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5話 銃口の先

 助けを望んだ宮路の前に、彼女は現れた。


 倒れ伏した宮路の視界に細長い脚が映る。同時にその向こう側で真白な少年が奇怪な光の粒を弾かせた。


 目の前にいる彼女は躊躇することなく持っていた銃で自分の左手を撃ち抜く。重厚感のある銃声が辺りに響いた。


「珠玉露……発動」


 手から血を流し、彼女はそう口にした。途端に、流れいく血液が言葉の縛りを受けるかのようにして彼女の左手の一点に集まり、形を成していく。そうして瞬時に精製された真っ赤な刀の先を放たれた光線へと向けた。


 光線の先端と刀の先端がぶつかる瞬間、刀をかたどっていた血液が液化して、沸騰するようにそこで弾け爆発する。


「う、わ……っ!」


 爆発と同時に宮路の身体は何者かに担がれた。爆発の衝撃を避けるように、その者は宮路の身体を肩に乗せ、風圧に任せてその場から飛び退く。


 爆発の光で露わになった、自分を担ぐ人物の顔を見て宮路は声を詰まらせた。


「……く、じょう」


 間違いない。宮路を肩に乗せているその人物は、今日もすれ違った悪い噂で有名な九条将貴だった。


「九条……なんで、お前が……」

「説明は後だ。……するかも分からないけどな」


 九条はさっき宮路がいた場所から50メートル近く離れた場所に着地して、ボロボロな宮路を木屑が囲む地面に寝かせた。噴煙が舞う。あちらからこちらの様子はしばらく分からない。今が宮路に与えられた少しの猶予だった。


「どういう、ことだよ。お前……お前は」


 聞きたいことがまとまらない。何を聞きたいのかも、何から聞いたらいいのかも、とにかく頭が回らなかった。体が麻痺して痛みすら理解できなくなっていた。


 そんな宮路の元にもっと信じたくない存在が着地する。


「……九条、どっちを任せたらいい?」


 その声も姿も間違いない。彼女は宮路のよく知る綾瀬皆実だった。


「俺の場合、体を固定されたら終わりだからな。……女のほうはお前が頼む」

「了解」


 慣れたような会話をする2人は宮路にとって違和感でしかなかった。すれ違っても会話すらしない。皆実と九条は顔見知り程度の間柄で、皆実は普通の生徒同様九条のことを怖がっている。それが宮路の認識だった。


「あ……やせ、綾瀬!」


 宮路は皆実の名を呼ぶ。大きな声で、こちらを振り向けと伝えるために彼女の名を呼んだ。

 振り向いた彼女は、今まで宮路が見たことのない冷たい顔をしていた。


「橘……1人だけ?」


 皆実が静かに尋ねてくる。その体には傷一つない。彼女の左手はあのときたしかに拳銃で撃ち抜かれたはずだった。けれどその傷はまるで手品だったとでもいうように、綺麗になくなっている。

 今起きてることがすべて、本当に全部幻だったらよかった。


「綾瀬……お前、なんで……何やって」

「聞いてるのはわたしだよ。くるみちゃんは? 一緒だったんでしょ?」


 皆実の声は冷たい。自分の質問に答えてほしいのに、質問すらままならない宮路は、皆実に問われるまま彼女の質問に答えていた。


「くるは、帰った……」

「……そう。ならよかった」


 皆実は少しだけ安心するように言った。その言葉でこの少女が本当に綾瀬皆実なのだと実感してしまう。誰かに憑依されているとか、そういう霊感的な話でもない。この少女は馬鹿で冗談好きで、宮路の友人、間違いなく綾瀬皆実なのだ。


「綾瀬……」

「ひゃーっははは! まじで、びっくり。オレ様、神の子が現れるなんて聞いてないんだけどー?」


 噴煙が拡散して視界が開けた頃、神像の肩の上で少年が楽しげに笑い転げている。その声が聞こえ、皆実と九条は宮路から距離をとるようにして跳躍した。

 宮路から数十メートルの距離がある場所にそれぞれ別々に着地し、2人は真白な服の少年少女に視線を向ける。


「裏切り者かぁ? 初耳すぎてオレ超興奮!」


 少年は荒い息を吐きながら足をジタバタと動かす。狂ったその姿に皆実が表情を歪ませると、すぐさま九条が構えた銃で少年の足元を撃った。

 しかし少年は九条の弾の軌道を読み、軽くジャンプして銃弾をかわしてしまう。そうして九条のことを見てニヤニヤと楽しそうに笑った。


「なんだよ、お前はただのニンゲンか。そんなに殺してほしいのかよぉ? これだから汚ならしいなぁ、ニンゲンは。ひゃーっははは! そんなに死にたいなら殺してやるよ!」


 興奮した少年は神像から飛び降りる。それと同時に九条は駆け出した。

 一方、神像の右手の上では少女がつまらなそうに皆実のことを見下ろしていた。


「ねぇ、そこの子ホントに神の子なのぉ? チカラはそれっぽいけどさぁ? 神の子なら神を壊すようなことしないよねぇ? この神像、あんたが起こした爆発のせいで傷ついちゃったよ。……どうしてくれるの」


