名前も知らない花
タケル少年が月明かりに照らされ力なく倒れていく残像が繰り返し瞳に映る。
夢のように思う…一度強く目を瞑り恐る恐る開いたが残像も消え、さっきまで立っていた場所にも姿は無かった。
私はよろつきながら瓦礫の裏を覗くと死んだ様に力なく横たわっているタケル少年がいた。
……私は声を掛けてみた。
初めは小声で…次はもう少し大きな声で、また更に大きな声で……もっと大声で…もっと…もっともっと大きな声を出した。
そして喉が裂けるくらい…………涙が溢れてくる。なんで泣くのか分からない…きっとタケル少年は意地悪をしているだけだ。からかって楽しんでいるだけ…泣くことはない。
私は近付いて体を揺すった…涙を拭いて震える声で名前を呼んだ。
何度も何度も…何度も…其れでも反応しない。
額に小さな赤黒い点がある…そこからすじ状にトロリと何かが流れた。それを指で触り付いたものを見た……赤い血。
頭を撃ち抜かれている。
私は夢から覚めた時の様にハッとし身体を硬直させた。
……現実を受け止める。
死んだ様にではなくやっぱり死んでいる。
◆◆◆◆◆
全身黒ずくめにキャップをかぶったスナイパーがスコープから遥か下を覗いている。
アイを狙っているのか?
スナイパーは小さく声をあげスコープから目を外しまた覗いた。
「嘘でしょ」
女の声だった。
「もう1人…男は?」
俺の事か…君の直ぐ近くにいるよ。
「隠れたか……まあいいわ。タケルさえ始末できればザコはどうでもいい」
ザコとは酷いな…でもそのザコに背後を取られているぞ…もう少し近づいてみるか。
「でも…あの顔なんなの…気持ち悪い」
スナイパーは銃をしまい始めた。
俺は真後ろに立った。気配を感じたのか振り返る……が、誰もいない。
俺には30センチ先に君の顔が見えるけどな。
用心深げに周りに意識を集中させ気配を感じ取ろうとしている。でも気配を感じたとしても姿が見えなければどうしようもないよな、ただの気のせいだと思うだろう。少し距離をとった。
彼女はキャップをとりゴーグルを外す…
目を凝らし辺りを見回している。
もしかしたらと思っていたが、当たって欲しくない感が当たってしまった。
…………愛。
「いい腕だな」
「誰!」
「この世界を見に来た……旅行者?…かな」
「 旅行?…何十年も内戦中なのに……死にたいの?ふざけた理由ね」
「本当なんだけど信じてもらえないか、残念だ」
愛は小型の銃を構え目を吊り上げ暗闇を凝らして見ている。
「見え透いた嘘を…出てこい!」
「冗談じゃない姿を見せたら即撃たれる。分かりきっているのにノコノコ出ていくわけないだろ。俺は武器は所持していないナイフも針一本もな」
「どうだか…そんな言葉信用すると思ってるの」
低く笑った…一端のスナイパーを気取ってもまだ子供だな、姿を現さない得体の知れない相手に動揺を隠せないでいる。
「な、何で笑う!」
「怖がっているからさ…」
「うるさい!怖がってなんてない!」
「……まあいいさ。其れより何故少年を射殺した」
「はっ、敵を殺すのに意味なんてない」
「じゃあ一緒にいた俺たちを何故直ぐに狙撃しなかった。敵に思うはずだ。其れに君の腕ならあっという間だろう」
「うるさいゴチャゴチャと…」
「ふん…では俺が答えよう…【復讐】…だろ」
「お前…タケルから聞いているのか?」
「…………」
「タケルの仇を打ちに来たのか…答えろ!
