決戦
動揺する頭をどうにか落ち着かせようと、ミトシは深呼吸を何度も繰り返した。
そして、逸る心を抑えて必死に思考を巡らした。
「なんとかしないと……なんとかしてグールをイタくんから引き離さないと、このままじゃ――。そうだ! イワサカくん、ちょっとの間、レイスの気を引きつけられる?」
「や、やってみる! 〈ターキーターゲット〉」
レイスを警戒して距離を取っていたイワサカが、必死の形相で〈盗剣士〉の数少ない挑発技を発動した。
思惑通り、レイスがイワサカに向かった隙をみて、ミトシは杖を掲げて詠唱を始める。
「〈戦技召喚・セイレーン〉!」
召喚に答え空中に淡い光が輝くと、その光の中から、紺碧の瞳に浅葱色の長い髪、背中には天使を思わせる白い翼を生やした、薄いトーガをまとった乙女が現れた。
呼び出された乙女、セイレーンは、その衣に風をはらませ、長い髪をたなびかせながら、ふわりふわりと宙に浮いている。
「セイレーンさん、お願い。グールを吹き飛ばして!」
セイレーンはミトシにこくりと頷きかけると、口からふうっと息を吹き出した。そしてその吹き出した息を掌の上で押し留めるように包み込むと、そのまま運ぶようにすうっと前方に送り出す。するとその息は、突風のように急激に勢いを増し、イタルを取り囲むグールにまとわりついた。
やがてその風が旋風となってグール達を押し包み、直後、弾くように激しく後方の壁まで吹き飛ばした。壁に激突したグール達は、堪らずその場にうずくまった。だがしかし、その余波を喰らってか、イタルも激しく転がりながら祭壇状の岩盤のヘリにぶつかった。
「あぐっ」
「わぁ、イタくんごめん!」
ミトシはサクヤとともに慌ててイタルに駆け寄ると、引き摺るようにして安全な場所まで連れ戻した。
「サッちゃん、バッドステータスの解除をっ」
「わかりましたっ〈キュア〉。ーーあぁ、ダメです。麻痺が解除できないです」
「そっか、レベルが足りないのね……わかったわ。任せて。〈従者召喚・ユニコーン〉!」
空間に再び光が輝き、その光が、頭に一本の長い角を生やした一頭の白馬となって実体化した。
その白馬、ユニコーンは上体を反らせ、前足で空中を掻くようにして、いななきとともにミトシの傍らに降り立った。
「ユニさん、イタくんの麻痺の解除を!」
ユニコーンはミトシに答えて声高くいななくと、頭の一本角から柔らかなオレンジ色の光を降り注ぎ、イタルを包みこんだ。
やがて包み込んでいた光がその役目を終え静かに消えていくと、イタルは「かはっ」と息を吐き出し、頭を押さえながらゆっくりと上体を起こした。
「イタくん、大丈夫?」
「な、なんとかな。ミトシ、サッちゃん、ありがとう」
「こっちはもう保たねぇ。一旦退くぜっ」
イワサカはその間もひとり、レイスと対峙して奮戦していたようだ。
四人は再び一箇所に集まり、陣形を整える。
「悪い、オレの作戦ミスだったな。まずはグールから着実に倒していこう」
皆はのっそりと起き上がってくるグールに目をやり、イタルの提案に大きく頷いた。
「グ、グールはあたしがやるです!」
不意に、サクヤが思いがけない言葉を発した。
「おっ、いいねぇ。じゃあオレっちの合図でぶちかましちゃってな」
イワサカは、サクヤの思わぬ申し出に驚きながらも、自信に満ちたその目を見ると、ニッコリと笑いかけた。そして身を翻し、盗剣士の加速技〈ライトニングステップ〉で、衝撃波とともにグール三体に向かって行った。
「〈エナジープロテクション〉!」
そのイワサカを目で追いながら、サクヤは属性ダメージを軽減する魔法を飛ばした。
「サンキュー、サクちゃん! 〈ワールウィンド〉!」
イワサカは瞬く間にグールの群れに肉薄すると、ゴブリンを屠った技を再び繰り出した。
旋風ともに、グール達は見る間に身体に無数の切り傷が刻まれ、苦悶の声を上げながら仰け反った。
しかしレイスも黙ってはおらず、隙あらばイワサカに近づこうと機を狙っている。慌ててイワサカが叫ぶ。
