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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第5章 ∞ ノスタルジア ∞
23/40

記憶

 扉を抜けるとケイは左手で顔を覆いながら椅子に少しよろけるみたいに座った。


 ……怒っている。


 決まってる……ルールを破ってしまったのだから……トリックも何もない、現実ではありえない…そんな事を3人の前で披露してしまったんだから……

 ほんの数秒の事だけど、3人は重力に反した車椅子の状態を目にして呆然としていた。


 当たり前の反応……そして椅子に座っているケイもこの行動に対して当たり前の反応を示すと思っていた……でも……


 ケイは何も言わずまだ顔を覆っている。

 呆れて注意することさえ面倒になった?……何も言われないと余計に不安になる。

 出入り禁止にされてしまうのかな?


 ……何か言ってよ。

 ルール破ったんだから前みたいに渋い顔して皮肉タップリに怒ってよ。


「……ごめんなさい」


 私の声に反応するみたいに少しだけ左手を顔から浮かしたけどこっちを見てはくれない。


「怒ってよ。……何も言わないなんて…かえって怖いよ…ケイ」

「……」


 私の言葉は見えない壁にぶつかり空中に散らばり跡形もなく消えていく。


 謝るしかないのだけど……それも相手に届かなければ意味なく消えて無くなる。

 そんな虚しさは私の唇を干からびさせた。




 ◆◆◆◆◆




 扉を抜けると安全な場所に逃げ込むみたいに、この何もない白い空間で唯一存在する椅子へ少しフラつきながら腰を下ろした。


 ……俺としたことが…自分でも何故なのか分からない。

 また微弱な電気が走る様な痛みが脳を刺激する。


 深く椅子に身体を沈めた。


 何時もならゆったりと安心して居られる場所なのに、今は心の乱れを消し去ってはくれない……ただの椅子でしかなかった。


 アイが扉を背に木偶の坊みたいに立ちこっちを見ている。


 動揺している表情を見られたくなくて手で顔を隠しているが、指の隙間からチラリと見えるアイの表情は不安そうだった。

 しでかした事に落ち込み謝っている……


 何も言うな、分かっている。

 そんな顔をしないでくれ……


 アイの行動は言うまでもなくルール違反……しかし、俺はそれをいつもの様に責める事が出来ないでいるんだ。


 あの時この痛みさえ襲ってこなければ確実に俺はアイと同じ事をしていた。

 こんなのは初めてだ……

 何故あの少女に対して感情が動かされるのか分からない。……2人の青年に対しても何処か自分と共通するものがある様にも感じて、愚かだと言いながら心の隅の方で妙に理解している俺がいる。


 どうしてしまったのだろうか?

