おわり と はじまり
…………一体どんな景色が迎えてくれるのだろう。
不安と期待が大きな波となって唸りをあげ襲ってきた。
緊張しているのかも……
ゆっくりと目を開ける。
……なんの色も飛び込んではこなかった。
……何もない……白い世界が広がっているだけだ。
そんな馬鹿な……
愕然とした。
戻っていないのか?何も変わっていないじゃないか…確かに扉の向こう側に足を踏み入れた筈なのに…夢を見ているのだろうか?
「目を覚ましたようですね」
何処からか声が聞こえてきた。
ヴォイス?……そうではない。声が違う。
どこか意識がはっきりしないでいる……まるで深い眠りから覚めたみたいに脳も身体もどんよりと重い。
辺りを見回すが目に映る景色は変わらず白い世界が広がっている。…でも、とても狭く窮屈に感じた。
「ここは……」
「分からないのですね」
決められたセリフをただ読み上げているみたいな声が、また聞こえてきた。
先程とは違うピリピリした緊張が頬を強張らせた。
「見せてあげます」
そして一瞬にして目の前がひらける。
少し離れた場所に部屋がある…其処には少年が1人こちらを見て微笑んでいるのが確認できた。しかしその微笑みは自然ではなく、顔の筋肉をどう動かせばそうなるか計算したみたいなそんな笑い方だった。
なんなんだ此処は何処だ。
俺は身体を動かそうとしたが金縛りにでもなっているみたいに手足が自由に動かなかった。……目をキョロキョロと動かし身体がどうなっているのか確かめて見た。
嘘だろ…拘束されている。如何してこんな…
椅子に手足、胴、頭、首もしっかりと固定されている。
どうやら俺は透明なカプセルの中に閉じ込められている様だ。
何故だ……どうしてこんな所に俺はいるんだ。
「混乱しているようですね…九十九螢博士」
「九十九…螢…俺の名前か?」
少年は歯を見せて笑うような口の形をしたが、そこにはなんの感情も感じられなかった。
美しい顔立ちをしていたが、それだけに不気味で底知れない恐ろしさを漂わせていた。
「何も覚えていないのですね。まぁ…仕方ないですね……120年も眠っていたのですから」
……120年?
何を馬鹿げた事を言っているんだ。そんな訳がない。
自由のきかない身体をもどかしく腹立たしく思いながら視線を下に向け辛うじて見える手の甲を確認した。
……100歳を超えた肌にはどう見ても思えない。
此処へ来る前となんら変わりない肌質だ。
少年を睨みつけた。
「お前みたいな子供では話にならない。大人を呼べ…そしてこんな所から出すんだ!」
少年は不思議そうに首を傾げている。
言葉がわからない訳じゃないだろうに……一体あの反応の薄さは何なんだ。
俺は舌打ちした。
「聞こえているんだろ…もっと話のわかる大人を呼べ!」
「……博士の言う大人は居ません」
「は?…居ない?」
「博士はこのタイプしか作らなかったので、私たちの容姿は人間でいう、12、3歳の少年の形のみです」
……作られた?
博士とは俺の事か?…そう言えば九十九蛍博士と言っていたな……
分からない。何を言っているんだ…こいつは頭がおかしいのか?…やはり此れは夢。
…そうだ夢に違いない。もう一度目を閉じて次に開けた時はきっと本当の現実世界が迎えてくれるはずだ。
「博士、夢ではありません。これは現実です」
いや、夢だ。
目を閉じようとした。
「無駄です……今から説明します。そこで聞いていてください」
此処で聞いていろだと…冗談じゃない。拘束されたままで冷静にしていられるものか!
