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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第8章 ∞ そこで咲く ∞
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武装した少年たち

 彼は勢いよくドアを開けて、振り向いた私を見て絶句している。

 入口で固まっている姿は豆鉄砲でもくらった鳩みたいだ……見たことないけど……

 でもそんな言葉がピタリとハマる。 


 私も驚いて思わず名前を叫びそうになったけど何とかのみ込んだ。

 はたから見たら私も豆鉄砲でもくらった鳩の様に見えていたかも……


 まさかこんな所で…と思っても自分のパラレルワールドにトリップしているのだから知った顔に出会うのは当たり前……だけど、こんな荒廃した世界で武装した姿を目にするとは思わなかった。


 ……全然似合ってない。


 ……と言うか私の知っている彼からは人と争うなんて想像できないからそう思うのかも知れない。

 違う世界なんだとあらためて思う……背負ってきたもの、歩んで来た人生が異なるのだからこれも又もう一つの真実。


 ……亮介、また会ったね。


「生きてたのか…もう諦めてた」


 情けないと言うか…何だか泣きそうな顔をして……でも嬉しそうな表情をしていた。

 しかしリーダーの少年は……たしかタケルと呼ばれてたな…彼は憐れむような申し訳ないような複雑な表情を見せている。


「リョウ……ちが」

「愛!お前今までどうしてたんだ!皆んな心配してたんだぞ」


 入口から一気に私の前に立ち両肩を掴まれ身体を揺すられた。


「えーと…あの……」

「内部から撹乱するって1人で乗り込んで帰ってこないから、てっきり殺られたのかと思ってた。でも、無事でよかったよ」


 ニッと笑った口から見える白い歯がとても印象的だった。

 こんなに嬉しそうにされると人違いだと言うのが申し訳なくなる。

 ……ガッカリさせたくない。

 でも…………


「あの、私違うんです」

「違う?…何が?」

「私はあなたの知っている愛じゃない」

「はあ?」


 亮介は眉をひそめて首を傾げた。


「リョウ、よく似ているけど…まるで一卵性の双子みたいにそっくりだけど俺たちの知っている愛じゃないんだ」


 彼の言葉にますます眉をひそめ恥ずかしくなるほど私を見つめている。


「……タケル、冗談はよせいくら何でもこんなにソックリな人間がいる訳ない。からかうのはやめろよ」


 少し機嫌を損ねた様なぎこちない笑みを浮かべたが、少年の真剣な瞳の奥に何かを感じ取ったのか〝マジかよ″と言って肩を落とした。


 私であって私じゃないという単純明快な事なのだけど、パラレルワールドを知らない彼等にとって不思議な存在…私はこの状況に困惑と申し訳なさで此処を立ち去りたい気分だった。

 何とかこの場を離れいつもの様に姿が見えない状態で冷静に彼等の世界を見たいと願った。しかしケイは動く気配を見せない……


 ……銃も向けられているし、いくらケイでも簡単にはいかないか……


「そんな……」


 亮介の呟きは本当にガッカリした声で、喜びが大きかった分とても残念そうだった。そして疲れた様に椅子に座り頭を抱えた。


「驚くよな…瓜ふたつなんだから……」

「そんな……」


 落胆する姿を横目にケイに耳打ちした。


「これ、マズイよね…この世界に干渉してる」

「確かに……しかし今に始まった事じゃないだろ」


 ケイの高飛車な批判めいた表情にイラっとしながらも、大いに思い当たるので〝そうでした″と言って口をすぼめた。


「軽々しい言動はするなよ」

「わかってるよ」


 私の言葉に疑わしそうに目を細めている。


 私ってそんなに信用ないのかなぁ?少しは学習したつもりだけど……


「この世界の愛が現れる前に此処から脱出しなきゃね」

「口閉じて」


 脱力感で頭を抱えていた亮介がのそりと立ち上がり私の前に立つと顔を覗き込み気味の悪そうな表情をした。


「……じゃあ、あんたは誰なんだ?……一緒にいる男は?」

「其れを今から問いただす所だったんだ」


 タケル少年は苛ついた様子で冷たい言い方をした。


 隣りに座るケイは平然とした表情で何も焦った様子はない。

 私はというと……やはり焦ってはいない。

 多分ケイが隣にいるからだと思う。ただ少し居心地の悪さはある。けれどそれを上回る大いなる好奇心と1人じゃないという安心が動揺という感情が入るスキを与えないのだと思う。