 らしくない自分が不気味でもてあましている。


 訳のわからない感情の渦に翻弄され何処に立っているのか分からない。

 …………もともと何処にも立っていないのかもしれないが……


「ケイ……私、どうしたらいい?」


 アイの力ない声が聞こえる。


 ……どうもこうも無い。同罪の俺が何を言える…其れを説明するにも感情の戸惑いが口を固くしてしまっているんだ。


 何も言わない俺を不安そうに見つめるアイと、言葉をかける事が出来ないでいる俺に救世主が現れた。


「……アイ」

「ヴォイス」

「ダメですよルールを破っては……しかし起きてしまった事はどうしようもありません。

 しっかり反省してください」

「ごめんなさい」

「……ケイが何も言わないのは…管理者として、同行者としてアイを止められなかった事を反省しているのでしょう。……ですねケイ」


 違う……しかし頷いてしまった。


「2人とも今後もパラレルトリップを希望するなら十分に気をつけてください。本来存在してならない場所に踏み入るのですから行動は慎重に願います」

「ごめんなさいヴォイス……ケイもごめんなさい。何度もトリップしている内調子に乗っていた」

「……すまない」


 そう謝るのが今の俺の精一杯。


 やっと俺の声が聞けて安心したのかアイはほんのちょっと口元をほころばせた。


「……アイはもう現実の世界に戻りなさい」


 ヴォイスの言葉を合図に俺は指を鳴らし扉を開けてやった。


 元気はなかったが其れでも少し引きつりながら笑顔を見せて帰って行く。


「…………気にする必要はありませんよ」


 俺は覆っていた手をはずし、すべて見通しているみたいなヴォイスの言葉にフッと息を吐いた。


「相変わらず何でも分かるみたいだな……」

「分かると言うより感じたと言った方がいいでしょう……」

「そう…か……」

「結局ルールを破ったのはアイ……たとえケイが同じ行動をしかかったとしても実際はそうではなかったのですから気にする必要はありませんよ」

「そうだとしても、アイにはちゃんと言ってやるべきだった……俺も同じ事をしただろうと……」

「……伝えたところで何も変わりませんよ」

「其れでも少しは心が楽になると……」

「今日は随分優しいですね」


 俺は首を横に振り扉を見つめた。

 優しくなんてないさ結局なにも言ってやれなかったんだから……


 ヴォイスが含みのある笑い声をあげた。


「何故笑う」

「……失礼。……ケイは少し変わったと思いまして」

「変わった?……俺が?」

「そう見えます……アイと出会ってからですかね……」

「まさか……何も変わってないさ。俺は俺だ」

「フフフ……ケイはケイ。……そうですね」


 何だか引っかかる言い方をする……

 俺は姿の無いヴォイスに向けて眉を寄せた。


 ヴォイスはまた笑う……そしてその声が徐々に小さく消えていった。


 ……息を長く吐く。

 ヴォイスの言うようにどうにもならない事を思い悩んでも仕方ない。

 何故あの3人が心に引っかかったのかわからないが、今は深く考えるのはやめよう……いずれ霧が晴れ答えが向こうからやって来るだろう。

 もし……答えが見つからなければ?

 …………其れは知る必要のない事なのだと頭から排除するだけ…

 それとも答えが見つからないのは、知る事が怖くて目を逸らす弱い俺がそうさせているのかもしれない。


 指を鳴らしアイの扉を消した。そして背もたれから離れると空中に手をスライドさせ映し出された映像に集中する事にした。




 ◆◆◆◆◆




 ドアをノックする音。


 リアルワールドに戻りルールを破った事を反省しながら、あの後2人の青年と車椅子の少女はどうしたのだろうと考えていた所だった。


 またノックの音……母だろうか?

 私はベッドから起き上がった。


「はい……」


 ドアの向こうから聞こえた声は意外な人物だった。


「俺だ……チョッといいか?」


 兄だ……珍しい。

 毎日顔だけは突き合わせているけど会話はほとんどない……しかも向こうから話しかけてくるなんて……


「うん……いいよ」


 ベッドから起き上がりると兄が覗き込む様に顔を見せた。

 銀縁眼鏡の奥の神経質そうな瞳を左右に動かし部屋の様子を伺うと小さく息を吐きスルリと入って来た。


「何?……珍しいね」


 兄はドアを静かに閉めるとそのままもたれ掛かり勿体つけるみたいに腕を組んだ。


 なんだろう…言いたい事があればサッサと言えばいいのに特別感を漂わせて…苛つく。


「……なんなの?……私も暇じゃないんだけど」


 そう、ゆっくり考えたい事がある。

 兄の相手などしてられない。


「……お前……4年前のキャンプでの事を気にしているんだろう」


 突然何を言い出すのだ……忘れたくても忘れられない辛い記憶…悲しい出来事。

 また、私を責めるつもり?

 心臓の動きが針を刺すみたいに私の身体全部を痛めつける。


 寒い……鳥肌がたち身体をさする。

 最悪な記憶が蘇る。


 美しい景色がブレる…一瞬目の前が暗くなったと思ったら苦しくなる息。

 もがけばもがく程浮上できない。

 穏やかな水面からは想像できない流れに身体が転がるみたいに先へ先へと運ばれて行く。

 ……苦しい…助けて!

 叫んでいるのに声にはならない……ゴボゴボと水が口の中をいっぱいにして邪魔をしてくるのだ。

 苦しい……苦しいよ。

 誰か……お父さん、お母さん……助けて!

 ……もう……身体が重い。抵抗する気力が失われていく。


「おい、大丈夫か?」


 兄の声で我にかえり大きく息を吸いゆっくりとはいた。


「……なんでもない……」


 私の様子を見て兄は憐れむような表情をした。

 やめて……今更そんな顔で見ないで欲しい。

 あの時…皆んな口にしない分目で私を責め立てていたのに……


「やっぱり…話すのはよそう」

「振っといてやめるなんて気持ち悪い……言いたい事あるならサッサと言ってよ」


 苛ついた私の声に軽く肩をすくめるとズレてもいない眼鏡を神経質そうに直し口を開いた。


「亮介……」

「……」

「亮介、あの頃色々悩んでたって知ってたか?」

「え?」


 ……悩んでた?

