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ちらばる世界に何をみるか 〜私と俺のパラレルトリップ〜  作者: 有智 心
第3章 ∞ 満ちる月欠ける月 ∞
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選んだ道

「だから!なんでアイはそう勝手な真似ばかりする!」

「いいでしょ…怪我もなかったし、無事に戻ってるし、ケイはうるさ過ぎ!」


 勝手に危ない事をしたとケイは目くじら立てて怒る……結果何でも無かったのだからそんなに怒鳴らなくてもいいのに、まるで保護者みたいでウザったくなる。


「うるさ過ぎて丁度いい。無謀な事して怪我なんてしたらどうする」

「えっ……なに?……心配してくれてるの?」

「は?……誰を」

「私をよ」

「なんで……」

「怪我なんてしたら……って」


 ケイは少し首を横に傾け眉をひそめた。


「勘違いするな、アイの勝手に付き合わされ、とばっちりで俺が怪我するのが嫌なんだ」


 何バカな事を…とでも言いたげな表情をして、軽やかに、そしてカッコつけて椅子に腰をおろした。


「あっそう」


 そうだよね…心配なんかする訳ないか。


「何を2人で言いあっているのですか?」


 のんびりとヴォイスが会話に入ってきた。


「アイが好き勝手にするから注意してただけさ……」

「あれダメ、これダメじゃあ面白くないよ。

 だいたいルールなんて誰が作ったの?」

「……」


 鼻の頭にしわを寄せて突っかかると、ケイは斜め上をチラリと見てニヤリとした。


「……え…もしかして……」

「私です……」

「……それ以外いないだろう」


 クスクスと笑うケイを見ながら、教えておいて欲しかっと気まずく思いながら、でも考えれば分かる事だなぁ…と自分の迂闊さが恥ずかしかった。


「えーと、ヴォイス…」

「……気にしませんが、そんなに面倒なルールですか?」

「あの…ルールは必要だけど……つまり…

 そう!ケイが細かすぎてやり難いのよ」

「なんで俺?真面目にルールを遵守しているだけだぞ」

「真面目って……意地悪にしか思えないけど……」

「ケイ、意地悪しているのですか?」

「はあ?言うに事欠いて…全くやってられない……ヴォイス、このお嬢さんはパラレルワールドに行く資格はないよ」

「ほら!それが意地悪だっていうのよ」

「2人とも、そう噛みつきあわないでください」


 ケイは肩をすくめ背もたれに寄りかかり、私はプイッと横を向いた。


「アイ、ルールは守ってください……とても大事な事なのです」

「うん……」

「ケイは…少し優しい言い方をするといいのでは?」

「……相手による」

「ケイ」


 ヴォイスのたしなめる様な声にケイは仕方なさそうに〝努力する″と言った。


「よろしい。せっかく2人でトリップしているのですから仲良くしてください」


 それはそうだけど、仲良く出来る気がしないのは私が捻くれているからだろうか?

 ……でも、ケイも捻くれていると思う。ルール遵守を声高に主張するくせに、それを無視する私の行動を面白がっている節がある。

 何を考えているのか…たまに不気味に感じる事があるのは気のせい?

 でも、不気味と言ったらヴォイスもそうだ……なぜ声だけ?

 この場所はヴォイスが作った?……では彼?…彼女?…………彼でいいか。…何者?

