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6話 さよならの音

8/6:プロローグの一部をこちらに挿入していますが、内容に変化はありません。

 綾瀬皆実の過去は他人のそれとはまるで違う。記憶のほぼすべてが赤い血で染まっていた。


 聞こえる幻聴は、過去も現在も、そして未来もずっと、皆実の頭から消えることはない。


『被験体373において昨日確認された幻覚症状は1時間間隔の24時間観測という条件下で計15回、その内容は嘔吐、叫声、存在しない他者の幻想、幻聴――』


 ――ケガラワシイバケモノ。


『被験体373の血液検査結果において、能力誘導Cr値の減少を確認。投薬量の変更と投与薬物の追加を――』


 ――バケモノ、バケモノ、バケモノ。


『被験体373の失血実験の結果、能力有効最大失血量は全血液量の1/6、ショック状態寸前まで能力発動が有効であると考えられ――』


 ――バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノ。


 彼女の幻聴は消えない。


『君たちは神の子。下等なニンゲンから隔離されるべき存在だ』


 神がいるならどうして、どうして、悪夢は今も終わらないのだろう。

 彼女がどれほど嘆いても答えなど返ってこなかった。


『君は神に選ばれた使徒。さあ、今日も神の声を聞こう』


 聞こえたことなど一度もなかった。

 その小さな世界のどこにも、綾瀬皆実の信じる神はいなかった。






◇◆◇






 午後4時。宮路とくるみが郊外に出向くと聞いて、是人が「危ない」と忠告をした。それを隣で聞いて、皆実も是人に同意する形で言葉を放る。


「たしかに。このあいだも殺人事件があったね」


 その殺人事件に関わっている当人が、まるで他人事のように言った。けれど宮路は危ないのが北側だと把握していて、そちら側には近づかないと安易な考えで反論してくる。

 それを「浅はか」と伝えることはできるけれど、皆実はあえて口にはしない。下手なことを口走って、墓穴を踏むわけにはいかない。第一、宮路の言うとおり危ないのは北側の郊外。

 今日伝えられている任務も6区、北側だった。


 それ以上心配しない皆実とは違って、是人はなおも宮路のことを心配する。普通に見れば是人の心配は過剰。殺人事件に巻き込まれるなど平和な頭では誰も考えない。

 けれども是人の立場を思えば、殺人事件を身近に感じてここまて心配するのも頷ける。いずれにしても皆実は2人の口論にそれ以上参加する気はなかった。

 皆実はこちらへ向かっている人物を見て、隣で繰り広げられる会話を遮断した。


 九条将貴が階段を上ってくる。皆実は九条の動きに注意しながら階段をゆっくり下りた。そうして九条の手が皆実の手に触れ、同時に肩がぶつかった。


「い……っ、おぉ……」


 勢いよくぶつかられはしたものの、痛みなど全然なかった。けれど反射的に皆実は声を漏らし、驚いた声も付け加えた。

 か弱く見せた皆実の反応に、九条は不服そうにしながらも「悪い」とそっけなく告げて階段を上る。


「大丈夫か?」

「軽く当たっただけだから」


 是人に心配されながら皆実は肩をさするため、左手を動かす。その左手は九条と先ほど交わしたほう。そうして肩へと向けた手は一瞬だけ皆実の眼前を横切る。その手に握った白いメモ用紙がほんのわずかな時間皆実の目に映り、そのまま皆実は何もないみたいにその左手で肩をさすった。


『屋上』


 たった一言そう書いてあるだけのメモ。けれどそれが重要伝達事項であることを分かっているため、皆実は是人の声かけも上の空に返した。


「今日提出の補習課題、まだ提出してなかった」


 今朝提出したばかりの課題を言い訳に、皆実は早々とその場を後にした。


「2人とも、一応気をつけてね」


 宮路とくるみにかけた言葉は本当に「一応」のものだった。危ないのは北側で、そちらに近づかないのなら大丈夫。宮路に負けないくらい皆実の考えも浅はかだった。


◇◆◇


 メモで伝えられたとおり屋上へと向かう。普段鍵がかかっている屋上の扉は先に入った人物の慣れたピッキングですでに開いていた。


「こんなギリギリの時間に、何か連絡?」


 扉を閉めて鍵もかける。そうして皆実は手すりに手をかける、九条将貴の隣に並んで共に見晴らしのいい校庭を見下ろした。呆れるような皆実の声を聞き、九条は「言い訳になるのかもしれないけど」と前置きをいれて反論してくる。


