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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第9章 ∞ パラレルワールド ∞
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変わらない場所

 タケル少年の死からリアルワールドに戻って2日後、9月に入り学校が始まった。

 久しぶりの学校も生徒も教師も大した変わりなく、眠そうな生徒や朝から元気な生徒、校門の前で生徒一人ひとりに声をかける教師…笑顔で迎えているようで、実は夏休み中に髪を染めたり、ピアスの穴を開けたりした校則違反の生徒がいないかチェックしているのだ。……違反したまま登校する馬鹿なんていないのにご苦労な事だ。

 グラウンドに目を向ければ夏休み明けだというのに朝練をしている運動部……感心するわ。


 なんて変わりばえしない風景だ。

 ……もしかしたら変わった所が有るのに私が気がつかないだけなのかも、それだけ興味が無いという事なんだ。

 ただ夏休み前まであった体育館裏の使われていなかった部室がすっかり撤去され更地になっていた事には気づいた。

 ここは初めてケイに出会った場所でパラレルトリップをするきっかけの場所だった。

 数ヶ月前の事なのに遥か昔のように感じる……あの日から私は変わった。外見的には何も変わってないけど、私の中では大きな変化が起きた。

 この世界では灰色の日々を過ごしているが、向こうの世界では鮮やかな時間を過ごせていた……とは言っても決して楽しいパラレルワールドばかりではない…むしろどんな世界の私もそこで暮らす人たちも其々過酷な状況だったり儘ならない時を過ごし色んな思いを抱えながら生きていた。

 それを目にして悲しんだり、腹が立ったり、悩んでみたり……その中で今まで感じる事なかった自分の心に出会い戸惑ったりもした。

 どうしても理解できない事も……


 ただひとつ言えるのは私にとってパラレルワールドは最高の場所。

 刺激的で魅惑的で時に残酷で優しい……選ばられた者だけが行ける場所。そして私が選ばられた。それは自尊心をくすぐり優越感、幸福感を与えてくれた。何だか世界は自分中心に動いているみたいに思えて楽しい。


 そんな世界があると知らない平凡な人たち……なんて損をしているのだろう。


「おはよう」


 あの体育教師が爽やかな笑顔見せ声をかけてきた。


「おはようございます」


 後に続く生徒にも同じ様に声をかける。

 私は振り返り立ち止まるとその姿を見つめた……もう1人のケイだと思っていたけど、よく見てみると違う…似ているけど全然違う……それは存在する世界が違うからそう感じるだけなのだろうか?


 ……どうでもいいか。


 あの教師がこの世界のケイだろうが何だろうが大した事じゃないから……

 私にとって重要なのは一緒にパラレルトリップしてくれるケイだけだ。


 教室に入ると相川真奈あいかわまながニコニコしながら私に小さく手を振っていた。


 また彼女のくだらない話を聞かされるかと思うと溜め息が出る。

 登校したばかりだけどもう帰りたい……




 ◆◆◆◆◆




 …………帰りたい。


 どんな世界で生きていたのか、家族はいたのか、職業は?…俺という人間はどんな男だったのだろうか。


 時々痛む頭に飛び込んでくるカメラのシャッターをきるみたいな画像は記憶の一部なのではないかと考える様になった。

 しかし何のつながりもなく切り取られた画像では、記憶を取り戻すには情報が乏しすぎた。

 それでもアイの準備が整えば例え何も思い出さなくても元いた場所に帰る。自分のリアルワールドの扉は必ず現れる必ず分かる……元の場所へ……帰省本能だな。


 もう少しの辛抱でさよならだ…


 椅子の背もたれに強く背中を押し付けどこまでも続いている白い空間を見つめた。


 アイは俺がリアルワールドに帰ると知ったらどう思うだろうか? もし俺の代わりに此処にとどまる事を断ったら?


 いや…そんな事を考えるのはよそう。

 必ず上手くいく。


 頭上にも広がる白い空間……飽きたよ。


「ケイ、何を考えているのですか?」

「やあ、ヴォイス」


 姿の見えない相手に満面の笑みを見せた。




 ◆◆◆◆◆




 学校から帰ると家には誰もいなかった。

 人の気配が無い家は心地が良い…静かで自分だけの時は落ち着く。


 ダイニングテーブルにメモが置いてあった。それを取り上げ目を通す……それを手でクシャクシャに丸めるとゴミ箱行き。

 母は友人と食事会で兄も姉も遅い帰宅になると書いてあった。

 父は昨日から出張でいない…ようするに夕飯はコンビニでも行って食べろって事だ。

 メモの下に置いてあった千円札をつまんで鼻で笑いテーブルに戻すと自室に向かった。


 部屋に入ると窓を開けて乾いた風を浴びた。

 気持ちいい……

 もう少し風を感じていたくて椅子を引っ張ってきて窓枠に腕を添え顎を乗せ目を閉じる。


 気持ちいい……


 感じるという事は生きているって事……


 死んでしまったタケル少年を思い出した。

 見つけて貰えただろうか?

