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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第1章 ∞ はじまり ∞
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扉の向こう側

 ケイの言葉は私に不確かな衝撃を与えた。


 パラレルワールドの入り口?…番人?……何を言っているのか私の脳は直ぐにピントを合わせることが出来ないで、あやふやな言葉が頭の中で浮遊している。


 ケイはニヤニヤとまるで人を試すみたいな顔つきで見ている。

 ……感じ悪い。


 パラレルワールドとは平行世界のこと…言葉は知っているし、題材にした小説や映画、特にアニメなんかでは重宝されている。でも、あくまで想像の世界で……まぁ…自分もそんな想像をして平凡な日常から心をトリップさせたりしているけど、そんな都合のいい場所などある訳ないと思っていた。


 中学生の時SF小説好きの担任がパラレルワールドについて熱弁していた事を思い出した。

 真剣に聞いていなかったからハッキリとは憶えていないけど、パラレルワールドの有無を研究している学者もいると、子供みたいに目を輝かせ興奮しながら言っていた。


 結局、不確かな世界であるには違いない……なのに、ここがその入り口だと言う……


 ありえない……けど、この白い不思議な空間に身を置いていると、ありえない事もないと脳から信号が送られてくる。


 これは現実?それとも夢……何もかもがあやふやで非現実的なのにケイの言葉は電気が走るみたいに刺激的で魅惑的だった。


「……言葉が出ないみたいだね」


 当たり前よ……そう簡単に頭が整理つくはずないじゃない。


「ふん……じゃあ今から説明するよ」


 何も聞こうとしないで考え込んでいる私に飽きたのか、それとも頭の悪いガキだと呆れ痺れを切らしたのか話し始めた。




 ◆◆◆◆◆




 少女は俺の言葉を必死になってあれこれ考えているようだ。

 そりゃそうだ……突然パラレルワールドなんて言葉を聞かされたら信じられないし、簡単に受け入れられる訳がない……でも、この空間はその考えを揺さぶるには充分なくらい不思議な場所ではある。


 ぐずぐず考えさせているより説明した方が進歩的だな……


 俺はこの場所について話してやった。


 ここは無限にあるパラレルワールドの入り口で、俺の手の動きひとつでその世界を映像として見ることも出来るし、実際にその世界へ通じる扉を出現させ往き来する事も出来ると教えた。


