初戦
「この巻物を投げ込むのと同時に広間に飛び込みましょう。みんな、準備はいい?」
スセリはそう言いながら、手に持つ二つの巻物ーー〈灯火の巻物〉ーーをかざした。
〈灯火の巻物〉とは、ダンジョン内や夜間など、視界の悪い場所で効果を発揮するアイテムである。「使用」することで激しく燃え上がり、魔法職の呼び出す照明と同じように周囲を照らし、明るさを確保することができる。またその効果は、ひとつの戦闘を終わらせるのに充分な時間持続する。
スセリは皆の戦意が充分満ちているのを見て取ると、右手にカーブした通路の真ん中へと駆け出し、その勢いのまま、広間の奥と手前とに向かって二本の巻物を勢いよくえいっと投げ込んだ。
巻物はスケルトン達の眼前に着地するや激しい炎を上げた。同時に、暗闇を追い払うように光が広がり、うごめくスケルトンの群れを浮き上がらせた。
その強い光に、前列に位置取りしていたミナカタ、イタルは思わず顔を背け目を細めたが、すぐさま激しく地を蹴り、広間中央へと躍り出た。ほかのメンバー達も負けじとその後を追い、広間へと雪崩れ込んでいく。
スケルトン達は乱入してきた侵入者に気付くと一瞬動きを止め、やがて操り人形のような奇妙な動きで向きを変え始めた。
「みんな、戦闘開始よ、配置について! 鶴翼に!」
スセリの鋭い指示が飛ぶと、全員が一斉に所定の位置へと走り込み武器を構えた。
鶴翼、いわゆる「鶴翼の陣」。古くから様々な戦場で用いられた代表的な陣形のひとつ。有名なところでは、三方ヶ原の戦いにて徳川家康が、関ヶ原の戦いでは西軍がこれを使ったといわれている(因みに、どちらの戦いも負け戦であったが、その経緯についてはここでは触れないでおく)。
大将を中心に両翼を前方に張り出す陣形で、その姿が翼を広げた鶴に似ているため鶴翼と呼ばれている。
敵が中心に向けて進軍して来たところで両翼を閉じ、包囲・殲滅するというのが本来の運用方法であるが、彼らの使い方は少し違うようだ。
先ず、ミナカタ、イタルの二人の盾役が翼の先端の、最も敵に近い場所に陣取り注意を引く。次列、武器攻撃役であるトシ、イワサカがやや中心寄りに配置され、盾をかい潜ってくる敵を処理する。
残りのメンバーのうち、両翼の中心点に回復役兼司令塔のスセリ、皆よりレベルが一段低いサクヤがその後ろにポジションを取る。更に魔法攻撃役のイチキとのミトシがスセリの両側を固め、範囲攻撃の機会を窺う、といった具合だ。
一行は武器を握りしめ、スケルトン兵士の群れと対峙する。
「〈禊ぎの障壁〉」
「リ、〈リアクティブヒール〉」
スセリがトシとイワサカに防御魔法を、サクヤがミナカタとイタルに順次、反応起動回復魔法をかけた。
戦いの準備は整った。
敵が動いた。
スケルトン達はカチカチと顎を噛み合わせながら一行をぐるりと睨めつけると、うつろだった眼窩の奥をぼうっと暗赤色に光らせた。そして、お互い適度な距離を保ちつつ、手に手に無骨な剣を振りかざして翼の中心、スセリ達に向かって前進を始めた。
先ずは守りの弱いところから攻めようという、スケルトンなりの作戦なのか。あるいは防御魔法に反応した結果なのか。いずれにせよ、最初の標的に選ばれたのはスセリ達だったようだ。
バランスを崩しかけながら、ヨタヨタと進むガイコツの進軍は一見ユーモラスだが、それらが全身から発する殺気は決して楽観できるものではなかった。
後衛部隊の先頭に立つスセリは、次第に迫ってくる敵に息を呑みながら、錫杖を両手で握りしめ、腰が引けそうになるのをぐっとこらえる。
殺意に満ちたスケルトンの視線に射すくめられ、スセリの額にじっとりと汗が滲み始めたその時、
「おいおい、スルーたぁつれねぇじゃねぇか、ガイコツちゃんよ」
ミナカタが、すぐ目の前をを素通りしようとするスケルトンの群れを横目でジロリと見下ろし、手近な一体に襲いかかる。
「〈タウンティングブローッ〉!」