「ギリギリになったのは俺のせいじゃない。その視線は、家に帰ってあの人に向けろ」

「将来的には君のお義兄さんになる人を『あの人』呼ばわり?」


 皆実は軽い冗談を口にする。けれども言ってすぐにその冗談が言葉選びに欠ける軽率なものだったと自覚した。少しだけ九条に申し訳なく思いつつ、ここで撤回するのもいかなものかと考えていると九条の冷静な声が右耳を通過した。


「あの人と義兄弟になる予定は今のところないけど、言った後に後悔するくらいなら言わないほうが無駄な神経使わなくて済むぞ」


 茶化すには少し重い話。怒られることは覚悟していたのだが、九条は特に怒ることも取り乱すこともなく、皆実に今後の注意事項としてそんな忠告を口にした。


「ごめん」

「……ああ」


 皆実が素直に謝れば、九条は短い返事で受け止める。噂の九条将貴からは想像がつかないほどに、彼自身はとても優しい。こんな彼を知れば、だいたいの人が『噂は所詮噂だった』と思うことだろう。

 けれどあの噂は嘘ではない。むしろあの噂はマシな方だと皆実は判断している。彼の事実を軽めに書き換え、わざわざ噂を流したのは他でもない皆実だった。


「それで、あの人は何て?」


 皆実の問いかけに、九条は少しだけ視線を彷徨わせる。その仕草だけで彼が言葉を選んでいることは理解できた。そして、その連絡が皆実にとってあまりいい話でないことも。


「俺たちの任務地が6区じゃなく、23区になった」


 23区、そう聞いて頭が痛む。


『被験体373……』


 頭の中に刻み込まれた声が脳みそをつつき、揺さぶる。皆実は逃れられない過去の声に抗って、自分のこめかみを尺骨でコツッと叩いた。脳内をリセットし、冷静な思考を取り戻す。


「……23区って、南側じゃん」


 皆実が目を細め、確かめるように聞き返す。九条は一連の皆実の様子を心配そうに見つめながら「ああ」と短く答えた。


「順序でいえば今日やつらが現れるのは6区。でも、23区に位置を変える可能性があるって情報が入ったんだと」


 その大元となる情報源がどこであるか知っている以上、皆実がその可能性を疑う姿勢は元よりない。九条についてもそうだ。だから皆実は『あの人』の考えた作戦に思考を向ける。


「じゃあ6区に人員割いて、念のため23区にわたしと九条を行かせるって話?」

「みたいだ。6区にはお前がいない分、俺以外の全員を回すとさ」

「つまりわたしは九条のお守りってことね」

「逆だな」


 内容としては恐ろしい話をしているのだが、皆実は軽口を叩くのをやめず、九条もそれに同調する。今から嫌でも笑えない事件に首を突っ込みに行くのだから、むしろ今だけでも穏やかな空気を崩したくなかった。


