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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第5章 ∞ ノスタルジア ∞
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色褪せた現実

 観覧車周辺には関係者と警官2人が深刻な表情でコソコソと話していた。そして間もなく目つきの鋭い40代くらいの男性を先頭に、険しい表情をした集団がやって来た。

 どうやら刑事……って、それ以外にない。


 少しするとドラマなんかで出てくる鑑識係がゴミ箱やその周辺を調べ始めた。

 勿論、観覧車も調べている。


「……なんか刑事ものの映画やドラマ見てるみたい」

「リアルじゃない?」

「……んん〜どうなのかなぁ……もしかしたらリアルワールドで同じ事が起こってもそう思うかも……」


 ケイは嬉しそうに口角をキュッと引き上げると観覧車を見上げた。


「アイにとってリアルもパラレルも同じなんだろうな……」


 変な事を言うと思った。

 同じ訳ないのに……

 現実世界は私をどんどん隅に追いやる…嫌いだ。でもそれは自分の逃れられない現実だからそう思うわけで、パラレルワールドは……悲しかったり、怒りを覚えたりする時もあるけど、やっぱり現実じゃないから一歩引いて見ていられるし、楽しんでいる自分が存在している。

 決して同じじゃない。


 ケイは同じなんだろうか?

 自分のリアルとパラレルワールド……

 其れとも、あのパラレルワールドの入り口に長く浸り過ぎて忘れてしまった?……麻痺してしまったのだろうか。


 ……現場が慌ただしくなってきた。

 困惑する関係者、更に険しい表情になる刑事達……何か進展があった様に見える。

 決して好転した訳ではない…むしろ面倒な事態になった様子だ。


「……アイ行こう」

「え?」


 私の返事も待たず野次馬の群れを風が通り抜けるみたいに難なく進んでいった

 私は、野次馬の間をかき分けて置いて行かれないように必死に後を追う。


 やっと抜けた時には私の髪は乱れ、何かに引っ掛けたのか買ったばかりのTシャツに小さな穴が空いていた。

 白いスニーカーも何人かに踏まれ靴跡がつい目ている……ううぅ…最悪。

 しかし、ケイにはそんな事は関係なく鈍臭い私を少し非難するみたいな表情をして柵に寄り掛かり待っていた。


「……この後どうなるか気にならないの?」

「何故?」

「何故って……それは」


 言葉に詰まった…こんな質問をした自分が馬鹿だと思った。

 ケイにとっては取るに足らない出来事で興味をそそられたりはしない。


「事件の真相を知っても仕方ないだろ…それに直ぐに解決するのかも分からないのに時間が勿体無い」

「そうだけど……」

「…なら問題ないな、行くぞ。その内この辺りは立ち入り禁止になる」


 確かに刑事達の様子を見ると集まった客は追い払われそうだ。事によっては遊園地自体営業をストップしかねないな……


 ……観覧車を見上げた。

 客も乗っていない停止したままの姿は見棄てられた鉄の塊で冷たく孤独な感じに見えた。おおよそ笑顔や歓声とはかけ離れてしまっている。


 ケイが私を呼んだ……去り難くはあったし異論もあったが此処は素直についていく事にした。




 ◆◆◆◆◆




 遊園地中央にあるフードコートのベンチに座って喉を潤していた。


 客の殆どはすでに観覧車でのトラブル、ゴミ箱の爆発は知っているみたいで不安そうに話す者や面白がっている者それぞれ話題にしていた。


 ケイは缶コーヒーを飲みながら客達の様子を観察していた。

 ……観察していると言うより誰かを探しているのかも……


 コーヒーを飲み終えたのかケイは不満そうに片眉をピクリとあげると5メートル程離れたゴミ箱に缶を放り投げた。


 ハズせ!


 ……チッ!

