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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第3章 ∞ 満ちる月欠ける月 ∞
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天邪鬼と優しさ

 何故そんなに驚くのか……違う人生の自分を見に来たのだから、現実世界と全く異なる場所にいる事は想定していたはずだが……

 そんなに叔母の家にいる自分が予想外だったのか?


 アイは家の中を戸惑いながら其れでも懐かしそうに眺めている。

 何か思い出のある物なのか壁に掛けられた絵に触れそうになったが、チラリと俺を見ると澄ました顔で奥へ進んでいった。


 リビングで愛と叔母が楽しそうに話していた。


「あの人が咲子叔母さん」

「……全体的に丸いな…優しそうだけど」

「うん、優しい人だよ」


 叔母は美味しいケーキを買ってきたといい紅茶と一緒にテーブルに並べている。


「わぁ、美味しそう!……どっちにしよう?

 お母さんはどれがいい?」


 その言葉を聞いてアイはこれ以上ない程目を大きく開き絶句している。


「どうやらこの女性は叔母ではなく母親のようだな」

「…………母親」

「そう呼んでいただろ」

「どうしてケイ?」

「俺に聞かれても……知る訳ないだろう」

「でも、いつも行った先の事は知り尽くしているじゃない」


 混乱する瞳が知らないと言う俺を責めるみたいに見つめる。

 ……とても…理不尽だ。


「……今回はアイが選んだ世界だから、予備知識は全くない」

「そんな」

「……言えるのは、どこかの時点でアイが大きな人生の岐路に立って選んだから、このパラレルワールドが存在するって事さ……何か心当たりはないのか?」

「……ある。……6歳位の時養子の話があった。叔母に子供ができなくて……それで」

「じゃあ、其れだろうな」


 ショックを受けている?


「何故そんな顔をする……叔母さんを慕っているんじゃないのか?」

「そうだけど…」


 浮かない顔だ……其れとこれは別って事か。


「……ねぇ、このパラレルワールドの過去に行く事はできないの?」


 何を言うかと思えば……とんでもない事考える。

 この世界の愛がどんな過程で叔母の養子になったのか知りたいのだろう……親に見捨てられる形で来たのか、自分の意思で養子になったのか……6歳の子供そんな決断が出来るか怪しい所だが……見捨てられると言う考え方も少し酷かもしれないな……仕方なくって事もある。

 過去に行けばその正確な事情が知り得ると思っているんだろうが、其れはできない。

 過去に戻る事は許されない。

 残念だが……


「ケイ」


 今、彼女の頭の中はメトロノームが振れるように、答えが右なのか其れとも左なのか定まらず、苛立ち早くそれから解放されたいと思っているのだろう。


「……過去に行く事はできない。正確には行く事を許されていない……理由は言わなくともアイには理解出来ると思うけど……」

「…………ひとつ間違えば未来を変えてしまう可能性が高いからでしょ……」

「そう……無理だ諦めろ」


 唇を噛み悔しそうにしている姿は目当てのおもちゃを買ってもらえない小さな子供のようだ。


「……じゃあ、ケイだけ……私は行かないからケイが確認してきて!何故私が養子に出されたのか…お願い」

「アイ……」

「ケイだけなら過去に行けるよね」

「それは……」

「じゃなきゃ私の事…パラレルワールドの愛を知る事できないはずだもの」


 あまりに必死なので少し可哀想になってきた……俺には珍しい感情だな。

 確かに俺だけなら……かと言って前例を作る事はアイにとって良くないと考えている。

 ……頭を冷やした方がいいな。


「アイ……一旦戻ろう」


 アイは首を縦に振らない俺に落胆し、そして唇にギュッと力を入れた。




 ◆◆◆◆◆




 戻るとケイは無言で椅子に座り手を軽くスライドさせ、彼にしか見えないキーボード?…を操作しだした。そして浮かび上がった画面をつまらない映画でも鑑賞する様に顎に手を当て気だるそうに見始める。


 私の事は放ったらかし……

 なんの言葉もないの?

 漠然とした夢を見せられ目覚めた様な気持ち悪さ……こんな中途半端な気分でリアルワールドに帰るのはごめんだ。


 何か言って欲しい。


「ねぇ、ケイ」

「……」

「ケイ!」

「聞こえてる…黙ってろ」


 画面から目を逸らさず命令口調……なんなの?

 いったい何を見ているのだろう?

 コッソリ後ろに回って覗いてみようか……


 ソロリソロリと少しずつ近寄ってみる。


「……アイ、イタズラを仕掛ける前の猫みたいだぞ。気になるなら遠慮なく覗きに来ればいいだろ……ただ、君には見えないけどね」


 私は素早くケイの後ろに立ったが、確かに何も見えなかった。


「ケイしか見る事が出来ないの?」

「あと、ヴォイス」

「……私がよそ者だから?」

「まあ、そういう事だな……」


 椅子を反転させ意味ありげなもったいぶった顔を私に向ける。


「何を見ていたか知りたいんだろ?」

「べ…別に……」


 嘘……知りたいけど天邪鬼の私はツイ気持ちとは反対の言葉を言ってしまう。

 今まで其れで損してきた事もあるのに、改善できない自分に苛立ちと諦めが交差して網を作っていく、其れが心を覆い食い込んで……そして血を流す。


「強がっちゃって……苦しくないのか?