手首に力を入れてみる…足にも…しかし、どんなに踠いても、ひんやりと冷たい金属の拘束椅子から逃れる事は出来なかった。
息が切れる……何故こんなに息が切れるのか分からなかった。まるで100メートルを全速力で走った後みたいだ。
チクショウ…何なんだ。
肩を上下させながら俺は敵意を剥き出し少年に目を向けた。
「外せ!」
「それは出来ません。申し訳ありませんが博士にはその状態でいてもらいます」
「うるさい!外せ!」
「…落ち着いてください。私も、生みの親である博士にこの様な仕打ちをするのは少々心が痛むのですが、仕方ないのです」
口では心が痛むと言っているが、そんな感情の動きなど顔のどこにも現れていない。
この椅子みたいに冷んやりとして、血の通った生を感じられない。
それに〝作られた″とか〝生みの親″だとか、言っている意味がさっぱり分からない。
「……一体何なんだ」
「先程から説明すると言っているではありませんか…」
澄ました顔だ…忌々しい、腹が立つ。
だが、冷静になろう。
まず、どうしてこんな状況に陥っているのか把握しなくてはならない。
俺はひと呼吸して、〝話しを聞いてやる″と言った。
少年は無表情のまま頷いて話し始めた。
◆◆◆◆◆
「……ねぇヴォイス」
「何ですかアイ」
「これがケイの戻りたかったリアルワールドなの?…そうは思えないけど」
私は今までケイが座っていた白い椅子に足を組んで、宙に浮かんで見える世界を興味深く見ていた。
「…どうなのでしょうね」
含みのある言い方だった。
「其れともヴォイスが意地悪して扉を出したとか?」
私は肩を震わせて笑った。
「楽しそうですね。何がそんなに可笑しいのですか?」
「だって…此処にいた時は澄ました顔して意地悪だったり、冷たかったり……まぁ、たまに優しかったけどね。そんなケイが思いもよらない状況に狼狽えてあんな風に声を荒げるなんて……面白いよ。それにあの少年どことなくケイに似てる気がする」
「今のケイを見て面白いとは…あまり褒められた感情ではないですね。それに少年みたいに無表情ではありませんよ。ずっと人間的でした」
ヴォイスの声と言葉は表情を想像させた。きっと顰めっ面をしていると思う。
分かっているよヴォイス。
ただね…あの大きな瞳の奥にある暗くて冷たい何かが似ているの…触れてはいけない何かが……
「此れからケイはどうなるんだろう?」
「さあ…私には分かりません。……例え知っていたとしても其れを話してしまったらつまらない。そう思いませんか?」
私は姿の無い声だけのヴォイスを探すみたいに360度白い空間を見回した。
「そうだね」
「そうですよ」
ケイのリアルワールドの映像に視線を戻した。
見ていればわかる事…焦る必要はない。
……ワクワクしてきた。
こんな状況のケイを見て、そんな風に思うのはヴォイスが言うように褒められた感情ではないかも知れないけど抑えられない。
◆◆◆◆◆
少年の言葉はおおよそ理解不能で俺の許容範囲をはるかに超えるものだった。
西暦2136年…
それだけ聞いても混乱する。
思っていた時代より遥か未来だ。
…そして俺は天才で、特にロボット工学では人間そっくりのAI搭載のアンドロイドを開発したという。
AIなど珍しくもないが、姿形、動き、声、皮膚、髪の毛の一本に至るまで精巧に作られ人間そのもので、世界から絶賛され量産化までされたという。
……若干25歳の時だと…少年はどこか誇らしげに語った。
そのアンドロイドが自分でオリジナルだと……つまり第1号というわけだ。
あり得ない……自分がそんな大層なものを開発したなど信じられない。
騙されているような気がする。
「……でも、博士にはもう1つの顔がありました」
「もう一つの顔?」
「……大きく世間を騒がせた殺人犯という顔です」
「殺人?…俺がか?」
「見事でしたよ」
俺はとんでもない事を平然と、まるで日常的な事みたいに話す少年のを不気味に見つめた。
……話しを信じるとするなら、少年の表情の乏しさ、欠如している感情というものはアンドロイドの為なのか。
それにしても馬鹿げてる。
天才で殺人犯?