 心の中で舌打ちする。


「……今、舌打ちしただろ」

「してないよ……」


 見透かされて誤魔化すように立ち上がり空になった缶ジュースをゴミ箱に捨てた。


 座っていた場所からは見えなかったが、木の陰に隠れるように話している男女が見えた。

 何だか言い合っているみたいだ。

 普段なら気にも止めない光景なんだけど女性が車椅子だったのでケイが言っていた少女かと思い目に止まったのだ。


 私は目を向けたまま手招きして、ケイが横に並ぶと指をさした。


「車椅子の少女がいるよ」

「……」

「さっき言っていた子?」


 ケイは返事をする代わり指を鳴らし3人に近づいて行った。


 ……盗み聞きするんだ……便利な能力よね。

 でも、何であの少女が気になるんだろう?

 ……ほんと珍しい。




 ◆◆◆◆◆




 車椅子の少女は高校生くらいだろうか?

 前髪を額が隠れる程度の長さで切り揃え、セミロングのサラサラヘアが風で揺れている。


 少女の前に立っている2人は少し年上の様に見える。

 大学生かな……背がヒョロリと高い黒髪短髪の青年はしきりに爪を噛んで落ち着かない様子だ。

 もう1人の青年は顔をやや長い茶髪の前髪で隠すみたいに項垂れている。


「……これ以上何もしないで」

「今更…やめられない」

「お兄ちゃん!」


 茶髪の青年は少女の苛ついた声に唇を噛んだ。

 2人は兄妹だったのね……あんまり似てないけど。


「沙都子ちゃんの為に俺たち……」

「私の為?」


 怒りを浮かべた瞳が鋭く黒髪の青年へ向けられた。


「そうだよ……沙都子ちゃんの為だ」

「やめて…冗談じゃないわ。自分の為にしたんでしょ……勝君もお兄ちゃんも」

「違う!」


 妹の為にした事をその本人に否定され心外だと言わんばかりに声を荒げたが、その瞳の奥はどことなく後ろめたさが伺え見えた。

 それは勝君と呼ばれた青年も同じで、また苛々と爪を噛みだしていた。


 少女はそんな2人を憐れむ様な、そして彼女自身も後ろめたさを感じているみたいな複雑な表情をしていた。


「2人は何をしたのかな?」

「さあ……」


 ……嘘だ。ケイはわかっている。

 そして私も見当はついているのにワザと聞いた。


「……ねえ、何したって状況なんて変わらないよ」


 まるで自分に言い聞かせるみたいに少女は呟いた。


「……そんな事…わかんないだろ。彼奴らは俺たちから大事な場所を奪った。後悔させてやる」

「お兄ちゃん……」

「沙都子ちゃん、もう後戻りは出来ないんだ……彼奴らは俺たちの海を金儲けの為に埋め立て巨大な鉄の塊で美しい景色を奪った。

 ……メッセージも送った。今頃バカな大人たちは右往左往してるよ……」

「……あの爆発は勝君が仕掛けたの?」

「ああ」


 青年は神経質そうな笑みを浮かべている。事が予定通り進み嬉しいのだろう……きっとあの爆発も近くで見ていたに違いない。


「本当は観覧車に仕掛けてぶっ壊したかったけど……それは此奴に反対されたから諦めた」

「それはいくら何でも過激するだろ……」

「甘いな」

「どっちにしてもお兄ちゃんたちはバカよ……自首して……今ならそんなに罪は重くならないよ」

「警察に捕まれって言うのか?」


 兄の見開かれた瞳を少女は深い痛みを押し込めた様な青白い顔をして見つめ返した。


「賢いな……」

「えっ?」

「……逃げろとは言わない…賢明だ」

「妹なのに冷たくない?」

「冷たい?…俺はそう思わないが?……逃げた所で直ぐに捕まるさ、だったら自首した方が幾らか罪も軽く済むかもしれないからな。

 感情に流され選択する道を間違えるのは愚かだ」

「……まるでケイは間違った事がないみたいな言い方だね」

「ばーか」


 ケイの人差し指が私の額を軽く押し、ぎこちない笑みを浮かべて遠い目をして3人に顔を向ける。


 ……ばーかの意味は肯定?それとも否定?