 神像の肩に座っている少女が表情を変える。彼女が腕を動かす前に、皆実は構えた銃の引き金を引いた。

 迷いなく撃ちこんだ弾は少女の肩を撃ち抜いて、すかさずもう一度撃った弾が少女のもう片方の肩を撃ち抜いた。彼女の肩を壊して腕が上がらないように、皆実は遠くの距離にいる少女へと撃ちこんだ。


「……ぁあああ! 許さない……神の子が血を流すなんて……高貴な血を……許さない……許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!」


 神像から落ちた少女は発狂し、皆実に向かって叫んでいる。皆実はそれにも動じず、落ちた少女に銃の照準を合わせていた。


「わたしも君を……許さないよ」


 皆実は引き金を引く。2回響いた銃声。連続で放たれた弾は遠くの少女の胸に撃ち込まれた。真白なワンピースは赤く染まり、少女はピクリとも動かなくなる。


 誰かが死ぬ瞬間を、宮路はその目で見ていた。それは初めての光景でもないのに体はどうしようもなく震えていた。まるで痙攣するかのようにして手が小刻みに震える。


「ひゃっはっはっはーー! なんだなんだぁ?! そっちの神の子すげぇーつええ!! オレお前と戦いたいよぉ! こんなよわっちーニンゲンさっさと殺してやるから待ってろよぉ!!」


 少年は九条に向かって光線を放ちながら、皆実への興味を口にして狂った笑い声を漏らす。でたらめに放たれる光線は半壊した教会をさらに破壊し、巻き上がる粉塵と風圧が戦場を荒らしていた。


 噴煙の舞う向こう側、少年の位置も九条の位置も宮路には分からない。まだ噴煙の曇りのない、皆実の位置だけは把握できていた。

 ハンドガンに仕込まれた弾数を確認し、皆実はその銃口を曇る視界の先へと向けている。おそらく九条が対峙している少年を撃とうとしているのだ。


 粉塵が舞う先で、九条と少年の姿は判別できない。それなのに皆実は困る様子も見せず、拳銃を空へと向けて放った。皆実が放った弾は空から降ってきた光線に砕かれる。そこに少年がいるのだ。


 皆実の数メートル横に落ちてきた光線。皆実は飛び退いてその衝撃から逃れる。そうして判別した少年の居場所に、皆実は再び銃をかまえた。


「……っ」


 しかし、かまえた銃を皆実は落としてしまう。さっきの宮路と同じだった。皆実は体を全く動かさない。否、動かせないのだ。


「痛い痛い痛い。……あぁあ、傷だらけだよぉ。これはとーってもとーっても罪深いよぉ?」


 皆実に撃ち殺されたはずの少女が奇妙な笑い声をあげ、立ち上がる。身体からは今もなお血が流れ、彼女の真白なワンピースは赤く染められ続けていた。


 トドメを刺しきれていなかった。そのことに皆実は少なからず驚いていて、抵抗する暇もなく皆実は地面に叩きつけられた。右肩の撃ち込みが甘く、少女は鈍いながらも右腕を持ち上げて皆実の体を操作するように指を動かしていた。


「……っ、くぅ……っ」

「さっきの感じを見るにー、あんた自分の血を使って能力発動させてるでしょー? じゃあ血を流すこともできない今、あんたはただのニ・ン・ゲ・ン」


 使い物にならない左腕をぷらんぷらんと揺らしながら、少女は倒れ伏す皆実のもとへ歩み寄る。その間もあちこちで九条の銃弾と少年の光線が破壊行為を続けていた。


「血を流さないように、殺してあげる。でもその場合どうしたら苦しむかなぁ?」


 少女は首を傾げ、試すように指を右側に弾く。すると皆実から苦しげな声がもれ、吐く息も荒く乱れた。


「どう? 心臓を掴まれてる気分はサイコーでしょぉ?」


 そうして少女は指を左に弾き、それから何度も何度も左右に指を降って皆実の見えない体内を弄ぶ。


「……は、ぁ……ぅ、う……くっ」


 苦しげに息を吐いて皆実は地面に這いつくばる。壊れた瓦礫の上に着地した九条がそんな皆実の様子を見て目を丸くした。


「綾瀬!」

「余所見してると死んじゃうぜぇ!」


 しかし九条に向かって絶えず光線は照射され、崩壊の衝撃で九条はまた空中を飛んだ。空中で器用にハンドガンの弾を装填し、腰に用意していたもう一つの銃を取り出し、二丁の銃を装備する。


