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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第6章 ∞ その一瞬のため ∞
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解放

 さて……


 アイは此処にいる間に答えが出せるだろうか?

 いや答えは出ている。

 違う世界だから人生も違うのだと……単純明解。しかし異なる世界であっても同じ様に亡くなってしまう人間もいる……理由は別として……

 単純明解であってもそこまでいきつくには様々な出来事、思い葛藤があるだろう。

 難解な数式を解くように膨大な過程をひとつひとつクリアし決まっている正解とは別にアイの納得できる答えを見つけられるか……

 まてよ…数式に置き換えるのは違うか…人間は数学のように明確な答えがある生き方など出来ないのだから……


 諦めず、投げ出さず。そしてリアルワールドの亮介の死に向き合う事が出来るか……


 楽しませてもらうよ。


 俺は何処までいっても世界の傍観者だ……




 ◆◆◆◆◆




 愛は好きなアーティストの話や亮介のオススメのマンガの話を1時間程して部屋を出て行った。

 帰り際にリビングでテレビを見ていた亮介の母親に声を掛け、夕飯の準備する頃また来ると言って帰った。

 お盆の間家族が留守の為食事は増田家で摂るようだ。


 アイはそのまま後をついて行くのかと思ったが、もう少し亮介の側で観察したいと言い出した。


「別にいいでしょ…夕方にはまたこっちに来るんだし」

「好きにすればいいさ付き合うよ」

「あ、ありがとう」


 変な顔をしている……其れに【ありがとう】なんて言い慣れない言葉まで口にして、こっちが驚くよ。


「で…具体的にどうするんだ……ただ部屋で眺めているだけ?」

「考えてない……この世界の過去にでも戻れるなら簡単なんだけどな」

「残念ながら其れは出来ないって事はアイも知っているよな」

「言ってみただけ」


 ……つまらなそうな表情、もしかしたら心の中で俺に〝ケチ!″と言っているかもしれない。全く、直ぐ楽な方へといきたがる。


「何か良い考えない?」

「ない。……俺に聞くな!」


 アイは小さく肩を落とした。その時下から呼ぶ声が響く…部屋のドアから顔を出し亮介が母親に何だと聞くと、買い忘れた物をスーパーに行って買って来てくれと頼んでいる。

 亮介は少し面倒くさそうに頭を掻き、〝しょうがねぇなぁ″と言いながら階段を下りて行った。


「ねぇ、チャンスだよね……ちょっと部屋の物に触りたいんだけど」


 俺は指を鳴らした。


「どうぞ……ただし、動かした物はちゃんともとに戻すこと忘れないでくれよ」

「わかってるって」


 アイは〝ごめんなさい″と呟いて机の引き出しを開けた。しかし此れといった物など無く、未使用のノートやシャープペンの芯、定規やコンパス等文房具類が入っているだけだった。


 アイは残念そうに引き出しを閉めると、机の上に閉じて置いてあるノートパソコンに視線を移し撫でるように触れた。


「おい、パソコンまで除くのか?」

「だって……でも、パスワードわからない……」


 止めはしないが呆れてアイを見つめた……必死に思いつくパスワードを打ち込んでいる。

 名前、イニシャル…どれも違ったみたいだ。

 ……アイは部屋の中を見回し何か思いついたのか〝あっ″と言って打ち込みログインした。


「できた……」

「へぇーよく分かったな……しかしあまり良い趣味とはいえないな」

「……仕方ないよ。…知っている事教えてくれないし、自分で見つけろって言うし……普段は私だってこんな事しない」


 何か気になる項目があったのかアイはチロリと舌を出して画面をクリックした。

 真剣な表情で画面をゆっくりスクロールしていたが、夢中になり始め立ちながら操作するのを止め椅子に座った。


 俺は本棚の宇宙関連の本を一冊手にとりパラパラとページをめくった。

 ヒラリとメモ用紙が滑り落ちる……指を伸ばしその動きを止めた。


 〝僕は砕かれ宇宙の塵となった″


 メモにはそう書かれてある……そっと拾い上げ裏返して…………本の間に戻し閉じた。


 どんな人間にも自分ではどうしようもない事はある……其れは宿命というのかもしれない。運命は自分の選択で変えることは可能だが、生まれる前からその人間の魂に宿っている人生はどうにも出来ない……其れを神が与えた試練だという者もいるが、そんなものは神にしてみれば試練でも何でもない。ただ呼吸するように魂に息を吹きかけ与える気まぐれに過ぎない…………神というものが存在するとすればだが……


