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サメザメと

⚫復習

回想。過去話。


朝か夜か昼か

今は何時(いつ)なんだ。



耳の奥で雨音が鳴り、エンは目を覚ました。

毎日体内時計で起き上がるのだが、今回は時間通りとはいかなかったらしく常なら感じるはずの爽快感がなない。


二度寝は得意ではなく、既に冴え始めた意識に従ってさっさとベッドから降りると、薄い上着を適当に引っかける。


――さて、寝過ごしたのか早くに起きすぎたのか


杖を手にすると足取りは淀みなく外へと向かった。



降りしきる音と記憶を頼りに歩く方向を行き当たりに決めていく。


出くわした誰かに今の刻限を聞き出し、ついでに世間話でも話せばいいと考えていたが、こんな時に限って雨の街には誰もいなかった。

ガラン、と不気味な無が横たわっているようだ。


あまりにも静かすぎて、歩むことに神経を尖らせているにも関わらず、鬱々としけった風が吹きぬける中、不意に頭の中に産まれる前から染み付いていた古い記憶がエンの自覚よりわずかに早くズルリと立ち上がった。


「.........ッ。...」


軸はしっかりしたまま、しかしエンの足取りが一瞬ブレたように見えた。



全てを余すことなく覚えているエンからすれば、今更思い返す必要もない事だが、油断していると肉声を伴って度々失った過去は黄泉返ってきた。発祥も原因も己だが、心の問題か、ここら辺の繊細なキビはエン本人にすらわからない。解決不可能。


望まずに脳ミソから溢れていくモノを、自己の意思を持っても止められる術がないことは既に理解している。しかたなく、流に身を任せ浮かんでは消える勝手な記憶のあぶくから歌をすくい上げる。どんな時であれ、今生では歌を聴けるような機会がなかったエンが選ぶのは、懐かしすぎる前世の歌だ。


雨に消されるから、口にはせず、この世ではもう誰も知らない歌詞がメロディに乗って頭の中でぐるぐると躍る。


大した力はないが、自身を蹂躙するものから目をそらすためになぞるように歌う歌。



巡りあって、別れ行く

『○○先輩!ふざけないでください!!』


これが運命のいたずらなら

『....きって言ってよ馬鹿』


降りしきる寒い雨よ

『..............。』


思い出を消して――

『初めまして、私は――』






ザワッ!!!!


背筋が総毛立つ。瞬時の判断で歩みを止めると、エンは手にしていた杖を構え息を止めた。


しばらくして、何も起こらない事を知ると構えを解くが、全身を緊張させたまま周囲を望む。


今、確かに息づかいが聞こえた。それも物凄く近い所から、だ。人間の者だと直感で感じとったエンだが、それから何も聞こえなくなってしまった。


雨のせいで生き物特有の匂いも感じられずかき消えたように正体が掴めない。


エンはしばし考え込んだ。

もし、この状況かつ至近距離で己に感じ取れない人物がいたなら、


考えるまでもなく息を潜めてエンを殺しに来た者か、


もしくは―――


バッと膝まずくと、汚れるにも関わらず、周囲を手当たり次第這いずってあたった



まったく体温を感じられない死にかけの幼い子供に手が触れたのはそれからすぐ。


(もしくは、)


(死人。それか死人に限りなく近い者だ)



「巡りあって別れ行く...」(以下略)

宝塚の巴里祭で歌われた《シェルブールの雨傘》から引用させていただきました。

原曲はフランスの歌で、宝塚がオリジナルで翻訳した歌詞です。



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