「あんた達は何者なんだ。どこから来た。

 ……答えによっては一生此処から出る事が叶わなくなる」


 タケル少年が怖い顔をして私たちを睨み、亮介は腰ベルトから銃を取り出し銃口を向けてきた。


「困ったな……信じて貰えるかどうか」


 まさか本当の事言うつもり?


 ケイは右手を顎に当て困惑した様子を演じ見せている。

 あまりにワザとらしくて吹き出しそうになるのを堪えるのが大変だった。




 ◆◆◆◆◆




「俺たちの知らない場所?」


 そんな答え…ますます怪しまれるじゃない。確かに知らない場所だけどもう少しそれらしい事思い浮かばなかったの……


 ケイは〝この国の隅々まで知らないだろう?″…と言い怪しむ少年たちを不敵に見つめた。


「……そんな答え信じられるわけないだろ」


 タケル少年は不快を露わにした表情をした。

 もちろん亮介も……


「だから言ったじゃないか…信じて貰えるかどうかって」

「信じるも何もそんな子供だましの答えに騙されると思っているのか!」


 亮介がケイのこめかみに銃口を押し当てながら声を荒げた。

 ケイはその態度を小馬鹿にした様な笑みを浮かべる。


「困ったな……どんな答えなら納得してくれるんだ」

「政府軍のスパイだと言われた方がよっぽど信憑性がある。本当はそうなんだろ…愛によく似た少女を連れて来て内情を調べに来たに違いない」

「だったら最初から彼女を君たちの言う愛だと言っているさ…そうだろ?」


 亮介は眉を寄せ唇をギュッと噛んだ。それでも知らない場所なんて信じられないと言いどうしても私たちをスパイにしたい様だった。


「どんなに疑われようと真実だ…それ以上でも以下でもない。

 君たちの邪魔をするつもりなどない。速やかに解放して欲しいね」


 タケル少年はゆっくりと立ち上がり銃をケイにの額に向ける。


「……こんな風に至近距離で二丁の銃を向けられるなんてな…生きていると色んな事が起こるものだ。…刺激的な経験だよ」

「軽口は止めろ……正直に言え、さもないと引き金を引く」


 タケル少年の銃口はケイから私に向きを変えた。


「この少女を撃てるのか?」


 ケイは淀みも動揺もない声で深く影を落とした瞳で見つめた。

 私はそんな2人のやりとりを見ながら、もし撃たれて死んでしまったら私のリアルワールドはどうなるんだろう?

 別の世界で死んで帰れなかったら……そこで終わり?

 私の存在しない世界は初めからそうであったかの様に平然と動き出すのだろうか……もしそうならなんてちっぽけな私…なんて人間って儚いんだろう。


 私はブラックホールみたいな銃口を一点見つめボンヤリとそんな事を考えた。

 こんな状況のなか死に対してまだ現実的に捉えていない私とは逆に、2人の空間はピンと張り詰めていた。……お互い何か探り合っているみたいに見える。

 しかし、それを壊したのは亮介で、本当の事を言えと乱暴にケイの頭をぶった。その勢いでケイはテーブルに突っ伏し頭を手で押さえた……その掌には鮮やかな赤い血が付いている。ケイは不思議そうにそれを眺めると血をペロリと舐め冷たく刺すような目つきで亮介に視線を向けた。