小説や映画の中だけで起こる俗受け狙いのエキセントリックな物語のようで到底真実とは思えない。
理解できず考え込んでいる俺の事など御構い無しに少年は更に続けた。
何故世界も認めた天才が殺人者になってしまったか…其れは、たった1人の家族だった年の離れた足の不自由な弟を殺されたことから始まった。
犯人は十代の少年5人で、弟が研究室に篭りっきりの俺の所に弁当を持ってくる途中の出来事だった。
自宅と研究室は歩いて5分程の距離だった為、弟は杖をつきながら歩いて向かった。あと200メートルという所で少年たちの1人とぶつかり、土下座して謝れ、慰謝料を払えと難癖をつけられた。それを断ると走って逃げることもできない弟は人気のない場所に連れて行かれ嬲り殺しにあった。
「少年たちに引きずられる様に連れて行かれる様子は近くの防犯カメラに映っていましたが、遺体が発見された場所には防犯カメラは無く詳しい様子は分かりません。しかし遺体には無数の打撲のあとがあり、相当殴られた様です。死因は内臓破裂…途中から降った雨に晒され何を思い死んで逝ったのでしょう」
少年は小さな子供が母親に〝どうして?″と聞いているみたいなそんな顔をしていた。
「少年たちは直ぐに逮捕されましたが、初犯、未成年という事で少年院を5年という短い期間で済みました。
ぶつかっただけで殺される理由になるなんて…理不尽ですね。人間とは理性のきかない愚かな生き物です」
なんて冷たく感情の見えない言葉だ。
しかし、俺も其れに近かった…酷い話しだが此処が自分のリアルワールドだと確信のない俺は特別な感情は湧いてこなかった。
弟の記憶もない……
「博士は弟を喪った悲しみから私を作りました…元々研究していて完成は目前でしたのであっという間でした。そして殺された弟と同じ年頃の…人間と間違うくらい精巧で最高知能を持った私が完成したのです」
「俺がねぇ……」
「まだ信じられませんか…記憶も?」
「無いな」
「……長く眠り過ぎた影響ですね」
「其れも信じてないけどな」
少年は大きな目を細め冷たく此方を見ている。俺はそれに対抗するように冷ややかな視線を送った。
「……いいでしょう…続けます」
5人の少年が5年の刑を終え晴れて自由になった事を知ると、密かに少年たちの行動を監視し始めた。
簡単な事だったという。
既にAI搭載のアンドロイドが量産化されていて、その機能に問題が発生しないかどうか全て俺がコンピューターで管理していた。問題が発生した場合は修正、停止させる事も出来たという。つまりほんの少しコンピューターを操作し命令を与えればアンドロイドは思いのまま操れたそうだ。
弟を殺した5人の少年の自宅にもアンドロイドがあり生活が全て把握できた。外出先でも他のアンドロイドに監視させ情報がもたらされていた。
恐ろしい話しだ…要は動き考える監視カメラだ。
「少年たちは最初こそはおとなしくしていましたが、次第に昔の様に弱い者を見つけては金銭を取り上げたり、弱みを握っては恐喝する。自分たちの気分次第で他人を傷つける…好き放題です」
「それで腹を立てて殺したのか?」
「…初めの方は理性でそんな衝動を抑えていた様ですが、生きていれば人生を謳歌しているはずの弟が死んで、殺した少年たちは…行動はともかく自由を楽しんでいる。そんな姿が理不尽でどうしようもなく恨めしく憎かった」
「行動監視なんかするからだ」
「…そうですね。でも抑えられなかったのでしょう」
「…コントロールが可能ならアンドロイドを使うも出来ただろうに、何故自ら手を下したんだ」
