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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第6章 ∞ その一瞬のため ∞
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特別な私

 茶道部のくだらない二泊三日の合宿をこなし、夏休みも中盤に入った。

 テレビではお盆の帰省ラッシュの様子や観光地の混雑ぶりを当たり前のように連日映し出し、私はそれを目にするだけでウンザリと顔をしかめたりしていた。

 有難いことに我が家は兄も姉も親と何処かに行くより友人達と出掛ける方を優先する年齢なので親もイベント事は計画しなくなっていた。……勿論私も家族5人で出掛けるなんて真っ平なので、誰も何も計画しないでくれる事に感謝だ。


 そう言えば…夏休みの頭に会社のバーベキューに行かないかと父が言ったが、私の冷たい態度と家族の呆れ顔を目にして諦め…で、どうしたのだろう?……1人で参加したのかなぁ?

 ま、いいや……関係ない。


 それに私にはちまちまと現実世界を旅するよりずっと興味深い異世界が広がっている。

 尽きる事のない無限に広がっている世界……与えられた特権……そう、特権…特別な権利を与えられた【私】

 とても自尊心を満たしてくれる響きだ。

 身体の内側も外側も密やかな喜びで震える……気持ちがいい。

 この世界で隅に追いやられていた頃には考えられない現状は、不可解かつ此れは起こるべきして起きたのだと静かな笑みがもれる。

 誰でも体験できる訳じゃないパラレルワールドへのトリップ。


 夕方のニュースをBGMに私は1人ほくそ笑んだ。


 玄関で人の気配……誰かが帰って来たみたい…私は軽く舌打ちをした。

 ガサガサと音をたてながら買い物袋を二つ下げ、額に薄っすらと汗を滲ませた母だった。ダイニングテーブルに荷物をドサリと置いて息をつくとエアコンの近くに寄り涼風を浴びだした。


 私はテレビのスイッチを消しソファから立ち上がる。


「あら愛、夕食の準備手伝って頂戴」

「やる事あるからパス」


 即答する私を母は溜息をついて眉を寄せてみせる。

 そんな表情なんて何とも思わないので部屋を出ようとすると、母は買ってきた食材を袋から出しながらブツブツと文句を言っていた。

 よく聞こえなかったが大体想像はつく、どうせ姉と比べて役に立たないとでも言っているのだろう。

 …………もう慣れた。

 気分は良くないしイラつく事も有ったけど、姉に張り合って良い子を演じても結局母は私には落第点をつける。

 どんなに頑張っても超えられない相手なのだ……だったら最初から戦わない方がマシ。


 私は静かにリビングを出た。


 階段を上り切るとまた玄関ドアが開く音がする…下を覗くと兄が靴紐を解いていた。


 夏休みに入って間もなく聞かされた亮介の話は今だに私の中で消化しきれず、刺さった釘は深く心の中に残ったままでいた。


 聞かされて直ぐはいつ迄も気にしている私を不憫に思い打ち明けてくれたのかと見直したりもしたが、結局中途半端な情報は一層私を混乱させただけで、兄がモヤモヤを解消して自分が楽になりたかった為に話したに違いないと今は思っている。

 何故そう思うのか明確に説明はできないけど兄の様子を見ているとそう感じる。


 ……自室のベッドに寝っころがり大きく息を吐き目を閉じた。

 兄と姉の顔が浮かぶ……いつまで経っても溝は埋まる事はない。

 もしかしたら私が歩み寄れば……

 無理だ……初めに溝を作ったのは向こうだ……何故私が折れなくてはならない。

 私にも意地はある。


 なんだか体が重い……少し寝よう。

 体を丸め思考を止めた…柔らかい布団に沈んでいく深く深く優しく包まれて気持ちがいい……




 ◆◆◆◆◆




 アイが夏休みに入ってからは此処に入り浸りトリップを繰り返していた。

 現実世界の時間の流れはこの白い空間に足を踏み入れた瞬間から止まってしまう。だからどんなに此処で時を過ごしてもアイの現実世界は進まないで止まったまま……と言うより現実に戻る時はこちらに来た時間に戻るのだ。その為どんなに此処いても向こうは何も進んでいないのでアイは現実世界の残りの時間を過ごさなければならない……これは身体に負担がかかる。

 気がつくと疲れた表情をして覇気がなくなっていた。

 此れはまずいと思い度が過ぎると注意すると機嫌を損ねてしまった。

 彼女の不貞腐れた態度や怒りには慣れていたが、それから5日を過ぎてもこちらに来る事がなかった時は流石に気になり様子を見に行こうかと思案していると何事も無かったようにアイはやって来た。

