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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第1章 ∞ はじまり ∞
3/40

ルール

「どうして勝手に私を戻したのよ!」


 足を組んで椅子に深く座っている俺の前でアイはイライラと怖い顔をして見ている。


 ……かなりお怒りだ。


 せっかくパラレルワールドへ行ったのに強制的に中断されたからだ。しかも、この空間に戻る事もなく現実世界へ送り帰された事が一番腹が立つのだろう。


 奥二重の切れ長の目を吊り上げ浅黒い肌を真っ赤にし、尖った顎を突き出して俺を責め立てる。


 ……色の白い少女が顔を真っ赤にして怒っても何処か可愛く感じるが、アイは其れと逆に思えてしまう……勿体無い…別に特別容姿が悪いという訳じゃないのに……

 笑っている方がきっと可愛いはずだ。


「ねぇ、聞いてる⁈」


 見上げて微笑んでみた。


「笑って誤魔化さないで!」


 ますます赤く……いや、赤黒くなってきた。

 どこまで黒くなるか暫く見ていようか?

 ……止めておこう。

 怒りがMAXになる前に宥めておかないと面倒な事になるかもしれない。


「ケイ!」


 俺は上体を起こし背筋を伸ばし真面目な顔をしてみた。


「ルールを破ったからだ」

「ルール?」

「忘れたのかい?…思い入れのある物に触れては駄目だと言った事を…アイは写真立てを投げつけた。だからパラレルワールドから離脱した……責められる理由はない、責められるのは君の方だ」

「……だって、あれは……」


 下唇を少し突き出して視線を外す。

 パラレルワールドの自分であっても、家族にあんな言われ方をするのは納得いかないのだろう。

 同情はするが行った先々でルールを破られては困る。ここはしっかりと釘を刺しておかなければならない。


「失格だ」

「えっ?」


 厳しい表情で突き放すように冷たく言った。


「失格だと言ったんだ」

「どういう事?…失格って何」


 自分が感情のまま動いた事がマズかったと理解し始めた……大きく開いた瞳の奥を不安そうに曇らせている。


「……パラレルワールドに往き来するのには幾つかのルールがある。必ず遵守してくれなければ困るんだ…そのひとつが思い入れのある物に触れないこと……注意したのにアイは其れを簡単に破った…とても危険な行為だ。

 そんな人間を連れて行くことは出来ない。

 だから失格だと言った」

「そんな……だって…ずるいよ」

「ずるい?……俺が?」


 大袈裟に驚いた表情をした。本当は慌てているアイの姿が可笑しくて笑いたかったが、真剣に怒っているフリをした。


「そうよ。…ルールを破ったらどうなるか説明してないじゃない。ちゃんと教えてくれてたら絶対にあんな事はしなかった。

 何だか試す為にわざと中途半端な注意しかしなかったみたいで…だからズルい!」


 必死だね……其れだけ興味があるという事か。

 ……表情にはださず心の中でニヤリとした。


「……初めての場所で理由は分からなくとも注意された事を守れないのは、如何にアイが迂闊で人の話を軽く考えている人間だという証だ。

 本来存在してはいけない人間がパラレルワールドに入り込む……その人間が不必要に干渉するとその世界の進むべき方向が狂ってしまう事がある。歪めてしまうんだ。

 ……言わば、アイはウィルスみたいなもので悪さをすれば排除されるって事さ」


 アイは肩を落として俯いている。

 反省しているように見えるが、果たして心の底からそう思っているかは疑問だな……半々くらいか?……まぁ、おそらく俺に謝るだろう。

 謝罪しなければパラレルワールドへの道が絶たれるからな…それだけは避けたいはずだから……


「…ごめんなさい」


 ほら、謝った。

 ここでも俺はニヤリとした。勿論顔には出していない。


「分かったみたいだな……感情に任せて行動する者は行く資格がないんだ」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい。