 少女の瞳孔が開いて興奮しているのが分かる……こんな刺激的で魅惑的な事はないからね……その反応は正解だ。

 ここへ来る人間は最初皆んなそんなもんだからね。


 俺は実際に映像を見せたり、空間に無数の扉を出してやった。


 少女は驚きの表情からしだいに新しいおもちゃでも見つけたみたいに笑みを浮かべ、そして陶酔するような表情に変貌していった。


 俺は満足だった。

 非常にいい反応でこれは期待がもてると……

 この少女なら望みをを叶えてくれそうな気がして久しぶりにワクワクしてきたのだ。


「どうだい?…理解してくれた?」

「本当にこんな世界あったんだ…夢みたい」

「夢?…ハハハ…いったい何が夢で現実なんだい?……夢みたいというこの場所で君は確かに意識があり五感も働き身体も動く。

 君がリアルワールドと思っている場所となんら変わらないはずだ。なのに何故さっきまで居た場所は夢だと思わない。

 ここがリアルで向こうが夢かも知れないじゃないか……脳が勝手にそう思い込ませているだけなんじゃないかい?」


 少女はまた考え込んでしまった。


 ほう…これはいい。


 これまで3人ここへ来たが、この話をすると必ず〝まさか″と言った。

 考えるという作業もせず、ありえないと頭から決めつけ否定するのだ。

 ……愚かだ。


 少女はなにか取り憑かれたみたいな表情を見せた。


「うん……わかる気がする。

 だって私のいた場所がリアルなのか、そうじゃないのかハッキリ言い切れない自分がいるから……とても居心地が悪い世界だったし」

「そう考えると全てが夢とも言える…とてもあやふやな世界なのかもしれない」

「じゃあ、現実は存在しないという事?」

「俺にも分からない……」


 少女は顔を曇らせた。


「不安かい?」

「……自分の足もとに何も無くて空中をフラフラ歩いている感じで、少し怖いかな」

「ハハ…それは怖いな。

 まぁ、この事を突き詰めて考えても答えを導き出すのは無理かもな……それより、君はパラレルワールドに行ってみたいと思わないか?」

「えっ!私、行けるの?」

「勿論。……君が興味あるなら連れていく事は可能だ」

「行きたい!」


 即答だ……良いぞ。

 貪欲な目をしている。


 俺は嬉しくて目を細め少女を見つめた。


「……私の名前は〝アイ″よ」

「えっ?」

「まだ名乗ってなかったよね」

「あ…ああ〜そうだったな」


 アイは名字も名乗ろうとしたがそれは制した……そんなものは知っても大して意味がないからだ。


「連れて行って」

「了解……それではパラレルトリップといこうか」




 ◆◆◆◆◆




 よく知っている家の前に私とケイは立っている。

 狭い庭だがよく手入れされ、薔薇が今にも咲きそうでたくさんの蕾がその日を待ちわびているみたいに膨らんでいた。


「私の家……」

「そう……見たいだろう別の人生を生きている自分に」


 2階の一番左端の窓を見つめた……私の部屋だ。

 隣の部屋のカーテンが開き姉のさちが顔を出した。目が合ったような気がしたが、何の反応も見せないで大きな欠伸をしながら奥へ引っ込んでしまった。

 妹が見知らぬ男と並んで家を見上げている姿を目にして不信にも思わない…この世界の姉も私には無関心なんだろう。


「さあ、中に入ろう」

「えっ!そんな事して大丈夫なの?」

「中に入らないと様子が分からないじゃないか……平気さ、俺たちの姿は見えてないから」

「えっ?」


 あ……じゃあ姉は私の姿見えなかったって事?


「さあ、行くよ」


 ケイは私の腕を掴んで玄関のドアも開けず前に進んで行った。

 私はドアにぶつかると思い身体を固くしたがなんの衝撃も無かった。

 恐る恐る目を開けると玄関の内側に立っていて狭い廊下が目の前にあった。


「ドア…開けなかったよね……私、通り抜けたの?」

「そうだよ。…便利だろ」


 ケイはからかうように笑い声をあげた。


「……声、声は聞こえないの?」

「勿論、聞こえない」

「物は掴める?」

「基本的には掴めない……ただ…アイの思い入れのある物はもしかしたら……」

「掴めるんだ……ふ〜ん、何でもありか……都合よく出来てるね」

「だからってむやみに物に触れないでくれよ……後々面倒だからね」


 ケイは念を押すみたいに少し怖い顔をして私を見た。そして頷くのを確認すると満足そうにニッと笑い先頭に立ってリビングの方へ歩いて行く。

 私は姿が見えないと分かっても何だか不安で身体をやや丸め隠れるように後ろについて行った。


 誰も居ないリビングは無視してダイニングへ向かう。


 食卓には家族5人分の箸が並べられていて、キッチンからお味噌汁のいい香りが漂ってくる……そっちに視線を移すと私は〝ウソ!″と大声を出して思わず両手で口を押さえた。


「だから、声は聞こえないと言っただろ」

「そうだった…」


 でも…初めての体験なんだから仕方ないよ……そんな呆れた様に見ないで欲しい。

 まぁ、いいや。

 其れよりキッチンに立っているの私じゃない……なんで朝食作ってんの?…お母さんは?


