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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第5章 ∞ ノスタルジア ∞
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停止

 7月に入り太陽の日差しも眩しく、ジリジリとした暑さと気色の悪い纏わりつくような生温い風が教室の中を淀ませていた。


 授業もとっくに終わり誰も居なくなった不快指数MAXの教室で私は机に突っ伏し寝ていた。


 ……夢を見ていた。


 透明度の高い清らかな川の中に足首までつけその冷たさが気持ちよくて小刻みにバタつかせていた。

 周りは濃い緑に囲まれ、蝉がうるさいくらい鳴いている。川の向こう側は切り立った崖になっていて遠くに吊り橋が見えた。

 後ろを見ると離れた所に父と兄がテントを慣れない手つきで設営している。

 私はその姿を見て今日寝る場所は確保されるのか心配なったが、少年の父親が慣れた手つきで手伝いだしたので、虫に刺されず眠れそうなのに安心して視線を自分の足に戻した。


「おじさんテント張るの上手だね」


 隣で平な小石を探しては、水面の上をジャンプさせるように投げている少年に声を掛けた。


「まぁな……子供の頃ボーイスカウトに入っていたとか言ってた」

「ボーイスカウト?」

「そっ……」

「へぇー」


 私は知っているような素振りで返事をした。

 少年は石を投げるのを止め、疑わしそうに私を見ると肩を揺らしながら笑い隣に座った。

 ……バレたかな?

 私は恥ずかしくなって俯き少し強く足をバタつかせた。


「愛、自由ってなんだと思う?」


 少年は膝を抱えて緩やかな川の流れを見ながら聞いてきた。


「自由?」

「うん……」


 私は足を川から出して同じ様に膝を抱え、何故そんな事を聞くのか不思議に思いながら答えた。


「親とか先生とか誰にも命令されないで、自分の好きな事が出来るのが自由…かな」


 これが正解なのか不安で隣の少年の顔を伺った。


「……確かに自由かも知れないけど、本当に其れが自由になるのかなぁ」


 少年は遠い目をすると空を仰ぎ、爽やかな風に身をまかせるみたいに瞳を閉じた。


 気持ち良いくらい青い空に薄い雲が少しずつ形を変えてゆっくり流れている。

 少年は首を伸ばしまるで飛び立つ鳥のようで、手の届かない所に行ってしまうのではないかと不安になり、とっさに少年のTシャツの裾を掴んだ。


 突然視界が暗くなる。


 ハッとして顔を上げると、自分が今どこに居るかわからなくて辺りを見回した。


「……教室か」


 制服のブラウスが汗ではりつき気持ちが悪い……早く帰ってシャワーを浴びたい。


「愛」


 面倒な相手が入ってきた……真奈だ。

 私はあからさまに嫌な顔をしてカバンを手にする。


「ねぇ、どう思う?夏休みの自由課題」

「えっ!自由?」

「高校生になって自由課題なんて……小学生じゃないのに…面倒臭い」

「ああ、そっちね……」

「他に何があるのよ……」


 真奈は不思議そうに私を覗き込んだ。


「なんでもない」


 素っ気ない言葉を気にする様子もなく彼女は続けた。


「ま、いいわ……それにしても、自由なんて言われると難しいよね。テーマだけでも出してくれたらいいのに」


 カバンに教科書や筆記用具をしまうと立ち上がった。


「帰る」

「えっ!部活は?」

「休む……伝えておいて」


 呼び止める真奈を無視して逃げるみたいに急いで教室をでる。


 忘れたくても忘れられない昔の夢を見て動揺していた……長い間心の真ん中に突き刺さった釘が更に打ち込まれたみたいで、痛くて涙が出そうになった。


 階段を駆けおり、グラウンド前を突っ切り校門を出た。

 走って、走って……こんなに走ったのはいつ以来か分からない程走って帰った。




 ◆◆◆◆◆




 いつもの静かな食卓……

 珍しく家族5人揃って夕食を囲んでいるが、話題を提供しても一言二言で終わってしまう居心地の悪い時間だ。


 母の作る料理は美味しいのだろうが、さっぱりそう感じられる雰囲気ではない。

 皆んな黙々と食べている。


「……来週の土曜、会社の部下達に河原でバーベキューしないかって誘われたんだが、たまに皆んなで行かないか?」


 何を言うのかと思えば……

 なんて日なの…あんな夢を見たばかりなのに……


「愛、何も予定ないだろ?」


 タイミングの悪さと似合わない笑顔を見せ話す父に腹が立ち、まだ食事の途中だったけど、箸をおき立ち上がると食器をさげた。


「おい、愛」

「行かないから」


 語気を強めて言い私はダイニングを出た。


 ドアを背にして唇を噛む。


「お父さん……馬鹿ね」

「えっ?」

「あいつが行くわけないだろ……」


 姉と兄の声が聞こえた。

 少なくともこの2人は分かっているんだ……


「なんで」

「あなた……小学生の時のことですよ」

「……ああ……あれはキャンプだろ」

「愛にとっては同じでしょ……しかも河原でなんて」


 姉の言い方は、配慮のない父親に対してなのか、いつまでも引きずっている私に対してなのか呆れているみたいだった。


「そう……か?」

「そうですよ……」


 母の少し非難めいた声も何故か腹が立った。


 ケイのところに行こうかな……今夜は特に家に居たくない。




 ◆◆◆◆◆




 こういった場所は初めての様な気がする……リアルワールドにいた時もない様に思うが、それは憶えていないだけで、こんな俺でも子供の頃はあったのだから来た事があるかも知れないな……


