荒れた世界
其処はどんよりと灰色で荒廃した世界だった。
元はどんな形だったのか分からない程破壊されたビル、一体何年放置されたのか塗装は剥げそこからサビを浮き上がらせている車……しかし其れはごく一部で殆どはまるで爆弾で吹き飛ばされた様に破壊されオモチャみたいに転がっていた。
だけどそれだけじゃなかった……巨体を横倒しにして動かない戦車、プロペラがひん曲がり車体に幾つもの不気味な穴を開けているヘリコプター。
ビルに突っ込んだ黒焦げの戦闘機……そこらじゅうに散らばっている薬きょうに使い捨てられた銃器。
どう見ても戦争した後みたいだ……戦争中なのかも知れない。
しかしそう思っても恐怖は感じ無い…それはおそらく本当の戦争の恐ろしさを知らないからだと思う。
其れでも見上げた空が気持ちが良いくらい青く、ゆったりと流れる白い雲がのどかで、荒廃した地上とのギャップが酷く不気味に感じた。
私は振り返り此処はどんなパラレルワールドなのか尋ねようとした時ケイの肩越しに見える崩れた建物に1人の少女が此方を伺っているのに気づいた。
「声を掛けるな…知らないフリをしろ」
「何時からいたんだろ?」
「少し前だ。…このまま真っ直ぐ進むぞ」
私の腕を取り周りを警戒する様な鋭い目をしながら歩き出した。
砕けたコンクリート片などで足もとが不確かでバランスを崩しながらついて行くと急に崩れた建物の中に入りケイは指を鳴らした。
私は建物の中を見回した。
元はレストランだった様で壊れてもう座れない椅子や2度と料理が並べられそうもないテーブルに、ガラスが破壊された窓から太陽の光が射し込んでいる。その光がとても神聖な輝きを放つので見る影もないレストランの姿が一層無惨に感じた。
微かに石が転がる音がして視線を向けた。
少女が入り口から顔を半分出して覗き込んでいる…つぶらな瞳が左右に動き私たちの姿を捜している。しかし姿を消した私たちが見えるはずもなく、今度は首を伸ばし元レストランの中を覗いた。
「……居ない?」
少女はとうとう中に入って来て首を傾げた。
ケイが近づいて行くと指を鳴らす。
「俺たちに何か用?」
少女はキャッと声を上げると恐る恐る振り返った。
ケイは目線まで腰を曲げ顔を近づけると優しい笑顔?……を向けた。……少女にとっては不気味な微笑みに見えたかもしれなけどね。
あらためて少女のいでたちを見てみると私の世界では考えられない格好をしていた。
ああ…でも、テレビのニュースで見たことがある。
煤けた洋服から覗く細い手足、人生の全てに飢え、自分と仲間以外敵であるかの様な深くギラついた瞳……斜めに背負った銃器が身長に合わずとても重そうに見える。そして腰にはナイフ……どう見ても10歳にも満たない子供だ。
こんな小さな子供が武装しているなんて……このパラレルワールドは一体どんな状況に陥っているのだろう。
少女はケイから視線を外すとジッと私を見つめた。
「……愛……」
「えっ!」
「愛!やっぱり愛だ……良かったぁ、生きてたんだ」
少女は嬉しそうに表情を崩し抱きついてきた。
マズイかも……この世界の愛の知り合いだ。
私は動揺を抑えケイに助けを求める様な顔を向けた。
「……残念だけど君の知り合いではない」
その言葉に反発するみたいな瞳でケイに視線を向け其れからまた私を見つめた。
「うそ!…愛だよ」
「ふん……その愛という人に似ているのかもしれないが人違いだ。
君の言う人は武器も持たずこんな所をウロウロするのかい?」
「……」
Tシャツにジーンズという軽装だけど清潔な洋服、武器の一つも持ってない……そんな私をまじまじと見つめ表情が少し曇るが、其れでも少女は頑として愛だと言い張った。
「困ったなぁ……本当に人違いだよ。……あのね、世の中には似てる人が何人かいるの…私もそのひとりで愛っていう人とは別の人間なんだよ」
私の言葉にさっきまで見せていた深く暗いギラついた瞳を突然潤ませしゃくりあげながら泣き出した。
初めて目にする子供らしい姿だった。
しかし泣かれてしまうとどうしたら良いのか分からずぎこちなく少女の頭を撫でてみた。