「今だ、サクちゃん! オレっちに構わずやってくれ!」
イワサカの叫びが、心なしか、自己犠牲の精神に溢れているように聞こえるが、光輝属性の攻撃は味方にはダメージを与えない。ゆえに、このような敵味方入り乱れた状態で特に威力を発揮する。
「はいっ! 任せて下さい〈ジャッジメントレイ〉!」
詠唱とともに差し出した杖の先から、太く力強い白い光の帯が吹き出した。その光の帯がグールに達するや、サクヤは反動を押さえ込みながら、斜め上に向かって思い切り振り抜く。すると、白く輝く帯は巨大な太刀となって、グールの身体を一刀両断に斬り抜いた。
白刃をまともに喰らったグールは、斬られた順にパンッパンッパンッと弾け、緑色の光を花火のように撒き散らして消し飛んだ。
駆け戻ってきたイワサカに、サクヤは嬉しそうにハイタッチした。
「問題はこいつだな」
「何とかあの動きを止められねぇかな」
たったひとりになっても、相変わらず小馬鹿にしたようにゆらゆらと宙に漂うレイスを、苦々しく睨むイタルとイワサカ。
「うんー、あまり期待はできないんだけど……」
「ん、ミトシ、なんかいい作戦がある?」
「ええ、とりあえず動きを止めるぐらいはできるかもしれない」
「わかった。頼むよ」
ミトシは静かに頷くと、イワサカに目を向けた。
「イワサカくん、悪いけど、もう一度レイスを引きつけておいてくれる?」
「お、おう。わかった」
レイスがイワサカと交戦状態に入ったのを見届けると、ミトシは手早く呪文を詠唱する。
「じゃ、いくね〈コールサーヴァント 従者召喚・スライム〉!」
詠唱とともに、召喚されていたユニコーンがふっと姿を消し、それと入れ代わるように青いゼリー状の物体が空中に現れ、ぷるるんと足元に落下した。水滴状の姿形に、つぶらな瞳と大きく開いた口が愛らしい、おなじみの姿だ
その、身体をぷるぷると震わせながら現れたスライムに向かって、ミトシは目線を合わせるようにしゃがみ込み、語りかけた。
「ごめんね、スラちゃん。でも、なんとかしてあいつの動きを止めてね」
スライムのまんまるな目玉が何か言いたげだったが、ミトシは無言でニッコリと微笑みかけると、よっと両手でスライムを抱きかかえ、レイスに向かって走り込んでいった。そしてレイスの攻撃がぎりぎり届かないあたりまで近づくと、そのままサッカーのスローインの要領で、イワサカと交戦しているレイスめがけ、スライムを思い切り投げつけた。
スライムは回転しながら真っ直ぐレイスへと飛んでいき、その下半身に見事命中すると、半液体状になってベッタリと張り付いた。途端に、その重さでレイスの動きが目に見えて鈍くなった。
「うはっ、なんて作戦だ。けど、これならーー」
イタルはすぐさまレイスに向かおうとした。が、そこへ、戻ってきたミトシが待ったをかける。
「イタくん、障壁壊れちゃってたわよね。ちょっと待ってて〈従者召喚・カーバンクル〉!」
ミトシが召喚呪文を唱えると、肩のあたりにまたもや光が浮かび上がった。そしてその光が凝集すると、額にルビーを埋め込んだ小型の召喚獣、カーバンクルが姿を現した。
「クルちゃん、イタくんにバリアを張ってあげて」
そう言って頭を撫でるミトシに、カーバンクルはきゅぅーとひと声鳴いて答えると、額の宝石からイタルに向けて薄緑色の光線を照射した。
「これでよし、と。スー姉の障壁ほどじゃないけど、これで多少はダメージを防げると思うわ」
「サンキュー、ミトシ。じゃ、行ってくる」
ミトシに礼を言うや否や、イタルは身を翻してたっと駆け出して行った。そしてその勢いのまま、思うように動けずうねうねと悶えるレイスの前に躍り出ると、ふっと残像を残して素早く背後に回り込み、渾身の拳を放った。
「〈オーラセイバー〉!」
〈オーラセイバー〉とは戦士職共通の特技で、オーラをまとった武器あるいは拳で貫通ダメージを与える技であり、レイスのような実体の定かでない相手には有効な攻撃手段だ。しかし反面、そのダメージは限定的で、敵に致命傷を与えるまでには至らない。