 人間はその宿命に翻弄され目指す方向を見失い崩壊する者もいれば、闇の中で消えそうな光を掴みそれを力にかえ乗り越える者もいる。

 ……力の源…光は、結局のところ


「……ケイも見る?」


 ハッとして本を棚に戻す。


「いや…止めておこう……亮介が戻って来た」


 窓から自転車のカゴに買い物袋を乗せ亮介が帰って来るのが見えた。


「もう?」


 慌ててログアウトしパソコンを閉じた。


「何か分かったのか?」

「うん……」


 アイは神妙な顔つきで頷き重苦しく息を吐いた。


 玄関ドアの開閉する音が聞こえる……階段を上ってくる足音…俺は指を鳴らす。

 そして部屋のドアが開き亮介が入って来た……




 ◆◆◆◆◆




 増田夫婦、妹の沙耶、そして亮介と愛が食卓を囲み本当の家族みたいに和気あいあいと食事をしている。

 ……こうして見ていると夫婦と妹の沙耶はやはり顔が似ているが、亮介は顔のどのパーツを見ても全然似たところがない……血が繋がってないのだから当然なんだけど、家族という輪の中にあって其れは寂しくはないのだろうか?……でも亮介は笑っている。

 何も事情を知らなければ仲の良い家族にしか見えない。


「……ケイ……12歳の時だった」

「……」

「パソコンの日記…とも言えないけどその頃の亮介の気持ちが綴られていたの」

「ん…で?」

「……法事で親戚が集まった時叔母さんた達が話してるのを耳にして…酷いよね……本人も来ているの知っててそんな会話するなんて……」

「……そこに存在しているからこそだ…目にしなければ話題には上がらない。そうやって人は知らないうちに悪意のない悪意で傷つける。そして自分の罪を知らぬまま傷つけた相手に笑いかける……残酷だ」

「うん…残酷」


 私はつられるように言葉を繰り返しケイを見上げる……横顔はとても静かで……でも、残酷と言った声はどことなく哀愁をおびていて私の心に共鳴している。

 ……ケイはそんな経験をしたのかな?

 其れとも傷つけた方?