……苦手なんだよね…チビッコは……
そんな少女に向かってケイは泣くなと厳しい表情をして言い放った。
「泣いてその人が戻って来るわけじゃない……子供が武装しているからには其れなりの理由があるんだろ……泣いて状況が変わるなら此処はこんな世界になっていないはずだ。
嘆くより戦う事を選んだのなら貫く事だ」
「こんな小さな子供に言っても……」
「子供だからと言って生き残れる世界じゃないんだ……其れはこの子もよく分かっている筈だ」
少女は泣いて赤くなった目を鋭くケイに向けるとスネを思いっきり蹴っ飛ばした……いわゆる弁慶の泣き所って場所……
「いてっ!」
表情が酷く歪んで痛そうだ。
「ばーか!分かった様な事言うな!よそ者!」
少女はあっかんべーをして私たちから跳び下がった。
「このガキっ!」
ケイが捕まえようとした瞬間後ろから銃を突きつけられた。其れも1人ではなかった…いつの間に忍び寄っていたのか背後に3人、入り口、窓からも銃を構えた子供たちが私たちを狙っていてのだった。
こういう時って自然と手が上がるものなのね……抵抗するつもりは無いと相手に意思表示する為に……
「それ以上動くな……1ミリでも動いたら頭吹っ飛ぶぞ」
◆◆◆◆◆
やれやれ…俺としたことが油断してしまった。
さてどうしたものか……
これだけ大勢の目の前で姿を消すのはまずいしな…
「タケル!撃たないで!……愛だよ」
少女は俺の頭に銃を突きつけている男に駆け寄りアイを指差した。
「……ウソだろ……まさか……」
後ろから聞こえる驚きの声は微かに震えている様だった。
「ね、帰ってきたんだよ。皆んな喜ぶよきっと」
他の連中も〝愛″だと口々に言いだし険しかった表情が和らぎだし、その反応に男は低く唸った。
「……兎に角場所を移動しよう。此処は危険だ」
タケルという男が銃で俺の背を押すと〝変な事考えるなよ″と低いドスの利いた声で脅してきた。
少女は嬉しそにアイの手をとり見上げている。その行動に戸惑いどうしたらいいのか分からず俺の方に視線を向ける。
俺は逆らうなという意味を込めて頷いてみせ、アイもそれに答える様に頷き少女に引っ張られ先に歩き出した。
俺は相変わらず銃口を突きつけられている。頭が吹っ飛ぶのは免れたが、おかしな動きをしたら今度は胸に穴が開く事になるかもしれない……まあ、そうならない様に静かにしているつもりではいるが……
俺は銃で押されるまま歩き出した。
前を歩く武装集団は皆10代の子供たちのようだ……中にはあの少女くらいの小さな子も混ざっている。
……ガキの集団のくせに一丁前の表情してるな……この世界の時代がそうさせてしまったのだろう。
崩れたビルの狭い路地を右に左にと何度も曲がり、一体何処まで歩かなくてはならないのかとウンザリしていると突然目の前が開けた。そこは病院の駐車場で数台車があったがまともに動かせる様な車体はひとつもなかった。
病院もとっくの昔に閉鎖しているようで人の出入りなど全くなかった。
少年たちは病院を横目に歩き出し裏手に回ると夜間救急とかろうじて読める看板のドアを開け入って行った。
受付と書いてある小窓の前を通り過ぎそのまま真っ直ぐ長い廊下を進んで行く。
無造作に置かれたストレッチャーや片方の車輪が外れ斜めになった車椅子、ぶち巻かれた備品類……一体ここは何時から病院としての機能を停止したのだろう。
医者や看護師、患者もいない病院は、此処で亡くなってしまった者の魂だけが漂っているようで冷んやりとどこか神聖な感じもした。
そう思うと廊下を列をなして歩く姿は葬列を思わせた。
先頭の少年が一つのドアの前で立ち止まった。
「タケル、本当にそいつも連れて行くのか?」
ずんぐりとした達磨を思わせる少年が固い表情をして言った。
「心配するな……怪しい動きをしたら始末するだけだ」
冗談じゃない……こんな所で死にたくないね。俺は帰るべき場所に戻らなくては成らないのだから……
達磨の様な少年は納得いかない表情で渋々ドアを開け、俺と相変わらず少女と手を繋いだアイは其れに続いた。