対してイワサカは、隙の多い大技を避け、手数での勝負に出ている。
イワサカとイタルは前後から、悶えるレイスに執拗な攻撃を加え続けた。
耐えかねたレイスが何か呪文を唱えようとしても、その度にスライムが強酸性の体液を飛ばし妨害する。ミトシにそこまでの計算があったのかどうかはわからないが、思わぬ副次効果を生み出した格好だ。
だが白兵攻撃では、実体の定まらない相手にはなかなか決定打を与えられない。
カーバンクルの召喚を解きながら戦況を見守っていたミトシが、サクヤに声を掛ける。
「サッちゃん、さっきのあれ、もう一回いける?」
「はいっ、大丈夫です!」
ミトシはサクヤに頷き返すと、レイスと交戦中の二人に向かって声を張り上げた。
「イタくんっ、イワサカくんっ、サッちゃんの攻撃いくよーっ!」
「わかった!」
「おう、やってくれぃ!」
「いきますっ〈ジャッジメントレイ〉!」
真っ直ぐレイスへと差し出した杖の先から、再び光の帯がほとばしる。光の帯は唸りを上げながら広間を分断するように飛んでいき、レイスの胸のど真ん中を捉えた。
しかし、攻撃が命中しても、グールのように瞬時に消滅とはいかなかった。イタルとイワサカの与えたダメージを差し引いても、まだまだHP残量を残しているようだった。
白い光線がジリジリとその身を焼き続ける間、苦行に耐えるかのように身体をうち震わせ、差し上げた手が虚しく宙を掴む。
が、さすがにそれもそう長くは続かなかった。イタルとイワサカが見つめる前で、とうとうレイスは、耐えた苦しみの蓄積を吐き出すように大きく身体を膨らませると、風船のようにパンッと弾け飛び、盛大な光のシャワーとなって虚空に消えた。
その光を見送ると、一同はどっと疲れたようにその場に座り込んだ。敵をすべて打ち倒した喜びよりも、長い戦いあとの虚脱感のほうが優っていた。
少し間をおいて、突然、地鳴りのような音があたりに響き渡った。一体何事かと皆が驚いて周りを見回していると、レイスが出現した壁の一部がガラガラと崩れ始めているのが目に入った。
と同時に、もうもうとした土煙があたりを包み込む。間近にいたイタルとイワサカは思わず目を閉じ、口を覆った。
ひと通り岩が崩れ落ち、音が静まったのを見計らって二人がそっと目を開けると、その前には黒々と口を開けた通路の入口と、階下へとつながる階段が姿を現していた。
だが、念願の階下への道が見つかってもなお、皆は呆けたように視線を泳がせたまま動けずにいた。
ややあって、ミトシとサクヤが思い出したようにMP回復ポットを取り出し、グイグイと飲み干し始めた。一心不乱に回復薬を飲み込む姿は、大掛かりな魔法を連続して繰り出したあとの、疲労の多さを物語っている。
ミトシの傍らでは、ただ一匹、スライムがぽんぽんと元気に飛び跳ねている。
不意に、どこからか地面を叩きつけるような音が響き始めた。その音に、跳ねていたスライムがびくりとして空中で動きを止め、地面に落ちた。
音のする方向に皆が顔を向けると、目を固くつむり、見るからに悔しそうな表情で、拳で地面を叩き続けるイタルの姿が目に入った。
「くそっ、くそっ、くそっ。こんなんじゃ全然ダメだ。オレがきみ……みんなを守らなきゃいけなかったのにーー」
皆は無言でその姿を見つめていた。やがてミトシがいたたまれず声を掛ける。
「イタくん、仕方ないわよ。相手はレベルも相当高かったんだし、フロアボスでもあったんだから。みんなで力を合わせて倒せたんだから、それでいいにしましょ」
そう言って首を傾げて笑顔をつくるミトシに、イタルはやるせなさそうに頷いた。そして、気持ちを切り替えるように上を見上げ、そのまま、おもむろに首を回してサクヤを見やった。
「そういやさ、サッちゃん、さっきのバトルで自信に溢れてたっていうか、すごく頼もしかったよな。なんかあった?」
「でしょ、でしょー。それはねぇ、うふふ」
