幼い戦士たち
青空の下、地面を揺らしながら不気味な唸り声をあげ何台もの戦車が進行して行く。
砲弾から発射される塊は既に崩れた建物を更に破壊して、そして少年たちをも吹き飛ばしていく。
勿論、少年たちもただ殺られている訳じゃない。
キャノン砲で戦車の進行を阻み、ライフルや散弾銃で迫る政府軍に応戦している。
武力、数的差をフットワークの軽さと連携で補い対等に戦っている。
今、目の前に広がっている世界で少年たちは反乱兵として生きている。
もの心ついたときには既に戦場で、荒んだ世界に苦しみと憎しみに溢れた人間の姿、自由を求め戦う大人たちの背中を見て育つ…其れしか知らない。
周りの大人たちの思いや姿は深くすり込まれ当然の様に其れを継承していく。
選んで生まれた訳じゃない…生を受けた場所がここだった。其れは宿命と言うのだろう。
タケル少年が言った〝この場所で生きて行く……そして必ず自由という花を咲かせるんだ″
少年たちの思いはいつか届くのだろうか?
……いや、掴み取れるのだろうか?
風が吹いた。
土埃と火薬が焼ける臭いを巻き上げて……
俺とアイは霞む戦場をただ見つめる。この世界の異物でしかない俺たちは何も出来ない…最後まで見届ける事も出来ない。生と死のほんの一瞬を感じるだけ……ただそれだけ………………
◆◆◆◆◆
信じていたけど…ケイが大丈夫だと思うなら間違いないと信じていたけど、僅かな不安から咄嗟に口を突いてしまった。
ケイは目を細め不満そうに私を見つめフッと息を吐き肩をすくめた。
タケル少年は亮介から銃を取り上げ肩を掴んで無理やり椅子に座らせると、私たちにも座る様に言った。
「じゃあ、話して貰おう」
どう話したらいいのか困ってしまい俯いた。
なんの考えもなくあの状況から逃げたいが為に口走った浅はかな自分に腹が立つ……
「どうした…今更話せませんでは済まないぞ」
「……タケル無駄だ。でまかせに決まっている」
全く信じていない亮介は胡散臭そうな表情で此方を見たが直ぐに動揺したみたいに目を逸らした。
「……なんだよ…その顔……何でそんなに似てんだよ。面倒クセェなぁ」
ムスッととして溜息をつき呟く様に言った。
どうやら私の顔がお気に召さないみたいだ……仕方ないわよね……
「もう一度尋ねる。どっから来た…何者なんだ」
真っ直ぐ怖い顔をしているタケル少年。
……私は奥歯を噛み締め、自分は関係無いみたいな顔をして座っているケイを見つめた。
自分で何とかしろって事?
はあ……余計なこと言うなよって釘さされていたのに結局言いつけ守れなかった。
嘘をつけばいいのか、本当の事を話すべきなのかグルグルと頭を巡らせていた所に天の助けが現れた。
最初に出会ったあの少女だ。
「トモミ?」
遠慮がちに開いたドアに気がつきタケル少年が声をあげ、それに反応した私を含む3人も一斉に視線を向けた。
少女は口を少し突き出し悪戯を見つかって不貞腐れたみたいな顔をして中に入ってきた。
タケル少年は困った表情をして戻るように言うが、首を大きく横に振り頬を膨らませた。
其れでも部屋から出そうと背中を押しやり廊下に出すが、身体を反転させすばしこくその手から逃れ私の所に走って来てピタッと身体を押し付けた。
「いつまで愛を独り占めしてるの?2人ともズルい」
「ズルいって……」
ドアの前で大きく息を吐いてガックリと首を落とすと、面倒くさそうに頭を掻いた。
「あのなぁ〜……俺たちの知っている愛じゃないんだ。だからこそ何故こんな所をウロウロしていたか問いたださなきゃいけない……其れで話しているんだ」
「なんでそんな嘘つくの!」
「嘘じゃないさ…さあ、まだ話しは終わってない。みんなの所に戻ってな」
また大きく首を振り私の身体に手を回し強く抱きついた。
「上で皆んなも愛に早く会いたいって言ってる……」
「話したのか?」
「だって……」
タケル少年は頭を掻き口止めしなかった自分の落ち度を反省し、他の仲間には後から情報修正すると顰め面をしながら言った。そして強い口調で再度少女に戻るように言い、余計なお喋りはしないで口を閉じていろと念を押した。
そして強引に少女を私から引き離すと脇に抱え、暗証コードを入力しドアを開けた。……が少女はつまみ出される事なく手足をバタつかせ身体をよじり逃れると、それが合図の様に子供たちがなだれ込んできた。
一体何人……何十人いるのか……元々そう広くない部屋は子供たちで溢れ私を中心に取り囲んで顔を輝かせ口々に名前を呼び嬉しそうにしている。
「お前らなぁ」
タケル少年は子供たちの襲来に驚き呆れ天を仰ぐと力が抜けたみたいに肩を落とした。
亮介も驚いていたがそれよりもタケル少年の表情が可笑しかったのか声を押し堪えて笑っていた。
この瞬間張り詰めていた糸が緩んだように感じた。
それにしても子供がこんなに押し寄せてくるなんて……この世界の愛はずいぶん慕われていたみたい。
砂糖に群がる蟻みたいに私を囲む子供たちはトモミと言う少女と同じ年頃…それ以下の幼児もいた。
どの子供も銃は持ってなくとも小型のナイフや細い鉄パイプを体に合わせて切ったのか腰に下げていた。
当たり前の様に武器を所持している姿は無邪気そうに私の顔を覗き込んでくる子供に結びつかない。
……其れがとても心を寒くさせた。
そして、すぐ横でトモミと言う少女は自分が最初に見つけた戦利品だと自慢するかの様に得意げな表情をして、我先に近くに寄ろうと押し合う子供たちに向かって落ち着く様に声を張り上げている。でもその声は聞こえないのか無視なのか分からないけど収拾つかない状態だ。
所でケイは何処だろうと見回すといつの間に移動したのか部屋の隅に避難していた。壁にもたれかかり腕を組んでニヤニヤと此方を眺めている。
何か言っている……声が聞こえない。…ってか口だけ動かしている。
……にんき…も、の?…人気者…だな?