地下へ降りて行く階段は暗く目が慣れるまで足もとが少し不安だったが、地下2階でタケルという少年とアイにベッタリの少女以外の少年たちと別れる時にはすっかり周りが見えるようになっていた。
「……もうひとつ下へ降りるぞ。……トモミは皆んなの所で待ってろ」
「ヤダ!……愛がまた何処かへ行っちゃうかもしれないから一緒にいる」
「駄目だ。……戻ってリョウに来るように言ってくれ」
おそらくこの武装集団のリーダーなのだろう少年らしからぬ厳しい表情を見せている。
トモミと呼ばれた少女は頬を膨らまし不満そうに頷きアイに向かって、何処にも行かないでと念を押して2階フロアで別れた。
タケル少年はその後ろ姿をどこか申し訳なさそうに辛そうに見送ったが、俺たちに顔を向けた時には厳しい表情に戻っていた。
「行くぞ」
顎をしゃくりアイを俺の隣に誘導し進むように銃で背中を押された。
「仲間を帰して大丈夫なのか?…こっちは2人だ君ひとりぐらい倒せるかもしれないぞ」
「笑わせるな…俺より背は高いかもしれないが力じゃ負けない。其れにコレもあるしな」
銃を軽く掲げ馬鹿にしたようにニヤリとした。
「こんな所で人生終わらせたくないからな逆らわないでおこう」
「それがいい……さあ、無駄話は終了だ…歩け」
◆◆◆◆◆
地下3階は上のフロアとは様子が全く違っていた。
各部屋のドアは分厚いガラスが3枚もはめられていて中には入るには暗証番号と指紋認証、パスカードが必要の様だった。
どうも何らかの研究施設でチラリとしか見えなかったが、部屋の中もかなり厳重チェックをしなければ奥へ進めないみたいだ。
「そこを左だ」
左に曲がると直ぐにドアがあり……いたって普通のドアで何もチェックなしで中に入った。
そこは休憩室として使用されていたのだろう…コーヒーやジュースの自動販売機、長テーブルにパイプ椅子が整然と置かれてあった。
少年は銃で椅子に座る様に指示すると自分も向かい側に腰を下ろした。
「自販機は壊れてるんでね…おもてなしは出来ない」
「お構いなく」
少年は大人びた表情で俺をジッと見つめてから気が抜けたような笑い声をあげた。
「あんた怖くはないのか?…ガキとは言え銃を持った奴にこんな所まで連れて来られて……それともガキだと思ってなめてる?」
「とんでもない…これでも怖がっているんだけどな……そう見えないか?」
少年は胡散臭そうに鼻を鳴らすと向けていた銃口を外し傍に置いた。
「いいのか拘束もしないで銃をおろして……逃げるかもしれないぞ」
「この部屋は入るのは簡単だが出るにはパスコードを打たないと駄目なんだ」
俺はドアに視線を向けた。
入口にはなかったロック解除パネルが備わっていた。
……成る程、余裕はここからきているのか。しかし、俺たちには無意味だ。
ルールには反するが姿を消し壁を抜ければいいのだから……極力避けたいが、生命の危険があれば其れもやむを得ない。
「さっきも言ったが抵抗はしない。聞きたいことがあるんだろ彼女の事か?」
少年はきみ悪そうにアイを見つめ名前を聞いてきた。しかしアイは何と名乗ったらいいのか迷っている様で、口をキュッと結びチラチラこちらを見て助けを求めている。
「彼女の名前は〝アイ″……君たちが知っている愛とは別人だ」
「同じ名前……」
「偶然にもね……でも君は最初から別人だと分かっていたんじゃないか?……少女や他の連中とは反応が違っているように感じた」
少年は冷たく黒光りする銃に視線を落として苦しそうに顔を歪めた。そして〝俺は知っているからな……″と呟いた。
知っているとは……何を指して言ったのか……
「で、あんたの名前は?」
「ケイ」
「どっから来た」
「それは……説明が難しい」
少年は銃に手を置いて俺を睨んだ。
「言えないような場所から来たのか」
再び銃口が向けられた。
その時ドアが勢いよく開き真っ黒に日焼けした背の高い少年が飛び込んで来た。
「愛が帰ってきたって!」
その少年を見てアイが驚きの声をあげ、しかし次の言葉は辛うじてのみ込んだ。
これは……面白い。
運命とは粋なことをする。