空気を震わせるような叫び声と同時に、大ぶりに振りかぶった幅広の片手剣に全体重を乗せ、スケルトンの戦士に叩きつけた。ミナカタの渾身の剣戟をまともに喰らった一体は、防御する間もなく身体を拉げて吹き飛び、そのまま後方の壁に激突し、動きを止めた。
傍らの仲間を襲った突然の攻撃に気付くや、スケルトン達はまるでゴムで巻かれたおもちゃのように、攻撃の主に向けて首をギュンと廻した。そして、その首の動きに引っ張られるように身体の向きを変えると、ミナカタに狙いを定めて殺到してきた。
「おら、かかってこい」
ミナカタは大ぶりの盾を構え、防御の姿勢をとる。
押し寄せる敵が今まさにミナカタに向かって剣を振り下ろそうとした刹那、
「〈ドラゴンテイルスウィング〉!」
ミナカタの対極から叫び声が上がると同時に、後尾のスケルトンが二体、足を払われ宙に舞った。更に間髪を入れず、攻撃を免れたスケルトン達を波のような空気の波動が襲う。
波動に飲まれたスケルトン達はミナカタを襲う手をピタリと止め、またもやグイと身体の向きを変えると声の主に向かっていった。
ミナカタのちょうど反対側にポジションを取っていたイタルが、背中を向けた敵に足払いの攻撃を加えると同時に、〈ラフティングタウント〉を起動し挑発したのだ。
術後硬直で一瞬動きを止めるイタルをスケルトンの群れが襲う。しかし、すかさず群れの最後尾を反対側のミナカタが盾と剣で薙ぎ払う。その攻撃に反応して、イタルに向かったスケルトン達が再び向きを変えると、今度はイタルの拳撃が襲う。
ミナカタとイタル、息の合った二人の挑発に敵が混乱をきたす。
ここでようやく、ミナカタの初撃を喰らって壁に激突したスケルトンが立ち上がってきた。
ミナカタはそれを見留めると、上段から剣を思い切り叩きつけた。スケルトンの肋骨が数本はじけ飛ぶ。が、まだ砕けない。
「くっそ、一発二発じゃ死なねえぞ、こいつら」
比較的低級のエネミーであるスケルトンといえども、それなりの防具を着込んだ身体は簡単には砕けなかった。
九十レベルに近い、もしくはそれ以上のレベルの〈冒険者〉であれば、文字通り一撃で粉砕できる程度のエネミーであろうが、彼らはまだ、最大でも四十レベル半ばをやや過ぎたあたり。上級者と呼ばれるには程遠い。
いかに策を弄して攻撃を展開しようとも、単純な力勝負で比較すれば、中級者と上級者との臂力の差は歴然だ。
更に言えば、装備の差も大きいだろう。まだレイド参加や高難度ダンジョンの攻略の経験がない彼らにとっては、秘宝級の装備ですら夢のまた夢だ。一般の街売りアイテムでは、いくら高級品でも自ずと限界がある。それゆえ、名だたる上級プレーヤー達との差を少しでも埋めるべく、より強いアイテムを求めて彼らは今、ここに立っている。
「トシ、こいつ頼む」
そう言うとミナカタは、目の前でうずくまるスケルトンをむんずと掴むと、トシに向かって空中に放り投げた。
「任せろ。〈スウィーパー〉」
トシは、空中で手足をバタつかせながら落ちてくるスケルトンに慎重に狙いを定めた。そして地に落ちる寸前、一直線に頭蓋を大剣で刺し貫いた。
攻撃力に特化した〈暗殺者〉の掃討技をまともに喰らい、スケルトンはパアッと光の粒となって砕け散った。
「イワサカ、こっち頼む」
イタルは腰だめに構えると、振りかぶった左腕をまさかりのように打ち下ろし、手近な一体を裏拳でイワサカのいる方向へ突き飛ばした。
拳を喰らったスケルトンは、身体をくの字に折り曲げイワサカの前へと飛んで行き、クシャリと音を立てて転がった。
「あいよー。〈クイックアサルト〉ア~ンド〈デュエルベッ〉!」
イワサカは、起き上がろうとする敵に突進しながら先ず突きを入れ、続けざまに両手の三日月刀で二連撃を与えた。疾風の三連撃に、こちらも堪らず光の粒へと姿を変えた。
「よし、これであと六体!」
「まだあと六体、だろ。イタ、これ以上長引かせないほうがいいぜ」
「ああ、わかってる!」