」
「違う。…俺は何もしない、何も出来ない、
してはいけないんでね。ただ知りたかっただけさ」
「お前…一体誰?」
俺は愛の真後ろに移動し腕で首を締めあげ銃を取りあげた。
「だから旅行者っていっただろ…この世界に干渉するつもりはない。復讐結構…そうやって復讐の連鎖が戦いを永遠にする。何処かで其れが虚しい事だと気付くまで永遠に…」
「は、離せ」
「タケル少年は裏切者とはいえ君を殺してしまった事に一生持ち続ける荷物を背負ってしまった。その中にはどんな思いが仕舞ってあるのか…君にわかるかい?」
「そんなの…し、知るか」
「そう、そうだろうな…皆んなが慕っていた…仲間だと信じきっていた。しかし君は自分勝手な理由で彼らを利用しただけで仲間だなんて思ってなかったんだから…ああ、でも一瞬くらいは思う事も有ったかも知れないな」
俺は取りあげた銃をこめかみに強く押し当て首から腕を外した…愛は小刻みに震えながら両手を上げた。
「死はな…終わりじゃない……死者の強い意志は受け継がれていくんだ」
指を鳴らし愛から離れると、足元に一発撃った。
「戻れ…君の生きるべき場所に」
悔しそうに唇を噛むと軽い身のこなしで逃げて行った。
愛、君は君の思う生き方すればいい…それは自由だ。
手にした銃を捨てる。コンクリートに打ちつけられる音は意外と軽い。
下を覗いて見た……此処から肉眼ではアイの姿は小さくてどんな顔をしているか見えない…志半ばにして死んでしまったタケル少年の姿も…………受け継がれていく。
少年が望んだ未来は残こされた者に受け継がれて繋がっていく。果たして戦争という形で手に入れられるのか俺には分からない。しかし彼らにとって其れが信じる道ならば進んで行けばいい…その先にどんな景色が広がるのか行けるところまで……
この世界に、この場所に…繋がれ継ないでいく。
さて戻るか…1人残されて不安がっているだろう。
泣きべそかいているかも、怒っているかも……両方か。
◆◆◆◆◆
横たわったタケル少年の側でペタリと座り込んで肩をヒクリヒクリと動かしている後ろ姿は華奢で頼りなかった。
そっと近づき声を掛けると、振り向いた顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。
なんて顔だ…吹き出してしまった。
「何処行ってたのよぉ……酷い。笑ってるし……死んじゃっているんだよ。もう…どうして?どうしてこんな事になったの……分かんない、私には分かんないよ」
ボロボロと流れる涙が膝に置いた手を濡らす。
俺はアイの横に膝をついて頭を撫でた。
母親の様に温かく、父親の様に励ますみたいに、恋人の様に優しく。
アイはピタリと張り付くみたいにくっつき腰に両手を回してきた。
「ケイ……あったかい」
「アイもな」
「生きているんだね…」
「そうだ…生きてる」
顔をあげ涙を拭くとタケル少年の両手を胸の前に組ませ瞼を閉じさせた。
俺はアイの前に一輪の白い花を差し出した。
「どうしたのこの花?」
「特別に調達してきた」
「この辺に、しかも夜中に花なんか…」
「深く考えない……」
アイは不思議そうに花を受け取ると組ませた手にそれを差し込んだ。
「なんていう花?」
「さあ…俺は知らないが誰かは知っている花…」
アイはクスリと笑い〝何それ″と呆れた様に言った。
一体どれだけの人間が少年の事を知っているのだろう…これまで生きてきた道、どれだけの思いを持って戦い過ごした日々を…
名前すら知らない少年の死をどう思うのか…でも確実に知る仲間はいる。その死を悼み嘆いてくれるだろう。
吐息の様な風が吹いた…白い花がくすぐったそうに揺れ、まるで少年の手の中で根付いたみたいに活き活きと咲いている。
俺は転がっているライフル銃を拾い上げ墓標のように大地に突き立てた。そして2人で手を合わすと立ち上がった。
「このまま此処に置いていくんだね…皆んなに知らせないの?」
「その方がいい」
「見つけてくれるかな…」
「多分…大丈夫さ。仲間が居る場所からそう離れてはいないはずだし、それに長く戻って来なければ探しに来る」
「私たちが殺したと思うよね」
「おそらくな…仕方ない」
「うん……」
「もう長居は無用だ戻ろう」
差し出した手をアイはギュッと握り俺はそれを握り返し指を鳴らした。