 ……私はある。

 それは父で母で兄でそして姉に……


「同じに育てたのにどうして愛は……」

 溜息をつく母。


「3人もいれば1人ぐらいそんな子も居るさ……」

 興味なさそうな父。


「第一志望校落ちたのか……ま、その方がお前の為だったかもな」

 半笑いで私の頭をポンと叩く兄。


「なんで愛みたいなのが妹なのか不思議」

 いつも比べて如何に自分が優秀かアピールする姉。


 家族だからって何を言っても良いはずない……

 あの人達はどれだけ残酷な言葉を吐いているか分かってない。だからいつまでも吐き続ける……その言葉の毒は徐々に私を殺していく。

 ……いつからかあの人達の前で笑うことをやめた…奪われたと言っていいもしれない。

 ……浮かんだ4人の顔を頭から振り払う。

 そして笑っている亮介を見つめた。


 突然の真実を耳にして家族に対して距離を置く様になった亮介……

 欲しい物があっても遠慮し、妹と喧嘩も出来なくなった……冷蔵庫を開けるのも躊躇して……他人なんだと……孤立していく。

 誰にも相談できなくて12歳の少年の心は暗い水の底に沈む。


 〝僕はここに居ていいの?″


 〝何故本当の子供じゃないのに一緒にいるの?沙耶が生まれたから僕なんてもう必要ないよね″


 〝どこにも行く所のない可哀想な子だから仕方なく一緒にいるの?″


 〝いつか出て行けと言われるのかな……そうなったら何処に行けばいいんだ……僕はここしか知らないのに…″


 自分の存在の不確かさに怯え不安な言葉が綴られていた。


 突きつけられた真実によって家族の輪から弾き飛ばされた亮介…当たり前にあった目の前の景色が一瞬にして取り上げられ方向を失い闇を彷徨う。


「……どうにも出来ない真実はどれだけ彼を打ちのめしただろう……其れでも笑っている。笑う事で幸せがやって来るとばかりに……」


 薄っすらと微笑むケイ…でも其れは全然幸せそうには見えない。


「……亮介と話をしてみたい」

「其れは…必要なことなのか?」


 ケイの声は静かで少し優しかった。


「うん……難しい事は分かってる。でも話したい……」

「そうか……無理にその機会を与える事は出来ないが、チャンスがあればしてみるといいさ、でも此処はパラレルワールドだって事は忘れるなよ」

「うん。……ケイ、ちゃんと見ててくれるよね」

「ああ」


 いつもなら無理難題を通そうとすると嫌味のひとつふたつ言うのに……少しは認めてくれたのかな?

 もしそうなら……嬉しい。




 ◆◆◆◆◆




 小学生までしか知らない私は16歳になった亮介を前にして緊張していた。


「それで話って何だよ」

「うん……」


 夕食が終わると愛は後片付けを手伝い直ぐに帰った。

 其れから30分程してから愛のふりをし増田家の玄関チャイムを鳴らして亮介に会うことに成功した。

 ……このタイミングしか無いと思っての行動だった。

 しかし、いざ話そうと思うとなかなか言葉が出なくて目線を下にし、まともに亮介の顔を見る事が出来ないでいた。


 ……これじゃあ告白前の女子じゃん!

 変に思われる……しっかりしろ私!


「お前…誰?」


 亮介の顔がものすごい至近距離に近づき私を覗き込んだ。


 ……愛じゃないってばれた?


 でも、あまりの近さで私は恥ずかしくなり右の掌を思いっきり亮介の顔に押し付けて遠ざけた。


「ち、近い!」

「イテッ!……お前…いて〜よ」

「ごめん……近すぎて思わず……」


 亮介は鼻の辺りを摩りながら呆れたみたいに笑った。


「いつになくモジモジしてるからさ…ちょっとからかっただけだよ。……で、何?」


 バレたわけじゃないんだ。

 そりゃそうよね…違う世界から来たもう1人の愛だなんて想像もしないよね。


「あのね……亮介は自分の家族の事どう思っている」

「家族?……何だその質問」

「あ、いや…私なんかたまに上手くいかない時あるからさ、亮介は如何なのかなって……」

「ふ〜ん」


 疑わしそうな表情で私を見ている。

 ひねりもない直球な質問しかできない自分が凄く馬鹿に思えた。


「えっと…ごめん…変なこと言って」

「……愛…お前……まさか」

「えっ?」

「……いや、何でもない」


 口元に当てていた手を首の後ろに回し微かに笑った。


「……俺は…両親には感謝してる。たまに面倒くさい時もあるけど、今こうして居られるのは2人のお陰だし、沙耶は生意気な事も言うけど大事な妹だ。

 ……あれ?……今スゲーいい奴ぶってる?」


 屈託のない笑顔を見せた。


「愛がどんな事で悩んでんのか知らないけど、どんな親でもここまで育ててくれた事には感謝しないとな…兄妹だってムカつく事も有るかもしれない……けど同じ屋根の下一緒に暮らしていればこそなんだと思う」

「うん……」

「おおおお…やっぱ俺、優等生」


 わざとふざけた言い方をして笑っている。


「ま、お互いこだわったり、諦めたり、そんな事繰り返して成長していくんだな……大人な答え…ははは」

「優等生過ぎて面白くない!」

「バーカ、面白さを求めるならもっと上手い質問しろ!ど直球過ぎてちょっと引いたわ」


 2人で顔を見合わせて笑った。


 ……パソコンには自分が養子だと知り随分悩み、存在意味すら分からなくなり、家族と接する事に消極的になって、時には苛立ち反抗し困らせ、両親は自分をどう思っているのか試す様な事もしたと…綴られていた。

 しかし、ある時を境に変化した。

 何故、そうなったのかは書かれてないが、両親の深い思いを知る出来事があったんだ……其れを知りたいと思う。


「ねぇ…どうしてそんな風に家族の事思えるの?」

「……何があっても…どんな息子でも、俺は大切な家族の1人だって……言われて嬉しかったんだよなぁ……その言葉をずっと待っていたように思う」

「……」

「……だから俺もそうでありたいと思った」


 さっきまでのふざけた笑い方ではなく、穏やかで温かい笑顔を私に向けた。


 ……羨ましいと思った。

 そして自分に驚いた……私も親にそう言って欲しいの?