 あのまま朽ち果てるのは可哀想だ。

 ……きっと大丈夫よね。ケイもそう言っていたし……


  顔を横にして姿鏡を見つめた。


 聞きたい事がある……戻って直ぐには聞けなかった事。


 心身ともに酷く疲れていて後回しにした質問。


 立ち上がり姿鏡の前に行きそっと触れた。ゆっくりと指がのみ込まれ、そして一気に中へ飛び込んだ。




 ◆◆◆◆◆




「ケイ、お待ちかねのアイが来たようですよ」


 アイのリアルワールドと繋がっている扉が開き深妙な顔をて現れた。


「いらっしゃいアイ…久しぶりと…言っていいですね」

「久しぶりヴォイス……ケイとは…2日ぶりだね」

「さあ…此処は昼も夜もないからな…」


 俺は興味なさそうに素っ気なく返した。


「あ…そうだったね。ごめん」


 苦笑いをするアイを冷めた目で見つめる。


「あの、聞きたい事があるんだけど…」

「………何」

「戻って来た時直ぐに聞けなくて…」

「だから何だよ」


 アイは眉根を寄せ少し険しい表情を見せた。


「……なんか……感じ悪い」

「はあ?」

「…いつもがいいわけじゃないけど、今日は特別感じ悪い」


 口をギュと横に引っ張り睨まれる。

 ……なんだそれ…全く…溜め息が出る。


 こんな時割って入ってくるヴォイスが何も言わないのは変だ。

 ……いつの間にか居なくなっているな…逃げた?

 そう思うには理由がある。

 さっきまでちょっとした喧嘩…とまではいかないが、どちらかと言えば俺が少々語気を強めていたんだが……


 すこぶる機嫌が良かったのにヴォイスがぶち壊したんだ。


 今まではどんな事だろうと鷹揚に構え達観していたのに、俺がもう少しでリアルワールドに戻れそうだと言ったらグダグダ言いだした。そんな事はとっくに承知しているはずで、今になって意を唱えるなんて…

 ……アイはその気になってくれないかも知れない、簡単な事ではないから安易に希望を持ってはいけないなどと…こんな風に口出しされたの初めてで、挙句は此処にとどまってくれると嬉しいなんて言い出す始末だ。


 突然らしからぬ言葉を言われ面食らい、腹も立ってきたので、俺は俺で、簡単だとは思っていない、アイの前に何人も試みて失敗を繰り返し此処まで来ているんだ。と腹立たしさをそのまま言葉と表情に表し言い返した。

 それに対してヴォイスは今までになく上手く事が運んでいて浮かれている様子だから、最終的に駄目だった時大きなショックを受けない為に敢て言っているんだと…大きなお世話だ。

 駄目だったら次の候補を探すだけさ…

 無限の扉がある…その向こうに候補者も無限にいるんだ。

 まぁいい…失敗など考えない。


 必ず俺は元いた場所へ…戻る。


 …………そんな事があって確かに機嫌は良くなかった。

 アイもタイミングが悪いな…俺の八つ当たりだ。


 しかしそう思っても素直に機嫌が悪かった事を認め謝罪する気は全くなかった。


「それで、聞きたい事ってなんだ」


 どこまでも偉そうだな俺は……


 アイは諦めたのか肩を軽く上下させ表情を緩めた。


「タケル少年のことなんだけど、撃たれて直ぐにケイ姿消したでしょ…あれは狙撃した人物を確認しに行ったんだよね」


 その事か…聞かれるとは思っていた。

 直ぐに聞いてこなかったほうが不思議に感じていた。


「まさか、花を探しに行っていただけなんて言わないよね」

「まさか…そんな訳ないだろ。確かにアイが言った通りだ…狙撃した奴を確認しに行ったのさ」

「誰だったの?」

「政府軍…」

「そんなのは分かっているよ。誰だったか聞いてるの」

「そんなの知るか。向こうに知り合いはいない」

「そうだけど…」

「夜だったし、相手もキャップにゴーグル付けて顔は…見てない」


 もしかしたら狙撃者は愛なのではないかと疑っているのかも知れない。だから〝誰″と聞いたのだろう。


「全く分からなかったの?」

「ああ」


 事実は…知らない方がいい。


「本当に?」

「しつこいなぁ、そこまでこだわる必要ないだろう。知ったからと言って何も変わりはしないし、俺たちは傍観者だ」

「そうだけど…」

「顔は見ていない…どんな奴だったかなんて説明出来ない」

「うん……」


 自分であって自分ではないパラレルワールドの住人の行動を引きずるは馬鹿馬鹿しい。

 全ては大きな流れの中で起こった事。

 ちっぽけな存在には手出し出来ない一瞬の出来事なんだ。


「そんなにショックだったのか?」

「まあ、それはね……もしかしたらタケル少年撃ったの……」


 次の言葉をのみ込み口を強く結んでいる…


「…もしかしたらとか、おそらく、なんて意味がない」

「……」

「そんな事に心囚われ歩みを止めるのか?心を解放したいから此処に来たんじゃないのかアイ」


 疑心に囚われていた瞳が、徐々に霧が晴れ霞んでいた大切なものを見つけたみたいな、そんな瞳に変化した。


「……そうだよね。そんな事を気に病む為に来たんじゃないもの…誰にも縛られないで自由……に」


 アイは言葉を切って少し考え込んだ。


「……アイ?」

「ああぁ…何でもない。……帰るね」


 どんな思いが湧いて言葉を切ったのか…背を向けて扉の中に消えて行く後ろ姿に迷いの様なものを感じた。


 その姿に一抹の不安を感じた。



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