X話 過去の断片
XX27年 12月24日
雪が降る、美しいホワイトクリスマス。
彼は彼女を待っていた。遠く離れた、いつもの高台で。
プレゼントなど用意していない。
なぜなら彼と彼女は恋人ではなかったから。
『郁也……落ち着いて聞いて』
彼女のことを愛していたのかと聞かれたら彼は「たぶんそうだったのかもしれない」と答える。
おそらく彼女のほうもそうだろう。
それくらい曖昧な感情を抱えて、彼と彼女はずっと一緒にいた。
けれど、彼女のことをすべて知っているようで、彼は何も知らない。
「蒼……今、なんて」
最後の瞬間、彼女は何を見ていたのだろう。
何を、思っていたのだろう。
そんなこともすべて、彼は知らなかった。
手から滑り落ちた携帯電話。
親友の声が、遠く彼方に聞こえる。
『……美和子が死んだ』
その日、神崎美和子は誰も知らない時間の中で死んだ。
◇◆◇
XX34年 12月24日
爆音が響き渡る。
それは爆破音であったり、銃声であったり、さまざまな音色を奏でていた。
教会で鳴り響く崩壊の音。
その音楽に包まれて、黒髪の男が真白な服を着た少年と少女を殺そうとしていた。
「助けて、ください……お願いします」
命乞いをする少年は右目から止めどなく血を垂れ流す。その少年が抱く少女は青ざめた顔で気を失っていた。
「へぇ、君はまともに話せるんだね」
少年の齢はおよそ15、6と見える。青年というにはまだ幼く、少年というには大人びた雰囲気を醸す、そんな男の子。
その少年が抱く少女は彼と同じ歳頃か、あるいは歳下であろう。
「ここにいる子どもは全員頭ぶっ飛んでると思ってたけど。ちょうどいいから教えてくれる? この爆発……何?」
本来、その男たちが爆発させるはずの教会。
しかし彼らが訪れた時にはすでに教会の崩壊は始まっていた。
神殺しの大罪、その惨状だけが残されて。
「……助けてくれたら、全部……教えます」
「へぇ、駆け引きのつもり? バケモノでも頭は使えるみたいだね」
男の発した『バケモノ』に少年の体は敏感に反応した。自らを『神の子』であると自称する彼らにとって、その言葉は何よりの侮辱に聞こえただろう。
けれども少年は逆上することもなく、より深く男の前に頭を垂れるだけ。
「お願い、です。この子を……この子だけは助けて」
少年は少女を腕に強く抱き、まるで神に祈るかのごとくして男に少女の命を乞う。
「っははは。……その子を? 君は助からなくてもいいんだ?」
「……彼女を助けて、くれるなら」
「それが本当なら、君はこれを避けないよね。……その覚悟、確かめてあげるよ」
少年の額には男の銃口が突きつけられていた。
少年の、右目から流れる血は止まることを知らない。
「……バケモノが綺麗事を言うなんてね」
男は薄く笑ってトリガーを引く。
「へぇ……これは面白い」
偶然か、それとも必然か。
男の持っていたハンドガンには弾が入っていなかった。
「この子を……助けて」
少年は、男の銃口から額を離していなかった。
命の賭け引き。勝ったのは少年。
最後にそう言い残して、少年はその場に倒れこむ。
青ざめた少女と血だらけの少年。
意識を失っても彼らは離れないように手を繋いでいた。
「郁也さん! こっちもそろそろ爆発して……」
「ああ、九条君。……いいところに。この子達運ぶの手伝って」
少年と少女を無理やりに引き剥がす。
そうして『郁也』と呼ばれたその男は、少年が大事に抱いていた少女を抱きかかえた。
「クリスマスプレゼントは……クイーンとナイトってところか」
血濡れたすべてを消し去るように、燃える教会。
彼らが起こした惨劇を朽ちた神像だけが見下ろしていた。