 まっ、分からなくもないけど…」

「……」

「……ふう…愛が何故養子になったか過去を調べていたんだ」


 マジシャンの奇抜な演出で驚かされた無知な客みたいにポカンと口を開けて見つめた。

 その表情をみたケイは眉頭に力を入れ、立ち込める煙を払うみたいに手を動かして椅子を回転させ背を向けた。


「……はあ、らしくない行動に自分でも驚くが、アイのその意外そうな表情は少し面白くない。……魔がさす事もあるんだ」

「ふふ…お互い天邪鬼だね」

「一緒にするな、迷惑だ」


 私は嬉しくなって声を立てずに笑った。

 なんだか、現実の家族より近い存在のように感じている自分がちょっと気持ちいい。


「話して……ケイ」




 ◆◆◆◆◆




 アイが叔母夫婦の養子になるまでの経過は感情や思惑を除けば至ってシンプルだった。


 彼女が言っていたように夫婦には子供ができず不妊治療を長い間していたが、それも続ける事が困難になると可愛い姪を養子に迎えたいと思い姉夫婦に頼んだ。

 ……と、此処まではリアルワールドと一緒のようだが、この先が違った。


 パラレルワールドの愛の父親がリストラされると言う世知辛い話で始まる。上手く次の仕事に就くことはできたが、給料は今までの4分の3程度しか貰えず、新築の家を買って間もない一家は厳しい状況だった。

 そこへ養子の話が舞い込み父親と母親はこれからの養育費を考えると1人子供が減れば幾らか生活が楽になる。また、愛も養子に行った方が贅沢とはいかなくともある程度の好きな事が出来るだろう……ここで貧乏な生活をするよりはマシと考え、それが子供の為だと、親の勝手な思いで妹夫婦へ養子に出す事を決めたのだ。


 この話を6歳の愛に両親が話すのだが最初はのみ込めずキョトンとしていた。

 何度も噛み砕いて話をすると、自分は家族と離れ離れになり1人で叔母夫婦とずっと暮らす事になる。そしてその2人をこれからはお父さん、お母さんと呼ばなければならないと悟る。


 小さな愛は蒼ざめ顔を歪めポロポロと涙を流し〝行きたくない″と声をしゃくり上げ懇願するが、もう既に決定した事で妹夫婦にも話はついていて、2日後にはその手続きをする事になっていた。


 両親は、やりたいと言っていたピアノも習わせてもらえるし、兄弟がいない分好きな物も買って貰えるからと、宥めすかすが愛はいっこうに泣きやまない。

 ただ、〝行きたくない″〝どうして私なの?″と繰り返し泣きじゃくる。


 困り果てる両親は、子供のいない叔母夫婦がとても寂しく暮らしている。そこに愛が行けば元気になるんだと、今度は小さな子供の情に訴える言い方をし始めた。


 大人のズルさが見苦しく吐き気がする。

 ……正直に言えばいいのだ。

 〝お金の為、生活の為、自分たちが少しでも楽になりたいから養子に行ってくれと……″

 うわべを飾るより正直な気持ちを伝えた方がずっといい。

 それで、我が子に恨まれようが憎まれようが、そう思われても仕方ない事をしているのだから…


 両親は本当は愛を行かせたくないが、どうしてもと頼まれて断れなかった。知らない所に行くわけじゃないし、いつでも此処に来る事は出来るからと、また微妙なニュアンスの言い方をして、小さな子供に一筋の希望をチラつかせ納得させるというなんともゲスな説得をした。


「……俺が、清廉潔白、聖人君子って訳じゃないが、呆れてしまうな……いや、ヘドが出る」


 アイは少し蒼ざめてはいたがそれ程ショックを受けている様子ではなかった。

 ある程度予想していた結果なのだろう……ただほんのちょっとだけ力が抜けたような…自嘲するような口元をしている。


「……ホント……情けない親だね。

 ……きっと小さな愛は分かっていたと思う。親の気持ち……

 叔母が可哀想とかそんなのじゃなくて、親への情が諦めさせたんだよ。自分がいなくなればきっと幸せになれるんだって、そんな自己犠牲を実行したんだ」

「恨んでいると思う?」

「……う〜ん…多分それは無いと思う…っていうかそうであって欲しく無いのかな……じゃなきゃあんな風に笑ってないと思うから……」

「もう一度行ってみたい?」

「……わからない」

「そうか、行きたくなったら言えばいい、特別連れて行ってやる」


 穏やかな笑顔を俺に向ける。


「今日のケイは優しいね」


 他人にそんな事を言われるのは初めての様に感じて、驚きと恥ずかしさで〝バーカ″と言って誤魔化し横を向いたが、顔がモゾモゾと変に喜んでいるみたいだった。


 ……まずい、俺変だ。

 でも、なんなんだこの静かに満ちていく感じは……変だ。





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