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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第4章 ∞ 表裏一体 ∞
19/40

中学生の逮捕と少女の後悔

 大通りから少し入った場所には女子が好きなパンケーキやパティスリーの店、セレクトショップ、雑貨屋等が軒を連ねていた。

 私たちはその中の緑に囲まれたお洒落なカフェのオープンスペースに座り道行く人々を眺めていた。


 ケイはまたコーヒーをオーダーして美味しそうに飲んでいる。

 私は今度は慌てずオレンジジュースをオーダーし喉を潤した。


 木々の間からこぼれ落ちる柔らかな陽射しを浴びゆっくりとお茶をしていると、警察署での光景や会話は幻だったと錯覚していまいそうになる。

 私やケイにとっては幻の様なものだけど、この世界に生きる人々にとっては現実で、カフェの従業員も客も、通り過ぎる人も此処がリアルワールドで此処に彼らの全てがある。

 例えどんなに理不尽であっても自分の住む世界を放棄する事ができない。


 私は……

 私は自分の住む世界を放棄したいと思っている。


「アイ、警官が来た」


 ケイの視線の先に2人の警官がこちらへやってくる。他の客も気がつき一瞬にして笑顔が消え緊張した表情に変わった。


 警官は客の間を鋭い目つきで見回しながら歩き店内へと入って行った。

 従業員と何やら会話を交わしてカフェから出て行くのを見届けると、そこに居た全員の緊張が解け止まった時間が動き出す。


「毎日こんな緊張を強いられて楽しいのかな?」

「さあ…」

「歩いている人も平然としている様に見えるけど、目がどことなく警戒している。他人にぶつからない様に、トラブルに巻き込まれない様にって……」

「そう…」


 気の無い返事ばかりするケイに目を向けるといつの間に手に入れたのか新聞を広げていた。


「いつ買ったの?」

「いや、さっき拾った」

「拾ったって……」

「アイ、ここ見てみろ」


 新聞を私の前に差し出し執行者リストの欄を指した。


 またこれか……

 あまり見たいとは思わなかったけど仕方なく読んで見ると、ファミリーレストランのウエイトレスの写真と名前、罪名が記してあった。

 ああ……その日のうちに死刑になってしまったんだ。


「あんな事で……」

「そうだな。其れがこの世界の現実」


 やりきれない思いを心に沈めながらリストの名前を追っていく。最後にウエイトレスと一緒に捕まり射殺された男も載っていた。

 あの時の光景が脳の中でリプレイされ、人の死を雑に扱う警官に対してあらためて嫌悪感が湧いてくる。


 俯いている私の視界にケイの指が伸びてきてテーブルを軽く叩いたので顔をあげると、彼の視線が通りを見ろと言っていた。


 視線の先には昨日の3人の中学生が歩いていた。

 少女を先頭に少年2人が家来みたいに後について買い物に付きあわされている様だった。


 一台のパトカーが雑貨屋の近くに停止すると警官が2人降りてきて威嚇するような目つきで人々を散らした。

 私は嫌な予感がして席を立つと彼等に近づいてみた。




 ◆◆◆◆◆




 雑貨屋の中にいる3人を警官が目で追いながら店の前で待ち構えている。


「彼等に何の様なんだろな……」

「……嫌な感じがする」


 少女が満足そうにニコニコしながら最初に出てきた。手には店のロゴが入った袋を提げている。

 1人の警官が近づくと彼女は目を丸くして〝お父さん″と呼んだ。


 ……父親?