ミトシはサクヤの顔を見つめて思わせぶりに微笑んだ。
「えへへ」
サクヤもまた、ミトシと顔を見合わせ、肩をすぼませて嬉しそうに笑った。
「なんだよ、教えろよ」
イタルはいたずらっぽい笑顔を浮かべながら、ミトシとサクヤをせっついた。
ミトシも負けじと不敵な顔をつくって応じる。
「ふふーん。ちょっとしたアドバイスというか、サッちゃんに言ってあげたの。不死が相手なら〈施療神官〉のサッちゃんがこのなかで一番強いって」
「そっかー。なるほどなぁ」
イタルは感心したように頷いた。
「うんうん、サクちゃん大活躍だったもんなぁ。もうトラウマは克服できたかい?」
「はいっ、もう怖くないです!」
我がことのように楽しそうに笑うイワサカに、サクヤは元気よく答えた。
「よしっ、じゃあ次行こうか!」
イタルは足の埃を手で払いながら、力強く立ち上がった。おうっという掛け声とともに、皆も一緒に立ち上がった。
(チリリリリーン)
連れ立って階段に向かって歩き出そうとした時、イタルの耳に念話を告げる音が響いた。
『よう、そっちももう終わったか?』
『ミナカタか。ああ、なんとかな』
『そうか。で、どうだった』
『うん、オレがドジ踏んだせいでみんなには苦労かけたけど……
まあ、とりあえず全員無事に。そっちは?』
『おう、こっちも全員無事だが、大将に牛の化けもんが出てきやがってな』
『まさか、ミノタウロスかーー。そりゃ大変だったな』
『まあ…な。オレ等もぼちぼち下に向かうからよ。おめぇらもゆっくり降りてこいよ』
『ああ、わかった。じゃあ下でな』
「ミナカタからの念話だったよ。あっちも無事終わったってさ」
「そう! よかったぁ。じゃあ、いよいよ決戦ね」
「ああ、いよいよだ」
決意も新たにして、皆は、最終決戦となる地へ、そしてもうひと組の〈ミッドナイト・オウル〉の仲間達が待っているであろう地へと続く階段を降りていった。
それは長い長い階段だった。ざらついた手触りの岩壁と、長い間封印されていたかのような、カビ臭いような埃臭いような淀んだ空気の漂う、人ひとりがやっと通れるほどの狭い階段を、皆はとにかく、ただひたすらに降りていく。
このまま地底の果てに着いてしまうのではないかと、冗談めいた会話が出だした頃、ようやく階下に辿り着いた。
そこから先は右に左に大きく蛇行する道になっていた。何度目かのカーブに差し掛かった時、やっと前方に仄かに揺れる明かりが見えてきた。
「お、もう第一班は到着してるみたいだぞ」
いち早くそれを見とめたイタルの言葉に、皆は色めき立った。
別れていたのはほんの僅かな間だったとはいえ、相当な激戦を経たあとだけに、早く仲間の無事な姿を見たい、仲間に自分達の無事な姿を見せたいという気持ちが強くなっていたのだろう。一行は明かりを見るなり、思わず駆け出していた。
「みんな無事ねーっ。ホントによかったぁ」
そう言ってミトシは、イチキとスセリの胸に飛び込んでいった。
「うんうん、お疲れにゃー。もうね、ミナカっちんの倍ぐらいはありそうな牛アタマの怪物が出てきてね、そいつが強いのにゃんのって」
「そっちも大変だったでしょう。ともあれ、みんな無事で何よりね」
イチキとスセリは、飛び込んできたミトシを受け止め、ひしと抱き寄せた。
「そうなのよぉ、こっちも幽霊の親玉みたいなのがーー。あ、そうそう、サッちゃん大活躍だったのよー。スー姉、褒めてあげて」
「そうだったの。サクヤ、よく頑張ったわね」
笑顔を向けるスセリに、サクヤは頬を上気させてこくんと頷く。
「う、うん」
皆はひとしきり、それぞれの戦いの報告をし合ったあと、改めて最後の戦いの舞台へと顔を向けた。
そこには、巨大な扉がそびえ立っていた。
それは高さが四、五メートルはありそうな両開きの扉で、ところどころ風化して欠けてはいるものの、表面には魔物と人々の戦いを描いているような浮き彫りや、古代の象形文字のような不思議な文様が刻まれ、まるで扉そのものが、魔を封じ込める封印であるかのようにも思えた。
