秘密
数時間前の戦闘が嘘みたいに静かだ……
あまりの違いにあれは夢だったのではないかと思ってしまう。
空を見上げると太陽はすっかりその姿を隠し、そのかわり仄かな光を放つ月が私たちを照らしていた。
「聞きたい事?」
タケル少年はピクリと眉を動かし警戒した表情をした。
「そんな警戒しなくてもいいさ…俺たち3人しかいないし此処だけの話でどんな答えが返ってきても誰にも言ったりしない」
「その言い方は俺が仲間に秘密を持っているみたいに聞こえるが」
微笑むケイ…そして近づきタケル少年の胸に掌をあてて目を閉じた。
「ここに仕舞ってある誰にも言えない秘密……」
仄かな光がケイを浮かび上がらせ殺伐とした世界が少しだけ優しい色に変わったような気がした。
「そんなの…」
タケル少年の声は少しだけ震えていた。そして苦しそうに顔を崩して目をそらす。
「仕舞っていたらいつかそれに押し潰される。君の正義に従った行動なんだろ?それに潰される必要はない」
「正義…」
「そうだ」
「……しかし…話したところで何も変わらない。意味がないさ」
「事実は変わらないが意味がないかどうかは話してみないと分からない」
タケル少年は自分の胸に当てられたケイの手を掴みどかせると、疲れたように腰を下ろしライフル銃を支えに両手をのせ額をつけた。
何を聞き出そうとしているの?
そんなに大事な内容なのだろうか?
ケイには全く関係無い世界で、たまたま出会った少年の秘密を聞いてどうするつもりなのか…その真意を測りかねた。
流れてきた雲に月が隠れる。
また暗闇が訪れた。
タケル少年は私を見てきみ悪そう引き攣った笑いを見せると観念したように話し始めた。
「……愛を殺した」
口から出た言葉に耳を疑った。
また私を見て今度は苦しそうに表情を歪める。
殺したって……仲間だった愛を?
「政府軍に潜入し偵察すると言う彼女を俺は殺したんだ」
「何故?」
ケイの声はとても穏やかで優しかった。
◆◆◆◆◆
愛は元々政府軍上層部の父をもつお嬢様だったらしい。家の事も親の事も詳しくは話したがらなかったが、どうやら家族間で確執があったようでそれで家出をした。その事実だけは仲間になって半年ほどたった頃数人に語ったそうだ。
今思うと親への当てつけもあったのではないかとタケル少年は言った。だから敵対する反乱軍に自分の居場所を作ったのかも知れないと…
思うに…おそらく…後からそんな事がバレたら折角馴染んできた仲間?…から白い目で見られるのが耐えられない。やっと手に入れた居場所を失いたくない。それとも…もし人質にでもなって迷惑をかけたら……勿論、親にだ。そんな思いが心の隅にあったかも知れない。殺される可能性もあるのにもかかわらず話すには相当な覚悟があった筈…きっとそれまでに信頼を得て今の自分に賭けたのかも知れない。……愛はその賭けに勝った。
まあ、会ったこともない愛の心の内など知る由も無いのだけれどちょっとそんな気がした。
「愛は直ぐに此処に馴染んだ。初めは小さな子供たちの世話をしていたんだが、ある日子供たちと隠れていた所に政府軍が襲ってきて見事に撃退したんだ」
タケル少年は懐かしそうに…殺した相手の事を嬉しそうに話した。
愛は格闘センスがあったそうだ。護身の為と教え始めたらあっという間に上達し、自分より大きな男たちを倒せるまでに成った。そしてなにより凄かったのは銃の扱いで、1年もする頃反乱軍の中でトップの腕前に成っていたそうだ。
それからは仲間と一緒に戦場に出向き、次々と功績を挙げ信頼を確かなものにした。
「…もうカリスマだったよ」
突然現れ反乱軍を率いて敵に挑む姿はまるでジャンヌ・ダルクのようで、憧れる子供たちの希望の光に成っていったと誇らしげに語ったが、その表情が次第に曇り話す事を拒むみたいに唇にギュと力を入れた。
……とても辛そうだ。
「そんな愛を何故殺すことに?」
ケイの声は変わらず穏やかだけど容赦無くその先を催促する。
タケル少年は苦いものでも口にしたみたいに表情を崩すと躊躇いがちに唇を小さく開くと手にしていたライフル銃を引き寄せた。
「俺もね…銃の腕は良いんだ。愛には1度も勝てなかったが…勝るものと言えばナイフ使いくらいだった」
そう言って銃を肩にかけ背中にまわすと、ブーツの中に隠してあるナイフを取り出して見せた。冷たく光る刃先を見つめナイフをしまうと話を続けた。
長い長い戦いで疲弊していく仲間…其れを見て愛は何気ない言葉を発するみたいに自分が潜入して内部から撹乱出来たらと言った。周りはそれも一つの手だが単体での行動は危険過ぎると…せめて後2、3人で潜入するならと提案したが、1人の方が動き易いしバレ難いと言って皆んなを説得した。