「彼女の父親は警官だったか……」


 ケイが普通に声をあげて言うので私は警官に聞こえるのではないかとヒヤッとした。


「ケイ…声大きいよ」

「ああ、大丈夫…姿見えてないから」

「なんだ…早く言ってよ」


 私はホッとして更に近づいてみた。


「明日菜、2人と一緒だね」

「えっ?」

「昨日話していた少年たちの事だ」


 少女は何故2人の事を聞くのか分からず不思議そうにしていた。


「まだ……中にいるけど…どうして?」

「お前は先には帰りなさい」

「帰れって……」


 厳しい表情を見て彼女は何故ここに父親か来たか理解した様で顔を次第に歪めすがりついた。


「待って!あれは冗談で本当に企てた訳じゃないし、行動した訳じゃないんだよ」


 父親は優しく娘の頭を撫で〝本当に明日菜は良くやってくれている。助かるよ″と微笑みながら言った。


「お父さん!そんな事で捕まえるなんてやめてお願い」

「明日菜!言葉を慎みなさい。そんな事ではないんだ。……さあ、帰りなさい」


 娘を押しやると更に店の入り口にもう1人の警官と近づいた。


 少女は涙を溜めながら父親の背中を見つめている。

 その時少年2人が出て来た。


「逃げて!」


 少女の悲痛な叫びに少年たちは驚き何故逃げろと言われるのか分からず顔を見合わせる。

 そこへ警官が挟むように囲み少年2人の腕を掴み手錠をかけた。


「やめて!」


 少女の叫びは父親には届かない……

 彼女は腰を抜かしたみたいに道へ座り込んでしまう。

 少年たちは何が起きているのか分からず、手首に黒光りする手錠を見つめている。


「君たちはカンニングを企てた罪で逮捕された。おとなしく車に乗るんだ」


 少年たちはやっと何故こんな事になったのか理解し、外れるわけもないのに手を抜き取ろうともがきだした。


「冗談じゃない!ふざけて言っただけなのに!」

「外して下さい……俺たち本当にそんなつもりなかったんだ!」

「暴れるんじゃない!」


 少女の父親が知樹少年を殴りその場にひっくり返った。


「知樹!」


 道に倒れた知樹少年を更に蹴りあげる。

 其れを止めようと圭少年が警官を振り払い少女の父親を押し退け庇うと、もう1人の警官が警棒を振り下ろした。

 脇腹にくい込む警棒の痛みに顔を歪め警官を見上げた。


「暴れるなと言ったろ……ガキのくせに手間を掛けさせるんじゃない」


 胸ぐらを掴んだ警官は肘鉄を圭少年の顔にくらわす。


「…俺たちを殺すのか!カンニングなんかしてないのに…無実なのに……警察は人を無実の罪で死刑にするのかよ!」

「黙れ!」


 今度は拳で顔を何度も殴られる。


「ケイ!…なんとかできない?」

「無理だと分かっているだろう…聞くな」


 いつの間にか周りに人だかりができていた。

 人々は風に騒めく木の葉みたいに囁き合い、中にはこっそり写真や動画を撮っている者もいた。


 2人の少年は容赦無く殴られ、蹴りあげられる痛みに耐えながら、自分たちは悪くないと訴え続けた。


「……まだ子供なのに酷い」


 人だかりの中からそんな言葉が響いた。


「カンニングしてないのに捕まえるのか」

「警察はどこまで横暴なんだ」


 少女の父親が集った野次馬を睨めつけ警棒を振りながら威嚇してまわる。


「お…お父さん……やめて、お願いだから」


 少女が縋り付き懇願するのを見て少年たちは驚いて声をあげた。


「お父さん?」

「明日菜、この警官父親なのか!」


 少女は振り返り気不味そうに頷く。


「じゃ、じゃあ…お前が話したのか?」

「俺たちの事言いつけたんだ……」

「ご…ごめんなさい。こんな事になるなんて思ってなかった」

「思ってなかった?……そんな訳ないだろ!お前、俺たちを警察に売ったんだ!」

「違う!……でも、ごめんなさい」


 少女は膝をつき震えながら頭をさげた。

 涙がポタポタとアスファルトの道に黒いシミをつけていく……


「娘を侮辱するな、この子は役目を果たしているだけだ」

「お父さん!」

「役目?……役目ってなんだよ……明日菜!」

「そ…それは……」

「おい、答えろよ」


 圭少年が近づこうとしてまた蹴りあげられた。


「圭!」

「チクショウ……」

「…………俺、聞いたことある。

 生徒を監視する為に各校に警察の犬がいるって……大人じゃなくて生徒の中から選ばれて、教師の目の届かない不正を警察に報告するスパイみたいな奴がいるって……噂だと思ってたけど…本当だったんだよ」