 その顔が今まで見た事ない表情でとても怖くて寒気と不安で頭の傷を心配する事も忘れて見つめた。


「痛いじゃないか血が出てしまった」


 不気味にニッと笑うのをきみ悪く思ったのか亮介はまた銃を振り上げた。


「リョウ!止めろ!」


 その声で振り下ろすべき場所を奪われた亮介の腕は、筋肉を微かに震わせゆっくり下ろした。そして近くにあった椅子を乱暴に引き寄せ八つ当たりするみたいに勢い良く座った。


 私は慌ててポケットからハンカチを取り出し出血している頭を押さえると、ケイは大丈夫だと言い少し顔を歪め笑った……さっき感じた雰囲気はもう消えている。

 あれは一体何だったのだろうか?


「リョウが…悪かったな」

「撃たれるよりはマシだ……でも、五体満足で此処を出たいからこれ以上は勘弁してもらいたいね」

「そうしたいなら正直に話せ…内容によっては安全な場所まで案内してやる」

「……内容によっては一生此処から出られないって事だよな…」

「そう言う事だ」


 静かに牽制しあう両者……


「……しかし嘘は言っていない」


 確かに嘘は言っていないけどありのまま話してはいない……でも正直に話したところでそれも又信じては貰えないと思う。


「……タケル、こいつらにいくら聞いても無駄だ。のらりくらりと話し誤魔化そうとしているだけさ。厄介な事になる前に始末した方がいい」


 パラレルワールドなんだから当たり前だと分かっているけど、亮介の口から【始末した方が】なんて言葉を聞くと悲しくなってくる。

 きっと戦争がそんな風にしてしまったのかもしれないけど、聞きたくない言葉だ。


「……そうだな、聞いても無駄の様だ」


 ケイは軽く肩をすくめ口をへの字にすると私にチラリと視線を送ってきた。

 ……いよいよの場合目の前で姿を消すのかもしれない。その心構えでいろと言う意味だと受け取った。


 亮介が再び銃を構えるとタケル少年はその行動を制した。

 一瞬顔を曇らせたがすぐに表情を緩め〝譲るよ″と言い銃口をそらせた。しかしタケル少年の口から出た言葉は余りにも意外で驚きと呆れで素っ頓狂な声をあげた。


「!…何言ってんだ」

「最初から殺す気はなかった……」

「銃を向けておきながら今更何言ってんだよ……お前おかしくなったのか?」


 最初からその気はなかった…じゃあこれまでの事はなんだったの?


 亮介は殺す気がないと言うタケル少年の真意が分からず、戸惑いと腹立たしさを露わにして問いただし出した。


 タケル少年の言い分はこうだ。


 初めはやはり政府軍のスパイかと思っていたが、本当に潜り込むつもりなら私を愛だと名乗らせる筈……しかし別人、人違いだと政府軍の人間ではないと言い張る……怪しくはあるが違う…そして愛はもう生きていないよと、其れは確定事項だとばかりに重く苦しげな声で言った。


 そして、私たちの服装についても……清潔な服に汚れひとつない靴、なんの武器も持たず敵の領内に侵入するのは余りに無謀だと……それに対して亮介は油断させる為ではないかと言ったが、それを一笑して〝でも、余りに戦場にはそぐわない″と否定した。本当にスパイなら戦場を逃れて来た一般市民になりすますだろうと私たちをジッと観察するみたいな目つきをしながら言った。


「だが……」

「リョウの言いたい事は分かる。でも、この2人はスパイとは違う……だが怪しさは拭えない。だから此処へ連れて来た。何の目的で戦場をウロウロしていたのか聞き出すためにな」


 タケル少年は薄っすらと笑みを浮かべた。


「さあ、話してもらおう。お前たちはどこから来た。知らない場所とは何処だ」


 タケル少年の瞳は淀みのない強い光を放ち誤魔化しなど通用しないと語っているみたいだった。……ケイはなんと答えるのだろう?