 これからは気をつけるから許して……私、もっと色んなパラレルワールドに行ってみたいの……ここで諦めたら2度とこんな機会は訪れないもの……お願いケイ」


 情けない表情で哀願している瞳の奥は貪欲で妖しい光を放っている。


 ……いい目をしている。


 殊勝に謝っているが、既にその先を見ている……体験するだろう未知の世界…自分とは違う人生を送る自分への興味、そして羨望。

 アイをウィルスと言ったが、パラレルワールドもまたウィルスみたいなもので彼女の中に深く入り込み侵蝕していく……


 俺は大きく息を吐き、そして厳しい顔をして考える。……フリをした。


 いっときの静寂の後、真剣な表情でアイを見た。

 彼女はどんな判決が下されるか不安なのだろう…口を固く結んで顔を引きつらせていた。


 俺はまた息を大きく吐いた。


「今から、ルールを教える……破ったら次はないと思えよ」


 アイの表情が緩んだ。


「ありがとう……」


 とても掠れた声だった。




 ◆◆◆◆◆




 ケイは失格と言った……

 突然の言葉に頭が真っ白になった。


 失格ってなによ……


 注意された事を守れなかったのは悪いと思っているけど、失格だなんて酷い。

 納得いかない……


 私は言い方がズルいと責めたが、アッサリと撃沈……

 ケイの言い分は最もだし、うだうだいい訳をしても何の得にも成らないと判断した。


 ここは素直に謝っておこう。

 へそを曲げられては折角のチャンスが目の前から消えてしまう。


 居心地の悪い現実世界、くだらない日常、くだらない家族……私を隅へ隅へ追いやるイラつく世界……そんな場所に、そこへどっぷり浸かっている自分に…嫌悪を抱いている。

 パラレルワールドはそんな停滞した全てから私を解放し光をあててくれると……


 だから多少納得いかなくとも、理不尽であってもケイの怒らせる訳にはいかない。

 幾らでも、うなだれ反省した表情は出来る。


 私は謝った……

 ケイは大きく息を吐いて考え込んでいる……少し芝居掛かった感じがするが、この際気にしないでおこう。


 静寂の中判決を待つ。


 口の中がカラカラだ……ケイの言葉が待ち遠しい。

 不安と期待で顔がガチガチに固まっている。




 ◆◆◆◆◆




【 ルール 】


 ● パラレルワールドの自分に会ってはいけ

 ない。


 ● リアルワールドとパラレルワールドに存在する思い入れのある同じモノには触れてはいけない。


 ● パラレルワールドからモノを持ち出してはいけない。勿論生き物…人間もいけない。


 ● どんな状況下であってもパラレルワールドの住人に干渉してはいけない。


 ● パラレルワールドの法には従わなくてはいけない。


「……以上、ルールを破った場合は記憶を消してリアルワールドへ強制的に送り帰す。

 ……と、こんなもんかな」


 こんなもんって……いい加減だなぁ


「ま、簡単に言えば俺たちはパラレルワールドに入り込んだ異物…異端者で過度に関わると排除される。だから傍観者じゃなければいけないんだ。

 肝に銘じておけよ」


 偉そうに言い放つと床を軽く足で蹴り椅子をクルクル回してどこまでも白い天井を眺めている。


「要するに何もするな、ただ見てるだけ……って事ね。でも、それで行く意味あるの?」

「意味?」


 ケイは回していた椅子をとめて大きな瞳を私の顔に近づけてきた…余りに近いので身体をのけぞらして顔をしかめた。


「ふうん……アイにはどんな意味があるの」

「どんなって……」

「まさか、なんか期待でもしてるとか?」

「……」


 ケイはカンに触るような含み笑いをして椅子に深く座りなおした。


「……違う選択をした自分に何を期待するのか…それともその世界そのものに期待してるのかな?

 まあ、行った意味があったかどうかはアイ次第だね」


 そう……私次第だ。


「……じゃあ、意味があるか確認しに行く?