私は顔を顰めた。
其れって嫌味?……どうせ私は…
ケイが憎たらしくて思いっきり睨んでやった。
その時騒がしい子供たちの声に被せるような大声が部屋に響いた。
「いい加減にしろ!」
とうとうタケル少年がキレた。
子供たちは電池の切れたオモチャみたいに動きも止まり甲高い声も止んだ。
タケル少年が厳しい表情で一人ひとりに視線を向けると、子供たちは首をすくめ目を逸らしたり、他の子の後ろに隠れたり、泣きそうに目を潤ませる子供もいた。
「トモミが引き連れてきたのか?」
「……ん…と……皆んなが勝手に…」
「勝手にじゃないだろぉ」
「ごめんなさい…」
「タケル、あんまり責めんなよ。皆んな愛に会いたいんだ……まぁ、人違いだったけどな」
亮介の言葉を聞いて集まった子供たちはザワついた。
お互い顔を見合わせたり、ボソボソと隣同士で言葉を交わし首を傾げていたりと…その中のひとりが全員を代表する様に人違いってどういう事なのか、愛じゃないのかと、怖い顔をして亮介に尋ねた。
「そうみたいだ…スゲェそっくりだから俺も信じられなかったけど本人が違うってさ……でも、よくよく見てみれば俺たちの知っている愛とは雰囲気が違う…何ていうか鋭さがないし戦士としての迫力が全く感じられない。
…そう思わないか?」
その言葉に子供たちは品定めでもするみたいに私を眺め、納得する者、イマイチよく分からず顔を顰めたり不思議そうにしていたりと様々な反応をしていた。
「…ねぇ、愛だよね」
すがる様な眼差しで私を見つめる。
いたいけな少女の願いを叶えてあげたいけど違うものは違う…
「……ごめんね。本当に違うの」
喜びが大きい程その落胆は深い…輝かせていた表情は一変し暗い影が表情を殺した。
子供たちの落胆をタケル少年と亮介は困った様に眺めている。
「…そんな落ち込むな俺たちの愛は必ず帰ってくるさ」
「おい、リョウ!軽々しくそんな事言うな!」
「何でだよ!」
「それは……行方不明になって随分経っている。期待持たせるのは酷だ…」
「酷って…希望持っちゃダメなのかよ!それがなきゃこんな所で生きていけないだろうが!」
「それは…そうだが…」
苦しそうな表情のタケル少年に亮介は目を吊り上げて食って掛かった。
「まるで……」
張りつめた2人の空気を割って入るようにケイの声が響いた。
「まるで愛という少女がどうなったか知っているみたいに見えるが……」
その言葉で大勢の視線がタケル少年に集まった。
「タケルそうなのか?」
ピクリと方頬を上下させケイを一睨みするとやや強張った笑顔を見せて否定した。
「嘘はつくなよ」
「馬鹿な……しっかりしろよ余所者の言葉に惑わされるな。嘘なんかつかない」
「……本当か?」
「余所者と俺のどちらの言葉を信じるんだ」
亮介は2人を見比べみたいに視線を動かし口をギュッと締めると言い聞かせるように頷いいた。
その様子をタケル少年は心配そうに覗き込んでいる。
「…だよな……悪い」
「分かってくれればいいさ……」
私はというとケイの言葉に驚いていた。
いつもはパラレルワールドに深く関わるような事はするな、言うなと耳にタコができるくらい言っているのに、自らそこに踏み込むなんて……
出会ってから今日まで数ヶ月の短い付き合いだけど、共有した時間はとてつもなく濃くて長い様に思えたりして…そしてここ最近微妙なケイの変化に戸惑っている自分がいる。
自然と眉間に力が入ると顔の表情筋が強張ったみたいに固まりその顔のままケイを見つめた。目があうと驚いた様に目を見開きそれから片方の口角を引き上げて太々しい笑みを浮かべている。
何だかゲームでも楽しんでいるみたいだ。
「…タケル……じゃあこの2人はどうなるの?」
「それは……!」
重い音と共に部屋が震える様に揺れた。
その場にいた全員が天井を見上げ小さな子供たちは不安そうに寄り添い、亮介は舌打ちをして銃を手に取るとタケル少年に頷き子供たちをかき分け出て行った。
タケル少年は子供たちを部屋から出して〝分かっているな″と諭すみたいに言葉をかけると、それぞれ緊張した顔をして廊下を走って行く。トモミという少女が部屋を出る際私を心配そうに見つめたが、ギュッと口を引き締め思いを振り切る様に飛び出して行った。
部屋には3人だけになった。
「…政府軍だ。俺は戦いに行く…お前らの素性は後回しだ」
「このまま逃してけれると有り難いが…」
「ダメに決まっているだろ…此処は安全だ。落ち着くまで居てもらう」
「やだねぇ…戦争は」
茶化した言い方にタケル少年は一瞬顔を顰めたがすぐに自虐的な笑みを見せると〝大人しくしてろよ″と捨て台詞し部屋を出て行った。
2人だけになった部屋で緊張しっ放しだった私はやっと其れが解れホッと息をついた。
「さ、行くぞ」
ケイに手首を掴まれドアを抜けた。