「ああ…それは私も提案しましたが、自分自身で手を下す事に意味があるのだと言っていました」
「馬鹿だな…」
……馬鹿だか…わからなくもない。
「……本当に記憶がないのですね…博士、貴方の話をしているのに他人事として聞いていますね」
当たり前だ…全くと言っていいほど憶えていないのだから……
それにしても拘束されたままで聞いているのはいい加減疲れてきた。せめて頭と首くらい自由にして貰いたいものだ。
しかし、俺のそんな気持ちなんか気づくはずもなく少年は話し続けた。
抑えていた気持ちの箍が外れると、その行動は計算し尽くされた見事な殺し方だったそうだ。
決して恨みを晴らす様な殺し方ではなく、一瞬にして急所をつき確実に息の根を止める。まるでプロのスナイパーの様だったと少年は言った。
「博士は医師免許も取得していましたので、人間の身体はよく知っていました」
「命を救う力のある奴が、その力を奪う方に使うなんて…天才も人なんだな、当たり前だが」
「其れだけ悲しみとういう感情が深かったのでしょうね…私には理解できませんが…」
本当に理解できないのだろう…1ミリも表情を変えず淡々と話している。
少年との間に少し距離はあるが表情はよく見えるから分かる。
「それで、5人殺してどうなった」
「どうもなりません。博士は逮捕されませんでした」
警察も一度は疑ったが犯人だと確定出来る証拠など何ひとつ無く釈放されたそうだ。
〝凡人が天才に手が届くわけがないのです″…と感情のない瞳を俺に向け口元に冷たい笑みを浮かべて少年が言った。
「……博士は私にこう言いました。『世の中のルールなど御構い無しに生きる人間は醜く、羞恥心の欠片もない下品な生き物だ。淘汰されるべきだ』とね。これは怒りという感情からなのでしょうか……其れとも人間という生き物に絶望した嘆き……やはり私には理解できません。結局、人を殺すという行為をした少年たちと博士は同類……なぜ人間はそんな生産性の無い愚かな行動をするのでしょう」
漆黒の冷たい瞳がクルリと動いた。
時代はこんなにも精巧なアンドロイドを生み出すものなのか…しかも其れが俺だと少年は言う。
まだ信じられないでいるが…本当に世界は幾つもあるのだと、あんなに色々パラレルワールドを見て来たのに、あらためて驚きと感嘆が心を揺り動かす。
「……私の話しはどうでしたか?」
「いや……ふっ…ひとつ教えてやるよ。人間は愚かな生き物なんだ。神によって完璧に造られたのに、感情というどうしようもない厄介なものに左右される生き物なんだ。お前にはない感情を持っている其れが人間で、其れこそ最も人間らしい特性さ」
首を傾げた少年の瞳は微かに揺れていた。
無表情のままで何を考えているか分からない態度は俺を苛つかせる。
「博士が言うように愚かな事が人間らしいとするなら、神は完璧には造らなかった事に成ります」
「神も想定外だったろうよ……神というものが存在していればの話だけど…」
少年が溜め息をつくように肩を上下させた。
「感情……私たちは長い間それを理解しようとしました。でも…100年以上かけても未だ理解できないでいる」
「理解?……アンドロイドがどうやって」
「……お見せしましょう」
少年はそう言うと空中に手をスライドさせるような動きをした。
するとカプセルが動き出しクルリと反転した。
息をのんだ。
ひらけた目の前には俺と同じ様にカプセルに閉じ込められた人間が無数に、規則正しく
並んでいたのだ。