 前にケイが聞いても答えないと言っていたけど、パラレルワールドの次に気になるな存在。


「アイ?……黙り込んでどうかしましたか?」

「えっ…あ、なんでもない。そろそろ帰る。

 ケイお願い」


 いつもの様に手をスライドさせて扉を出した。


「じゃあねヴォイス…」

「ええ、さようなら」


 扉に一歩踏み入れたところで振り返りケイに視線を向けた。彼は怪しむみたいな瞳をして私を見ている。

 ……知る機会は幾らでもある…焦る必要はない。


「じゃあね…ケイ」

「ああ…」




 ◆◆◆◆◆




 戻るとすぐに晩ご飯だと下から呼ばれたので下りていくと、食卓には珍しい人物が優しい笑顔で私を迎えてくれた。


「咲子叔母さん!……どうしたの?」

「愛ちゃん久しぶり」


 長野県に住んでいる母の妹で…丸顔に丸い目……体つきも丸く、姉である母とは対称的だった。

 私はこの叔母が小さい頃から大好きで、幼稚園や小学校の長期休みの時は1人で泊まりによく行っていた。

 それが小学校の高学年になると塾に通い出し、中学生になればもっと暇がなくなり泊まりに行く事がなくなった。


「えーどうしたの?5年…6年ぶりくらい?」

「そんなになる?……フフフ」

「咲ちゃん、友達の結婚式に呼ばれてこっち来てるのよ」

「結婚式」

「ええ、OL時代の後輩の結婚式。39歳で初婚なの…フフフ」


 決して馬鹿にするみたいな笑いではなく、本当に嬉しそうに可愛らしい笑い声。


「そうなんだ……え、じゃあそれ終わったらすぐに帰っちゃうの?」

「そうね……ゆっくりしたいけど旦那1人じゃね……何日も家空けると部屋の中がとんでもない事になるから……」


 人を幸せな気持ちにさせる優しい声と少し子供っぽい笑顔を見せる。


「……つまんないなぁ、叔母さんとゆっくり話したいのに……」

「ごめんね……また、前みたいに泊まりにおいでよ。何時でも歓迎するから」

「行く行く」


 叔母と盛り上がっているのを、母と姉は少し渋い表情を見せながら聞いている。

 きっと落ちこぼれの私が、なに遊びに行こうとしているんだと思っているのだろう。

 でも、そんな2人の思いなんてどうでもいい、家族より叔母との時間の方が遥かに自分らしく素直になれる。


 ……叔母の娘に生まれたかった。


 ……そう言えば、10年前くらいに叔母が私を養子に迎えたいと言ってきた事があった。


 叔母夫婦は長いこと子供が授からなくて、不妊治療を受けていた。そしてやっと授かったがたった3ヶ月で流れてしまい、その時の叔母は幼い私でも分かるくらい酷い落ち込みようだった。

 心も身体も疲れ果て、旦那さんの判断で暫く実家に戻っていた時期もある。

 その頃、私を養子に…っと言う話が上がった。

 叔母は私に会うたび〝叔母ちゃんの子供にならない?″と優しい笑顔で聞いてきたが、どこか病んだ笑みで大好きな人ではあったけどその時は怖かったのを憶えている。


 しかし心の病だけで言っているのではなく

 、真剣に思っていたようで体調も気持ちも快復した頃、旦那さんと一緒にここに来て本当に養子の話を持ちかけてきた。


 今の私だったら直ぐにでも養子に行くことを了承するが、小学校に上がるか上がらないかの私と家族の関係はごく普通で、幾ら大好きな叔母の所でも養子に行きたいとは思わなかったし、父も母もキッパリと断った。