 少しずつ景色が広がっていく……


 行楽日和というのか……真っ青な空に此処から見える海の向こうには入道雲が広がっていて、休日を楽しむ人間たちを微妙に表情を変え静観しているみたいだ。


 アイはガラス窓に顔を貼り付けるみたいに美しく光る海を見ている……ガキだな。


 てっぺんまで来ると園内が一望できた。

 カラフルでバラエティにとんだアトラクションには休日とあって何処も行列が出来ている。待たされるだけ待たされやっと順番が回ってきても、ほんの数分で終わってしまうアトラクションもあるのに、何が楽しくて並ぶんだ?…理解ができない。


 てっぺんから徐々に下がって行く……後は降りるだけ。


 比較的行列が少なかったからアイにせがまれて乗ったが、別にそう楽しいものでもない……ただ遠くまで景色が見えるってだけの代物だ。

 アイはそれなりに楽しそうにしているが……


 一周して地上に降り立つ……

 小さな箱は止まる事なくまた徐々にてっぺん目指して上がっていく。


「……高い所嫌いじゃなかったか?」

「ん?……そんなこと言った?」

「電波塔に立った時怒っていたじゃないか」

「あれと、これは別でしょう……観覧車はちゃんとした乗り物じゃない」

「そんなもんか?」


 どうも俺はピントがズレているのか、アイは呆れたように目を大きくして短く息を吐くと先に歩き出した。


 1人の青年が観覧車を指差し不安そうに〝止まってないか?″と隣にいる女性に言ったのが聞こえた。

 振り返って見上げると確かにさっきまでゆっくりと回転していた観覧車が止まっている。

 他の客も気がつきだし人の流れが止まり見上げ出す。


 観覧車の横にあるコントロールルームのスタッフも乗降口についているスタッフも焦っているようだった。


「点検…じゃないよね」

「客を乗せたままであるわけないだろ……」


 その時園内に設置されているゴミ箱の中身が大きな音を立てて吹っ飛んだ。


 客はその音に驚き悲鳴を上げしゃがむ者や耳を押さえ呆然と音のした方を見つめる者、そして誰かが〝爆弾?″…〝まさか、悪戯だろ″……と言い、その囁く声が客の口から口へ伝染病みたいに広がっていった。

 相変わらず観覧車は止まったままだ……訳のわからない不安が何人かの客を出口へと向かわせる。


 スタッフが慌てて観覧車周辺を封鎖し、客に向かって説明を始めたが、本人たちさえ状況を掴めていないので、どうもしどろもどろで全く要領を得ない説明だ。


 その時止まっていた観覧車が動き出し、小さな箱から閉じ込められた客たちが次々と降りてくる。みんな一様に表情を硬くして、中には具合が悪そうに座り込んでしまう者もいた。

 そして全ての客が降りると再び観覧車は止まった。


「……いったい何がおきてるの?」

「……」

「ケイ?」


 俺は好奇心と不安の表情をした客の中に1人だけ悲しい怒りを漂わせ、観覧車を見上げる車椅子の少女に興味を持った。


「何処見てるの?」


 アイの問いかけを無視し、その少女へ真っ直ぐ歩いていく。

 騒つく周囲とその少女とは明らかに様子が違った……ポッカリと少女だけが異なる次元にいる様で揺らぐ感情みたいなオーラを纏って見えた。

 吸い寄せられるように近づいて行くが、迷いなく向かって来る俺に気がつき、少女はくるりと車椅子を反転させ人波に紛れてしまう。


「ケイ!…さっさと行かないでよ」

「……少女が」

「少女?」

「車椅子だった……」

「え?……車椅子って……」


 観覧車の故障とゴミ箱の爆発という異常事態に集まる野次馬と不安で足早に帰ろうとする客で少女を完全に見失ってしまった。


 ……近づいて何を話すつもりだったのか。

 自分の行動が不思議だった。


 観覧車の周りは更に関係者が集まり何やら深刻そうに話している。

 要領の得ない事を言っている俺より、アイは関係者が渋い表情でコソコソ話している方が気になるのだろうジッと彼等の行動を見つめていた。


「……この世界は何を見せてくれるかな」


 薄っすらと微笑んでいる。

 多分、アイ自身も笑っているとは思っていないみたいな、そんな密やかな微笑みだった。


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