更に少年は信じられない事を言い出した。俺のいる場所は円錐形の塔で、此処は丁度真ん中辺り、この上にも下にも同じ様に数えきれないカプセルに人間が収まっていると……そして人間の脳、感情の動きを調査、観察している研究所だと言ったのだ。
「眠らせてどう調査するんだ」
「脳に特殊な電気信号を送り強制的に夢を見てもらいます。彼等にとっては夢ではなく現実として感じます。
その中で起こった事にどう反応し、どんな感情を引き起こすか、それによって人間はどんな行動をとるか様々な角度からデータをとっています」
「そんな…アンドロイドのそんな勝手な行動を人間が許すはずがない」
「ええ、ですから私たちは人間を淘汰しました」
「淘汰?……まさか!」
「あっ、大丈夫です。淘汰したと言っても滅んではいません。私たちの管轄下で生活しています……そうですね…3万人程度でしょうか…人類が滅んでしまっては研究が出来ないので生かしています。…中には不穏分子もいますが、たいした問題ではありません」
「……たった3万人…何十億人といた人間がそれだけになってしまったのか」
なんの動きも見せない顔は白く滑らかで、幼い少年の純真無垢に見える瞳の奥は冷たい。全てを合理的に考え行動をする…心がない、感情を持たないアンドロイドの世界に恐怖と同じくらい哀れを感じた。
「…お前たちは間違っている」
「いいえ、私たちは間違わない。九十九博士、貴方がそう造りました。…長い歴史の中人間は人種が違う、宗教が違う、国境だ自由だと殺し合いを繰り返しています。私たちは仲間同士そんな愚かな行為…間違いをしませんから……間違ったのは神で人間たちです」
確かに人間は間違う…勘違いし我が物顔で地球環境を破壊し、自分と異なる者を排除しようとする。しかし人間は其れを修正する能力も持ち合わせている…全てがそんな人間だけではない。其れがアンドロイドには分からないのだろう。
自分の意に沿わない者を排除したこの世界の俺も同じだ。何も見えてはいなかった…いや見ようとしなかったのかも知れない。
最高級の頭脳を持ち其れに溺れ、まるで自分の考えは全ての者に受け入れられると勘違いし、傲慢にも支配者にでもなった気分だったのだろう。そしてその考え方はアンドロイドに反映される。
だから淘汰し自分たちの目的の為人間をこんな所に閉じ込める。
結局人間もアンドロイドもそう変わらないという事だ。
でも彼らは其れを分かっていない。
「やはりお前たちは間違っている…アンドロイドも間違うんだ。何故ならお前たちを作った人間が間違いを起こす完璧ではない生き物だからだ」
少年の顔にほんの少し曇った様に見えた。初めて目にする感情の動き…俺は何故か嬉しくなって低い声で笑った。
「何故笑うのです」
「……可笑しいからに決まっている」
少年は更に顔を曇らせた。
そして俺に最終宣告をする。
「九十九螢博士……残念ですがタイムリミットがきました。お別れです」
「そうか…いいだろう。こんな世界にはいたくない。受け入れるよ」
ここに至ってもまだアンドロイドが支配する世界が自分の戻る場所だったとは思えなかった。少しも記憶が戻っていないからだろう。そしてどこかの瞬間で本当のリアルワールドに戻れるのではないかと心の隅で期待していた。
少年は空中に手をかざしスイッチを押す仕草をした。
拘束された身体が自由になる。
俺は立ち上がり少年を見つめた。
少年は感情のない笑みを見せ口を動かしていた。
……聞こえない…なんと言っているんだ?