「ここに本物のドラゴンがーー」
「倒せるの…かにゃ、オイラ達にーー」
「や、やるしかねぇだろ。ここまで来たらよ」
ここが最終目的地だとわかっていても、ついさっきまでの激戦の記憶が邪魔をしているのだろうか、皆、最初の一歩が踏み出せない。
普段なら真っ先に飛び込んでいくであろうミナカタですら、身体が硬直したように扉を見上げたまま突っ立っている。
その時だった。扉を前にした時から珍しく押し黙っていたイワサカが、肩を震わせながら何やら呟き始めた。
「ふっ、ふふっ……。あははっ、あははははっ。ドラゴン? 上等じゃねぇか。オレっちがメッタメタに斬り刻んでやんぜ!」
「うにゃっ。イワちんにスイッチが入った!」
「そ、そうだった。普段からは想像できないけど、イワサカ、テンション上がると人格変わるんだった……」
「どれだけ戦闘マニアなのよ」
イチキ、イタル、ミトシが唖然としてイワサカを眺めていると、その脇から、今度はギルドいち寡黙な男が気勢を上げる。
「ーー止めはオレが、止めはオレが、止めはオレが、刺す!」
「うおっ! トシ!!」
「こっちにも戦闘マニアがいるにゃ!」
更に、もっと意外な人物までが叫び声を上げる。
「き、気合よっ、戦いは気合だわ! いやぁーっ!!」
「ス、スー姉!?」
ミトシはびくっとして思わず飛び退った。
「お、お姉ちゃんにも変な病気がーー」
サクヤは、見てはいけないものを見てしまったような顔で目を丸くした。
皆が一部メンバーの豹変ぶりに呆気にとられているなか、突然、ガシャンッと、金属を激しく叩きつける音が聞こえた。
音の主はミナカタだった。最終の敵を前にし、多少なりとも臆した自分に活を入れるかのように、甲冑に覆われた胸を激しく叩きつけたのだった。
「うははっ、いいじゃねぇか。おめぇら、いい具合にテンパってるぜ。オレ等も負けてらんねぇな、イタ!」
「ああ、全くだ!」
怖れを吹き飛ばすように豪快に笑うミナカタに、苦笑いしながらイタルが答えた。
「うっしゃ、行くぜーぃ!」
ミナカタは全体重を預けるように扉に突進すると、力一杯左右に押し広げた。
重々しい扉が地響きを上げながら、ゆっくりと開かれていく。
目の前に口を開ける、今はまだ薄暗い空間から、圧縮された濃密な空気が吹き出してくる。
一行は意を決して、それぞれが武器を携え、暗闇の中へと飛び込んでいった。
扉の向こうは想像以上に広い空間だった。明かりを灯したイチキがその杖を差し出しても、奥までは見渡すことができなかった。
ただそこには、生き物の気配の感じられない、静かでだだっ広い空間があるのみだった。
「お、おい。なんにもいねぇぞ」
先頭に立つミナカタが怪訝そうにあたりを見渡した。
「ま、まさか、もう……」
そう漏らすイタルを始めとして、皆の顔に一抹の不安が宿る。ここにきて、またもやあの謎のパーティ〈シャドークラックス〉と、そのリーダーと思しき〈REAF〉の存在が、皆の頭をよぎったことだろう。
だが、それはすぐに杞憂であることがわかった。
壁面に無数に据え付けられていた簡素な造りの燭台に、手前から順番にぼうっと火が灯り始めた。
ゆっくりと、一定の間隔を開けて、左右の壁面に少しずつ明かりが灯っていった。
やがてすべての燭台に火が入り終わると、奥の方に鎮座する、暗闇のなかではただの大岩のように見えていた物体の、その真の姿が鮮明に浮かび上がってきた。
深い赤茶色のゴツゴツとした表皮に、折りたたまれた巨大なコウモリのような翼、凶暴な猛獣を彷彿とさせる逞しい四肢、とうに滅び去ったはずの肉食恐竜に酷似した頭部、そして何より、その頭部から突き出す巨大な角が、大岩の正体を皆に悟らせた。
すなわち、今まさに、深き眠りから目覚めるようにゆっくりと目を開きながら、徐々にその巨躯を持ち上げつつある眼前の存在こそ、この〈ノーザンウィルの洞窟〉の主、ドラゴンであった。