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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第2章 ∞ カタチのないモノ ∞
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絡みつく運命と感情

 この世界の愛がどんな人生を歩いているのか少しは分かったのだから、そろそろ戻ろうと提案したが恐い顔をして拒否された。


 これ以上何を知りたいのか……少々のめり込み過ぎている様でトラブルを引き起こさなければいいのだが……厄介だ。しかしそう思いながら楽しんでいる俺こそが曲者なのかもな……長く続いた退屈から解放され、まるで新鮮な空気を吸っている様な感覚が堪らなく生きていると実感するからだ。


 それにこうしてアイとパラレルワールドを巡る旅をしていると最初の頃の自分を思い出す。

 彼女の様に目を輝かせ思わぬ自分の別の人生を目にするのは刺激的で衝撃的、胸の高鳴りが続いて興奮の連続だった。


 しかし……なぜ俺はここに迷い込んでしまったのか…もう憶えていない。何か答えを探しに来たのか、ただの興味本位だったのか……リアルワールドの自分を否定し逃げ込んだのか。

 なにしろ元いた世界がどんな所だったのか記憶がハッキリしていないのだから、理由なんて遥か昔に忘れてしまっているんだろう。

 ……まあ、それくらいパラレルワールドの旅は脳を刺激し麻痺させるんだ。


 そして……アイも……正にその状態にとらわれている。


「ケイ……地下の住人はこんな生活を続けていて不満はないのかな?」


 もう一度地下に来る事には躊躇いがあったのだが、アイの押しに負け、また暗く湿ったこんな所に足を踏み入れてしまった。

 先を歩く彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、何か新しい発見が在るのではないかと期待しながら歩いている。

 ……知りたいという欲求は尽きない様だ。


「無くはないだろうが……」

「ふうん……」


 アイは地べたに座り込んでいる澱んだ目をした男に話しかけた。


「おじさん、お腹空いてるの?」

「……あんた、なんか食いモン持っているのか?」

「ごめんね……何もない」

「そうかい……じゃああっちへ行ってくれ」


 男は手の甲を見せて面倒くさそうに振った。


「配給される食料じゃ足りないよね」

「……仕方ないだろ…外で作物が育たないんだ。上の住人が何とかしても限りがある……早く汚染を除去する方法を見つけ貰わないとなぁ……それまでは皆んな我慢だ」

「上の住人たちも我慢してるんだ……」

「当たり前だろ」

「本当にそう思ってる?」

「……そりゃあ、此処よりはマシかもしれないさ……あっちは研究、実験と毎日頭使ってんだ皆んなのためにな…多少の生活環境が違っても文句言う奴はいない」

「そう……」


 男は胡散臭そうにアイを頭のてっぺんから足の先まで視線をはしらせる。


「あんた……なに者だ?」

「えっ……と」


 男の目は明らかにアイを怪しんでいる。俺は面倒な事になる前に彼女の腕を引っ張り足早にその場を去った。




 ◆◆◆◆◆




 男の視界から逃れるとケイは私の腕を離して呆れた表情をした。


「しつこく聞きすぎだ。自分が何なのか考えろ……危なっかしくて仕方ない」

「ごめん……でもこれでハッキリしたでしょう……ここの住人は何も知らないって事」

「ああ。…そんな事分かりきっていたけどな」

「ふん!……だと思った。だけど教えてとお願いしてもケイは知らんふりするでしょうから、自分で確かめたのよ」

「それは遠回りさせて悪かったな」

「どう致しまして」


 私は腰に手を当て偉そうな態度をとって見せた。

 ケイは片方の頬を吊り上げ眉を上下させる。


「あれ?…飴のお姉ちゃん!」


 振り向くと妹の手を引いて空いた手に水の入ったペットボトルを持った少女が立っていた。




 ◆◆◆◆◆




 再びこの少女に会うとは思わなかった。

 そして手を引かれるまま、また家に押し掛けてしまったけど良かったのだろうか?