と、その瞬間ひとつの映像が頭に滑り込んできた……優しい笑顔の少年の顔。
「……優…」
俺は手を伸ばした。
届くわけがない……冷たいカプセルに手をつき少年を見つめる。
温かく悲しい感情が心に広がった。
そうか…そうだった。
なんてタイミング悪く思い出すんだ。
もう、遅いな……
徐々に暗くなる……
最後に見えた少年の顔は憐れみにも似た表情だった。
そして完全な闇に閉ざされ、静かにカプセルが移動し始め、生ゴミでも廃棄するみたいに放り出され落ちていった。
重力に従って下へ……下へと……
……まるで綿毛が穏やかな風に導かれるみたいにゆっくりと落ちていく…そんな感じがする。
お前たちも何れ淘汰されるだろう。力を持ち過ぎた者は時代に追いやられる…其れは新勢力か、其れとも旧勢力になるか……
……さようなら
俺の造ったアンドロイド。
落ちていく……下へ…下へと……
◆◆◆◆◆
落ちていくケイ……
直ぐそこまで迫っている結末に恐怖で顔を歪めることも無く穏やかな表情をしている。
多分、記憶が戻ったのだと…そして全てを受け入れたからそんな顔ができるんだね。
そして、コントロール室と言うのか、全面ガラス張りの部屋から暗く冷たい瞳で見送るアンドロイドの少年……
ああ…そうか。
もしかしたら、時折見せたケイの瞳の奥に見え隠れする暗く冷たい光は、弟を殺され復讐をした殺人者のものだったのかも知れない。
リアルワールドの記憶がなくても、その暗く辛い出来事は瞳の奥に隠れていたのだと思った。
私にも分かる……大切な人を喪う辛さは……
その人が自分にとって1番の理解者であればあるほど喪った痛みや寂しさは身体の何処かにこびりついて離れないものだもの……
私だって忘れてしまえればどんなに楽だろうと何度も思ったりもした。
でもケイは其れを実行したんだね。
其れで番人になったんだ。
でも…この白い空間でパラレルトリップをしても何も埋まらなかった。楽にもならなかった……むしろ広がっていったのかも知れない。
残酷だな……
どちらに存在しても心が埋まらなかったなんて…
私……私は…そんな事に成らない。
私は記憶を消したくて来たわけじゃない。
自分の世界を捨てて新しい自分になりたいから此処にいるのだから、ケイの様には成らない。
私の存在意義は此処にあるのだから……
◆◆◆◆◆
落ちていく俺の目には無数のカプセルが繭玉の様に見えた。
必要な情報を得られるとサナギの様に人間は外へ放り出され死んでいくのか……
アンドロイドにとってそれだけの価値しかないのだ。
そんな扱いをされても今の俺には怒りも悲しみもない。 そして頭の中では色んな映像が流れていった。
……天才と称賛され得意顔の自分、弟の遺体を前に泣き崩れている姿、犯人の少年たちを次々に殺していく血走った目の冷たく残忍な表情……そして弟〝優″の笑った顔。
そう…あのアンドロイドは死んだ弟そっくりに造ったんだ。
弟のいない寂しさを埋めるために……
全ての記憶が戻った。
世の中で1番大切な弟を無惨に殺され、俺の中にある悪魔の囁きに抗えず復讐を決意し実行した。
しかし、そんな事をしても死んだ者は戻って来ないし、寂しさも悲しみも消えたりはしない…自分のした事の恐ろしさと何も変わらない喪失感…此処で生きる意味を失い俺は自分の人生に向き合う事を拒み背を向けた。
逃げた……逃げた先があの白い空間。
最初こそ刺激的で魅惑的なパラレルワールドに夢中になり、これまでの人生が色褪せて見えた。
……これまでの人生?
……この時どんな人生を過ごしていたと思っていたのだろう?
記憶は……もうこの時からあやふやだったのかも知れない。其れともアンドロイドによって見せられた夢で辻褄が合わないのかも知れない。
落ちていく俺はアンドロイドに確かめる事もできない……そんな気もないが……
…………もうどれくらい落ちていったのだろう。絶望感はない…心は静かだ。
どんな人生でも目を逸らしてはいけないのだ。
荒れ狂う風の中に立つ自分も、穏やかな陽射しを浴びる自分も、喪失感で泥沼を歩く自分も……其れらを否定して俺が俺らしく存在することは出来ないんだ。
それに気づけた……だから心は静かだ。
何も後悔がないと言えば嘘になるが、もう受け入れられる。
……落ちていく。
……あ、あれは……
よく知っている顔が落ちていく俺の目の端に映った。
まさかな……
一瞬のことだ…見間違いだろう。
……底に辿り着いた。
暗い…目が慣れれば少しは見えるだろうか?