同胞二体の滅失に気付いたスケルトン達は、双眸を更に赤く光らせ、仲間の仇であるトシとイワサカに頭を向けた。
「〈物忌み〉!」
するとその時、後方から張りのある声が飛ぶ。そしてその声を追い掛けるようにトシ、続けてイワサカを青白い光が包んだ。スセリが二人を、残るスケルトンの敵意から遠ざけたのだ。
「ミナカタ、イタル、敵を一箇所に集めて。あとは私達がやるわ」
「了解だ。任せろ!」
「おう!」
ミナカタは盾で、イタルは防御特化のスタンスに切り替えて、スケルトン達を中央へと押し出し始めた。しかし、敵も黙ってやられてはおらず、それぞれが目の前の相手をガツンガツンと叩きつけてくる。その度に防御障壁が悲鳴を上げるが、ミナカタもイタルも構わず押し続ける。
やがて二人が、スケルトン同士の骨が絡みつく程の密集に敵を追い込むと、再びスセリが声を上げた。
「今よ、二人とも離れて。〈剣の神呪〉!」
スセリに続けて、杖を高く掲げ紫雲を発現させていたイチキ、炎に包まれた召喚獣〈サラマンダー〉を呼び出していたミトシが技を放つ。
「〈ライトニングネビュラ〉!」
「〈エレメンタルレイ〉!」
慌ててミナカタとイタルが飛び退るや否や、降り注ぐ剣の豪雨が、湧き起こる電撃の乱雲が、眩いばかりに輝く灼熱の照射が、一斉にスケルトンの群れに襲いかかった。
〈神祇官〉、〈妖術師〉、〈召喚術師〉の必殺技の連撃に、洞窟の壁をも揺り動かすような轟音が鳴り響く。巨大なエネルギーがぶつかり合い、閃光とともにもうもうとした土煙が立ち昇る。
「お、おおお」
「すっげぇな、こりゃ」
「やるねぇ」
「…………!」
男性陣四人は口々に感嘆の声を上げながら、次第に薄まってゆく土煙を見守った。
そしてようやく、すべての土煙が消え去ると、そこにいたはずのスケルトンの群れは跡形もなく姿を消していた。
「ふぅ、こんだけ魔法が集中すると、とんでもねぇ迫力だな」
残された散乱する岩石の破片に、思わずミナカタは目を見張った。
「ちょ、ちょっとやり過ぎたかしら」
「まぁ、いいんじゃねぇか。初戦だし、景気付けってことで」
予想以上の破壊力にやや狼狽しているスセリを、ミナカタは笑いながら振り返った。
イチキとミトシは顔を見合わせながら照れ笑いをする。
「ふふ」
「にゃはは」
「やれやれ、何とか終わったな」
「だねぇ。先ずは初戦突破!」
そう言いながら、イタルとイワサカはお互いにハイタッチをした。他のメンバーも互いの健闘を讃え合い、勝利の喜びに浸った。
と、その時だった。
奥へと続く左側の通路が突然明るくなったかと思うと、燃えさかる巨大な火の玉が一行に向かって突進してきた。
「うおっ」
驚いて声を上げながら、咄嗟にミナカタは盾で火の玉を迎え撃つ。
その火の玉が激突するや、炎がたちまちミナカタを包みこむ。が、まだ辛うじて維持していたスセリの障壁の効果もあり、なんとか持ちこたえた。
「みんな下がれ! まだ何かいるぞ」
イタルが火の玉が飛び出した方向を向いたまま、腕を振ってその場にいる全員に退却を促した。しかし、皆は驚いて、頭を庇いながらその場にしゃがみこんでいる。
「何してる。早く戻れ!」
再びの叱責に、皆は姿勢を低くしたまま、ようやくもと来た広間の入口へと退散した。後に続いてミナカタ、イタルも駆け足で避難した。
一行は戦闘前に身を潜めていた岩場に張り付き安全地帯を確保した。ミナカタとイタルはその影から恐る恐る顔を覗かせた。すると、まるでその時を狙っていたかのように、もう一方の右側の通路からも同じように火の玉が打ち出された。
火球は風を切るような唸り声を上げながら迫り、二人が身を潜める岩壁の反対側、広間の壁へ衝撃音とともに激突した。それと同時におびただしい数の火の粉が撒き散らされた。
その後も、左右二つの通路から数秒ごと、断続的に火の玉が飛び出してくる。その発信源に目を凝らせば、時折、ちらちらと岩場の影から赤く目を光らせた頭蓋骨のようなものが垣間見える。
