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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第9章 ∞ パラレルワールド ∞
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決別

 私は自由になってどうしたいんだろう…


 リアルワールドは全てが灰色で心を縛られ、退屈でくだらなくて私は1人だった。

 別に1人で居る事が苦痛なわけじゃない…どうでもいい人達と付き合うくらいなら、くだらない事に無駄なエネルギーを消費するくらいなら、1人で居る方がずっとマシだった。

 ただ……何でもいい共感、共鳴してくれる……自分が共感、共鳴できるものを欲していた。

 ひたすら居心地が悪く違和感だらけで鬱屈した毎日を過ごしていた。

 そこにケイが現れ目の前が開けた。


  色彩に満ちた知らなかった世界。頭の中で繰り返し憧れていた世界に導いてくれた。

 そこは優しくて温かく、哀しくて残酷で心を揺さぶる魅力的な世界……私は全てのものから解放され自由を手に入れたと有頂天になっていた。


 でも、自由になって私はこれからどうすればいい?……リアルワールドとパラレルワールドを往き来し自由を謳歌していればいいの?


 リアルワールド……生まれた世界。

 大っ嫌いな世界。

 私に覆い被さるそんな世界を廃棄してしまいたい。


 ケイのように白い空間にとどまって散らばる扉の向こう側をもっと自由に軽やかに堪能したい。


 私は手に入れた今の自由では満足出来なくなっている。リアルワールドで過ごしながらのパラレルトリップに不自由さを感じている……なんて欲張りなんだろう。


 自由になってどうしたいのか……それは更に自由になってケイの様になりたいんだ。


 答えが出たらお腹が空いてきたなぁ……


 部屋を出る。

 母の置いていった千円札をポケットに突っ込みコンビニに向かった。




 ◆◆◆◆◆




 規則正しい音が聞こえてくる。

 時を刻む音?…………違う。

 今いる場所に時計など存在しない……身体の中で音を立ている。


 心臓か……

 つまらない……生きていれば誰でも機能している人間の臓器のひとつだ。


 大きく深呼吸をし身体の力を抜いた…椅子がほんの少し軋む音をたてた。


 リアルワールドに戻ったらその瞬間から俺の時間が進み始め、いつか死を迎える事になる。

 此処では感じる事ない死への恐怖に怯えたりするのだろうか?

 死にたくないと思うのだろうか?


 なんだかとても新鮮な感情に思う……人間らしいな…とても人間らしい。


 この空間に居て感情というものが欠落するわけではないが、自分の死に鈍感に成って居たように思う。

 しかし戻れば鈍感ではいられない…確実に時間は進み老化していくのだから……いつか死が俺を迎えに来る。


 嬉しくなって頬の筋肉が緩んでいるのがわかる。


 ……永遠の生の恐怖より、死の恐怖の方がいい。人間らしい生を感じるはずだから。




 ◆◆◆◆◆




 その時はいつかやって来ると何となくわかっていた。

 このまま一緒に暮らして避けて通れる筈はないと……もし、何も起きなければそれは生きながら自分を殺してしまう事を受け入れた時。冗談じゃないそんなの御免だ…自分を守る為これは必然な事。


 とうとう…やっと…決別する時が来たんだ。




 ◆◆◆◆◆




 それは久しぶりに夕食時家族全員がテーブルについた時だった。

 父は出張先から戻り、週末にも関わらず兄も姉も出かける事なく家にいた。

 母は家族5人揃った食卓に機嫌が良くいつもより料理に気合が入っていた。


 食卓でワイワイと話が盛り上がる様な家庭ではないけど、其れでも今夜の献立について母が喋りだすと姉はソツなく笑顔で返し、父は勉強の事など聞き兄が近況を話したりと会話はそこそこある。

 しかしその輪の中に私は居ない……家族の会話は私を避けるみたいに通過して行く……たまに返事を求められるけど頷くとか、首を横に振るとか素っ気ない態度、もしくはひと言…で終わらせている。これでは通過していくのは当たり前か…反応の乏しい人間に話し掛けても楽しくはない。

