オモテとウラ
中学校の校門から同じ学生服を身に付けた生徒が、巣穴から出てくる蟻のようにゾロゾロと目的地に向かって列を作っている。
その中で方向を失った蟻のような少年2人が1人の少女に咎められていた。
「カンニングする気?」
知樹という少年が小さく舌打ちをして横を向くと、少女は目を細め次に隣にいる圭という少年に視線を移した。
「なんだよ…俺、関係ないから……知樹が勝手に言っているだけだ」
「ひでぇな……逃げんのかよ」
「逃げるもなにも俺はそんな事思ってねぇから……」
少女は知樹少年に詰め寄り腕を組んで冷たい眼差しを向けた。
肩を丸め首を垂れている仕草は、まるで百獣の王ライオンに睨まれたハイエナみたいに見え、その姿が滑稽で私は声を出して笑った。
「じょ…冗談に決まってるだろ。そんな事本当にやろうなんて思ってねぇよ」
少女は半笑いしながら言いわけする知樹少年を鼻で笑った。
「そうよね〜知樹みたいな小心者がそんな事出来るわけないよね。いつも口ばっかなんだから」
圭少年がその言葉に吹き出したので知樹少年は眉間に皺を寄せ身体を押し付け肩を押した。
そんな2人を少女は首を振り呆れている。
「……普段からちゃんと勉強してないから試験の時困るのよ。もっと」
「アァアア…わかった!」
知樹少年は両手を出して言葉を遮った。
「明日菜の言いたい事は分かったから」
途中で遮られので少女は面白くなさそうに口を曲げた。
「…なあ、帰って明日の準備したいから……もう行くよ」
圭少年は流れ弾的に巻き込まれた疑いから一刻も早く逃れたいのか、ウンザリしたような表情をすると2人に背を向け歩き出す。
知樹少年はチラッと少女を見てから後を追った。
「待ちなさいよ」
「なんだよ!もういいだろ…カンニングなんてするつもりないよ」
「違うわよ……明日のテスト自信ないんでしょ…特別に教えてやっても良いわよ」
圭少年と知樹少年は突然の申し出に驚き少女をまじまじと見つめる。
「……何よ」
「明日菜……どういう風の吹き回しだ?頭オカシクなったのか?」
知樹少年がこめかみを指で2度軽く叩いて少し馬鹿にしたような態度をとった。
「知樹……あんたと一緒にしないで……教える代わりにランチ奢ってもらうから……どう?優秀な私が教えるんだから的を得たテスト対策できるわよ」
少年2人は背を向けてコソコソと話しているので、私は近づき会話に参加するみたに聞いた。
2人は、何か魂胆があるのではないか、マジにカンニングすると思って其れを止めたいから言ったのでは、もしからしたらお灸をすえる為に間違ったテスト勉強するんじゃないか?……まさか其れはないだろう……など、ああでも無い、こうでも無いと言い、少女の真意を測りかねていた。
最終的に成績の悪い自分たちを憐れんでの申し出と受け取り、ランチをご馳走する見返りにテスト勉強を見てもらう事になった。
2人は直立不動で並び〝お願いします″と頭を下げた。
少女はニッと笑うと偉そうに頷いた。
其れから少女を先頭にお付きの家来の如くついて行く。
「アイ、もういいか?行くぞ」
ケイは塀から離れ3人とは逆の方角に歩き出した。
「待って!……ねぇ、あの3人について行ってみない?」
「はあ…何故?……ただのテスト勉強だろ」
「そうだけど、ほら、この世界がどんな所なのか知るのに良いかなって思ったの」
「なんだそれ?……理由になって無い。
くだらな過ぎて理解できないな」
呆れて気の抜けた様な表情でまた歩き出した。
……私の提案は検討もしてくれないの!
いいわよ……1人でついて行くから……
私はケイに背を向けて3人の後を追った。
……途中、振り返ってみた。ケイはそのまま逆方向に歩いている。
「私!こっち行くからぁ!」
ケイの背中に向けて大声を出した。
私の声に立ち止まり振り向いたが直ぐに前を向いて歩き出してしまった。
「本当に行くからね!」
振り向きもしないで手を振られた。
……勝手にしろって事ね。
いいわ、勝手にするから……本当に勝手にするわよ……
「……じゃあね、ケイ」
どんどん離れて行くケイはなんのリアクションもしないで歩いて行く。
私は唇を噛み背を向けて3人の後を追った。
◆◆◆◆◆
私はファミリーレストランの前で3人を待っていた。
各自1度家に戻り明日の試験に必要な教科書やノートを持参してくる事に成ったからだ。
パラレルワールドで1人で行動するのは初めてで、ケイと離れて私の姿が周りから見えてるんじゃ無いかと不安がわき、自分では確かめようが無い事に苛立ちと後悔が交互に心を波立たせた。
…………意地張って単独行動するのは無茶だったかなぁ………どうしよう…このままケイに会えなくなったら……
其れは無いかな……まさか私を置いて1人で戻る訳ない…よね?