 そんなの…知らない……そんな事もそんな素振りも私には微塵も見せなかった。


 私の反応を見て何も知らないと確信したのか、ひとつ咳払いをしてから自分も随分後になってから知ったと前置きしてから話し出した。


 ……亮介はクラスでも浮いた生徒で多少のイジメも受けていた。担任も薄々気が付いていたがその内おさまるだろうとたかをくくり何もせず傍観していたそうだ。

 不確かな話だが担任も生徒と一緒になってイジメていたと言う噂もあったみたいだ。

 そんな中最初は我慢もしていたようだがそれも限界を超え父親と母親に打ち明けた。

 しかし、2人はイジメられる亮介にも非があると反対に諭され真剣には取り合ってくれなかったそうだ。


「……そんな……亮介のお母さんは確か小学校の先生してたよね。それなのにイジメを訴える息子に耳を貸さなかったの」

「親父さんは確か都議会議員だったな……」

「なんで……」


 兄は眼鏡を外しポケットからハンカチを出すとレンズを拭いた。

 まるで何かのルーティンみたいだ。


「……其れから親にも友達にも心を閉ざして荒れていったみたいだ……

 一度亮介が独り言みたいに言った言葉がある。『不自由な事ばかりだと自由って何なのかわからなくなる』……ってな」


 自由……あの時……あの河原で亮介は私に聞いてきた言葉だ。


 ……『自由って何だと思う?』

 ……『親とか先生とか誰にも命令されないで自分の好きな事が出来るのが自由…かな』


 何も知らない私の答えは亮介にはどう聞こえたのだろう……そして私の言葉に亮介は疑問を投げかけた。


 ……『本当にそれが自由になるのかなぁ』


 亮介はどう考え思っていたんだろう……その答えを聞くことが出来ないのが悔しい。


「イジメも辛かっただろうけど、自分が両親の本当の子供じゃないって事もショックだったろうな」

「え?…うそ……」

「本当…母さんが父さんに話しているのを聞いたんだ」


 明かされる大切な友の暗い真実。

 ……私、亮介の事何も知らないでいた。


 そして兄は最後に驚くべき考えを話した。


「今からよくよく考えると、もしかしたらあの事故は追い込まれた亮介の抗議……自分を理解してくれない周りの人たちに対する反乱だったんじゃないかと……思ったりするよ」

「……それって自殺って事?」


 変な事を言う兄の言葉に心臓が反応してドクンと重い音を立てる。そして自殺なんて言ってしまった自分を引っ叩いてやりたかった。


 ……そんなはずはない…でも……


「わからない……そんな気がしただけだ」

「でも、川で亡くなったのは私を助けて…それで……」

「誰かが言った訳じゃないそんな考えがよぎっただけさ……俺が話したかった事はこれで終わり」


 兄はつっかえていた物が取り除かれたみたいに安堵した表情をした。

 逆に私は長い間突き刺さっている釘が更に深く心にめり込んでいく様に感じた。


「この話もっと前にしたかったがアイと……何ていうか距離ができて言い出せないでいた……話せて良かったよ」

「……」

「邪魔したな…」


 兄はおそらく…亮介を死なせたのは自分だと責め続けている私を哀れに思って話してくれたのだろう……何だか頭の中がグチャグチャ……今日のパラレルワールドでの失態に友の知られざる真実の一部を突きつけられ私は……


 また、鳥肌が……寒い。

 ……息が苦しい。

 水の中でもがく私の姿が頭の中に浮かびあがる。


 必死に浮かびあがろうとしても無駄だった。体力を奪われるだけで私は抵抗する気力を失う…力が抜けていく。

 そして私は流れる水と同化する。


 ……でも、意識を無くす寸前力強い手が私の腕を掴んだ。

 そして輪っかになったロープを私の脇の下にくぐらせ……笑顔を見せる……そのまま私の視界から消えた。




 ◆◆◆◆◆




 来てからずっと石みたいに丸くうずくまりひと言も話さない。

 時おり顔を上げては何処までも続く白い空間を見つめ、一瞬身体を固くするとまた顔を伏せる。その繰り返し……


 最初は気になったが物言わぬ人形だと思えばさほど鬱陶しくもないのでアイがその気になるまで放っておいた。


 どれくらい時間がたっただろうか……そもそもこの空間に時と言うものが存在するのか定かではないのだが……


「ケイ……昨日の3人はあれからどうなったの?」


 俺には昨日も今日もない。夜が明け日が暮れるという世界に存在していないのだから……

 まあ、アイの世界からみれば今は次の日なのだろう。


「そっちを気に病んでいるのか……何故、3人のその後を俺が知っているみたいに聞く」

「ケイが珍しくパラレルワールドの住人に興味を持っていた様に見えたから…それに干渉しちゃったし、きっとどうなったか確かめたんじゃないかなぁって」


 確かめずにはいられない様だな……仕方ないそこだけでも胸の痞えを解消してやるか。


 地面に叩きつけられる筈の車椅子が途中で止まり元に戻るというあり得ない出来事に3人は暫く驚き混乱していたが、人間は理解を超える出来事を目にすると考える事をやめ自分の都合のいい様に理由付けしてしまうのか、車椅子の安全ストッパーが作動したんだとか、少女が上手くバランスをとったんだろうと無理のある理由を付けモヤモヤしながらも自分達を納得させた。