 少年たちは泣いている少女を化け物でも見るみたいに表情を凍らせ恐ろしそうに瞳を揺らした。


「……許して」


 少女の父親ともう1人の警官が少年たちを乱暴に立たせるとパトカーへ引きずるりながら連れて行った。


「明日菜…最低だな」


 すれ違い様に圭少年が冷たく刺すような目を向けて言った。


 ビクリとすると少女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ〝ごめんなさい″…と何度も謝る。


「おせぇんだよ!人殺し!」


 知樹少年の叫びが通り一帯に響いた。

 そして2人の少年はパトカーに押し込められた。

 野次馬から囁くような声が聞こえる。

 それは、少年たちを憐れむ声と警察を非難する言葉だった。

 少女の父親が再度睨め付けるが、人々の目は氷のように冷たく其れが大きな氷山の様な巨大な物になり、冷たく固まった奥の方で軋む音が聞こえるようだった。


 少女の父親は圧倒されたように顔を引きつらせてパトカーに乗り込むと耳を裂くようなクラクションとサイレンを鳴らし走り去った。


 野次馬は泣き崩れている少女にも冷たく一瞥し1人、2人と立ち去って行く……

 誰が小石を投げた……其れが少女の額に当たり赤い血が一筋彼女の顔に線をつける。

 ……誰1人として気にする者もなく、さっきの権力に対する冷たい怒りはどこに行ったのか、平和な日常という仮面をかぶり散らばり通り過ぎて行く。


 私はケイを見上げた。

 彼はちょっと困った様な呆れた様な顔をする。


「…………はぁ…ルールは守れよ。……って半分破っているようなものだけど、仕方ない」


 ケイは指を鳴らした。


 私は少女に近づきティッシュで傷を押さえてやった。

 彼女は顔を上げ蚊の鳴くような声で礼を言うと再び大粒の涙を流し始めた。


 圭の呼ぶ声が聞こえ顔を向けると路地裏の方を指差していたので、私は少女を支えながら一緒に立ち上がるとそっちへ連れて行った。


「大丈夫?」

「……ありがとう……ございます」

「聞いちゃったんだけど…本当にスパイみたいな事してたの?」

「……」

「話したくなかったらいいけど……」

「……してました」

「お父さんに頼まれて?」

「はい……私…さっきまでは誇りに思ってました。悪い事する人を捕まえる手伝いをしているんだって……」


 ケイと顔を見合わせた。


「君は今まで告発した事はあるの?」

「無いです……各学年に2、3人いるみたいなんだけど、私はまだ……」

「では、今回の事は?」

「あれは……冗談話として家でお父さんに言っただけなんです……なのに…どうして」

「こんな事に成ったかって?……其れは君が無知で浅はかだったからだ」

「ケイ!……言い過ぎだよ」

「でも、本当の事だ。内心この子だって分かっているはずさ、どれだけ自分が愚かだったかって……違うかい?」

「ごめんなさい……」

「俺に謝っても仕方ない……まぁ、謝る相手も捕まったからどうしようも無いけどね」

「ケイそんな言い方しないで」

 

 ケイは私の言葉が心外だと言わんばかりに目を大きく開き微かに眉を寄せる。


「何故?……この子は自分のした事から目を背けてはいけない…ちゃんと向き合わなければ成らないと思うが……」

「そうだけど…まだ中学生だよ」


 大きな瞳を私から少女に移し少し首を傾ける。


「まだ中学生と思うか、もう中学生と思うかは人それぞれだが、少なくとも君はもう中学生だからと思ってスパイみたいな事をしたんだろ?……其れなら君から出た言葉に責任を持つべきだ」