そんな事ばかり考えて、どんどん落ち込んでいく私の前に最初に現れたのは少女の方で、腕時計を見て時間を確かめている。
其れから2、3分程後に少年2人が走りながらやって来た。
少女は時間通りに来た2人の少年を少し意外そうな表情で見たが、直ぐに満足そうに頷いてリーダーの如く先頭に立ちファミリーレストランに入って行く。
私は続けて入って行こうかと思ったが、本当に自分の姿がどうなっているのか不安で躊躇してしまった。
……もし、見えていて注文聞かれたらどうしよう。お金の持ち合わせがない……
その時後ろから何か雑誌の様なもので頭をポンと叩かれた。
「何してる…入るぞ」
ケイがまるでずっと一緒に居たみたいな態度でサッサとファミリーレストランの中へ入って行ってしまう。
えつ…どうして?
私は慌ててその後に続いた。
◆◆◆◆◆
3人は1番奥の比較的周りから見えない場所に陣取り、軽い食事とドリンクバーを注文し、教科書とノートを出した。
私たちは3人と背中合わせになる隣のテーブル席に座った。
驚いたのは、私たちが腰をおろすと間もなくウエイトレスが笑顔でお冷とメニュー差し出し、〝お決まりになりましたら、そちらのボタンを押してお呼びください″…とお決まりのセリフを言ってきたのだ。
「ああ、俺コーヒー……アイは?」
「あっ、えっと…同じもので」
「かしこまりました」
ウエイトレスが営業スマイルを見せ離れたのを確認すると、テーブルに手をつき前のめりになった。
「何でここだって分かったの?…って言うか何で来たのよ。私が心配になったの?そんな大丈夫なのに」
身体を斜めにして窓の外を眺めていたケイは視線だけをこちらに向けるとフッと笑った。
「答えたくないならいいけど」
私が拗ねた様に言うと、やっと身体をこちらに向き直し腕を組んでニヤリとした。
「……まず、何で場所が分かったか…それは……俺にはアイが今どこにいるか手に取るようにわかるだけだ」
「はぁ?」
何にそれ……答えになってない。
位置認証システムでも取り付けてんの?
「2つ目、何故来たのか…アイを此処に連れて来た責任があるからだ。決して心配した訳じゃない。むしろ、君が何かしでかしたら俺が困るから来たんだ」
「な…何もしでかしたりしないよ……信用ないなぁ」
「3つ目、大丈夫じゃない様に見えたが?
一人ぼっちで随分不安そうな顔をしていた」
「えっ!……隠れて見てたの?」
「4つ目、信用していない……以上」
其れだけ言うとまた窓の外を眺めてしまった。
自分の言いたい事だけ言って後は知らんふりですか……信用していない?でしょうね。
別に構わないよ。私だってケイの事本気で信用なんてしてないし、こうやって連れ歩くのには何か魂胆があるんじゃないかって思ってる。
その為に私を利用しているつもりかも知れないけど、其れは私も同じよ。
そこへコーヒーを2つ持ってきたウエイトレスがやって来て〝ごゆっくりどうぞ″と、またお決まりのセリフを言い下がって行った。
ケイは砂糖もミルクも入れず口をつけて外を眺め、私はコーヒーを見つめ溜息をついた。
「……飲まないの?」
「えっ…飲むよ」
「じゃあ飲めば」
「……猫舌なの」
「あっそ……」
美味しそうにコーヒーを飲むケイを横目に、注文した事を後悔した……
コーヒーは苦手なのに、ケイが突然現れ、姿も見えている事に驚き、つられて頼んでしまった……全部ケイが悪い。
…………ああ、ジュースにすれば良かった。
ケイは相変わらず興味なさそうに外を眺めている。
後ろの3人は勉強するから長くなるだろうし……後で違うのをオーダーしよう。
ケイはほっといて3人に集中する事にした。
◆◆◆◆◆
……本当は心配していた。
どうもこのパラレルワールドは表のごく平凡な社会の裏で侵入者である俺たちには分からない何かがありそうな気がする。
いや……裏でも何でもないのかも知れない。此処の世界の住人には当たり前の事で、其れで成り立っているのだろう。
ただ、何も知らないアイには到底理解できない事だと……
だから心配した……トラブルに巻き込まれ万が一死ぬ様な事があったら困るからな……俺の計画が台無しになる。
チラリとアイに目線を変えた。
背もたれにピタリとくっ付き3人の中学生の会話に聞き耳を立てている。
たいした話も聞けないだろうに、ご苦労な事だ。
テーブルに視線を落としてみると……コーヒーが減ってなかった。
馬鹿か……苦手なのに頼んだな……仕方ない後で別の物を頼んでやろう。
俺は再び窓の外を眺めると一軒の店の前に駐車していたドライバーと、店主だろうか?…何か揉めている。
そこへ一台のパトカーがやって来て警官が店主と話し始めた。
ドライバーの男はもう1人の警官に押さえつけられ蒼い顔をしている。
店主と警官の話が終わるとドライバーの男は手錠を掛けられパトカーの中へ押し込められて連れて行かれた。
……何があったんだ?