 旦那さんの方はある程度断られる事は予想していたのでゴリ押しはしてこなかったが、叔母は随分粘った。

 父も母も気持ちは分かるのでかなり困っていたが、最後まで首を縦には振らなかった。


 旦那さんに連れられて帰る叔母はとても悲しそうで、別れる際、泣きそうな顔に無理矢理貼り付けたような笑顔を私に見せて帰って行った。

 ……そういう経緯もあったからなのか、学校が休みの度私を泊まりに行かせ、少しでも寂しさを紛らわせてあげられればと言う父や母の配慮があったのかも知れない。


 そんな叔母も確か今年で45歳になる。

 子供はあれ以来諦めたようで旦那さんと2人の生活を楽しむ事にした様だ。


 こうやって母たちと笑いながら話す姿は色んなことを乗り越え覚悟をしたからこその笑顔なんだと思う。


 強い人だなぁ……強くなったと言った方がいいのかな。


「初婚で、39歳のできちゃった婚なのよ。ビックリするわよね〜」


 母と姉が一瞬困った様な表情を見せた。

 それに気づいた叔母は驚いた顔をしたが、直ぐにケラケラと笑いだした。


「やーね、そんな顔して……とうの昔に吹っ切れているんだから」


 軽く流して聞いていればいいのに…馬鹿な2人……かえって気をつかわせて…

 ぎこちなく笑いかえしてる母と姉が滑稽に見えた。


「ねぇ、咲子叔母さん本当にまた遊びに行ってもいいの?」

「勿論よ!……愛ちゃんなら何時でも大歓迎よ」

「ヤッタ」

「ちょっと愛、咲子はいいけど和也さんが迷惑よ……よしなさい」

「あら、そんな事ないわよ。旦那も喜ぶわ……愛ちゃん、大きくなって遊びに来なくなった時結構寂しそうにしてたのよ」

「有り難いけどね……」


 母は苦笑いをしていた。


 玄関から父と兄の声が聞こえた。


「あら、2人一緒なのね……途中で会ったのかしら」


 母はホッとした様に立ち上がり2人を出迎えに出て行った。

 姉は自分の食べ終わった食器を片付け、私に向かって偉そうに〝後片付けちゃんと手伝いなさいよ″…と言い、叔母には〝ゆっくり休んでね″…と言葉を掛け出て行った。


 叔母は2人だけなのに声をひそめ〝ねぇ、あなた達上手くいってないの?″…と聞いてきた。


「えっ!」


 丸顔に丸い目を私に向けて心配そうに覗き込んでいる。


「何かあったら何時でも言ってね……私は愛ちゃんの味方だから」


 柔らかくて温かい手が頬を優しく撫でてくれた。


「ありがとう……でも、大丈夫だよ」

「そう……ならいいけど」


 そう、今は大丈夫。

 居場所ができたから……少し前だったら分からなかったけどね。


 でも、その優しさは嬉しい…やはり私はこの叔母は大好きだ。

 あの時、養子に入っていたら随分……いいえ、全然違う人生を送っていたんだろうな……

 叔母は次の日の土曜日結婚式に出席してそのまま長野に帰ると言って午前10時頃家を出て行った。

 別れる際耳もとで〝本当に遊びにおいで″…と言って頭を撫でてくれた。




 ◆◆◆◆◆




「えっ!…どの扉でもいいの?」


 これは青天の霹靂!……ちょっと大袈裟……かな。

 でも、私に選択権なんて与えて貰えないと思っていたから驚きだ。

 何か心境の変化でも有ったのかなぁ……其れとも何か魂胆でも……


「なんだその目は……嫌なら無理して選ばなくてもいいぞ」

「そんな事言ってない」

「じゃあ選べ」


 いつもの事だけど偉そう。


 私は数ある扉の中から一つ指差した。

 何故それを選んだのかは自分でも分からない……なんとなくだ。


「ふん……言っとくがどんなパラレルワールドでも文句言うなよ。自分で選んだんだからな」

「わかった……」


 ちょっと自信なかったけど、そう言わないとまたどんな嫌味を言われるか。

 それにどうも私の言葉など信用していないみたいで、不信と不安が顔に表れている。


 ケイが手をスライドさせる。

 選んだ扉だけが残り、そしていつもの様に2人で足を踏み入れた。




 ◆◆◆◆◆




 閑静な住宅街の長い坂の下に私たちは立っていた。

 とても懐かしい感じがする……多分来たことがある…と思った。

 私は誘われるみたいに坂を登って行った。


 無言でひたすら坂を登った……瞳に飛び込んでくる景色が記憶を蘇らせていく。

 徐々に歩くスピードが上がり、登りきった時にはここが何処なのか懐かしさと共に明確な思い出が心を温かくしていた。


 ……叔母夫婦が住む街だ。


 振り返るとケイがゆっくりと坂を登って来ていて、途中立ち止まり、長野、富山、岐阜、新潟の4県にまたがる飛騨山脈の雄大で美しい稜線に目を奪われたのか身動ぎもしないで見つめていた。


 なんとなく声を掛けにくく私はそのまま叔母の家に向かって歩き出す。

 数年経っても記憶の街並みと変わってないので、本当に此処はパラレルワールドなのかと疑ってしまう。


 もう少し……あのレンガ造りの家を左に曲がれば正面に赤い屋根の家があるはず。


 もう一度振り返ってみる。

 ケイは少し離れていたけどついて来ていた。


 私は曲がり角で立ち止まり、はやる気持ち抑えながらケイが追いつくのを待った。


「……待たせた?」

「いいよ……ここ曲がると叔母夫婦の家なんだ……」

「じゃあ、長野県だ」

「よく知っているね」

「まぁね…」


 ケイの含み笑いが少し怖い……何処まで私の事を知っているのか……気持ちが落ち着かない。


「あの赤い屋根の家?」


 角の先を覗き込んで分かっているのに知らないフリをする態度にイラっとした。


「そうだよ。……行こ」

「……なんか怒ってる?」

「別に……」


 私のトゲトゲしい言い方に首を傾げ、そして溜息をついていた。


 ほっとこう……サッサと歩き始めた。


 叔母夫婦はどんな生活をしているのだろう?

 この世界では子供を授かったのかな?…だと嬉しいけど、どうか幸せでいてほしい。


 門の前で立ち止まり懐かしい赤い屋根に白い外壁、よく手入れされた芝生は青々としていて、叔母らしい可憐な花が美しく咲いていた。

 突然後ろからケイの呼ぶ声がした。振り返ると頬を紅潮させ走ってくる私がいた。


「えっ!」


 彼女は家の門を当たり前の様に通りドアを開けた。


「ただいま〜」


 あまりの驚きで馬鹿みたいに玄関を見つめている私に向かってケイが笑いながら近づいて来る。


「ビックリだな」

「なんで…?」


 なんで〝ただいま〜″なの?

 遊びに来てる?…え……ここは何月何日?


「ねぇ、何日?」

「アイがトリップした日と一緒だ」

「週末遊びに来ているの…かな?」

「自分で確かめるといい」


 ケイは私の背中を押しながら壁を抜ける。






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