「アイが作っているね……」

「信じられない……ありえない事してる」


 そこへ母がパタパタとスリッパの音を立ててエプロンを掛けながらやって来た。


「愛ちゃんおはよう……いつも悪いわね」

「おはよう……もう出来てるからみんな起こしてきて」

「あら、そう……」


 母は階段下から大声で兄と姉の名前を呼んで、それから父を起こしに寝室へ向かった。


 私はというと、ハムエッグに簡単なサラダを食卓に人数分並べ、味噌汁、ご飯と手際よく出している。


 最初に食卓についたのは父で朝刊を大きく広げ、何が面白くないのか仏頂面をしている。


 次に現れたの兄の貴史たかしでスマホを弄りながら無言で席に着いた。


「朝っぱらからスマホか?」


 父が顔を顰めてたしなめた。


「父さんが新聞見ながらメシ食べるの止めたら俺もやめるよ」


 兄はスマホから目を離さず馬鹿にした様に鼻で笑い、父は眉を神経質そうにピクリと動かし忌々しそうに息子を見たが直ぐに新聞へ視線を戻した。


 ……どうもこの世界の父と兄はあまり仲がしっくりしていないみたいだ。

 なんか、面白くなってきた。


 次に現れたのは姉でしっかり身支度を整えて化粧までバッチリだ……


 私は姉が嫌いだ。

 完璧で美人、人当たりが良く頭もいい……

 小さい頃から一緒にいると必ず姉が褒められ私はいつもオマケ。

 そうやってチヤホヤされる自分が特別価値のある人間だと得意になり、たいして取り柄のない妹を憐れみ、うわべだけの優しさを押し付けながら馬鹿にしているのだ。

 1度大ゲンカをしてそれ以来姉は更に私を蔑むようになっていた。

 ……ずいぶん長い間冷戦状態が続いている。


 この世界の姉はどうなんだろう?


「ええぇ…和食なの……パンが良かったな」


 姉は渋い表情をして席に着いた。


「愛、パン焼いて…今日は和食の気分じゃないのよね」

「えっ…でもお姉ちゃん昨日は和食がいいって……」

「其れは昨日でしょ…今朝はパンなのよ。いいから用意しなさいよ」


 誰も姉の我儘をたしなめる者はいない……兄はスマホの画面から目を離さず黙って朝食を摂っている…周りに関心がないのだ。


「女王様気取りだね」


 ケイは動きのない表情で呟いた。


 この世界の姉も好きになれそうはない……


「早くして、遅れちゃうわ」


 私は私を見た……言いたい事があるのに其れを我慢し、唇に力が入り微かに震えているように見えた。そして無理に笑顔をつくり詫びると食パンを焼き始めたのだ。


 その後は其々が食事をすませ、最初に私が家を出ていった。

 そして、その後の4人の会話が私をイラつかせたのだ。


「気が利かない妹を持つと疲れるわ」

「よしなさい幸…あの子なりに一生懸命にやってるのよ。貴女みたいに何でもソツなくこなせないんだから大目に見てあげなきゃ……」


 母は薄っすら笑いながら言った。


「そうだ……あんなもんだと思えば腹も立たない。……じゃあ行ってくる」


 父と母が玄関に向かった。

 2人とも庇うような言い方をしたが完全に馬鹿にしている。


「幸…お前愛でストレス発散してんだろ……ヤダねぇ女は…」

「はあ?……ふん、兄さんに言われたくないわ。自分だって医学部入ったのについていけなくて、そのイライラ愛にぶつけてるくせによく言うわ。今じゃあ半分引きこもりじゃない」

「うるせぇ!」


 兄が初めて感情をあらわにした。


「あら!ちょっとなに騒いでるの?ご近所に聞こえたらどうするの……」

「お前に何がわかる!」

「フッ…分かんないわよ……だって私完璧だもの…人生の落伍者の兄さんや愛の気持ちなんて分かんないに決まっているじゃない」

「あいつと一緒にするな!」


 私は近くにあった小さい時の家族写真を手に取って投げつけた。

 突然飛んできた物に3人が驚いた表情がスローモーションのように見えたと思ったら目の前が真っ白になってしまった。


 そしてケイの声が聞こえた。


「困ったお嬢さんだ」




 ◆◆◆◆◆




 何だか騒がしくて顔をあげた。

 自分が今どこにいるのか理解出来なくて辺りを見回す。

 太陽の光が眩しくて目を細めた。


 ……あれ?…教室?

 どうやら私は机に顔を伏せて眠っていたみたいだ。

 ヨダレが付いている気がして口をこする。

 頭がボウッとしている……額を押さえながらカバンを手にして立ち上がった。


 廊下に出ると下校する生徒や部活に向かう生徒たちで溢れていて其れを冷めた目で見つめ思う……どいつもこいつも馬鹿面晒して、こんな奴らと時間を共有しているなんて吐き気がする。

 …………あれ?なんか少し前にも同じ事考えていたような……こめかみを押さえた。


 突然後ろから肩を叩かれ振り返ると相川真奈が立っていてベラベラと話し始める。

 私はウンザリしながら早く時間が過ぎ解放されるのを待った。


 ……やっぱり同じ体験をした気がする……デジャブ?