「作戦内容も日時も決まり決行の前の夜…皆んなが寝静まった頃、部屋を抜け出す愛に気づいた俺は後をつけた。そして……電話を…」
「電話の相手は誰?」
「父親だ…〝父さん″って言ってた。驚いた…あんなに親を嫌がっていたのにコッソリ連絡取り合っているなんて…腹が立ったよ。今まで仲間に言った事や態度が全部嘘で、愛の全てが色褪せていった」
「それで裏切られたって思って愛を?」
ずっと黙っていた私の声にビクリ反応し情けない表情をして此方を見た。
「…お前…本当にソックリだな…声も……何だが責められている気がするよ」
「……ごめんなさい」
思わず謝る私に悲しそうな笑い声をあげて軽く首を振った。
そして何故殺してしまったか、何故殺さなくてはならなかったか話してくれた。
愛は父親に明日そっちに戻る……我儘を許してほしい…勝手な事をした代わりに反乱軍の情報を教えると必死に言っていたと…
雲が切れて月明かりが私たちを照らす。
でもタケル少年の顔は暗闇に同化してしまいそうなくらい暗かった。
「信じられなかった…でも、父親に懇願する愛の表情は甘える子供で俺たちに見せた事ない顔だった。……絶望した。
一緒に戦った、過ごした時間は一体何だったんだ…我儘お嬢様の気まぐれだったのか…暇つぶし?頭の中がグチャグチャだったよ」
私たちに話しながら自分に問い掛けているみたいだった。……ずっと消化しきれずにいたのだと、そしてこれからも……
「胸に激しい波が打ちつけて体全体に広がり暗い海の奥底に沈んでいく感じだった。
吐きそうだったよ…寝床に戻って枕に顔を押し付け声にならない叫びをあげた」
光の加減で青白いケイの横顔が静かで神秘的に浮かんで見えた。
「喪失感、絶望、そして怒り…君の中に湧き出した感情を、愛をこの世界から消し去る事で心の底に押し込めたかった」
「そうだ…」
タケル少年は感情の波に翻弄されながら眠れない夜を過ごし朝を迎えると、決意の笑顔を見せて仲間としばしの別れを告げ走り出した愛を見送ると、誰にも気付かれないようにその場を離れ後をつけた。
反乱軍と政府軍の境界線まで辿り着くと声を掛けたそうだ。愛は驚いてどうしたのかと聞いてきたが、それには答えず笑顔で近づき愛を抱き締めると袖の中に隠していたナイフを腰のあたりに深く突き刺した。
「愛の大きく見開いた目が震えるように動き俺を映した。徐々に濁っていく瞳が何か言いたげで、口を微かに開いたが何も言わず瓦礫の上から滑るように落ちていった」
両手で顔を覆うと泣いているのか肩が震えている…其れとも裏切り者でも仲間を殺してしまった自分が恐ろしいからなのか……
でも、そもそも愛は裏切ったとは思ってないんじゃないかと思う。
タケル少年たちにとってはそうかも知れないけど愛にはただの一時的な逃げ場所で、寂しさだったり物足りなさなどを埋める自分にとって居心地こちがいい所…だからズルズル留まった…裏切り者と言われるほど心を許してないし、志を一緒にして行動を共にしていたわけじゃない。
……なんて勝手に思ったけど真意は分からない。聞こうにも亡くなってしまっている。
「あんた不思議な男だな」
ケイは意外そうな表情をして口を片方に曲げると肩をすくめ鼻で笑った。
「どこの誰かも分からない不審者に…仲間にも言えなかった事を話すなんて、俺はどうかしているのかもな…」
「君は吐き出しかったのさ。そして目の前に関係のない俺たちが現れた。タイミングが合ったのかもな…同じ名前と顔を持つアイが現れたのも大きいかも知れない」
2人は同時に私を見て、ケイは悪巧みでも考えついたみたいな笑みを浮かべ、タケル少年は少し疲れた笑みを見せた。
そして、話して意味があったかどうかはまだ分からないが、抱えていた重い荷物が少しだけ軽くなったように感じると、穏やかに笑った。
大人ぶった表情しか見せなかったタケル少年が初めて見せる少年らしい笑顔だった。そして立ち上がり美しい月を見上げた。
私の位置から月とタケル少年が重なって見える……その姿を綺麗だなと見上げるとタケル少年の身体がユラリと動いた。足場の悪い場所に立っていたのでバランスを崩したのかとおもったけど違った。
……光を浴びたその姿は力を抜き取られたみたいに後ろへ倒れていったのだ。
何が起こったのか分からなかった。
そしてケイが緊張した顔で〝待ってろ″と言葉を残し指を鳴らして消えた。
「ケイ!」