 ……それでいい。

 こんな苦痛だらけの世界で家族とは言え無理して付き合うのは地獄だ…私に構わず家族ごっこを楽しんだらいい。


 早く食べて部屋に戻ろう。


「ねぇ愛、友達の妹が受験生であんたの高校滑り止めで受けるかも知れないから、学校どんな感じか聞いてきてって言われたんだけど…」


 その言い方、表情に嫌な感じを受ける。


「普通だよ」

「何その頭の悪い答え方」


 姉は呆れた様な半笑いを浮かべている。


「仕方ないだろ実際頭悪いんだから」


 兄はそう言うと口もとに見下した笑みを浮かべご飯を口に放り込んだ。


 そんな兄や姉に多少苛立ちながらも何でもない様なフリをしてせっせと手と口を動かしていた。


「ちょっと2人とも言いすぎよ」


 フォローしているつもりなんだろうけど、母の言い方はどこか肯定している様で、笑いをこらえる表情からもそれは見て取れた。

 其れから母は姉に向かって優秀な妹さんなのかと聞き、それに対して、模試でいつも上位をキープしているらしいと、まるで自分が優秀だと言っているみたいに自慢気だった。


 そんな姉がとても滑稽に見える。


「そんなに優秀なら別に滑り止めの高校の事なんか気にする必要ないでしょ……って言うかその友達ただ自慢したかっただけじゃない?」

「何それ」


 眉根を少し寄せ不快そうな目を私に向けた。その視線をワザと鼻で笑い弾き飛ばすと食べ終わった食器をキッチンへ持って行った。


「ちょっと!今笑ったでしょ」

「だから何?」


 姉は綺麗に化粧した顔を歪めてる……すごく醜い。


「なんであんたに笑われなきゃならないのよ」


 ……お姉ちゃんはいつも私をそんな風に笑っているじゃない。同じ事をしているだけだよ…自分がそんな扱いをされるのは我慢ならないのね。

 私は肩を小刻みに震わせ声を出さず笑った。


「また笑った!」


 怒り出す姉の顔を冷ややかに一瞥しダイニングを出で行こうとしたが、腕を乱暴に掴まれ睨まれた。


「ムカつくんだけど」


 私は冷ややかな笑みを浮かべて言ってやった…〝馬鹿みたい″…と……


 姉は目を大きく開くと頬と口角を奇妙に引きつらせている。


 あああ…折角念入りに化粧した顔が崩れていくよお姉ちゃん。

 醜く崩れ落ちて本当の自分を晒すの?


「……酷い顔…そんな顔こっち向けないでくれる」

「何ですって!」


 私はおもいっきり突き飛ばされドアに身体を打ち付けた。…肩に酷い痛みを感じさすりながら姉を睨んだ。


「ちょっと喧嘩なんてやめて頂戴」


 母の言葉は姉には届いてない…私をきみ悪そうに見つめている。


「……なんなの?愛じゃないみたい」

「…………何言ってんの?私は愛よ。……私をどんな風に見てたの?馬鹿で愛想なくて人として低レベルの取るに足らない惨めな妹。

 …そう思っているんだよね。

 友達にもそう言っているんでしょ…お姉ちゃんはその子と私を比べているようだけど、比べられているのはお姉ちゃんの方だって気がつかないの?……〝優秀な私の妹は優秀よ。幸、貴方の所とは違うわ″…とかね。だから馬鹿みたいって言ったのよ。下らな過ぎて笑える」

「なんですって!」


 下に見ている妹に馬鹿扱いされ怒りで身体を震わせている。


「やめなさい愛…」


 ぶすっとした表情で口を挟んできた父…いつもそうだ家族がギクシャクする時は全部私が悪いみたいな非難めいた目つきをする。決して兄や姉にそんな目を向けたりしない。


 なれた……でもその度に小さな傷が増えていく。なれたけど感じない訳じゃない。


「やめとけ幸、ムキになって相手する事ないさ」


 今度は兄が口を挟んできた。


 相手する価値もないって事?

 冷静に人や物事を分析している風だけど、薄っぺらくて響かない…自分以外は興味が無いだけで冷たい人間。……亮介の死が自殺かもしれないと突然話したのもたまたまキャンプに行く話が持ち上がって思い出し、教える事で楽に成りたかっただけで、私の罪悪感を軽くしてあげようなんて思いなど微塵もない兄だ。


 これが私の両親、兄、姉……


 此処は家族という名の言葉も心も通じない異国にしか思えない。

 私は意思など関係なく強制的に収容された異国人だ。


 姉はブツブツと私の態度をなじっている。こんなにやり合うのはいつ以来だろう…思い出せないくらい昔で、ずっと我慢して耐えて諦めてしまっていた私…そうするしかなかった。行き場のないこの世界で沈んでいく自分を歯軋りしながら見ているしかなかった。

 でも、今は違う。

 世界は無限に広がり居場所ができた。


 この世界を廃棄する。

 価値の見出せない場所から価値ある場所へ。

 覚悟はできた……本当はもっと前から覚悟していたように思う。


 灰色の家族……声は耳障りなノイズにしか聞こえない。目の前の家族は脚本、演出、俳優全てがチグハグなホームドラマの様で陳腐で退屈……

 私はテレビのスイッチを消し立ち去る様にダイニングを出た。




 ◆◆◆◆◆




 この家の中で唯一私でいられる部屋……わりと殺風景で女の子らしいキラキラした物や可愛いぬいぐるみひとつない。

 机と椅子、本棚にベット…布団だって少し色褪せた緑、部屋の中央にある小さな丸いテーブルもごく普通の木目で、エアコンのリモコンがポツンと置いてあるだけ……ただ身だしなみをチェックする為の姿鏡が女の子らしいと言えばらしい唯一のインテリアかもしれない。

 今は違う意味で使用しているけど……


 その姿鏡を見つめた。


 決別の時…私は私の世界から消える。

 揺るがない決意…覚悟……そんなたいそうな事でもないか…だってこうなるって決まっていたんだ…きっと生まれる前からね。


 鏡に手を伸ばす。


 ひんやりとして気持ちがいいな…


 さあ、ケイの所に行こう。

 ……どんな顔をするだろう?

 私がリアルワールドに戻らない、ケイと一緒にいたいと言ったら…驚くよね…面倒くさそうに顔を顰めるかな?でも許してくれるような気がする。


 私は鏡に映る部屋と自分にさよならを告げた…そして向こうの世界へ。









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