希望と思惑
疲れた……ほんの数時間のはずなのにとても長くも思える。でもそう感じているだけで1秒も進んでいないのかも…リアルワールドに戻った時間は私がまさにガラス窓を壊そうとした時間だったように思う。
その証明になるかは分からないけど止まっていた腕時計が戻ったと同時に動き出したのだ。
私はベットに仰向けになり疲れた身体を沈めた。
心地よい……
それはベットの事ではなくパラレルワールドを体験したという満足感からくるもので、疲れたと言ってもそれも心地よいものだった。
最初はまた同じパラレルワールドだと教えられガッカリしたけど中々興味深かった。
……家族はクズだったけどね。
私もか……イジメなんてありえない。私の方がまだましね。
なんかややこしいな私、私って……でもどう言えばいいんだろう?
…………んん〜〝愛″でいこう。
たとえ同じ人間でも違う世界に生きているのだからこれからはそう呼ぶ事にしよう。
私は身体をおもいっきり伸ばしそして力を抜いた。
……相川真奈のオドオドした姿が脳裏に浮かんだ。リアルワールドの彼女とは真逆でこれには驚いた。いったい何があってあんな風になったんだろう?
〝単純な答えだな…″
〝憐れだ…″
ケイの言葉が頭の中でチリチリとした痛みと共に染み込んでいった。
気にしない……気にしないでおこう。
せっかくの気分が台無しになる。
単純だろうが、憐れと思われようが其れが今の私。ケイの言葉なんてどうでもいい……
枕を手繰り寄せ胸でギュッと抱えた……そして母の胎内で護られるように丸くなった。
ふと、今まで思いもしなかった事が頭に浮かんだ。
……こうやって母の子宮の中で自分の光を見る為準備し待っていたんだな…握られた手には希望があって、そして産み落とされた瞬間開かれた両の手からそれが解き放たれてしまった。だから私はこんな人生なのかも知れない。
手をかざしてみる…何の変哲も無い肉体の一部。溜息をついて又枕を抱きしめ丸くなった。
そして…そのまま深い眠りに落ちた。
◆◆◆◆◆
ケイ…………ケイ?
呼ぶ声が聞こえ目を開ける……色彩のない白い光が飛び込んできて1度強く目を閉じた。
……ああ…ここか。
開いた瞳にいつもの空間が当たり前のように広がっていて半笑いしながら自分を嘆いた。
「ケイ…眠っていたのですか?」
「いや……多分違う、目を閉じていただけだ……ふっ、自分の事なのによく分からない」
「意外とそんなものだと思いますよ。自分が1番不思議な存在かもしれません」
俺は小さく声を上げて笑った。
「ヴォイスも自分が分からない……とか?」
「そうですね……私ほど不思議な存在はないかもしれませんね。
他者にとっても、自分にとっても……」
「いったい何者なんだい?」
「……私は唯一つでもあり、たくさんの集合体の塊でもあり、何者でもなく、何かではある……そんなあやふやな存在かも知れませんね」
「何だよ其れ。……こむずかしい事言っているようで結局のところ分かんないって事だろう」
「ふふふ…だから不思議な存在と言ったではありませんか」
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
いつも明確な事は言わないヴォイスに呆れた様に肩をすくめると、何もない空間に手をスライドさせパラレルワールドの映像を浮かび上がらせた。
そこには少し前まで一緒にいたアイがベットの上で丸くなり眠っている。
「こちらのお嬢さんは?」
俺は低く笑った……知らないはず無いのに惚けている。
「どうして笑うのですかケイ?」
「さあ?どうしてだろう……さっき自分の事がよく分からないって言っただろ…だから分からない……クックク」
「……全く…子供みたいに返してきますね。
聞いた私が馬鹿でした」
姿のないヴォイスが苦笑いをしているのを感じた。
「……この少女は〝アイ″、今日一緒にパラレルワールドに行ったんだ…興味深い子だよ」
「ほう…そんな事を言うなんて珍しくですね。今度来た時紹介してください……ご挨拶をしなくては失礼になります」
「ああ」
少し面倒くさそうに返事をすると指を組んで伸びをした。
映像に視線を戻すとアイは穏やかな寝息を立てて眠っている。
もう起きそうも無いな……さて、明日も来るだろうか?…来るだろうな。
別れ際に次もあの古い部室のロッカーに入ればいいのかと真剣な顔をして聞いてきた。
しかしいつも同じ場所では危険だからと言って別の場所を指定した。
アイは目を大きく開いて驚いたが直ぐにニヤリとして楽しそうに頷いた。
あの顔を思い出すと絶対に明日もやって来るに違いない。
誰もが体験できる事じゃないだけにアイの自己価値は満たされ誇らしげに意気揚々として現れるだろう。
家族に自尊心を傷つけられている現在の自分からすれば、理由は分からなくても自分は特別な人間なんだと、選ばれた優れた人間だと心は満たされ上機嫌なはずだ。
だからこの空間に来ずにはいられない。
……待っているよ。
パラレルワールドに魅了されどっぷりと首まで浸かり身動き出来なくなるまで君を案内するよ。
それが俺自身の為だからな。
……さあ、これからが〝はじまり″だ。