「まぁ…そう思うしかないよな……あれは」

「で、それからどうなったの?」


 その出来事で2人の青年も少し冷静になり、少女ももう一度説得を始めたが、其れでも気持ちを覆すのは簡単ではなかった。


「それはそうだろう……気持ちだけが先走って起こした行動じゃない。考えた上での決行だ……始めてしまって今更簡単に諦められるはずがない」

「じゃあ……」

「いや、次の行動を起こす前に2人は自首した」

「え?……説得が上手くいったって事?」


 少女のある言葉が2人の気持ちを揺り動かした。その言葉とは〝誰か関係ない人が怪我でもしたらどうするの?″……どれほど威力のある爆弾なのかわからない。

 さっきと同じ程度のものなのか…あれぐらいなら…と思っても何かの手違いや偶然で怪我人が出ないと言えないのは事実だ。

 それと、折角家族や友達と楽しい1日を過ごすためにやって来たのに2人は其れを奪うのか、私たちからこの土地を奪った大人と同じ事をしていると、遊園地を楽しむ自由を奪う権利は無いはずだと少女は哀しい怒りをぶつけたのだ。


 年下の少女にそこまで言われた2人は、不安そうに子供を連れウロウロしている家族や、巻き込まれるのを懸念して帰ろうとしている客を見回し肩を落とした。


 少女の兄が〝大人たちとおなじか……どっかで分かっていたけど目を逸らしてた″……そう言って2人の青年は自首をした。勿論、少女も付き添って……


「……簡単に話すとこんな流れだ」

「本当に簡単だね。……私が干渉してしまった事で何かが変わってしまったかどうか全然分からないよ」

「俺も分からないさ……」


 アイは恨めしそうな表情で俺を見る……それに対してニッと笑って見せると、今度は片方の頬を少し膨らまし立てた膝の上に顎を乗せた。


「たいして役に立たない情報で悪かったな」

「いいよ……どうせ知っていても教えてくれないんでしょう」


 不満と諦めが混ざった表情は不貞腐れた猫の様だった。しかし、気まぐれな猫は新しい興味の対象を見つける……


「ところで、ケイは何故車椅子の少女が気になったの?」




 ◆◆◆◆◆




 本当に不思議で仕方がなかった。

 何故車椅子の少女を気にしていたのか……戻って来た今はどうでも良いような、忘れてしまったかの様な感じを出しているけど、それは自分の心を隠す為のポーズにすぎない様に思う。


 今だって質問に対して冷めたような、何を聞いてきたのか要領を得ない表情をしてこっちを見ている。


「人だかりの中探したりしてたよね……ケイにしては珍しい反応だった」


 ケイは小首を傾げ軽く肩を上下させる仕草を見せ、まるで記憶に無いといった感じだ。


「理由が知りたい」

「……」

「私には話したくない事なの?」

「……」


 私の声など聞こえないふりをして無視しするので、しつこく問い詰める。すると動かぬ表情がとうとう崩れウンザリとした顔をしてため息をついた。


「それ程興味を持った訳じゃない……ただ遊園地に1人車椅子で居たから目に止まっただけだ」


 それだけじゃない……他に理由があるように思えて仕方がない私は更に突っ込んで聞いてみたが、とても迷惑そうに苛ついた表情になり少し語気を荒げて〝しつこい!″…と言われてしまった。

 私は一瞬ひるんだけど、もう一度だけ聞いてみた。しかしケイは貝のように口を閉ざし何も答えようとはしなかった。


 こんなに聞いても話したくないなんて何かあるに違いない……ますます興味が湧く。

 でも、これ以上しつこくしても怒りをかうだけで答えには辿り着けないと思い今回は引く事にした。


 昨日のパラレルトリップといい、ケイの態度といい、釈然としない事ばかりで何もかもが中途半端になってしまった。それに……突然の兄から聞かされた私の知らない過去の話もあってとても落ち着かない……


 考えを巡らせていると視線を感じて振り向くとケイの瞳がまるで捨て猫を憐れむみたいに私を見ていた。


 〝……そんな目で見るのは何故?″

 そう尋ねようと思った瞬間〝もう、帰れ″と冷たく言葉を投げかけられた。


 ケイは一切の質問を受け付けることを拒むみたいに足を組み目を閉じる。


 ……まぁいいわ。


 私はおとなしく扉をくぐった。




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