「ちっ、やっぱ呼び寄せちまったか。あのちょろっと見えたツルツル頭からすると、ありゃぁ多分スケルトンの妖術師だな」
「ああ。けど、もともと通路に潜んでたんなら、どっちみち同じことだろ」
いまいましそうに、壁にぶつかっては次々と火の粉がはじけ飛ぶ広間を睨むミナカタに、イタルがそう言葉を返した。
「まあな。だが、このままじゃ埒が明かねぇぞ。やつらの魔力が尽きるのを待つか」
「んー、それが一体いつになるのかわからないしなぁ。その前に何とかあの攻撃を止められたらいいんだけど……」
「ふーん、ふむふむ。あの攻撃を止めればいいにゃ? なら、オイラの出番にゃっ」
そんな二人の後ろで、何やら思案しながらうろうろしていたイチキが話に割り込んできた。
「ん、おめぇ何するつもりだ?」
ミナカタの問いかけに答える間もなく、攻撃の間隙を縫って、イチキは広間の中央へと飛び出していった。
「あ、おい! 危ねぇぞ。戻れ」
制止する声にも構わずイチキは広間の中央にすくっと立つと、右手の杖を高々と掲げて叫ぶ。
「喰らえガイコツ! 〈フリージングライニャー〉!」
叫びながら、イチキは杖の先に水色の光を出現させ、そのまま右側の通路に向かって素早く腕を振り下ろした。
みるみるうちに杖の先端から冷気の粒がほとばしり、それが太く激しい奔流となって通路に向かって流れ込んでいく。そしてその冷気の奔流は入口の壁にぶつかると、周囲の岩を削ぎ落としながら、黒々と口を開けた穴の中へと吸い込まれていった。
すかさず反対側の通路から火の玉が飛び出すが、〈猫人族〉の敏捷さに任せてひょいと器用に躱すと、再び杖を掲げ上げ、同じ動作を繰り返す。
「もういっちょ!」
新たにもう一本、冷気の流れを作り出し、つい今しがた火の玉が飛び出した穴へと叩きこむ。
岩をも削る二本の激しい冷気の波が、轟々と音を立てて穴を洗い流し、やがて緩やかに収まっていった。それと同時に、激しかった火の玉の射出もぴたりと止んだ。
「一度やってみたかったのだ、水洗トイレっ、と失礼、洪水攻撃ぃ」
イチキは、広間の入口で呆然と見ている仲間達に向かってニカッと笑った。
「て、敵を押し流しやがったのか……」
目を白黒させるミナカタに、間髪をいれずイタルの声が飛ぶ。
「攻撃が止んだ! 今がチャンスだぞミナカタ、来いっ!」
「お、おう!」
「オレは右!」
「った、左任せろ!」
二人は地を蹴って猛然と駆け出し、左右の通路へと走り込んで行った。
「あっ、ちょっとちょっと、そんないきなり飛び込んじゃーー」
ミトシが後を追って慌てて声を掛けた頃には、二人とも既に穴の中へと姿を消していた。
ややあって、二つの穴からほぼ同時に、まるで突貫工事でもしているかのような、激しい衝撃音が響いてきた。洞窟の反響のせいか大仰に響くその音に驚き、ミトシが不安そうに後を追って広間に出てきていた仲間達を見返す。
「わ、私達も行ったほうがいいんじゃないかしら」
「あ、うんーー」
間断なく鳴り続ける粉砕音のなか、答えともいえない返事を返すイワサカを始めとして、皆は姿の見えぬ二人の戦士の奮戦を、固唾を呑んで見守っている。
程なくして、響いていた音がぴたりと止み、しばしの静寂。
一秒が一分にも感じられそうな長い時間ののち、不意に、その静寂を破るようにガシャリと金属が擦れ合うような音がした。
皆は一瞬身を強張らせ、手に持つ武器を思わず握りしめた。
やがて、ざくり、ざくりと地面を踏みしめる音が聞こえ始め、それがゆっくりと広間に向かって近づいてくる。
敵の排除には成功したのか。
それともーー。
皆が息を呑んで見守る眼前に、ついに足音の主が姿を現す。
現れたのはミナカタだった。
通路からぬっと顔を出した大男は、ほっと安心した顔で胸を撫で下ろしている一同に向かって、小脇に抱えていた乳白色の球体を無造作に投げ転がした。
何か質量の少ないものが転がっていくような、軽く乾いた音が広間に響いていく。