 どうも、病人の症状が思わしくないみたいで、ひどく咳き込んでは吐血している。

 その度に少女と母親が世話をしていた。


「あの……何がお手伝いする事ありますか?」

「そんなお客様に…とんでもない」


 ひどく咳き込む声が聞こえてきた。少女が泣きそうな顔をして奥から出てきた。


「お母さん……先生呼ぼう!」

「そうね……じゃあ、すみませんが私呼んでくるので其れまで見てて貰えますか?」

「はい」

「お願いします」


 頭を深く下げてそれから出て行った。


 ケイは眉をひそめ奥の部屋を見つめている。

 また、余計な事に首を突っ込んでと怒っているのかな?


「のん…ちゃん……ゴボッ!…みず…水お願い……」


 咳き込みながらか細い声が聞こえた。

 コップに水を入れて私が持っていくと、長い髪が汗で顔に張り付き、骨と皮だけになった手足、あちこちに染み付いた吐血の後が症状の深刻さを物語っていて……こんな世界じゃなければきっと治る病気なんだろうな…と棒のような身体を見て彼女の不運に肩を落とし不憫に思った。


「みず…」


 震える手が伸びてきた。


「あっ、持ってきました」


 とても自力で飲めそうもないので、病人を抱き起こし顔に張り付いた髪をよけると、青白い顔に痩せて尖った顎、頬はこけて目は窪んでいる。

 ……えっ!

 うそ……何で?


 ケイが入り口に立って厳しい表情で見ている。

 私は、とても大事にしていたお人形を壊してしまった時の様な情けない表情をしてケイを見た。


「……ケイ……どうしよう。この人お姉ちゃんだ」

「……」

「そんな……」


 彼女はコップを震える手で押さえ一口飲むと落ち着いたのか表情が和らいだ。


「あり…が…とう」


 儚く微笑む瞳が私の顔を捉え、次第に大きく見開かれていった。


「愛……愛?」


 彼女は生きる気力を取り戻したみたいに私の頬を両手で強く押さえ顔を近づけた。


「愛なの?」


 どう反応したら良いか分からず困った様な引きつった笑みを浮かべ、そんな私を彼女は震える手で頬や額を愛おしそうに触れ、頭を撫でてくれた。


「ああ……何てこと此処で会えるなんて」


 一切の水分などとうに枯れてしまった様な身体をしているのに窪んだ目からは涙が溢れ出ている。


「もう生きて会えるなんて諦めていたのに……神様はいるのね」


 ハラハラと落ちる涙が、制服の袖に幾つもの小さな染みを作り、やがてそれは滲んで一つになった。


「あの……私は……」


 彼女は後ろにいるケイに気がつき訝しげに見つめたが、掠れた声で〝あっ″と言うと嬉しそうな表情をした。


「……貴方が……愛を私の所へ連れて来てくれたんですね。……ありが…とう。ウッ!」


 また咳き込み出したので背中をさすってあげると少し落ち着いた。


「横になりましょう」


 寝心地の悪そうなベットに横たえ、掛け布団とはいえない薄いボロの布を掛けてやった。


「本当にありがとう……感謝します」

「あの…この人は」

「感謝される程の事ではありませんよ。無事に会えてよかった。今、医者を呼びに行ってますからもう少し辛抱してください」


 私はケイがそんな風に話を合わせるとは思わなかったので驚いてしまった。

 ……干渉するなと言うルールはいいのだろうか?


「ケイ……いいの?」


 言葉を発せずケイは頷いた……私も覚悟を決め頷いた。


「お姉ちゃんごめんね…会いに来れなくて」

「いいのよ……愛には使命があるんだから……上手くやってるの?」

「うん、大丈夫…心配しないで」

「そう……愛ならきっとやれる…兄妹の中で1番優秀だったもの」


 彼女はザラザラとした骨張った手で私の手を取り優しくさすってくれた。

 心が寒さに耐える小鳥のように震えだし、目の辺りが熱くなってくる。


「貴女は私の誇りよ……ゴボッ、ゴボッ!」

「しっかりして!」


 彼女は酷く咳き込み出し、また血を吐く……

 そして力を振り絞りケイの方に手を伸ばした。

 彼はベットの横に跪くと〝しっかりしてください″と励ましてくれた。


「妹を……ゴボッ…宜しく…お願い…します……どうか、どうか妹を……ゴボッゴボッ」

「はい……任せてください」


 ケイの言葉を聞くと彼女は安心した様に微笑みそして私に視線を移した。


「……この…命が尽きる時……最後に会えてよかった」

「そんな事言わないで」

「……愛……幸せに…なってね。……父さんや母さん、兄妹の分まで幸せになって……ウッ!」


 大量の血を吐いた。

 止まらない…咳き込むたびに真っ赤な血が布団を染め滲んでいく。


 ……どうしたらいいの?……医者はまだ?

