するという思考がまだ無いティエラは、サンドバックにされるばかりだ。

 1点が8点になれば、8倍のダメージになる。

 先ほどとは打って変わって、ティエラのHPはみるみると削られていった。

 さらにダメージとともに着実に神経毒を累積させてくるため、ティエラの動きは少しづつ悪化の一途を辿っていく。

 状況は決して芳しくなかった。

「戦場で木属性に狙われたら、カモにされますね、これは」

 ウェネリスの厳しくも的確な分析が下される。いくら頑丈でも、手も足も出せないのでは玩具にされるのは必至だ。

 さらに弱点属性からの攻撃では、防御スキルの効果が半減するため、【オートストーンガード】の発動率も激減し、発動したとしても容易に打ち砕かれてしまう。

「ティエラちゃん、急所はちゃんと守ってね。クリティカル判定を受けるから!」

 人間の本能が自然と防御している部分だが、念のためにと私は叫ぶ。そのついでに、緑色の液体が入った小瓶を、ティエラの傍へ投げつけた。

 小瓶は割れると気化し、周囲に神経麻痺用の解毒霧が展開する。

 エイリエシィ自慢の高品質解毒薬だ。これで、ティエラの神経毒は解除されたはず。

 会話をする暇も余裕もないであろうティエラは、それでも私の急所を守れという声が聞こえたのか、腕などを駆使してしっかり防御体勢を固めた。

 それだけじゃない。

 ティエラは隙を見て学習したばかりの【グラヴェルスキャーター】をゼロ距離で発射する。が、1発1発が軽いショットガンが与えたダメージは1ダメージの5ヒット。MP全てを使って5連射したところで、25点でしかない。

 グリーンスコーピオンのHPは恐らく80以上、高めの自己再生能力も秘めているだろう。

 152もあったティエラのHPは、半分をきっている。時間が経てばたつほど、状況は悪化するばかりだった。

「土属性の精霊に、回避せよというのも酷ですか。攻撃を受け流すにも武器が必要ですね」

 ひゅるひゅると音がする。

 グリーンスコーピオンの横ッ面に、ウォーハンマーが回転力を持ってぶち当たった。ウェネリスの武器だ。

「ほわ!?」

 ティエラの驚きは無理も無い。

 サソリはクリティカルを蒙るとともに、2600点近いダメージを受けて粉砕された。

 続いて、円盤がサソリの死骸横に突き刺さり、砂を巻き上げる。

 エイリエシィのもとまで飛散した砂を、日傘で防御し、隙間からその姿を垣間見る。

 チャクラム……ではない。円月輪でもない。

「盾?」

 やや大型のラウンドシールドだった。

「ティエラさんに差し上げますよ。Cランクの出来損ないですが」

「私に……?」

「ええ、素手よりはマシでしょう」

 精霊は自らのスキルで武器を作り出せる者とそうで無い者がある。

 金属性、木属性、水属性、日属性は武器を持つが、土属性、火属性、月属性は武器を持たない。そして全ての精霊は武器を買って装備することが可能だ。

 その武器の流通の大半を担っているのが、金属性精霊である。

 ほかのネトゲで言うところのブラックスミスのようなものだ。

 中でも特徴的なスキルが、武器生成と共に活用される専用の倉庫、【ロイヤル・オードナンス】であり、最大総数1024個のアイテムを戦場に持ち運べる物量と、仕舞った物をショートカット一つで呼び出すことを可能にするパッシブスキルとの連携が、金属性精霊の闘い方だろう。

 通常の精霊が戦場に持っていけるアイテム数は総数16個までと決まっているのだから、1024と言う数字がいかに破格かは明らかだ。

 また他精霊と協力して【存在の固定化】を行うことで、他属性の武器も製造可能であり、例えば、木属性武器の【プランテススティンガー】や【スナイパースタンス】の弓を、ちゃんとした武器として売買できるようになる。

 それをさらに加工して武器の等級をSやSSランクに引き上げれば、本家の武器を凌駕する品にすることだってできる。ただし、耐久を失えば高額な武器であろうと破壊されるため、一長一短ではあるのだが、別の属性の武器を持てるというのはそれだけで大きいことには違いない。

 ウェネリスのよこした武器は、金属性の武器。つまりウェネリスの力だけで製造された武器だった。

「それを装備すれば、木属性相手でもある程度有効な防御と攻撃が可能なはずです」

「戦槌かぁ……」

 私は呟く。渋いチョイスだ。

 だが、ティエラがウォーハンマーを引き抜き、ラウンドシールドを手に持った姿は、面白いほどに似合っていた。

「良いんですか……頂いても?」

「構いませんよ。私にとってはゴミ同然ですから。まぁ、金属性精霊以外が、Cランク以上を持つためにはライセンスが必要ですから、暫くはそれで頑張ってください。あとで、ライトメイルもメール便で送っておきます」

「はい。ありがとうございます」

 ちなみに、C~SSまである装備ランクのうちSSを装備できるのも金属性精霊のみとなっており、C以上の武具もパッシブスキルをあげれば早期に装備できる金属性精霊は装備面でかなり優遇されていえると言えよう。

「さて、ではこのまま特訓しつつティエラのSPを稼ぐとしましょうか」

「はいはい。ティエラにライフポーション投げたら砂漠の真ん中までいこう。集魔の香を使うから」

 そうして私たちは、ティエラの時間いっぱいまで、砂漠で狩りを続けるのだった。

 ティエラのログアウトと共にエイリエシィもログアウトさせた私は、夕食の準備をするために自室をあとにした。


 今日はもともと妹が買い出し担当、調理は私と決まっている。

 献立としては冷蔵庫にグラム100円の豚ロースがあったので、それをトンテキにしてメインにしつつ、野菜やスープ類を添え、あとは妹の買ってくる惣菜に頼ろうという心算だ。