 このまま【知らない場所】で押し通すのだろうか……其れとも本当の事を……ない…あり得ない。パラレルワールドの存在など簡単に話せる訳がない。最もそんな話し信じて貰える筈がないし……

 私は首を傾げケイの顔を覗き込んだ。彼は少し戯けた様な困った表情をして首の後ろを摩っている。そして私の視線に気がつくと肩頬をキュッとあげて笑った。




 ◆◆◆◆◆




 此処までパラレルワールドの住人と関わりを持つ予定ではなかったが、扉を開いた場所が少々悪かった。

 ……後悔しても仕方ない。

 今はこの状況を1秒でも速く脱しなければ面倒な事に成りかねないのだ。

 ……やれやれ


 ……目の前の少年は平和ボケしている同年代の子供とは違い、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた経験から死への恐怖と覚悟を心の内にしっかりと携え生きてきた自信に満ちていた。

 ……誤魔化しは効かない。

 しかし正直に話しても納得などしないだろう……更に不信感を持たれるだけだ。


 ……視線を感じて横をチラリと見るとアイが心配そうに覗き込んでいる。

 仕方ない…いざとなったら最後の手段を使うか……ヴォイスにどんな嫌味を言われるか……


 ……少しぎこちなかったかも知れないが、俺は余裕があるみたいに笑って見せた。


「いつまでダンマリを決め込む気だ。何の目的で何処から来た」

「答えは同じ……何度聞かれても一緒だ」

「まだ言うか……其れが通じるとも?」

「しかし納得して貰うしかない」


 タケル少年は同じ事を繰り返す俺に苛つきながら半ば呆れた様な顔をした。しかしもう1人は違った……やりとりに苛ついたのか亮介がテーブルに激しく両手をつき〝いい加減にしろ″と怒号をあげた。

 俺は冷めた目線を一瞬送ったが無視した。しかし其れが面白くなかったのかこめかみに血管を浮き上がらせ怒りで血がのぼった顔でまた銃を構えた。


 まったく…銃を向けて脅すことしかできないのか……この世界の亮介は随分と単純で気が短い様だ。


 俺は立ち上がり向けられた銃口に自ら額を押し付けニヤリとした。


「そんなに引き金を引きたいのか……なら引いてみろ」

「なんだと」

「さあ、遠慮なく……」


 銃の安全装置を外す音が微かに聞こえた。


「やめて!」


 アイが蒼い顔をして立ち上がったが、俺は其れを手で制し、そして腕を伸ばした。

 一瞬の間……アイがその手を取った。


 銃を構える彼から目を離さない……喉仏が上下するのが見える。

 引き金をひき切る前、一瞬が勝負だ……神経を集中させて…見極めろ。


 俺の手を握るアイの手に力が入るのを感じる……俺も握り返した。


「リョウ……落ち着け…」


 タケル少年の緊張した声が静かに響く……


「こいつらの世迷い言はたくさんだ」

「なら、早くこの額に穴を開けるといい」

「あんたもいい加減にしろ…そんなに死にたいのか?」

「いや…そうは成らない」


 正面には緊張で引き締まった顔をした未だあどけなさが残る亮介…俺は不敵な笑みを口元に浮かべその顔を凝視した。


「その口黙らせてやる」


 ゆっくりと引き金に掛けた指に力がはいっていく。

 繋がれた手はお互い固く握り合う。


 最後の手段を使うしかないな……失態だ。

 俺は引き金を引かれる0コンマ1秒前に姿を消す。冷や汗ものだが心臓の音はそのスリルを楽しんでいるみたいに躍動している。


 ……さあ、撃ってみろ。

 銃弾が発射された時には俺たちの姿はない。


「待って!本当のこと言うから!」


 その声に亮介は反応し引き金に掛けた指が緩み、その一瞬を逃さなかったタケル少年が素早く立ち上がり彼の腕を掴んだ。


 ぱん!…と音がして上を見上げると銃弾は天井にめり込み小さな黒い点をつけていた。




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