その時俺の後ろの席にいた客の声が聞こえた。
「ああぁ…連れて行かれたぞ……この辺路駐禁止なんだよなぁ」
「ほんの数分の事なのに店主がチクリやがったな」
「馬鹿、法を犯したんだ通報されて当たり前だろ」
「だな……あの男、終わったな」
「ああ」
「ちょっと気の毒だけどな……」
「おい!やめろ!……犯罪者を擁護する様な言動もマズイぞ!」
「おお…悪い」
そこで一連の会話は途切れ、別の話をし始めた。
犯罪者……たかが駐車違反をしただけで……
随分と厳しいな。
〝終わったな″…とはどういう意味だ。
連れて行かれたドライバーはどうなると言うんだ。
アイがコンビニで買った新聞が目に入り其れを広げて読んでみる事にした。
◆◆◆◆◆
ケイがさっき買った新聞を読み始めた。
よっぽど私に付き合うのが億劫なのだろう。
文字を追っていく瞳か上下に動く…次第に眉間に縦皺が浮き出て表情が硬くなっていく……何が書いてあるのか少し興味をそそられ、声を掛けようかと思ったが、後ろの3人の会話も気になるので、ケイには後で聞くとこにした。
「……ねぇ、もう1回聞くけど、本当にカンニングするつもりじゃなかったわよね」
「へ?……なんだよ話むし返すのか?やらねぇよ」
「……圭は?」
「しない……てか、知樹が勝手に言ってただけで、俺はそんな事頭になかったよ」
「ふぅ〜ん」
「お前さぁ、何でそこまで気にすんだよ」
この声はたぶん知樹少年だ…しつこく聞かれてウンザリしているみたいだ。
「……あのさ、此れから話す事殆ど知られてないんだけど、去年あったのよカンニング事件」
「まさか……嘘だろ」
「何で明日菜が知ってんの?」
「私、生徒会に所属してたでしょ…其れでね一般生徒には知らされない事も耳に入るの」
表情は見えないが少女の声は得意そうに聞こえてきた。
「俺たちの学年?」
「違う……去年の3年生」
「マジかよ…勇気あんなぁ〜なあ、圭」
「そういう問題じゃないだろ」
「圭の言う通りだよ。そんな事して見つからない訳ないのに愚かよね」
「やっぱなぁ〜悪い事は出来ないって事だ。
……で、その3年どうなったんだよ」
「…………連れて行かれたよ…勿論」
「……ど…どこに?」
少女は一本調子で感情が伝わってこない冷ややかな声で言い、そして其れとは逆に圭少年は微かに声を震わせ聞いた。
「……知りたい?」
「おい、圭やめとけ……知ってどうすんだ」
「そ、そうだな」
「臆病ね……怖いんだ」
「うるさい!……どうなったか俺たちには関係ないから聞かないだけさ」
「そう?……まぁいいわ。
その3年生は2度と家には戻らなかった」
「もういいよ明日菜」
「……戻れる身体が無いんだもん当たり前よね」
……戻れる身体が無い?なにそれ……それって、死んだって事?
まさか!……カンニングしただけで?あり得ない。……考え過ぎね余りにも馬鹿げている。
「そんな事もういいから、勉強しようぜ」
「……こんな事話したのはあんた達の為なんだからね。カンニングしたらどうなるか再度認識して欲しかったの、分かった?」
数秒の沈黙のあと圭少年が言った言葉は私が少女に問いたいセリフそのままだった。
「明日菜…お前何知ってんの?……俺、お前の事なんか恐ろしくなる……」
「そう……」
緊張感が漂う中、知樹少年が少女に分からない数式を質問した。
それによって空気が変わり、また3人で勉強に集中し始めた。
……少女は何を知っているんだろう?