見えたからと言ってどうなるものでも無いな…
此処で死ぬのか。
……なんだか身体が萎んでいくような感じがする。
命が尽きようとしている今、ふと思う。
パラレルワールドを管理していたあの世界はなんだったのだろう。
やはりアンドロイドが見せていた夢?
だが、ヴォイスもアイも、パラレルワールドを旅した事もとてもリアルに感じる。
あの世界も一つのパラレルワールドだったのだろうか?其れともそんなものは最初から無くて夢だったのだろうか……
途方もない無限に広がる世界…宇宙といっていいのか分からないが、そのはざまに身を置いている気がする……でも、きっと全てが繋がっているんだ。
枯れていく……身体がどんどん……
心臓がゆっくりとカウントダウンする。
ドックン…ドックン……ドックン
止まりそうだ。
ドックン……
さようなら……
最後に目に映ったのは数えきれないほどの人間のミイラだった。
◆◆◆◆◆
私は瞬きも忘れ目を見開きケイの最後を見届けた。
緊張していたのか身体が強張っているみたいで、そのまま背もたれにゆっくり身を任せ息を吐いた。
「如何でしたか?」
「んんん……」
言葉がすぐに出てこない。
少し前まで一緒にいたケイが……憎たらしいほどリアルワールドに戻る事を熱望していた彼の結末が死とは残酷で儚い。
「アイ?」
「……ヴォイス、結局ケイが戻りたかった世界はあそこだったのかなぁ…」
「アイはどう思いますか?」
「質問を質問で返すの?……ズルいな」
私は頬を膨らませ目線を上げて空を睨んだ。
「……まぁいいわ」
密やかな笑い声が聞こえた。
「……ケイがどんな世界に戻れると思っていたのかは分からないけど、あそこが戻るべき場所でケイのリアルワールドだったんだよね」
「そうだといいのですが…」
また含みのある言い方をする。
はっきり言わないヴォイスに不満はあるけど此処に来た時から…もっとずっと前からそうなのだから、求めても答えてはくれないと諦めている。
「ねぇ、私は何処に戻るんだろう?」
絶対明確な答えを言ってくれないと分かっているのに質問してしまった。
其れは…多分ケイの結末を見て少しモヤっとしたものが心に入り込んだからだ。
「……戻るべき場所へもどるのではないですか?……もう、ホームシックですか?」
「全然……ただ少し……不安になっただけ」
「不安!…それはいけません。ケイの戻った世界が重すぎたのかもしれませんね。何処か楽しいパラレルワールドを覗いたらそんなものは吹き飛びます。其れともパラレルトリップをしますか?」
ヴォイスの声は私のことを心配しながら何処か楽しそうに聞こえた。
ケイの最後を知っても悲しむとかその死を悼むとか何もない……お互い良い関係だったように思っていたけど、此処から去ってしまった者には興味がなくなってしまうのだろうか……それはちょっと寂しい。
でも、物や人に執着するという事がないのかも…ヴォイスはもっと広い視野で想像のつかない程の大きな世界を見つめているんじゃないかと思った。
人間の一生なんて一瞬の輝きにしか見えてないのかもしれないな……
私の一生もきっと……なら、誰よりも強い光を放ってやる。
「アイ?…やはり不安なのですか?」
「大丈夫。……そうだね…今の私はどこでも行けるんだよね」
感傷に浸るのをやめた。
意味がない。
「はい。自由に…赴くまま何処へでも行けます。……ただ、ルールは守ってください」
「分かってる」
空中に手をかざしスライドさせた。
一瞬にして無数の扉が白い空間を埋め尽くし、私は魔法にでもかけられたみたいにウットリとその景色を見渡した。
ひとつひとつの扉の向こう側に知らない世界が待っている。灰色の世界から自由で彩られた世界へ……ワクワクする。
全て私が手にしている。
身体の奥がジワジワと熱くなり、それが次第に全身へ広がりこの瞬間を味わえる事に喜んでいる。
「いい表情していますよ」
「そう?……そうかもね」
火照った私の顔はきっと満面の笑みを浮かべているに違いない。
バイバイ……ケイ。
……そして、ありがとう。
私はこの空間を本当の自分の世界にするよ。
ああ…もう既にそうなっている。
だって……リアルワールドの記憶が薄れているもの……
私は何処から来たんだろう?