「あんた殺して、あの男の子もさっさと殺しちゃおっかー」


 皆実の目の前にいる少女は「あっはははは!」と楽しげに笑って右手を握りしめる。まるで皆実の心臓を握りつぶすみたいに。


「や……め、ろ」


 宮路の小さな声は誰にも届かない。無力な宮路はただそこに倒れて皆実が駆逐される様を見つめるしかない。


「……っ、い、あぁぁっ、ああああぁぁああっ」


 皆実は苦しい叫び声をあげ、響いた声でその名を呼んだ。


「あああぁぁっ、う、あぁぁあ、く、ぅ、く、九条ーーーーーーーっ!」


 叫んだ拍子に出る、これが最大の声量。皆実の叫びに似た呼びかけを聞いて、九条は左手に用意した銃を皆実に向ける。

 まさか、と宮路がそう思ったときにはすでに九条はトリガーを引いていた。皆実の腕を九条の放った弾が貫通する。


「なに、自滅……っ?!」

「珠玉露、発動!」


 九条の奇行に少女が驚いた、その一瞬の隙に流れた血があの赤い刀を精製していた。

 少女の集中が途切れた数秒の隙を皆実は逃さない。少女が再び右腕を振り下ろす、その前に皆実は無慈悲にその右腕を刀で斬り落とした。そうすれば『ただのニンゲン』に成り果てるのは狂った少女のほう。


「いやぁぁああああ! 腕が、腕がぁぁぁ! 神の力が! あぁぁぁぁ」


 叫ぶ少女の胸に刀を突き刺して、皆実は無機質な声を出す。感情のない声は聞き慣れた声なのに、まるで別人のものだった。


「……そっちの世界に、神はいないよ」


 他でもない皆実がそう口にした。

 いつも誰よりも神の存在を信じて願う彼女が、神を否定した。宮路の目には残忍な皆実の姿が映っている。


 今度こそ少女の息の根が止まる。ぐったりと抜け殻になった体は刀にぶら下がるのみ。皆実は死体に刀を刺したまま刃を半回転させ、勢いよく引き抜いた。


 倒れ伏す少女の顔は穏やかに、狂気を失った姿は歳相応の幼さを露わにした。


「な……っ! 1042! 死んだ、のか?!」


 頭上で九条と対峙する少年が、尸となった少女を驚いた顔で見下ろしている。そして、その驚きを好奇に変えて九条を狙っていた指先を皆実に振り下ろした。


 皆実に振り下ろされる光線。皆実はさっきと同じように赤い刀を振りかざす。そうして放たれた光線の先が刀の先端にぶつかり、ぶつかった先から光が弾けて液化した血液が爆発する。


「ひゃっはーーーっ! いいね、いいね! 盛り上がってきたーーーーっ!」


 再び舞う粉塵。けれど少年は皆実のことを意識しすぎていた。


「お前の相手は……俺だ」


 九条が空中では足を踏み切る。まるで踏み台でもあるかのようにして、跳ね上げた。空中に浮かび、半回転した九条は正確にかまえた銃の照準を少年の胸に合わせていた。

 手にした銃は二丁。けれども利き手の一丁で十分。


 弾けるように放たれた銃弾が、少年の胸を貫通する。


「に、ん……げんに、まけた?」


 最後にひゃははっと力なく笑って少年は数十メートル下方の地面へ落ちていく。少年の体は壊れた瓦礫の中に消え、九条はゆっくりと瓦礫の上に着地した。


「おわ……った、のか?」


 静かになった崩壊の教会。宮路の小さな声が鮮明に聞こえる。けれど皆実も九条も、宮路の声には答えない。


 それぞれの場所に立つ皆実と九条は宮路のことを振り返り、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


 倒れる宮路の数メートル先で皆実が立ち止まった。九条は彼女のすぐそばまで歩み寄ると、そこで立ち止まる。


 目の前にいる綾瀬皆実は、まったく別の人に見えた。病的に青ざめた顔は返り血で濡れている。


「綾瀬……綾瀬……っ!」


 すがるように名前を呼んだ。けれども皆実はいつもの笑顔を返さない。「らしくないね」なんて言って茶化すこともしない。

 彼女は宮路に銃を向けていた。


「綾瀬……おまえ、なに、してんだよ」


 視界が揺らいで、麻痺していた痛みがどんどん体に戻ってくる。ズキズキと軋むような痛みが体を支配して、皆実の向ける銃口が心ごと食らってしまう怪物に見えた。


「……知らなければ、よかったのにね」


 皆実が何を言っているのか、分からない。頭がひどく痛んで、意識はそこで途切れた。微かに聞こえた銃声は意識の遥か彼方へ。


 最後に見た皆実の顔が、血濡れてもなお綺麗だったことだけは、ちゃんと覚えている。

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