「なんだ君たちはもう帰るのか?部活はどうした」


 声をかけて来た体育教師の顔を見て私は思い出した。


 ……ケイ。


 そして走り出した。

 ある場所に向かって……




 ◆◆◆◆◆




 アイが校舎を出て体育館の方へ走って行く映像をニヤケながら見ていた。


 立ち入り禁止のロープを越え一番奥の部室の前で立ち止まりドアノブを回すが鍵が掛かっていて開かない。

 乱暴に開けようとするが古い割にはビクともしなかった。


 俺は可笑しくて肩を震わせて笑った。

 ……さあ、どうするアイ。


 ドアノブから手を離し他に何処か進入出来る場所はないか見回すが窓もしっかり締まっていて悔しそうに爪を噛んでいる。


 何か思いついたのか手を見つめて其れからドアへ押し付けた。


「アッハハハハハ…出来るわけないだろ!」


 何度もやってみるが、結果はただドアに手をついているだけの頭のおかしい少女にしか見えない。

 とうとう頭にきてドアを叩き、ついでに蹴っ飛ばして帰って行った。


「ハハハ……残念だったね」


 アイその世界は君の脳が現実と認識した場所……リアルワールドなんだから君が通り抜ける事は不可能なんだよ。

 まぁ…パラレルワールドでも俺と一緒じゃないと出来ない芸当なんだけどね。


 さて、君はこれからどう考えるか……

 この空間で俺に会ったことも、パラレルワールドへ行った事も、ただの夢と思うか其れとも現実と捉えてもう一度ここへ来ようとするか……

 俺の中で萎んでいた何かが動き出す。そしてひとつひとつの細胞が活性化され喜んでいるのが感じられる。


「ケイ…ご機嫌ですね」


 俺は椅子を回転させクルクル回りながらどこまでも白い空間を見上げた。


「ああ…楽しいよ。とてもいい時間を過ごせた」

「珍しく来客があったようですが…」

「客?……違うだろヴォイス、彼女はただの侵入者だ……今のところはね」

「そうですね……今のところは……」


 声は聞こえなかったがヴォイスが笑っていると感じた……

 クルクルと回る白い空間の一点を見つめ俺も声をあげず笑った。




 ◆◆◆◆◆




 玄関の中に足を踏み入れると白いハイヒールがきちんと揃えてあった。


 ……姉が帰ってきてる。


 テレビのニュースが流れる中会話が聞こえてきた。


「……愛はどうなの?」

「どうって?」

「大丈夫だと思っていた高校に落ちて、適当に選んだ滑り止めの私立に通っててさ…」

「そうねぇ…何も言ってないわよ。仕方ないと思っているんじゃない」

「運が悪いっていうか、詰めが甘いっていうか昔からそうよね……愛は」

「そうね…同じ姉妹なのに幸みたいにいかなかったわね」

「ハハ…お母さん、比べたら可哀想よ……姉妹でも違う人間よ。私の様にいく訳ないじゃない」


 私は靴も脱がないで身体を震わせながら玄関に立って聞いていた。


 姉はいつもそうだ……心配するフリをして私がいかに駄目な人間か周りに思わせ、そしてどれだけ自分が素晴らしい姉か褒める様に話をもっていく。


 白いハイヒールを手にドアを開け道路に向かって投げようと腕を上げた。

 …………が、やめた。

 そんな事をしても自分が惨めなだけだ。

 私はドアを閉めてハイヒールを放った……ダラシなく横たわったのを見て鼻で笑い、靴を脱いで階段の手すりを握り一段登った。


「愛の将来が心配だわ…………」

「幸は妹思いね」


 母と姉の柔らかな笑い声が悪魔の笑いに聞こえる。

 手すりをギュと強く握った。

 2人の所に走って行き思いをぶちまけたい衝動に駆られるが、そんな事をしても結局自分の価値をさげるだけだ。


 気持ちを鎮めて他の事を考えよう……

 そう、今日起きたとても不思議な出来事、味わった事ない高揚感……心も身体も憶えている。


 階段を2人に気づかれない様に静かに登る……私の話はもうしていない。

 ニュースが国会の様子を伝えている様で、其れについてボソボソと何やら言っていた。


 冷めた視線を声のする方へチラリと向けてから自室のドアを閉めた。







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