 もっと家族と話す事が大事なのかもしれない……でも、もし歩み寄って傷つけられたらと思うと踏み出せない。

 私は臆病で傲慢でひねくれた扱いにくい子供だ。


「愛?」

「ん、あ…ありがとう。突然ごめん……帰るね」


 亮介は立ち上がる私を心配そうに見上げている。


「お前…大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

「本当に?」

「うん……そうだ…ねぇ、亮介は自由て何だと思う」


 リアルワールドで12歳の亮介が聞いてきた質問をした。

 16歳の彼は変な質問に少し驚いていたが、間をおいて答えてくれた。


「……難しい質問だけど、束縛や不自由があるから求める事だよな……でも、人って欲張りだろ?

 束縛や不自由を飛び越えて自由になったと実感しても其れはその一瞬だけで、また求めるんじゃないか?そしてその一瞬…瞬間の為に飛び越えようと又もがく……」

「……」


 亮介は言っていることが当たっているのか如何なのかやや不安そうに表情を歪め頭を掻いた。


「……そっか…………亮介は自由?……あ…でもこの質問は亮介の答えからすると意味がないね……愚問だわ」

「ははは……でも自由でいたいと思うよ。其れに昔に比べて今の方が自由だと感じてる」

「ごめん……変な事ばかり聞いて……今日此処で話した事は忘れて……私も忘れるから」

「忘れろって……」

「本当ごめん……」


 私は部屋を出た……ドアを閉める時名前を呼ばれたけど振り向かなかった。


 ケイが閉めたドアを抜けて出てくる……部屋の隅でずっと私たちの会話を聞いていたんだけど、今顔を見るまでその存在を意識する事はなかった。


「もう…いいのか?」

「うん」


 12歳で死んでしまった亮介……本当にただの事故だったのか、其れとも自分の環境に疲れ果て自ら死を選んだのか……または全く別の理由があったのか…少しでも何か違っていればあんな死に方はしなかったのかも知れない


 ……私、馬鹿だ。


 力ない笑みが顔の表情を滑稽にさせているみたいに感じて指先を頬にあてた。


 そんな事思うなんて……違う何かがあるからパラレルワールドが存在するのに……馬鹿だ。

 そして真相を知ろうとする事も馬鹿げた事なんだ。

 だって知って如何するの?

 亮介が戻ってくるわけじゃない。

 ……ただ私が楽に成りたいだけなんだ。

 自分の不注意で川に落ち、助けに来た亮介が逆に死んでしまう。あの絶望、後悔、恐怖……それらを忘れたかった。

 兄の告白で自殺を考える環境であったと聞いても、そのチャンスを与えたのはやはり自分で全ては私のせい…重い心を軽くなんてならないのに……


「アイ?」

「どちらが真実なのか白黒つけたって何も変わらない。亡くなった人は帰ってこないのにね」

「……」


 もう固執するのはよそう。

 亮介の死の呪縛から自分を解き放してあげよう…でも逃げるんじゃない。ちゃんと憶えておく私の知っている亮介を……映像ではなくその一瞬を捉えた画像を記憶の中に。


「……戻らないから固執するのかもな…其れが大事な人なら尚更だ」

「……そうだね。もう固執はしない…でも憶えておくよ」

「其れがアイの出した答えか……」

「うん……これで良いのか分かんないけど」

「良いのかどうかなんて誰にも判断できないさ、ただ、今そう思うなら其れで十分だと俺は思う」


 憂いを含んだまつ毛が影を落としているけど口元は微笑んでいるように見えた。


「帰ろう…ケイ」


 私はケイの手首を掴んだ。


「そうだな……」




















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