「そんな……こんな子供に依頼する父親がいけないんじゃない。責任だなんて重いよ」

「それでもだ。……最終的に引き受けたのは自分なのだから」


 突き放した言い方に納得はいかないけど、確かにケイの言っている事は正しい。


「私……どうしたらいいの……」

「自分で決める事だ…君の世界なんだから」

「……」

「考えるんだ……何をどうすれば良いか……例え、あの少年たちの命を救えなくとも考える事をやめなければ答えは見つかる」

「私にできる?」

「君が諦めなければね……」


 考えろ、諦めるなというケイの表情がほんの少しだけ人間らしい温かさを感じた。

 様々な事象を冷静に観察しているけど、時折見せる穏やかな優しさみたいなものが心にしみる事がある。

 色んな顔を持っていて掴みどころがないのが不気味に思うけどね。


「……できるかな……自信ない」

「誰もが100%自信持って行動なんてしてないさ……迷い戸惑いながら答えを探している。それが生きるって事なのかもしれないな……」


 少女は涙で光る瞳をケイに向けて不安そうにしている。


「……どう生きるか君自身が決める事だ」

「……考える……おじさんが言うように考えてみる」

「なら、もう何も言う事はない……アイ、行こう」


 ケイは路地を抜けメイン通りにさっさと出てしまった。

 私は少女の背中をさすって〝じゃあね″と言い路地を出る。

 1度振り返って見ると彼女は深く頭を下げていた。


 これから少女はどうするのだろう?

 考えてみると言っていたけど、今すぐ少年たちの死刑を覆す事は出来ないと思う。


 ……ただ絶望を味わい傷つけるだけなら、私が声をかけた事は残酷な行為だったのかもしれない。




 ◆◆◆◆◆




 向かい風みたいにたくさんの人が俺に迫ってきては異質のものでも見るような目をして左右に分かれ通り過ぎて行く。


 自分の奥底に隠してある醜いものが知らぬ間に表面に浮き出し、そのあまりの不気味さと醜悪さに驚き目を細め顔を逸らす人々。

 立ち止まり振り向いたら何十…何百、何千……数え切れないほどの白く冷たい目が俺を見つめているような気がして、恐怖が俺をただ真っ直ぐに人をやり過ごすように歩かせた。


 じっとりとした汗が背中を這い回る……気持ちが悪い。

 息も苦しい……


 少女に偉そうな事を言った罰だろうか?

 ……罰?

 何故そう思う……頭が割れそうだ。


 本当は他人にあんな事を言える立場の人間ではないのかもしれない。

 リアルワールドの俺はどうしようも無い腐った人間だったのかも……何か罪から逃れる為にあの白い空間に逃げ込んだ……


 はっきりしない…思い出せないのも罰なのかもしれないな……

 其れでも戻りたい…もしかしたら素晴らしいリアルワールドかも知れない。

 99%絶望的でも残りの1%希望があるなら戻りたい…どんな世界であっても……


 喉が渇いた……身体中の水分が奪われていく……俺は徐々に干からびていきそうだ。


 空を仰ぐ。

 太陽の日差しはそんなに強くないのに汗が止まらない。

 地面がグニャグニャとして不安定になる。下を見ると黒くポッカリと穴が空いていて吸い込まれるみたいに落ちていく……ずっと…深く、ずっと……


「ケイ!」


 誰かが俺の名前を呼んで腕を掴んだ。


「どうしたの?顔色悪いよ」


 珍しく心配そうな顔をしたアイが立っていた。


「大丈夫?」


 俺は夢でも見ていたのだろうか?

 ……いや、これが夢?

 夢と現実が交差する。


 手を伸ばしてアイの頭に置いた。

 ……幻じゃない。

 俺もアイも此処で形を成している。


「ケイ?」

「あ、ああ……平気だ何でもない」

「そう?……ならいいけど。さっさと行っちゃうなんて酷いよ」

「そうだな……悪かった」

「えっ?謝るなんて珍しい……やっぱり変」


 俺は誤魔化すように笑ってまた歩き出した。

 アイは〝変だ″と連呼しながらついてくるので、立ち止まり軽く深呼吸すると振り返った。


「おじさんって酷くないか?」

「へっ?」

「初めておじさんって呼ばれた……おじさんはないだろう」

「もしかして、あの子にそうや呼ばれてショック受けてたの?」

「ああ、まだ若いのに……そんな呼ばれ方この世の終わりだ」


 俺はブツブツ言いながら歩き出す。

 動揺を悟られたくなかった。


「〝まだ若いって″言っている時点でおじさんだから……」


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