 冷蔵庫から食材を用意して、ショウガをすりおろし始めたところで、玄関から物音が聞こえた。玄関の鍵を開ける音、扉を開ける音、靴を脱ぐ音、廊下を歩く足音、ガザガサとすれるビニール袋の音。

 家族であるならそれだけで誰かわかる。妹が帰還を果たしたようだ。

「おかえり、羽菜」

「ただいま」

 そして私は微笑を浮かべた。

「相変わらず、重装備だね」

「だって寒いし」

 寒さに敏感な妹は、口元までマフラーで覆い、いったい何枚着ているんだと思うほどの装甲厚だ。今ならきっと対戦車榴弾でさえも跳ね返せるに違いない。

「手洗ってくる」

「はいはい」

 妹はビニール袋をダイニングテーブルに置くと洗面所へ向かっていった。

 ガサガサと買出しの品を物色する。

「ええっと、洗濯用洗剤、クイックルバンパー、ダージリン、玉露、麗浜指定のゴミ袋、冷凍食品、ネギ、タマネギ、じゃがいも、カレー粉、卵、お豆腐、マヨネーズ、しょうゆ、ワンカップ横綱……」

 あれ?

 とたとたと妹が戻ってくる。

 手伝うつもりなのかエプロンを着用しにキッチンへ向かう羽菜に、私は聞いてみた。

「お惣菜は……?」

「忘れた」

 即答される。

「あ、そう……」

 それは仕方が無い。妹はたまに抜けているのだ。間抜けなのだ、たまに。

 まぁあまり惣菜ばかりに頼るのも良くないしジャガイモとマヨネーズあるからポテトサラダしよう。うん。

「大丈夫?」

 などと何となく不安そうな羽菜に、

「まかせなさい」

 と腕をまくった。年長者の意地を見せる機会はわりと早くやってきたようだ。

 それから私は妹と楽しく料理をし、

「たっだーいまーっ! あーつかれたぁ、ワンカップある~?」

「お帰り。横綱があるよ、熱燗する?」

「するする、やったぁー横綱ぁ! 熱燗! もちのろんじゃない!」

  「はいはい、待ってね」

 仕事から帰ってきたこんな陽気な母と、私たちは食卓を共にした。


 

「カギかけた?」

「うん」

 翌朝、妹と玄関を出る前に施錠を確認する。

 今日は月曜日。

 今日は月曜日ッ。

 学校へ行かねばならないのである。

 まだ寝ている母親を残し、私たちは我が家を旅立った。

「毎回思うんだけどね」

 と歩きはじめてから何気ない会話を通学路に零す。

 秋も少しずつ終わりに近づく昨今、息を吐けば白くなるほど早朝は肌寒い。

 流石の私も、上着くらいは羽織っているが、羽菜の比ではない。

「なに」

「何枚着てるのかなって」

 羽菜の厚着の話である。

「下着と靴下も含む?」

 少し考えて含まないと返した。

 妹は1,2,3と指折り数える。

「コート入れて5」

 ブラを含めたら6になる。

「重くない?」

「……」

 ふにっ

「痛い」

 何故かデコピンされた。手袋ごしだったので実は余り痛くなかったけれど。

 ちなみに、妹はストッキングの上にニーハイを身に着けているらしい。靴もブーツである。

「羽菜は北海道には住めそうに無いね」

「温暖化ががんばってくれたらなんとか……?」

「……」

 ベシッ

「いたい」

 デコピンをお返ししておいた。生身の指だったし母譲りのデコピンだったので結構痛かったろうと思う。

「いたい……」

 涙目になって額を手で押さえていた。

「ごめんごめん、不謹慎なこと言うから」

 そんな会話を終えてやっと通学路の半分。割と立地が遠いのだ。


 暫くは黙々と歩く。

 上がる遮断機。線路を越えて、丘の上にある麗浜学園を目指す。


 そうして今度は妹が沈黙を破った。

「『精霊戦記』、楽しい?」

 珍しくゲームの話を振られる。

 今までほぼノータッチだった妹が、である。しかもタイトルをちゃんと覚えているとは驚いた。

 私は、歩きながら空を見上げる。

 建物の合間を繋ぐいくつもの電線が、空をステンドグラスのように分け隔てている。

 ゲームの中でなら、数メートルの高さを奔るあの電線にさえ、1歩で飛び乗ることが出来るのだ。そんな非現実、楽しくないわけが無い。

 羽菜に視線を戻して、私は正直に答える。

「楽しいよ、とても」

「そう」

 妹は、一言納得して、一言「でも」と反する。

「最近、絵、かかなくなった」

 そういえば、エイリエシィのアバターを描き終わって以来、私は趣味だったはずのイラストは1枚も描いていないと気づく。

「――そう、か……な」

 私は目を泳がせてごまかそうとする。

「私……」

 そして妹はそこで何かを言った。しかし、私にはその小さな声を聞き取ることが出来なかった。

 何と言ったのだろうか、そんなことを気にしている間に、やがて麗浜学園高等部の下駄箱に到着する。

 私は二年生、妹は一年生。ふたりはそこで分かれることになる。


少し前に書いたやつを試しに掲載。

まだ完結はしていません。続きは考えてありますが、もう一つのお話に時間を割きたいので、更新は未定です。人気? があったら頑張るかも!


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