 話を聞くとどうやら部活の合宿に参加していたそうでこっちに来る事が出来なかったと顔を顰めて語った。

 ……俺にも多少ムカついてはいたというオマケの言葉もくっついてきたが、其れはスルーする事にした。


 ……まぁ、アイにとっては面倒な参加などしたくもなかった合宿だったようだが、覇気のない表情からいつもの生意気で頑固そうな強い瞳の色に戻っていたのでホッとした。そしてそれと同時にこんな風にアイを気遣う自分に驚き、らしくなさに密かに顔を顰めた。


 こんな自分に戸惑いながらアイの来ない間俺はこれまたらしくないと言うか、こんな事は今までなかったのだが、この空間の番人になってから初めて眠り夢を見た……まるでカメラのシャッターを切るみたいに……場面場面の一瞬を切り取った何の繋がりもないようなそんな夢。


 眠っている間はその夢に反応していたように思うが、目覚めると脳みそは考える事を拒絶しているかの様に活動を停止し、加え身体の気怠さで動く事が億劫で椅子に張り付くみたいに座っていた。


 何故そんな夢を見たのか……

 普通なら夢を見るなんて大した事ではないのだろうが、番人になってからというものこんな事はなかったので、不安と苛立ちが心のに深く浸透していった。

 ……結局何故なのか分からないままでヴォイスに聞いてみようと呼んでみたが一向に現れるず、いつもなら呼んでもないのに現れるくせに肝心な時にはこれかよ……と、俺を落胆させた。




 ◆◆◆◆◆





「うわっ〜久しぶりの外だ」


 アイは大きく伸びをしながら抜ける様な青空を見上げる。


「どんな生活しているんだ?」

「あっちではほぼ引きこもり?……な感じ」


 何かに解放されるかの様に息を吸い吐きながら降り注ぐ太陽の光を浴びながら軽い口調で言っている。


 ……10代の女の子が引きこもりとは楽しいのだろうか?

 そんな人間が増えているのか?

 嘆かわしい事ではあるがアイの場合分からなくもない。

 窮屈な自分の世界に縛られ、色あせた現実に日々流されていく毎日が我が身を腐敗させていく様な感じに、焦りと苛立ちを抱え悶々していた。家庭でも学校でも拠り所を持てない10代の女の子が自分を守るためには内にこもってしまうのが一番楽なのかもしれない。


 ……などと偽りの悟りでも開いた物分かりの良い大人ぶってみたが、俺こそが酷い引きこもりではないかと……そんな自分を笑ってしまった。


「思い出し笑い?気持ち悪いよケイ」


 不味いものでも食したみたいに口をへの字にしてこちらを見上げている。


 失礼な奴だ。

 しかしここでも大人ぶって言葉をスルーするフリをして着いたばかりのパラレルワールドを見回した。


 台風が過ぎ去った後みたいな抜ける様などこまでも青い空が広がっている。

 実際台風など来てはなかったと思うが、そう形容するのが一番相応しいそんな天気だ。

 そして視線を落とすと目の前には箱みたいな似たり寄ったりの家が、規則正しく整備された土地にせせこましく建っている。

 視線を少し遠くに向けると奥の方は比較的新しいのか欧米を思わせるようなレンガ造りの家が多く建ち並んでいた。

 旧い町並みと綺麗に線引きされたように建ち並ぶ家々は誇らしげで箱の家たちを見下しているみたいだが、別に豪邸が建ち並んでいるわけじゃない…ただ新しいっていうだけでおそらく暮らしぶりなどに違いはないだろう。

 更に遠くの一画には濃い緑色の体をした杉の木が吹く風に反応して揺られ、それはまるで巨大なモンスターが足踏みしているかの様に見えた。


 何処にでもある風景……これと言った個性も目新しさも無いありふれた住宅地だ。


「……此処はどんな所なの?」

「今に分かるよ……興味深いはずだ」


 勿体つけた言い方が気に入らないのだろう、文句を言いたそうに口を開きかけたが、それを溜息に変えて仕方なさそうに眉を上下させていた。


 アイはゆっくりと歩き出した。

 人の通りはなくたまに車が走り去るくらいだ。

 そういえば今はお盆の最中か……帰省だったり観光地に行ったりと留守の家が多いから人通りも車も少ないのかも知れないな……


 そんな事を思っている所に2代の自転車がこちらに向かって来るのが目に入った。

 やや坂道になっている為か自転車の2人は立ちこぎをしている。そしてあっという間に目の前に近づいて来たかと思ったら風のように俺たちの横を走り抜けて行く。


「え!」


 アイが自転車の少女の後ろ姿を目で追う。


「私だ……」

「一緒にいた男子は彼氏…かも知れないな」

「まさかぁ、あり得ないよ」


 目を丸くし顔の前で手を振り否定する。


「自分の世界とこの世界の愛を一緒にするなよ。全く別の人生を送っているお前なんだからな」






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