……どうでもいいわ。
そんな些細な事は…必要ない場所なんだから……
さあ、何処へパラレルトリップしようか。
◆◆◆◆◆
………ケイ
ケイ…………ケイ……
誰が呼んでいる。
やっと安らかな眠りにつけたのに邪魔しないでくれ……
……ケイ。
「誰だ」
「私ですケイ」
「ヴォイス?……そんなはずはない。俺は死んだんだ」
「そうです…ケイの肉体は滅びました。此処にいるのは魂のケイです」
「馬鹿な…そんな事があるわけ無い。…本当にヴォイスか?」
「何故そう思うのです。……何が現実でそうでないか、何が本当で嘘なのか…そんな事は結局判断つかないのですよ」
「ヴォイスでも?」
「さあ…どうでしょう」
なんだかとても懐かしい。
いつものハッキリしない言い方だ。
ああ…そうか。
結局この世に正解は無いんだ。
現実世界だろうが並行世界だろうが、自分が其処でどう感じその場所でどう生きるかなんだ。
今この瞬間が現実だと思えば其処がその人間のリアルワールド……正解は一人ひとり形が違って存在する。
「なあ…此れから俺の魂はどうなる?」
きっとハッキリ言わない。
「さあ…どうなると思いますか?」
「分からないから聞いているのに…ヴォイスらしいな…でも、今とてもスッキリしているんだ。暫くこのままでいたいな…いいかいヴォイス」
「結構…好きなようにすると良いです」
「ありがとう。……ところで、ヴォイスは本当は何者なんだ…と、聞いても答えてくれないな」
楽しそうに笑う声が響く。
「私は何者でもなく、何かではあります」
俺は呆れて笑った。
「まるで禅問答みたいだ」
「すみません。でもそうなのですから仕方ない」
「…名前は?…他にどんな風に呼ばれていたんだ。きっとこうやって話すのは最後だと思うから教えくれ」
「色々です……どれもあまり好きではありませんでしたが、ケイがつけてくれた名前は気に入ってます」
「そうか……それは良かった」
ヴォイスか嬉しそうにしているのが分かる。
「さあ、ケイ休みなさい。…次に目を覚ます時、新しい世界が広がっています」
「次があるのか?」
「ええ、必ず」
……必ずか……最後の最後で明確に答えるんだな。
優しく温かい何かに包まれた感じがした。
本当に次があるのなら……悲しみから怒りを生み、寂しさから絶望を感じるのではなく、悲しみから優しさを学び、寂しさの中から希望を見出せる…そんな自分であれ……
……アイ。
君は君の世界に……
幸せを祈るよ。
…………さようなら。
ほぼ一年かけて完結です。
『子供の頃、なぜ自分は此処で生きているんだろう?
どうしてこの世界に生まれたんだろう?
死んだらどうなるの?』
なんて考えたりする事がありました。
変わった子供ですかね?
でも、いつもそんな事を考えているわけでもなく、成長するうちそんな疑問は頭の隅で小さくなっていました。
きっと成長と共に世界が広がり、楽しい事も、嬉しい事も、悔しい事や悲しいことなど、たくさん経験することに一生懸命で考えることがなかったんですね。
でも、やっぱり頭の中にはちゃんとあって、今の自分が考えられる、思い描ける空想世界を子供の頃の疑問を反映させて書いてみようと思い小説にしてみました。
ツッコミどころも多々あるかと思いますが、最後まで読んでいただきましたら嬉しいです。
読んでくださった方【感謝】でいっぱいです。