2人の少年もカンニングした生徒がどうなったか何となくは分かっているように思える。
……戻る身体が無い…とは……どうしても最悪の事を想像してしまう。
誰かこの想像を否定して欲しい。
ケイはまだ新聞を読み漁っている。
その時店内で食器の割れる音と悲鳴にも似た声が響いた。
◆◆◆◆◆
その場に居た全員がけたたましい音と声に驚き何事かと視線が集中した。
どうやら客とさっき私たちの所に来たウエイトレスが揉めている様だ。
「どうしてくれるだよ!此れから取引先の所に行くのにコーヒーブチまけやがって!」
「申し訳御座いません」
ウエイトレスは頭を深く下げ何度も謝っている。そこへ店長らしい男性も慌てて駆けつけ一緒になって頭を下げた。
「お客様申し訳御座いません。クリーニング代もたせて頂きますのでどうかお許しください」
「クリーニング?……馬鹿言うな!このまま取引先に行けって言うのか!シャツだけじゃない背広もズボンもコーヒーまみれなんだぞ!」
客は店長に詰め寄り怒りを露わにする。
「あの、其れは……」
「此れで契約取れなかったら責任取れるのか?どうなんだ!」
「いや…どうかお許し下さい」
「謝ったってダメなんだよ!」
客が店長の肩を何度か押しやり最後に突き倒してしまった。
「おい、マズイぞ」
何処からかそんな声が聞こえてくる。
他の客たちのザワつきが次第に大きくなっていった。
「警官だ!」
誰かのその一言で客たちは一斉に目を逸らし口を噤んだ。
「おい、お前か店の中で暴れているのは」
警官は有無も言わせず男性客を取り押さえ手錠をかける。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ……被害者は俺の方だ。あのウエイトレスがコーヒーをぶっ掛けたんだ」
「コーヒー?……君、そうなのか?」
「は、はい……」
「服も駄目にして、や…火傷もしたんだ」
「火傷……じゃあ、君も来なさい。」
「えっ…そんな」
ウエイトレスはこの世は終わりみたいに顔を蒼白にして泣きそうだ。
そして彼女の手首にも手錠が掛けられた。
うそ!……コーヒーと火傷で手錠かけるの?
「アイ、何も言うなよ。関わるな」
ケイが低い声で私に釘をさす。
……そんな事分かっている。
あっという間に警官は2人を連れて店を出て行ってしまった。
店長はウエイトレスを心配そうに見送り……違う、気の毒そうに、そして自分が連れて行かれなくて何処かホッとしている様に見えた。
警官が出て行くのを確認すると、店長は引きつった笑顔を見せ客に謝り引っ込んで行った。
しかしこの騒動は此れで終わらなかった。
店の前に停めてあったパトカーに男性客を乗せようとした途端、警官の手を振り切り逃げ出したのだ。
そして1発の銃声の音と、まるで人の手を離れた人形みたいに倒れ込む男性客。
窓の外での一瞬の出来事がコマ送りの様に見えて、此れは夢じゃないかと思った。
警官は倒れた男性客の脈をとり首を横に振ると、両足を持ち引きずってトランクに放り込み走り去った。
歩道に赤黒い塊と引きずった線が1人の人間の死を知らせている。
「……馬鹿よね…逃げるなんて、まぁ結果は同じなんだけど……遅いか早いかそれだけ」
少女の冷ややかな声が聞こえてきた。
「あなた達もあんな事にならない様に注意した方がいいよ。……さ、此れくらいで帰るわ」
教科書やノートをしまう音がすると少女は立ち上がり、〝じゃあね。お会計宜しく″と言って帰って行った。
「圭、俺たちも帰ろうぜ」
「そうだな」
2人の少年も広げた教科書などをしまうと、少し蒼い顔をして会計を済ませ出て行った。
暫く呼吸するのも忘れていたみたいに私は一気に息を吐いて吸った。
……指先が冷たくなっている。
こんな間近で……人通りのある場所で警官が簡単に発砲するなんて信じられない。
人が銃で殺されるの初めて見た。
「……アイの提案もたまには当たるんだな」
「えっ?」
「色々分かった……」
読んでいた新聞をテーブルに置き1つの見出しを指差した。
そこには【死刑執行者リスト】と書かれてあった。