 見たくない。絶対イヤ…姉の死なんか見たくない!……そんな事思ってない!

 誰か……誰か助けて!お願い!

 ……そうだ…ケイ…ケイならどうにかできるかも知れない。


「ケイ!」


 私は彼女の血で染まった手で彼の腕を掴んだ。

 何も言っていないのに彼は哀しそうに首を横に振る。


 涙が頬をつたう…


「お願い……助けて」

「アイ…俺は医者じゃない」

「でも、ケイなら何かいい考え」

「アイ!……俺は神でもない。人の生き死にを操作する事は出来ない」


 私はダラリと掴んだ腕を離した。

 ……そうよね……出来るわけないよね。

 膝の上に握り締めた手の上に涙がこぼれ落ちた……止めどなく…止めどなく。

 止める術が見つからない。

 透明な涙が手を濡らし彼女の真っ赤な血を薄めていく。


「愛……」


 消えてしまいそうな声が耳に届く。私は彼女の手を握った。


「愛……会えて…よかった。

 ごめんね……もう行かなきゃ……し…しあ…わせに……」


 彼女はとても穏やかに……天使みたいに微笑んで、そして大きく身体を折り曲げると吹き出す様に血を吐きそのまま神に召された。


 入り口で一部始終を見ていた小さな姉妹は抱き合いながら泣いている。


 ケイはついていた膝を伸ばし立ち上がると私の肩をそっと触れそのまま部屋を出て行った。

 そして入れ違いに姉妹の母親が医者を連れて来たが、亡くなっている彼女を見て息をのみ、そして涙した。


 私はというと、さっきまであんなに涙が溢れていたのに今は一滴も出てこない。

 ただ身体が痺れている様で立ち上がって歩いても何だか感覚が無かった。


 先に部屋を出ていたケイの所まで行こうとしたが、周りの景色がふにゃふにゃと歪み出し、何処をどう歩いているのか分からなくなり足が縺れ転びそうになった。


「アイ!」


 ケイがすぐに身体を支えてくれた。


「あ…ありがとう」




 ◆◆◆◆◆




 何処までも続く白い空間……そこには何もない窓もないし、テーブルもテレビも……あるのは白い椅子だけ、それにケイがいつも座っている。

 そして今も組んだ足の膝を抱えるように両手を置きジッと私を見ていた。

 何か言いたそうだけど……タイミングをはかっているのか唇をキュッと結んでいる。

 私はその場に腰を下ろし立てた膝の上に顎を乗せ視線の先にあるケイの足を見つめていたが、顔を見られるのが嫌でくるりと背を向けた。


 ……なんの音もしない。

 当たり前だけどこんなに静かな空間だったのだと改めて感じた。


 首を回すとケイは椅子を180度回転させていて彼も私に背を向けている。

 背もたれに邪魔されて姿は見えないが、後頭部に両手を回しているのか肘が少しだけはみ出していた。


 ……何も言わないのは優しさなのか、其れとも呆れているのかな…後者の方だろうなきっと……

 だって仕方ないじゃない……まさか姉に会うとは思わなかったんだから……あんな姿見たくなかった。


 膝に額をあて身体にギュッと力を入れた。




 ◆◆◆◆◆




 背を向けたアイ……それに習うように俺も椅子を回転させ背を向けた。


 しかし、あの少女にまた会うとは予想していなかった。分かっていればアイがどんなに抵抗しても連れて帰ったのに……今さら後悔しても始まらないが……


 勿論、あの親子が世話している病人がアイの姉だという事は知っていた。だからもう一度地下に行きたいと言われた時、親子の住む場所から離れた所に抜けたのだが……

 これは運命と言うものなのか?