 ◆◆◆◆◆




 アイ……間違いをしない人間なんていないよ。

 特に俺は…おそらく間違いだらけの人生だったと思う。

 感情に流され愚かな行為を平然と……冷たい心で……いや、流される感情さえ持ち合わせてなかったかもしれない。

 ヒビ割れた心からどす黒い血を流し間違った道を歩いていた様に思う。

 記憶が曖昧なのがもどかしい……そんな自分を責める事も慰める事も出来ない。


 俺は2人の青年を責める資格はないな…そんなつもりも無いが……ただ彼等の行動は愚かである事には変わりない。


 少女は悲しく苦しそうに2人を説得している。しかし……2人はどれだけの信念をもって行動を起こしたのかわからないが、口を真一文字にして硬い表情をしている。

 少女の言葉は届かない……届いているのかも知れないが後戻りは出来ないってところだろう……起こしてしまった事を後悔するのが怖いのだと思う。


「やめない……俺たちから居場所を奪い、お前を2度と歩けない身体にした彼奴らを許さない」


 少女は小さく唇を開き力の入らない下半身の代わりなのか両手を強く握りしめた。

 俯く少女の髪がサラリと顔を隠す。


 風向きが変わり海から吹く湿った暖かい空気は毛穴という毛穴を開かせじっとりとした汗をかかせる。

 俺の首からひとすじ汗が流れる……いつも快適な空間に居るからか、こういった環境は苦手だ。

 アイの額からも汗が流れそれを手の甲で拭っていた。


 少女の首筋からも汗が一筋鎖骨へと流れる…そして、拳で動かない足を押しつけるみたいに叩きながら2人を見上げた。


「これは……軽々しく立ち入り禁止の場所に侵入した私が悪い……ここの土木工事が始まったのにもかかわらず……馬鹿だったの」


 2人を見上げた少女の目は苦悶と後悔の影を落とし鈍く光っているように見えた。

 俺は両の瞼を指で軽く押さえる……どこかであんな目をしたような気がしたからだ。

 鈍く光る目に映し出される景色は全てが褪せて見え歪んで、その歪みが渦となり俺を引きずり込んでいく……初めはもがくが途中からそこへ身を委ねて取り込まれてしまう。

 ……恐怖から安堵に変わった瞬間?

 感覚でしか憶えていない……如何してなのか理由は……思い出せない。


 ピリピリと頭が痛みだした……脳の中で何かが点滅している。


「此処はガキの頃から長い間拠り所だったんだ……親に蔑ろにされ学校も居心地が悪く行き場のない俺たち3人の唯一本当の自分になれる……誰にも侵される事のない自由で心から笑える場所だった。

 そこへ勝手に土足で踏み込んできて奪った……その罰を受けるべきだ」


 高らかに宣言するように少女の兄は言い放った。

 その言葉に少女は魂が萎んでしまったみたいに肩を落とし2人に背を向けた。


「沙都子ちゃんどこ行く気?」

「決まってるでしょ…警察に全部話してくる」

「行かせないよ」


 勝という青年が車椅子のハンドルを掴み引き止めると、少女は上半身をねじりその手を振りほどこうとする。


 ……ダメだ。危ない……

 そう声に出したかったがピリピリとした痛みが脳を痺れさせ崩れそうな身体を踏ん張る事で精一杯だった。


 車椅子が左にバランスを崩していく。


 少女の瞳が大きく開き唇を歪めそのまま左へ傾いていった。


 しかし、少女は地面に叩きつけられることなく傾いた状態でとどまっている。


 アイが車椅子を支えていた。


 3人は有り得ない状態でバランスを保ったままの車椅子に驚いている。

 俺はやっと頭の痛みから解放され、支えるアイの手に自分の手を添え車椅子を元に戻した。


「……どうしよう。ごめんなさい」


 俺は指を鳴らし、ルールを破り情けない表情をしているアイとパラレルワールドを後にした。









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