 任務決行は日暮れ時。ターゲットが動くのは辺りが暗くなってからだ。

 皆実と九条はしばらく、賑やかな校庭を見下ろす。楽しげに笑う彼らの日常、その裏側で起きている残酷な現実を彼らは何も知らない。


 知らないことは幸せだけれど、その幸せは必ずしもその人を救いはしない。


 あの人はそう言っていたけれど、たとえ仮初めの幸せであっても、その幸せに浸ることができるならその人は救われると思う。

 現実の断片を知っている皆実は、仮初めの幸せに浸ることすら許されないのだから。虚構の幸せに浸れるなら、それだけで少なくとも心は救われるだろう。


「あと何回……この景色を見れるかな」


 自分がいなくなるのが先か、この幸せな景色が消えて無くなるのが先か。いずれにしても、あと何回この景色を見れるだろう。

 皆実の悲しいつぶやきを聞いて、九条は深く息を吐いた。


「お前……本当に行くの?」


 今から向かう先、皆実の明日はそこで消えるかもしれない。それでも皆実に拒否権はなかった。立ち向かうことだけが、唯一皆実の生きる価値だったから。






◇◆◇






 自らを『神の子』と呼ぶ少年と少女にいたぶられ、橘宮路は血だらけで皆実の目の前に倒れていた。


「綾瀬……綾瀬……っ!」


 戦闘を終えた皆実の名を、宮路はすがるような声で呼んだ。いつもの宮路なら絶対にこんな声は出さない。こんなふうに皆実のことを呼びはしない。

 よほど怖かったのだろう。皆実の冷めた感情が客観的に宮路の感情を分析していた。


 宮路とこんなふうに相対する日が来ることを、全く予想していなかったわけではない。むしろいつかそんな日が来ることを皆実は理解していた。


 けれど『いつか』は本当に不明確な未来で、まさか今日、それも23区のこの場所で訪れるものだとは思わなかった。


 宮路とくるみがこの場所を『崩壊の美』と思ったのなら、それは皆実にとってあまりにも皮肉な話。


 唯一の救いはくるみだけでも、この場から去っていたことだけ。少なくとも皆実と宮路の関係は今この時点で壊れてしまった。


 皆実は自分がバケモノであることを橘宮路に知られ、同じバケモノの少女を殺したところを見られた。たとえ命がけで宮路を守った事実があっても、そのことを宮路が感謝するとは思わない。

 宮路にとって、今目の前にいる皆実は得体の知れない怪物。数時間前まで友人をしていた綾瀬皆実はもういない。


 皆実と宮路の関係はあくまで虚構。皆実が宮路のそばにいたのは気の合う友人だったからではない。

 嘘で塗り固められた関係は、1つ暴かれただけで脆く壊れた。

 正体を知られた今、皆実はもう宮路の友人には戻れない。


 偽りの友達関係は終わりを告げた。皆実は宮路に銃を向け、そのことを教えてあげる。


「綾瀬……おまえ、なに、してんだよ」


 動揺した宮路の声。

 このまま皆実が宮路を助けて元通り。明日からはまた穏やかな日常が始まる。

 そんな都合のいい話は所詮おとぎ話の世界でしか起こらない。夢物語など、この世のどこにもないのだ。


「……知らなければ、よかったのにね」


 あのままずっと何も知らずにいたら、宮路は幸せでいられたのに。今日こんなところに来なければ、仮初めでも平和な日常を過ごせたのに。皆実は明日も、宮路の隣で冗談を言えたのに。