 期待を込めて…クックク……」


 また笑う……本当に苛つく。

 今度は私がケイに顔を近づけて微笑んだ。


「確認しに行くわ」




 ◆◆◆◆◆




 挑戦的に微笑んだアイ…さて……ルールを守れるか楽しみだ。


 ここで少し時間を戻そう。

 リアルワールドに強制的に送り帰されたアイが、どうやって再びここへ戻ってこれたか。


 俺は戻されたアイの様子を5日間観察していた。

 夢だったのか、現実に起きたことなのか、ハッキリしない様でいてとてもリアルに感じる体験。そんなあやふやな状態に苛々しながら、あの部室の前に行っては中に入ろうと試みていた。

 時間があればそんな行動をしているので、何人もの生徒に目撃され教師の耳にも入り、職員室に呼び出されこっぴどく叱られる始末だ。


 そっくりな体育教師を実は俺なんじゃないかと勘ぐり、あの部室に入るところを押さえようと後をつけたりもしていた。


 ……見当違いも甚だしい…笑わせてくれる。


 3日経っても、4日経っても進展がない事に苛立ちは膨れ上がっていった。

 疲れ果てた表情で部室近くまで行ったが何もせず通り過ぎた時はさすがに諦めたかと思った。


 でもアイは諦めなかった。

 とうとう夜中に学校へ忍び込んだ。


 おいおい…マジか?


 懐中電灯を片手に金網をよじ登り人気の無い校庭を横切り体育館裏へ向かう。

 立ち入り禁止のロープを超え1番奥の部室の前に立った。


 俺はこれからどう行動するか食い入る様に見つめた。


 アイは懐中電灯で下を照らし何か探している。そして、目当てのものを見つけると手に取り振りかぶった。


 嘘だろ!


 俺は瞬時にアイのいる世界の扉を開き飛び込んだ。


 アイの手にはコンクリートのブロック片が握られていたのだ。




 ◆◆◆◆◆




「アイ!」


 部室の窓を今まさに割ろうとしていた所で声をかけた。


「ケイ?」


 俺は手に握られたブロック片を取り上げ下へ放った。


「窓ガラス割って侵入かい?それはマズイよ……君がっ…てより、俺がね」

「ケイ…だよね?……間違いなくあのケイだよね」


 俺は溜息をついて頭を掻いた。


「多分アイが思っている俺で間違いないと思うよ。……全く無茶な事をするお嬢さんだ。

 ……イテッ!」


 アイが思いっきり俺の足を踏みつけたのだ。


「なんでこっちに戻したの!なんで直ぐに現れないのよ!」


 顔のありとあらゆる筋肉を引き上げ恐ろしいくらい目を吊り上げている。


 ……怖っ……


「ハハ…ハ……こんな所で話すのもなんだから……特別俺の空間にまた招待するよ」


 …………と、こんな感じでアイはまたこの空間に舞い戻った。


 そして、無数にある扉の中からひとつを選びその前に立っている。


「ねぇ、私に選択権はないの?……どうせ行くなら自分の行きたい場所にしたいんだけど……」

「ない……」

「ケチね」

「我儘いうならやめるぞ」

「はい、はい…」


 アイは面白くなさそうに口をへの字にしている。

 やれやれ、文句が多いな素直になるって事を知らないようだ。


「じゃあ行くぞ……ルールは分かっているな……今度」

「ストップ!…しつこい…大丈夫!」


 早くしろと催促するように見上げている……俺は肩をすくめて軽く微笑むと扉に手をかけた。

 扉の向こうは真っ白で何もない様に見える。


「行くよ」


 差し伸べた手をとるアイの表情はやや緊張していた。

 頷くのを確認して繋いだ手を引いた……ギュと力が入るのが分かった。

 俺たちは扉の向こうへ吸い込まれる様に入って行った。

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