「なんだ!?」
その場にいる全員が呆気にとられたように見つめるなか、謎の球体は地面にぶつかって小さく跳ねながらころころと転がり、広間の真ん中あたりにいたイチキの足に跳ね返って停止した。
「んにゅ?」
不思議そうにイチキは「それ」に目を落とし、やがてその正体に気付くや否や、目を見開き引きつった顔で飛び上がった。
「ぎゃーっ! ミナカっちん、コレ! コレッ! ガイコツの頭ーっ!!」
イチキが絶叫を上げながら、思わず腰を抜かして後退ると、ミナカタは無表情に言い放つ。
「戦利品だ」
「絶対違うにゃ!!」
涙目で喚き散らすイチキに、一気に緊張が溶けた皆の笑い声が降り注ぐ。
「ぶはははははっ」
続いて戻ってきたイタルは、大笑いしている皆をみて不思議そうに首を傾げる。
「え?」
「もう、ミナカタくんったら、いたずらが過ぎるわよ。って、みんなも笑いすぎ! かわいそうに、よしよし」
ミナカタを睨みつけながら、ミトシはまだ機嫌が治らず拗ねるイチキを抱きかかえ、愛しそうに頭を撫でてやっている。
イチキもまた、恨めしそうにミナカタを見返し一言。
「ぐすん、ぐすん。この筋肉バカ!」
さしもの大男も女子の涙には弱いようで、ひたすら平謝りしている。
「わ、悪かったよ。ちょっとからかっただけだろ。堪忍しろよぉ」
その後しばらく、ミナカタはイチキの機嫌を取ることに全戦力を注いだ。
「ふぅ、私もちょっと腹筋が痛いわ。イチキごめんなさい。でも、あの顔ったら、うふふふ、あはははは」
意外に笑い上戸なスセリであった。が、そこはリーダーらしく居住まいを正し、
「はぁ。ーーさて、ここで道が二つに分かれている訳だけども、問題はこの先どう進むかね」
と、今後の方針についての意見を皆に促した。
「全員で片方の道を行くか、二手に分かれて進むか、だよな」
「まぁ、安全策取るなら二手に分かれたほうがいいだろ。途中でやべぇことになっても取り敢えず全滅は免れるしな」
先ずはイタルとミナカタが口を開いた。
「でも、どうなのかしら。もし危険な敵が出てきた場合、八人で戦ったほうが安全じゃないかなぁ?」
「そん時はそん時の判断ってことでいいんじゃないか。危なくなったら一旦退いて、応援を呼ぶなり、もう片方に合流するなりすればね」
少数での行動を不安がるミトシに、イタルは安心させるようにそう言って頷き、更に続ける。
「それに、優等生ぶるわけじゃないけど、〈大災害〉後、初めてここを攻略するオレ達には、一応ひと通り調べておく義務があると思うんだよな。ご近所のライオット達にも情報提供してあげたいし」
「そっかぁ、そういう考えもあるわよね」
「じゃあ、二手に分かれるってことでいいかしら? 当初のパーティー分けの通りで」
スセリは一同を見回し、ほかに意見がないのを確認した。
「ああ、それでいいぜ」ミナカタと、残るメンバーも大きく頷いた。
一行は事前に決めたチーム、第一班――ミナカタ、トシ、スセリ、イチキーーと、第二班ーーイタル、イワサカ、サクヤ、ミトシーーに分かれ、左右の道をそれぞれ進むことになった。
「それじゃ、最下層の合流地点で会いましょう。サクヤ、あなたも一人前の〈冒険者〉なのだから、周りをしっかり見て、みんなをちゃんとサポートするのよ」
「う、うん。わかってるよ、お姉ちゃん」
じっと見つめるスセリに、サクヤはややおずおずとしながら頷いた。
「スー姉、大丈夫よ。私もフォローするから」
そんなサクヤの肩に、ミトシはそっと手を置いた。
「ありがと、ミトシ。負担かけちゃうかもしれないけど、お願いね」
「イチキっちぃ、隙があったらミッちゃんに火の玉ぶつけてもいいからなぁ」
イワサカは親指を立てた拳をイチキに突き出して愉快げに笑っている。
「ふん! 十個ぐらいぶつけてやるにゃ」
「うへ……」と、ミナカタはばつが悪そうに首をすくめた。
再会を約し、二つのパーティーはそれぞれ、暗く口を開ける通路へと入っていった。