 虚構の日常。けれど4人で過ごすあの瞬間だけは、綾瀬皆実というバケモノがニンゲンを演じることのできる時間だった。

 何も知らずにいたら、虚構は真実のふりをして現実のままでいたのに。


 皆実はトリガーを引く、人差し指に力をかけた。

 つん裂くような銃声。

 九条が皆実の腕を持ち上げていた。銃弾ははるか上空に放たれ、虚空を貫いた。


「何してる。……落ち着け、綾瀬」


 九条は困惑混じりな声で皆実の肩を揺らす。目の前の宮路はすでにショックで意識を失っていた。


「わたしは落ち着いてるよ。橘は全部見た。目撃者は殺せって、それがあの人の、郁也さんの命令だよ」


 目撃者は誰一人、生かしておいてはいけない。皆実と九条はそう命じられている。だから本来宮路のことを今ここで殺す、その皆実の判断は正しい。


「そうだ。でも、橘だけは例外だろ。橘宮路は殺すな。それがあの人の命令で……お前が一番よく理解してたことだろ」


 けれど宮路だけはそうではいけなかった。橘宮路がヤツラ(、、、)に接触した場合、そのときのみ皆実と九条は生きたまま橘宮路を拘束しなければならない。

 そう命令されていた。だから皆実は宮路のそばにいてずっと監視していたのだ。一番分かっているのは皆実の筈だった。


「冷静さを失ってど忘れしたのか? それとも橘宮路に情でもわいたか」


 殺すことを「情」だと言うのはおかしな話だ。でも九条の言うとおり。きっと橘宮路にとって、皆実たちに生かされることよりも今この場で殺されることが幸せな道。

 生かされる宮路の世界は、皆実たちの見る世界と同じ黒に染まる。いっそ死んだほうがマシだと叫びたくなるような世界。


「綾瀬……1人の人間が守れるのはたった1人だけだ」


 刷り込まれるようにして言われた言葉。自分の手で守れるのはたった1人。だから皆実も九条も大切な1人を選んでそのために戦っている。

 皆実が守ると決めた大切な人は、橘宮路ではない。

 そんな皆実が宮路を殺すのは、宮路を助けようとするのは、傲慢なこと。二兎を追う者は一兎をも得ず。宮路を助けるなら皆実は彼女の大切な人を失うことになる。

 極論だと誰かが笑うかもしれないけれど、皆実の従う男はその極論を現実として突きつけてくる人間だ。


「ごめん……動揺してた」


 守るものも、為すべきこともすべて決めていたはずなのに。

 宮路と一緒に過ごす時間は楽しかった。楽しくて、その時間を止めたかった。何も知らない宮路と、何も知らないふりをした自分、その記憶のまま終わらせてしまいたかった。今ここで宮路を殺してしまえば、皆実も宮路も綺麗な記憶のまま。

 でも皆実にとってその願いは所詮2番目のもの。1番の願いを超えることはない。それを超えられない願いなら口にできない。この理不尽な世界でもし傲慢な願いが叶うとしても、それはたった1つだけだから――。


「さよなら、仲良しの橘宮路くん」


 だからもう、宮路との友人関係が続くことを望まない。

 届かない別れの言葉を宮路に告げる。次に目が覚めた時、彼はどんな顔でどんな言葉を口にするのか、そのことを想像して皆実は宮路の前に座り込んだ。


「わたしはね……楽しかったよ。君はどうかな。全然、なんて言ってそっぽ向くかな」


 宮路の姿はボロボロ。

 左腕と右足は完全にいかれて、あらぬ方向を向いて伏せられていた。骨は粉々になるほど砕かれているだろう。絞るようにして捻りあげられた皮膚からは血が流れている。


「綾瀬……」


 九条は皆実の腕を引き上げ、皆実をその場に立ち上がらせる。ふらつく皆実の体、その顔はとても青ざめていた。

 皆実は九条の肩に手を置いて自分の体重を彼にかけた。視界がぼやけ、気持ち悪い感覚が襲う。けれども深呼吸を繰り返せば幾分視界の霧は晴れた。


「……血を流しすぎだ。もう、足りてないだろ」


 足元に転がるガラス片。反射した皆実の顔は病的に青白く、そしてその瞳はバケモノのように赤い。

 宮路の血の匂いを嗅いで、血の足りない体が余計に反応したのだろう。皆実のバケモノじみたチカラは完全無欠とは程遠い。使った分だけ、リスクと代償が生じる。所詮は諸刃の剣だ。


「気休めだけど、飲め」


 九条はブレザーのポケットから薬包紙に包まれた血液製剤のタブレットを取り出す。それを息切れする皆実の手に乗せた。


「……準備いいね」

「あの人はそういう人だろ」


 皆実は震える手で血液製剤を口に入れた。タブレットが口の中で溶けて鉄錆の風味が広がる。喉を通る瞬間は吐き気がするほどに気持ち悪い。たった5粒では全然足りなくて、嘔吐感はあるのにまだそれを求めてしまう。


「……早く戻って休め」


 皆実を気遣うようにして九条はそんな声かけをしてくれる。血液製剤のおかげで体はだいぶマシになっていて、皆実は彼にかけていた体重を自分に戻した。

 皆実が自分の足で立つのを確認すると、九条は足元に転がる宮路を自らの肩に担ぐ。暗闇を歩いて瓦礫の前まで向かい、九条はその瓦礫の上に飛び乗って足を踏みきる。勢いよく右足で踏み込み、彼は壊れた壁を越えて近くの廃墟へと飛び移った。


 彼の後を追うようにして皆実も彼が辿った後の道を歩く。けれども視界の端に映る過去の産物から目をそらし続けることはできなかった。

 皆実の視線の先、顔のない神像はそれでもいまだに皆実のことを見下ろしている気がした。

 3年ぶりに見る神像。あのときと同じように、皆実は血に濡れて血に飢えていた。


「バケモノに成り果てても……何も救えないなんてね」


 神像を見つめ、皆実は返事を求めるみたいにして声をかける。返る答えがないことを知りながら、皆実は朽ちた神像に3年ぶりに答えを求めた。


『あと何人殺したら……わたしは……っ、わたしは……っ、もう殺さなくて済むの』


 あの頃皆実が信じていた神は、一度も答えをくれなかった。願いなど叶うこともない、この教会に神などいなかった。

 たった1人すら、まともに救えない。ここは残酷で、小さな世界だった。

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