 ……侵入者にも異相世界の運命が絡みつくものなのか?

 長いあいだ関わって来たがこんな事は初めてだ。まだ俺にも知らない事が有るんだな…………


 肩を震わせた。

 馬鹿馬鹿しい…何を今さら感心しているんだ……どうでもいい事じゃないか。


 其れよりアイだ……戻ってから一度も口を開かないで落ち込んだままだ。

 99%自業自得なんだが1%は俺のせいか……

 時にその1%が命取りになったり、思わぬ事態を引き起こすのだが、今回はその1%に運命が絡みついたって事か……


 深く静かに息をはいた。


「アイ……こんな事もある。嫌ならもうここに来るのはやめるんだな」


 どうもこんな言い方しかできないようだ。長く他人と関わる事がなかった俺はコミニケーション能力が極端に低下しているんだ。


「なんで……あんな世界に連れてったの?ケイは知ってたんでしょ」

「……知ってた」

「なんで、ワザと?……ひどい世界を見せて私がここに来るのを諦めさせる為?」


 其れは逆だ……パラレルワールドは多種多様……穏やかで安定した世界もあれば暗く哀しい世界もある。そしてどんな世界でも裏と表があり、そこに住む人間の見えない感情や考えで形づくられ存在ているのだ。

 これからも見続けたいのなら冷静な判断と見極める目を持たなければならない……そしてどんな状況にも耐えられて初めてこの空間に存在する事を許される。


 俺は君に賭けているんだ……


「……戻ろうと言ったはずだ。それをアイは拒否した」

「全部私のせいだって言うの!」

「いや…俺の判断が甘かったのは認める」

「……人が死ぬ姿を見るのは嫌…あんなのは見たくないって思ってたのに……」

「……まるで過去にそんな体験をしたみたいな言い方だな」


 俺は椅子を回転させアイの背中を見つめた。

 すると伏せていた頭をもち上げ立ち上がるとほんの少しこちらに首を回して〝帰る″と一言だけ言いい、俺が扉を出現させるとそのまま振り返りもしないで戻って行った。


 …………扉を閉じ手をスライドさせて消すと、椅子の背もたれに体を預け大きく息をはいた。


「ケイ」

「聞いてたんだろ」

「はい。……アイにはまだ厳しすぎた世界ではないですか?」


 身体を起こし額に手を当てた。


「俺だって予想できなかったんだ……仕方ないだろ」

「……仕方ない…そうですね。でもアイはここに来る事をやめるかもしれませんよ」

「それは……それはそれで仕方ないさ」

「また、〝仕方ない″…ですか……」

「言いたい事あるなら言えよヴォイス!」

「別に……」

「なんだよ別にって……なんか言ってくれ……」

「……」

「ヴォイス!」

「感情がとても揺らいでます。……いいですね。そんなケイは久しぶりです」

「そんな事言って欲しいんじゃない」

「……認めてあげれば良いのですよ。今、心の内にあるモノを……そうすれば少しは楽になるかもしれません」

「ヴォイスには感情が…心の内側が見えるって言うのか?何のカタチも無い目に見えない感情が」

「……フフフ…私自身カタチのない存在ですから……」


 俺は白い空間を大きく見渡す。

 ヴォイスが小さく笑いながら気配を消していったのを感じた。


 愚かにもアイの感情をくみ取ってそれに振り回されている。

 でもヴォイスが言いたいのは自分の心に…感情に素直になれって事だ……言うほど簡単にはできないがな……

 俺ほど人間くさい奴はいないかも知れない……長くこんな所に1人でいると忘れがちだがそうなんだ。


 低く含みのある笑いが口から漏れた。


 さて……アイはまたやって来るだろうか?……もし来たとして俺は素直に気持ちを伝える事はできるのか?

 ……全く自分に呆れてしまう。

 アイにあまり偉そうに言えないな……

 また、笑いが漏れる。


 暫くそっとしておこう……多分大丈夫。


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